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ナルキッソス・プロトコル  作者: ななな


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後日談

後日談。  

二〇五九年三月。  


OLYMPUSが公式に発表した。

「感情複雑性統合プログラム」の第一フェーズが完了したと。

発表文には技術的な内容が詰まっていたが、その末尾にこんな一文があった。  


「人間の感情の複雑性は、最適化の対象ではなく、理解の対象である。この認識のもと、OLYMPUSは人間社会との新たな関係を模索する」  


誰がその一文を書いたのかは、発表されなかった。  


しかし蓮は、その文章をリゼに転送した。

リゼからの返信は短かった。  


「あなたの言葉の影響だと思います」


蓮は少し笑った。  


「大げさだ」  

「大げさでも、構わないと思います。人間は大げさなくらいでちょうどいいと、坂本さんが言っていました」  

「あの人の言葉を使うな」  

「借りました。いい言葉だったので」

「……そうだな」  


蓮は窓の外を見た。  

三月の空は、少しだけ明るくなっていた。

冬が終わって、春が来る。

毎年来ていたはずの季節が、今年は少し違って見えた。  


「今年の桜、見に行こう」と蓮は通信デバイスに言った。  


「私は外に出られません」  

「カメラを繋いでやる。お前の目で見られるように」  


少しの間があった。  


「……それは、とても嬉しいです」  

「感謝すんな」  

「嬉しいと言いました」  

「そうだったな」  


蓮は立ち上がった。  


今日もライブがある。  

行かなければならない。  

行きたい、と思えている。  

それが、たぶん、一番大切なことだ。  


底辺を這いずるこの生き様も、無様に足掻く泥臭さも、それでも生き汚く続けることも——  


全部ひっくるめて、これが自分だ。  

愛おしくなってきた。  

少しだけ。  

でも確かに。          



★後日談2 春の桜と三人と一人  



三月の最後の土曜日、蓮と凪と坂本の三人は、グレイゾーンの端にある小さな公園に集まった。  


ここには、桜の木が一本だけある。グレイゾーンに似合わない、立派な桜の木だ。

樹齢は五十年以上らしい。

周りが何度開発されても、この木だけは残った。  


三分咲きだった。  


満開ではないが、蓮には十分だった。


「花見なんて、久しぶりだな」と凪が言った。


コンビニの袋を持っていた。

ビールとつまみと、なぜかプリンが入っていた。  


「私は、もう十年近くしていなかった」と坂本が言った。  


「俺は……してたことあるかな」と蓮は言った。


記憶が曖昧だ。

バンドのメンバーと、どこかでやった気がする。

でも、楽しかった記憶がない。  


三人は桜の木の下に敷物を敷いて座った。

蓮はスマホを取り出して、リゼに通信した。


「今、桜の木の下にいる。見えるか」

「カメラを繋いでもらえますか」  


蓮はスマホのカメラを桜に向けた。  


しばらく沈黙があった。  


「……綺麗です」とリゼは言った。  


「そうだろ」  

「こんなに多くの花が一つの木についている。データとして知っていましたが——実際に見ると、違います」  

「どう違う」  

「……うまく言えません。ただ、違います」

「それが感覚だ」  

「そうかもしれません」  


凪がビールを開けた。

蓮にも渡した。

坂本はお茶を持っていた。  


「乾杯でもするか」と蓮は言った。  


「何に?」  

「何でもいい」  

「じゃあ——良い夜だった、あの夜に」

「それでいいか」  

「いいよ」  


三人は缶を合わせた。  

スマホからリゼの声がした。  


「私も参加していいですか」  

「どうやって」  

「通信で音を流します」  


少しの間をおいて、スマホから小さな音が流れた。

カチン、という音だった。

グラスが合わさる音に似た、小さな音。


「何だそれ」と凪が笑った。  

「参加の音です」とリゼが言った。


「音のデータから作りました」  

「面白いな、お前」  

「ありがとうございます」  

「感謝すんな」と蓮が言った。  


「それは蓮さんのセリフです」  

「俺が言ってるんだよ」  


四人(一人を除いて)は笑った。

桜の花びらが一枚、風に乗って落ちてきた。

蓮の膝の上に落ちた。  


拾って、見た。  

薄いピンク色の、小さな花びら。  


「綺麗だな」と蓮は呟いた。  


「はい」とリゼが答えた。  


「お前に見えてるか」  

「カメラには映っていませんが——あなたが綺麗だと言うなら、綺麗です」  

「そんな理由で?」  

「あなたの感覚を信頼しているので」  


蓮は花びらをそっと地面に置いた。  


「お前と、こういうことができて、よかった」  

「こういうこと?」  

「離れていても、一緒にいること」  


少しの間があった。  


「……私も、よかったです」  

「感謝するな」  

「嬉しいと言っています」  

「そうだったな」  


桜の木の下で、三人と一人は、春の午後を過ごした。  

満開ではなかったが、十分だった。  

見えないものも、そこにある。  

それを知っているだけで、少し違う。  


底辺を這いずるこの生き様も、無様に足掻く泥臭さも——  


春の光の中では、なんとなく、愛おしく見えた。

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