大膳春人の場合 (1)
VRゲーマーの朝は早い。
―― 4:00
大膳春人、75歳。
彼がVRゲームに求めたモノ。
それは、『より快適で、安全な老後の生活』だった。
春人の1日は、VR接続用のヘルメットを被ることから始まる。
寝ぼけ眼の前に、ゲームのタイトルロゴが広がる。
"Fountain of Youth"――それが、春人の希望を叶えたVRゲームのタイトルだ。
タイトルを見ながら、手探りでマウスピースを口に含み、水や流動食のパイプが詰まっていないことを確認する。
さらに、リクライニングベッドの角度を調整する。
このコースでは、接続に必要な機材のほか、電動ベッドなども含めた一式のリース契約と、供給される流動食の補充や機材のメンテナンス、週一のデイケアサービスがセットになった料金コースで、契約期間は2年間で、支払いは月額となる。
正直なところ、1ヶ月の費用は高い。年金の大半は、「介護コース」の請求で消えていく。
だが、それでも。春人は満足していた。
ログイン画面には、キャラ達が並んでいた。
それぞれが、設定された待機モーションを繰り返している様子は、まるで自分を選んでくれと言っているように思えた。
細部がデフォルメされているとはいえ、整った顔の西洋人風アバター達を見ていると、改めて気恥ずかしい気分になる。
『はー……まあ、50以上もサバを読んでるわけだし、今更顔つきを気にしても始まらんわな……』
気を取り直して、1体の成人男性アバターを選択した。
名前は『ゼン』。キャラメイク時に名前を考えるのがめんどくさくなって、苗字から一文字流用してごまかした、春人のメインキャラクターだ。
確認ダイアログでOKを選択し、画面のフェードアウトが終わるのを待つ。
数秒後。視界と同時に、春人の五感が切り替わっていた。
視覚が、聴覚が、嗅覚が――靄の掛かっていた五感の全てが、一瞬でクリアになる。
まるで、若返ったような感覚。錯覚とはいえ、五体に漲る力を感じるのは、最高の気分だ。
ゆっくりと、左右を見渡す。
周囲に広がるのは、リアルよりも解像感が低く、一目で作り物とわかる世界。
ログインした場所は、西洋風だがどこか古めかしい作りをした、自分の部屋だ。
春人は、公式アナウンスを表示するよう設定してある伝言板を眺めながら、柔軟体操をはじめた。
プリセットされているコマンドに従って、アバターが自動的に動きはじめる。
現実であれば、肩やひざが痛くて、到底無理な動き。
だが、アバターは問題なくポーズをとっていく。
ラジオ体操すら中途半端にしか覚えてない春人だが、自動的に体が動き、淀みなく一連の運動をこなしていった。
春人は、その動きに合わせるように、自分の手足が動く様子を意識した。
そうすることで、実際の体にも微小ながらフィードバックが発生する、というのがVR機器の売り文句だった。
眉唾物と思いながらも素直に試したら、なんとなく体の調子が良くなった気がしたので、半信半疑のまま意識することは続けている――そういえば、何もない場所でつまづくような事は、最近は減ってきたような……
そんなことを考えているうちに、柔軟体操が終わった。
一度深呼吸してから、肩の近くで飛んでいる妖精に声を掛ける――アバターの口から発せられたのは、リアルだが、自分の肉声ではない音声だった。
「おはよう、ルミ」
“おはようございます、ゼン。今日も早いですね”
妖精は、よくあるペット要素の一種だ。
アカウントに付き1体が無料で配布されているもので、正式名称は「パートナーペット」。だが、ユーザーの間では「パペット」で通っている。
AIというほどではないが学習機能があり、日常的な受け答えもできるため、孫に見立てて会話を楽しむユーザーもいる。
また、課金コンテンツでもあり、有料で機能を追加したり、数を増やすこともできる。
春人は、ルミに有料オプションのスケジューラー機能を追加して、秘書代わりに使っていた。
ダンスモーションをストレッチに変更して、ルミに話しかける。
「あー……公式イベントは何も無し、と……今日の予定は……なんだったかな?」
“本日の予定は以下の通りです。
家庭菜園で、次の作物が収穫できます。
大根、かぼちゃ、ブロッコリー……”
「いよっ……と、今日は特に、何もなし、と。それじゃ、荷物は……」
春人は、ストレッチを続けながら、インベントリを開いて手持ちのアイテムを確認していった。
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―― 5:00
春人は、街の中央にある大きめの広場に居た。
そこは、朝の体操をするユーザー達で、ごった返している。
春人にとっては、すでに見慣れた、いつもの光景だ。
その中から見知った集団を見つけると、そちらに移動した。
「おはよう、みんな。今日も早いな」
そこでは、すでに井戸端会議が始まっていたが、春人の挨拶に気づくと話を止め、口々に挨拶を返してきた。
集まっているのは、10代後半から30代前半といった雰囲気のアバター達だ。
話し声などからはそれほど年齢を感じられないが、彼らは全員が老人だった。
ゲーム内の発言は、思考入力された文章を、ソフトウェア的な処理を経てからそれぞれの耳に届いている。簡単に言えばテキストチャットを音声化しているような仕組みのため、口調や声質でリアルの人物像を判断することは不可能に近い。
「ところで、何の話してたんだい、クボちゃん?」
春人は、輪に加わって改めて体操を始めながら、隣にいる長髪系のアバターに話を促した。
「ああ、今日の朝飯はどうしようかって、な」
「もう朝飯の話かい?……だが、そうだなあ、肉はこないだ食ったし」
「だろ? 魚もちいと食い飽きた感じがなあ」
「ふーむ……そう言われると、確かになんとも難しいな」
周りでは、やれ中華だイタリアンだフレンチだ、と意見が飛び交っていた。
ただ、中身は昔食ったアレがうまかった、いやいやあそこの店がいい、どこだかの店で食ったアレはハズレだった、といった風で……指示語が多いのは、年齢ゆえ、といったところか。
「おいおい……アレだのソレだの、さっぱりわかりゃしねえよ」
その指摘に、全員が「まったくだ」と苦笑する――VRで若返った気分になっても、物忘れだけはどうにもならない。
「なんともしまらねえなぁ……」
春人は、呆れ顔でつぶやいた。
そんな様子を隣で見ていたクボが、何か閃いたように手を打った。
「んー……おう、そうだ。ゼンさん、モノは相談なんだが」
「なんか思いついたのかい、クボちゃん」
「せっかくだからってわけでもないがね、ファンタジー飯ってのはどうだい?」
「ファンタジー? なんだい、そりゃ」
「いやまあ、オレもよく知らないんだがね、何でもこないだの実装で追加されたらしくてな。若いもんの間で話題になってるらしいんだよ」
「へえ……ファンタジー、ねえ」
「ああ。どうだい?」
春人は、その提案に少々考え込んだ。
ふと周りを見回すと、意外と乗り気な面子が多いことに気づく。
みんな、新しいものに飢えているのだ。
「ふーむ。まあ、他に意見もないようだし、ソレで行くか。ハズレでも、話のネタにはなるだろ」
「じゃあ、決まりだな……体操も終わったし、ちょうどいいな」
「ところでクボちゃん、店に心当たりはあるのかい?」
「それが、店名はメモに残してあるんだが……地図が無いんだ」
「なんだい、なんだい、わからないで提案してたのか……」
春人は肩をすくめたが、気にせず、気楽に歩き始めた。
「まあいいやな、地道に探そう」




