第42話〜騒乱の予兆〜
【シャウラッド コルカソンヌ 二区】
三区から二区に移動して感じる事は建物の大きさの違いだろう。
ポンテスの説明だと、二区は三区よりも面積が小さい。
なのに、二区にある建物は三区のそれよりも3、4倍以上の大きさだ。
商店の類は一切なく、あるのは住居だけ。
人通りも皆無だ。
「ここがシウバ本邸だ。」
二区の中でも一際大きい家の前でポンテスが止まった。
白い壁と黒い大きな門が聳り立つ。
壁の向こうには横並びに植えられた大木が見られる。
城塞都市の性格上、こうした緑が見られるのは貴重だ。
「衞君士次督のジョゼ・ポンテスだ!!
大君の命により、帝国皇女カテリーナ・ゲルト殿下を地下牢へお連れしたい!!」
ポンテスが言い終わると、門が一人でに開いた。
門が開くのと同時に本邸の玄関扉も開き、中から男が出てきた。
「その件で急ぎ知らせたい事がある。
全員入られよ。」
男に言われた通り屋敷内へと場所を移す。
玄関広間には家の者達が多数見受けられた。
「親方様はネヴェス家の屋敷におられる。」
「何があった?」
幕下のもう一人であるネヴェスの元とは言え、あのウーゴがわざわざ自分から出向くなど余程の事態だ。
「地下牢に拘禁していた禁教徒が死徒化した。」
広間から地下に降りる階段の途中で男が話した。
「何…!?」
ポンテスはエヴァノラを見る。
エヴァノラは何も答えず、カテリーナの判断を仰ぐ。
「死徒というものを見ておきたい。」
「承知した。」
男は再び階段を降り始めた。
「準備は宜しいか?」
そう言って男が扉を開ける。
部屋の中には房が5つあった。
どこに死徒がいるかは一目で分かる。
房の前で魔導師達が魔法を行使していた。
「現在は魔法で意識と行動の自由を奪っています。」
男はカテリーナを房の前まで誘導する。
房の中には男がいた。
魔法で宙に浮いた体には生気がない。
目は閉じていたが、周囲には血涙が確認され、手足はだらんと垂れていた。
口も同様に筋力が無いかのように開いている。
「吸血鬼に噛まれただけはあるな。」
カテリーナは死徒の歯に注目した。
犬歯が獣の如く鋭く伸びていた。
「それで、奴はいつ こうなった?」
「昨晩だ。
奇声を聞いた見張りが確認した。」
「死徒化する者は皆同様か?」
「違う。
通常は吸血鬼、もしくは死徒に噛まれた後、数分で死徒化する。」
「本当に死徒なのか?」
「間違いない。
あの歯は死徒だ。」
「では、吸血鬼か死徒が入り込んだということか?」
「それは考えられない。
この屋敷では至る所に対魔族結界が施されている。
不可能だ。」
「じゃあどう説明するんだ?」
「だから困っているのだ。
親方様も手を焼いておられる。」
原因不明との報にカテリーナは事態の重さを感じた。
「直ぐに大君へと報告する。」
ポンテスは彼女の言葉に頷く。
「急ごう。
この街も既に危険が侵入している。」
「エヴァノラ、其方はここに残って結界に穴が無いかどうか探るのだ。」
「畏まりました。」
エヴァノラを屋敷に残し、カテリーナ達は城へ急いだ。
【ゲッティゲン 市内】
「ウァァ…。」「オォォォ…。」
シュノンス城へ向かうリックを死徒達が阻む。
「キシャャャア!!!!」
襲い来る死徒を冷静に焼き払う。
死徒の大半は市民だが、中には黒のキャソックに身を包んだ者―魔導協会の人員―もいた。
「数が多いな…。」
苦戦している訳では無く、率直な感想である。
現にリックはシュノンス城の下まで来ていた。
この様子を考えると屋外に生存者はいないだろう。
リックは城へ急ぐ。
「邪魔だ!!」
城への坂道に群れる死徒達に雷撃を食らわす。
リックは城門まで一気に駆け抜けた。
門は固く閉ざされていて破壊するしか方法は無さそうだった。
しかし、そんな事できる訳が無い。
後ろからは死徒達の声が近づいて来る。
「よし。」
リックは地面を蹴って跳躍した。
そのまま空中に着地する。
同じ事を2回繰り返し、城の頂部の部屋―城代の執務室―の窓を蹴破って城内へ侵入した。
螺旋階段を慎重に、だが素早く降りる。
人の気配はしない。
魔導師なら気配を消す事は朝飯前なのでその事自体はあまり気にならない。
階段を抜けた先は書庫であった。
通路は真ん中に1つ。
通路に沿って両脇に何列も本棚が並ぶ。
見通しは悪い。
だが、室内に入ってからリックは気配を複数感じた。
少なくとも死徒ではない。
市民か、城の者か、魔導協会の者か。
熟考している暇は無い。
「私は味方だ。
この部屋にいる君達が敵でないなら姿を見せてくれ。」
リックは呼びかけた。
「魔導協会の者だ。
今から通路に出る。」
予想よりも早く返事がする。
発言通り、男が姿を表す。
「君は何者だ?」
男は白地のキャソックに身を包み、縁が赤色の白いケープを羽織っていた。
上位の者だ。
「僕はリック・シャルケン。
サビキア王国の者だ。」
リックはその場で自己紹介した。
「私はドゥアルテ・ギマラエンス。
協会の者だ。
シャルケン殿、君がこの場にいる理由は問わん。
問うはただ一点。
共に戦ってくれるか?」
「勿論だ。」
リックの返答に少し気を緩めるギマラエンス。
「来てくれ。
状況を説明する。」
それが合図のように、複数の魔導師―こちらは黒字のキャソックに身を包んでいる―が通路に現れる。
彼らの後に続いて書庫を後にする。
リック達が向かったのは下の階の広間だった。
「ここが我々の現在の指揮所だ。
機能はしていないがな。」
「何人がこの城にいる?」
「戦える者は約50名。
ここにいる者以外は城内の警備をしている。
負傷者も同じくらいだ。
生存者は城代を始めとした城の者を含めて70名近く。
負傷者と一緒に食堂に収容している。」
「脱出させられるか?」
「外の状況にも寄るが、我々だけでは無理かもしれない。」
「死徒は僕が片付ける。
数名補助を貸してくれればありがたい。」
「分かった。」
「負傷者の様子を確認しておきたい。」
ギマラエンスが手振りで付いてくるように言う。
「君は1人でここまで来たのか?」
ギマラエンスが尋ねる。
「ああ。」
短い答えを返す。
「君は強いんだな…。」
ギマラエンスの語調は気落ちしたような感じだった。
「君だって魔法は得意なんだろ?」
リックはギマラエンスの服を指差した。
「私の専門は個人戦闘だ。
集団戦が主となるこの作戦には向いていない…。」
「こんな地獄のような場所で、君はやるべき事をしている。」
お世辞などでは無い、リックの本心だった。
「ここが食堂だ。」
ギマラエンスは扉を開けた。
中には様々な人がいた。
老若男女、健常者、負傷者、軽傷者、重傷者。
ギマラエンスは真っ直ぐある女性の元へ向かった。
「紹介する。
魔導協会秩序維持部門危機管理部緊急対応課第二派遣団のフェリシダーデ・ナシメント団長だ。」
ナシメントは重傷だった。
脇腹の一部が無く、他にも傷を負っていた。
「こんな姿で悪いね。
勘弁しておくれ。」
「気にしません。
どうか安静にしてください。」
「…、協会の者じゃないねぇ。
その紋章はサビキアの手の者か。」
ナシメントはリックが着ているチョハの胸に刻まれている紋章を見て取った。
「協会も情報統制1つ出来ないのか…。
それとも、アンタ達の腕が良いのか…。
…、偵察かい?」
「事態の収拾を手伝いに。」
偵察だろうと考えて詮索をしていなかったギマラエンスもこれには驚いた。
「1人でか!?」
「いえ。
別の街にも数名が向かっています。」
「そりゃそうだ。
この街は我々が制圧間近だったんだ。
大群で見にくる必要が無い。」
『だろ?』という顔でナシメントはリックを見る。
「でも状況は違いました。
貴位相当の吸血鬼と一戦交えたと言うのは本当ですか?」
「そうだねぇ…。
貴位だとして、それに負けたのは気に入らないが、王位にしちゃあ“感じ”が無かったね。」
「感じ…、ですか。」
「まぁ、貴位以上ってのは確かさ。
奴は仕留め損なった。
現在地は不明。
気を付けな。
奴に敵うのはアタシとアンタぐらいだから。」
「炎装家の異名を持つ女史にそう言っていただけるとは光栄です。
…、死徒が確認されているのはパロマノーヴァとゲッティゲンだけでしょうか?」
「アタシが知る限りじゃそうみたいだね。」
リックは脳内にシャウラッドの地図を描いた。
「最初に死徒が確認されたのはパロマノーヴァですか?」
「ああ。」
「最初は最南端の街。
次はその北部のここ。
…、北上しているのか?」
「吸血鬼が向かったのが北だとすると、次はマルダンだね。
…、コルカソンヌも大して変わらんがマルダンの方が南に位置している。」
ナシメントも脳内の地図を確認して答える。
「マルダンには別働隊が向かっています。」
リックが言う。
「マルダンに派遣されているのは第三派遣団か?」
「そうですが、全隊ではなく1番隊から10番隊と31番隊だけだったと記憶しています。」
「…、そうだった。
アルシャンドルがコルカソンヌに部隊を移動させたんだったねぇ。
トーレスはマルダンの部隊を指揮しているんだったかい?」
「はい。」
「早く知らせないと可哀想だね。」
「見た所、僕が頑張れば脱出は出来そうだ。
急いで計画を練りましょう。」
【マルダン ソンボール城 城代執務室】
シャウラッドの各都市は城塞都市となっており、それぞれに城代―城主代行―と呼ばれる行政官が置かれている。
国内の全ての城は大君の所有であり、城代は役名の通り城の管理を代行している。
なので、城に何かあれば物理的に文字通り城代の首が飛ぶ。
それを知っている城代は、つい先程窓を割って侵入したこの男を生かして城から出すつもりはなかった。
「貴様、何者だ!?」
城代は目の前の男に怒鳴る。
「警告をしに来た。
急がないと街は直ぐに地獄と化す。」
「何を訳の分からん事を言っている!?
…、衛兵はまだか!?」
城代は扉を開けて叫ぶ。
「急いで市民をこの城へ収容して結界を張るんだ。
既にパロマノーヴァが滅んでいる。」
「市民をこの城へ入れろだと!?
この城が誰の物か分かっているのか!?」
取り付く島もない。
「時間の無駄だ。
話が分かる者を連れてこい。」
「何をぉぉ!?」
城代の怒りがピークに達した時、ちょうど衛兵がやって来た。
「遅い!!
早くこの侵入者を捕まえろ!!」
衛兵達は剣を抜いて男に向かっていった。
「やれやれ…。」
男は魔法で衛兵達の意識を奪った。
一瞬にして衛兵達が崩れ落ちる。
「な、何…!?」
城代の顔は真っ青だ。
「魔導協会の者を呼べ。
さも無いとお前の命をいただく。」
城代は慌てて部屋から出ていった。
数分後、城代が男を連れて戻って来た。
男は紫色のキャソックを着ている。
責任者を連れて来たらしい。
「何の用だ?」
責任者の男は面倒事に巻き込まれたと言う感じだ。
「警告しに来た。
市民をこの城に収容し、対魔族結界を張れ。
さも無いとパロマノーヴァの二の舞だ。」
協会の男の眉が動く。
「わざわざ城の上まで来てもらって済まないが、何を言っているかさっぱりだ。」
男は背を向けて立ち去ろうとする。
「協会はただの役立たずかと思ったが、無能な役立たずだったとはな。」
「口には気をつけろ。」
男が立ち止まる。
「感謝して欲しいな。
ここが地獄絵図になる前に警告してやってるんだ。」
「さっきから地獄、地獄って何の事だ?
パロマノーヴァがどうしたんだ?」
城代が協会の男に尋ねる。
「私にもさっぱりです。」
男は城代にそう言った。
「教えていないのか?」
「何の話をしている?
私に隠し事をすれば魔導協会とてタダでは済まないぞ!!」
どちらでも良い。
城代は答えが知りたかった。
「パロマノーヴァの住民は全員死徒化した。
事態の収拾を図った魔導協会の人員も全滅だ。
街は終わりだ。
ゲッティゲンでも住民の死徒化が確認されている。
次はここだ。」
「何だと!?
禁教徒の暴動じゃなかったのか!?」
城代は協会の男の肩を掴む。
「協会は愚かだ。
どうして事実を公表しない?
あの時と同様に、これを戦火の種だと認識しているのか?
そうだとするなら忠告だ。
その恐れが災厄を引き起こす。
今ならまだ現実にならずに済むぞ。」
「吸血鬼だと?
死徒だと?
妄想も甚だしい!!
教義そのものが危険だとして協会が宗教目録の下巻に登録した宗教。
それが俗に言う禁教だ。
我々はその馬鹿げた教えを奉じる信徒達を弾じるために派遣された!!」
「埒が明かないな。」
「貴様が間違っていると直ぐに証明されるぞ。
愚かな禁教徒達は即刻 鎮圧されるとも知らずに反乱の用意をしている。
ちょうど良い。
間も無く奴らの反乱が始まる。
君も見物していったらどうだ?
えーと、名前を聞いてなかったな…。」
「デヨング。
フェムカ・デヨングだ。」




