第41話〜進軍〜
【帝国 帝都 皇城】
今朝の皇帝執務室は人の往来が激しかった。
親衛隊長の表敬を受けた後、次にやって来たのはグレイだった。
彼が来た理由には察しがつくので皇帝の方から話を始めた。
「滞りなく進んでいるそうだな。」
「はい。
市街門は凱旋門以外を全て閉鎖。
凱旋門広場に帝都警固隊の検問所を設置し、原則として帝都への出入りを禁止しました。
ですので事実上帝都の封鎖は完了しました。」
グレイの報告に特記すべき点は無かった。
だが、皇帝は満足だった。
「ご苦労であった。
後は治安維持局に任せるとしよう。
…、アリューシャはどうしている?」
グレイにしてみれば予期せぬ質問であった。
「アリューシャですか…?」
思わず聞き返してしまった。
「彼女は不安なのだろう?」
グレイは皇帝の言わんとしている事が分かった。
「治安維持局の態度には眼に余る物がございます。
それで彼女は市民の安全を案じているものと思われます。」
皇帝は溜息をつく。
「どうしたら良い?
…、先祖代々の血を守るため、余はどうしたら良い?」
グレイは答えられなかった。
「余は自身の命、名声など惜しくはない。
このまま帝国が終焉へ突き進み、モルト家の名に泥を塗ったとしても構わないと思った。
だが、それもカテリーナが生まれて変わった。
責任は余だけでは済まない。
このままでは あの娘の身も危険だ。
だから、余の目が黒い内に、余が決定権を掌握している内に一刻も早くこの問題を終息させねばならんのだ。
余は言える。
帝国は、余の帝国はまだ滅びる訳にはいかんのだ。
アリューシャや無関係の臣民には申し訳ないが、今は耐えてもらうしかない。」
グレイは無言で頭を下げた。
「治安維持局には近衛騎士団と兵部省で目を光らせてくれ。
確かに、頼んだぞ。」
「受け賜りました。」
グレイは再度深く頭を下げ、退室した。
「失礼致します。」
次にやってきたのはセオドラだ。
彼女が来た理由も色々と思い当たるが、確定は難しい。
「単刀直入に申し上げます。
帝都封鎖前に兵部省の役人が1名、護衛の魔導師を伴って脱出しました。」
「誰だ?」
「ヴィクトル・ユスポフ管理官です。」
「ゲオルギーの嫡男だな?
どこの管理官だ?」
「魔導部隊です。」
皇帝は頭を抱えた。
一連の反体制派粛清の元凶が逃げたかもしれないのだ。
「監視は?」
「7名です。」
「どこに向かっている?」
「シャウラッド国境を越え、現在はマルダンへ向かっています。」
行き先は大変好ましくない。
嘘であって欲しいとさえ思った。
「国境の警備はどうなっている?」
そもそも協会の監視が機能していればここまで面倒な事にはならなかったのだ。
皇帝は前にも増して協会を憎らしく感じた。
「協会が目を光らせているのは正式な国境経路のみです。
魔導師連れならば国境線の他の場所から入国は可能かと。」
国境管理1つ出来ないとなると、シャウラッド国内で活動している協会勢力もいよいよ怪しくなって来た。
「予定変更だ。
事件が起きて尚、余はシャウラッドの価値を低くく見過ぎていたな。
もっと時間を掛けられると思ったが…。
仕方無い。
近衛騎士団遠征隊に緊急出動準備命令を下す。」
ここに、帝国はシャウラッドに対する干渉強化へと舵を切った。
【帝国 ガンディア 諸藩連合軍臨時本営】
「コロニーロフ百人隊監督率いる百人隊第百番が進軍を開始。
これで全隊出撃完了しました。
明日の日の入りまでには全隊到着予定です。」
殿を務めるパブロフ達は司令官専属副官のライムより全隊出撃の報せを受けた。
「敵の状況は?」
パブロフは共に机を囲むフライヤに尋ねる。
「敵が放った巨大な鉄の鷲が龍舎上空で確認された。
攻撃は受けていないが、敵に龍舎の位置はバレてると思う。」
敵に作戦の要でもある龍奇兵隊の施設が発見されたと聞いて一抹の不安を覚えるパブロフ。
「敵の見張りがある可能性は?」
「静止状態での滞空能力は確認されていません。
ですが念のため哨戒用の騎兵を飛ばしています。」
「会敵した場合は交戦を許可する。」
「伝えさせます。」
「海軍の様子は?」
フライヤの隣に座るカシヤノフへと視線を転じる。
「海賊との遭遇報告はされていません。
同じく敵の斥候を確認したという報告も入っておりません。」
「そうか。
では作戦は予定通り継続。
我々も前線へ移動する。
…、フライヤ。」
「準備は出来ている。」
「よし。
ライム、撤収準備を。」
「分かりました。」
ライムに作戦資料の回収等、撤収準備を命じると、3人は先に外に出た。
建物の外にはアイビーブルー種が大人しく待機していた。
「将軍は私と、カシヤノフ海軍参謀付調整官はスルツカヤ隊員と乗ってください。」
フライヤが2人へ指示を出す。
先にフライヤ、スルツカヤの両名がそれぞれの愛龍に跨り、綱を持つ。
龍も伸びをしたり首を動かし、いつでも飛べる態勢を整えた。
「乗ってください。」
パブロフ達も龍に跨る。
「遅くなりました!!」
資料を詰めたカバンを肩から掛けてライムが出てきた。
「ライムはロモノーソフと乗れ!!」
言われた通りライムもロモノーソフの後ろに跨る。
「私を先頭に三角陣形で飛行します。
上がったら我々を囲むように、哨戒中の騎兵がもう3人合流します。
…、準備は良いか!!」
フレイヤの問いに他の2人の操縦者が片手を上げて問題無しの意を示した。
「行くぞ!!」
フレイヤの愛龍が飛び立ち、次にスルツカヤ、ロモノーソフと続く。
3匹の青い龍は、同じく済んだ青い空へと一直線に高度を上げていった。
【シャウラッド コルカソンヌ シオン城】
ポンテスが部屋の扉を開けたのは、カテリーナ達が揃ってから数分後だった。
「用意は良いかな?」
カテリーナが肯定の頷きを返す。
「では参ろう。」
時刻は既に会談から数時間が経ち、正午を過ぎていた。
「シャウラッドという国についてどの程度存じておるかな?」
歩きながらポンテスがカテリーナへと尋ねる。
「代々、大君と呼ばれし君主が治める国である事。
国軍は持たず、軍事貴族と呼ばれる大君の幕下が私兵を投じて国防を担っている事。
国内の都市は全て城塞都市である事。
その理由は国内南部の地下にあると言われている“封域”が関わっている事。
世界で唯一、魔導協会との提携を拒絶していた事。
これくらいだ。」
「十分だ。
敢えて付け加えるとするならば、それぞれの都市は内部構造が異なる。
大君のお膝元である ここコルカソンヌは特に堅牢な構造をしている。
大君が住まうに相応しい、
どの国の首都にも匹敵する広大な土地を城郭で囲うのは大変な時間と労力、金を費やした。
だが、それに留まらず、この街は更に内部を雫状の城壁が守っている。
外郭と内郭の間には防衛設備が設置されており、敵の攻撃に備えている。
内郭の中、つまり市街地は雫の頂点に当たる、このシオン城が聳え立つ一区、
下がって、貴族達が住まう二区、雫の弧に当たる、平民達が住まう三区と、
それぞれ城門によって厳格に分離がなされている。
これから向かうのは三区だ。
…、大君からの命令で貴女達に見せなければならない物がある。」
カテリーナ達は城を出て徒歩で三区まで向かった。
「建物は石造りか…。
屋根が傾斜していないな。」
街並みを見ながらフィアンツが呟く。
カテリーナを含め、一行は市内の街並みをよく観察している。
コルカソンヌへとやってきた時は夜中だったため街並みを見る機会がなかったからだ。
市民の注目を集めているが、彼らにとっては慣れっこだった。
「ここだ。」
ある建物の前でポンテスが止まる。
大きさも見た目も何の変哲も無い四角い石造りの建物だ。
「中へ。」
ポンテスに促されてカテリーナ達は中へ入る。
「っ!!」
「何だコレ!?」
「キャ!!」
中は壁、床、家具全てに血が飛び散っていた。
ほんの僅かにだが匂いが漂う。
「これが我が国で起きている事だ。」
最後に入ってきたポンテスが後ろから声を掛ける。
「何が起きているんだ?」
カテリーナが血を指差して尋ねる。
「禁教徒の仕業だ。」
「禁教徒ですって!?」
ポンテスの言葉に反応したのはエヴァノラだった。
これにはカテリーナも少し驚く。
「嘘は良い加減にしてください!!」
珍しくエヴァノラが興奮しているので、それ自体も気になるが、他にも重要な点があった。
「“嘘”とはどういう事だ?」
カテリーナはエヴァノラへ質問した。
「シャウラッド国内の他の都市では、この部屋の惨劇が都市全体で起こっています。」
「何だと…!?」
「原因は禁教徒ではありません。
吸血鬼です。」
「デタラメを吹き込まないでいただきたい。」
無論、話を遮ったのはポンテスである。
「吸血鬼など現れていない。
我々は既に“これ”をしでかした禁教徒を捕縛している。」
「仮にこれが本当に禁教徒の仕業だとしても、他の都市の惨状は吸血鬼が引き金です。」
「だから、ちょっと待ってくれ。
他の都市の惨状とは何の事だ?
確かに禁教徒の暴動は把握しているが、それも魔導協会が鎮圧している。
今はどの都市も魔導協会の管理下だ。」
どうも両者の話が噛み合わない。
カテリーナは困った。
「エヴァノラはどこでその情報を得た?」
「殿下も知る、確かな筋です。」
名前を出せない筋で、妾が知っている…。
あぁ、ヴェロニカだな…。
なら信憑性は高そうだ。
「其方は?」
ポンテスにも聞く。
「アルシャンドルからだ。
だが、私も彼から直接聞いた訳では無い。
私は総督から聞いた。
大君と総督の御二方にのみ直接話したそうだ。」
あの仮面男は信用できん。
だが、一国の君主に嘘の情報を伝えるか?
うーん、あの男ならやりかねん…。
「その捕まえた禁教徒はどこにいる?」
ひとまず状況を彼女なりに検証しようと決めた。
「シウバ家の地下牢にいる。」
「シウバ家?」
「幕下の片割れだ。
備総取締ウーゴ・シウバ。」
「まさか、“無限斬”のシウバか?」
フィアンツがポンテスへ尋ねる。
「そうだ。」
「フィアンツ、無限斬とはなんだ?」
「殿下は数年前に起きたシャウラッドとモーモリシアの小競り合いを覚えておいでですか?」
「ああ。」
「瀉莽国境に置かれた外交施設が襲撃を受け、滞在中のシャウラッド使節が犠牲になった。
我が国はモーモリシアの犯行だと考え、賠償として相手国に眠る鉱物資源を得ようと戦力を派遣した。
だが、それにはモーモリシアの幾つかの部族から反発があった。
結果、モーモリシアの行政部が抑えきれなくなり、奴らは派遣隊に戦闘を仕掛けた。
その時に剣を抜いたウーゴ氏に付いた二つ名が無限斬だ。
敵味方関係なく、自分の間合いに入った獲物を斬り続ける姿はまさに狂気だった。
それを受け、戦闘を仕掛けた部族が降伏して事態は悪化せずに済んだ。」
ポンテスが代わりに説明した。
「シウバ本邸は二区だ。
必要とあらば向かう事も可能だが?」
「伺おう。」
カテリーナは即答した。




