大膳春人の場合 (2)
―― 6:12
「おー、ここだここだ」
件のファンタジー飯を出す店を探して、街中を歩き回っていると、クボが声を上げた。
そこは、『駆けつけ三杯』と看板の掲げられた、宿屋風の店だった。
「ほほう。ファンタジー物にありがちな『冒険者の宿』って感じの店だな」
春人が中を覗き込むと、NPCベンダー以外の人影はないようだった。時間が早すぎるからか、客の姿も見かけない。
「さすがに、この時間から『中身入り』なんて店は少ないか」
「そりゃあしょうがないさ。みんながみんな、ワシらみたいに朝っぱらからVRってワケにはいかんし」
「まあ、24時間営業してくれるだけでもありがたいっちゃその通りなんだが……売り切れてないよな?」
「あー……ソレは考えてなかったな」
「まあ、そんときゃそんときだ。ガンさんとこにでもいこうや」
「んじゃ、それでいっか」
率先して店に入った春人が、NPCに声を掛けた。
「お邪魔するよ」
“おう、いらっしゃい。なんか欲しいものはあるかい?”
その呼びかけに反応したNPCベンダーから、定型の挨拶が返ってきた。
それと同時に、空中にメニューが表示される。
ざっと眺めたところ、いくつか売り切れはあるが、全滅ではないようだ。
「どうやら、全員分は残ってるみたいだなあ……どれどれ」
全員で、改めてメニューをじっくりと読んだ――そこには、次のように書かれている。
☆★☆★ お品書き ☆★☆★
・ブラックバットの姿焼き
・ケイブファンガスの天ぷら “SOLD OUT”
・マーシュフロッグのフリット
・ラージアントのハンバーグステーキ
・ワスプのソテー
・骨付き肉の丸焼き “SOLD OUT”
・コカトリスのから揚げ “SOLD OUT”
・ドラゴンステーキ
・バジリスクの卵プリン “SOLD OUT”
・スライムのムース
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
一同は、メニューを見たまま絶句していた。
呆然とした声が、クボの口から漏れる。
「あー……ファンタジーってそういう……」
しばらくして、春人がしぶしぶ切り出した。
「……なあ、クボちゃん」
「……なんだい、ゼンさん」
「こりゃあ、いわゆるアレか? ゲテモノか!? ゲテモノ屋なんだな!?」
「いや、その……ん? な、なんか、サンプル画像見る限り普通の料理みたいだぞ。きっと、素材がファンタジーっぽいだけで料理は普通、って奴……」
「いやいやいや、コウモリだの蟻だのは控えめに言っても普通じゃあない」
「……まったくもって、そのとおりですな」
春人は、クボを責めながらも、サンプル画像をじっくりと見た。
確かに、見た目は意外と普通なようだ。
いくつかわからないメニューもあるが、大体はクボの言うとおり、現実の料理をアレンジしたものらしい。
多分、売り切れている“コカトリスのから揚げ”に“ケイブファンガスの天ぷら”は、鳥のから揚げとキノコの天ぷらだろう。
“肉の丸焼き”は、メニュー名から素材がわからないのは不安だが、見た目はいわゆるマンガ肉だ。骨に整形肉を巻きつけて形をまねたものは実在するので、安全なほうだろう。
一方、危険そうなメニューは、“ワスプのソテー”と“蟻のハンバーグ”か。長野あたりではハチの子を食べるというし、その手の料理がベースになっていると思われた。
ただ、“蟻のハンバーグ”は、見た目は普通のハンバーグのようで、どこが“蟻”なのかがサッパリ分からないため、そこが逆に一番危険な感じがした。
スライムもよく分からないが、ムースなので朝食には適さない。
結果として、コウモリ、カエル、ドラゴン、の三択が残された。
「うーん、安全そうなから揚げ、丸焼き、天ぷらが売り切れか……となれば、ドラゴンステーキだな。クボちゃんじゃないが、せっかくココまで来たんだしな」
「なんか、ホントすまん……」
「あんまり気にするなよ。ドラゴンステーキなんて、ファンタジーなら一度は食ってみたい鉄板料理じゃないか」
メンバーは、全員が春人同様にドラゴンステーキを選んでいた。
残っている中では比較的安全っぽいということもあったが、やはり憧れというか、期待もあったのだろう。
それぞれが購入したメニューを持って、店に備え付けのテーブルへ移動した。
テーブルの上に、全員分のドラゴンステーキが並ぶ。
見た目は、普通のステーキのようだ。
春人は、肉を切り分けて、まずはゆっくりと一切れを咀嚼した。
食感は、普通の肉――どこかで食べたことがあるような気もするが、心当たりがまったくない。
「ふむ……うむ……味は普通、というかちゃんとうまいな……これ、何の肉だろうな?」
「だから、ドラゴンだろ?」
「そうじゃあなくてさ、データの元になった肉さ」
「ああ、そっちか……なんだろうな」
「何かに似てる感じはあるんだが……うーん、思い出せないってことは、食ったことがない肉なんだろうけど」
「そういわれると、気になるな」
ああでもないそうでもないと頭をひねっていると、特徴的な髪型――後頭部を刈り上げて、雷マークの剃りこみが入っている――の男性アバターが、おもむろに口を開いた
「んんん……コレは、まさか……アレか?」
「知ってるのかい? デンさん」
「ああ。多分、食ったことがあると思う。えーと、アレだよ、アノ、えー、なんつったっけな……あー、わに、ああそうだ、ワニだよ」
「おお、ワニか」
その話を聞いて、「へえ、これが……」といった納得の声が上がる。
デンは、肉の正体を確かめるように噛み締めながら、話を続けた。
「多分、な。昔、家族でワニ園に行ったことがあってさ、そこでステーキを食ったんだ。なんとなく、ソレと同じような食感な気がする」
「ほほう。さすがは旅行が趣味のデンさん。やっぱり、実体験があると強いな」
「普段食べないような肉だったから、逆に印象強くて憶えてたんだろうなあ。ただ、そのまんまじゃないな。何か混ざってるような……うーむ、細かいトコがわからん」
どこかあやふやな結論だったが、それでも何か感じるところはあったらしく、皆が口々に感想を言い始めた。
「はー……運営も大変だな」
「現実にドラゴンがいない以上、似てるモノを探すしかないのはわかる」
「コモドドラゴン食えってワケにもなあ」
「ソレだって、正式名称コモド『オオトカゲ』だし」
「総じてゲテモノってワケでもないようだな……蟻は見なかったことにしよう」
「ああ。俺も昆虫系は無理だ……」
「これなら若いモンに流行るのもわからんでもないな」
そんな中、言いだしっぺのクボは、ハズレ扱いにならなかったことに胸をなでおろしていた。