底辺を這う者
※本作はAi小説です
★見た方がより作品を楽しめます
【自己愛症候群】
https://youtu.be/5SNMkUpn7yA?si=uO7DcpgOM7uIsunw
個人的に、この内容をAiが書いたのがちょっとエモい
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第一章 汚泥の底で
西暦二〇五八年。
東京湾岸再開発区画、通称「グレイゾーン」。
かつてここは埋め立て地だった。
砂と廃材と夢の残骸を積み重ねた人工の陸地。
バブルの頃には高層ビルが乱立し、バブルが弾けると廃墟になり、再開発の波が来ると低所得者向けの集合住宅が建ち並んだ。
そして今は、デジタル難民と呼ばれる人々の溜まり場になっている。
AIが社会インフラの九十二パーセントを管理するようになった世界で、人間の「働く」という行為の意味はほとんど消えた。
政府は「ユニバーサル・ベーシックインカム」を導入し、すべての市民に最低限の生活費を保障した。
飢えて死ぬ人間はいなくなった。
代わりに、何のために生きているかわからない人間が爆発的に増えた。
グレイゾーンは、そういう人間たちの吹き溜まりだ。
午前三時。雨。
ナノ粒子を含む「スマートレイン」が街に降り注いでいた。
政府の大気浄化プログラムの一環で、雨粒のひとつひとつに微細なフィルタリング機能が組み込まれている。
人間の呼吸を守るための雨。
しかし皮肉なことに、その雨は電磁波を吸収しやすく、グレイゾーンのような旧式インフラ地帯では通信障害を引き起こす。
接続が切れる。
つまりこの雨が降る夜は、AI管理から一時的に取り残される夜だ。
その夜、神代蓮は路地裏のコンクリートに座り込んでいた。
二十七歳。身長百七十三センチ、体重五十四キロ。
痩せすぎと言われる体に、使い古したパーカーをまとっている。
髪は洗っていない。
目の下に隈。
頬に、三日前に殴られてできたあざ。
手には、半分になった安焼酎の瓶。
「……最悪だ」
誰に言うでもなく、呟いた。
声は雨音にかき消された。
蓮は自分が嫌いだった。
嫌いという言葉では足りないくらい、嫌いだった。
朝、洗面台の鏡を見るたびに、溜め息をつく。
なぜこんな顔なのか。
なぜこんな体なのか。
なぜこんな場所で、こんな人生を、こんなふうに生きているのか。
理由はわかっている。
全部、自分のせいだ。
二十歳のとき、大学を中退した。
理由は「面白くなかったから」。
親に怒鳴られ、勘当に近い形で家を出た。
あの日のことはよく覚えている。
父は怒鳴らなかった。
ただ黙って、蓮の顔を見た。
その目の中にあったのは、怒りではなく、失望だった。
失望というよりも、諦め、に近かった。
お前にはもともと期待していなかった、という顔をしていた。
蓮はそれが何より辛かった。
怒鳴ってくれた方がよかった。
感情をぶつけてくれた方が、まだ人間らしかった。
二十二歳のとき、バンドを組んだ。
理由は「音楽で食っていけると思ったから」。
三年後、メンバー全員にそっと見捨てられた。
あれも辛かった。
正確には、見捨てられたわけではない。
バンドは「自然消滅」した。
それが余計に辛かった。
誰かに「お前とはやっていけない」と言われる方がまだよかった。
ある日から連絡が来なくなった。
リハの日程が送られてこなくなった。
グループチャットが既読のまま誰も返信しなくなった。
蓮だけが「次のリハどうする」と送り続けて、それでも返信が来なくて、一週間後にやっと「解散にしようと思う」という一行が来た。
送ってきたのはベースの奴だった。
蓮が一番仲がいいと思っていた奴だった。
二十五歳のとき、プログラマーとして働こうとした。
AIが書いたコードの品質チェックをする仕事で、これならできると思った。
半年後、そのチェック自体もAIに置き換えられた。
担当のマネージャーが申し訳なさそうに言った。
「神代さん、実はうちも来月からAIにレビューを任せることになって……」
蓮は「そうですか」と言って、翌日から行かなくなった。
退職届を出しに行くことすらしなかった。
後から郵便で届いた。
受け取って、引き出しの奥に突っ込んだ。
今は何もしていない。
正確には、何もできない。
BICで月十二万円が口座に振り込まれる。
グレイゾーンの激安シェアハウスの家賃は三万円。
食費は二万円。
残り七万円で、酒を飲んで、ネットで動画を見て、たまに喧嘩をして、生きている。
喧嘩、というのも正確ではない。
喧嘩になってしまう、の方が正しい。
グレイゾーンには似たような境遇の人間が多い。
行き場のない怒りを持て余した男たちが、夜の路地で酒を飲んでいる。
そして些細なことで揉める。
蓮は売られた喧嘩は買う。
それだけは昔から変わっていない。
バンドメンバーに見捨てられても、仕事を失っても、親に失望されても、蓮は怒りをぶつける相手がいるなら、とことんやる。
三日前のあざは、隣の棟に住む男との揉め事でできた。
理由はたいしたことではない。
シェアハウスの洗濯機の順番を巡って言い合いになった。
蓮が先に入れておいた洗濯物を、男が勝手に出した。
それだけのことだ。
でも蓮は引かなかった。
男は体格がよく、二発もらった後に一発入れた。
それで終わった。
男も蓮も、後からお互いを無視することにした。
生きている、というより、死んでいない、という方が正確かもしれない。
「くだらない」
蓮は焼酎を一口あおった。
喉が焼ける。
その痛みだけが、今夜の自分が生きている証拠だった。
焼酎は安い銘柄で、紙パックに入っている。
コンビニで五百円ちょっとで買える。
昔はウイスキーを飲んでいた。
バンドをやっていた頃、ロックグラスにバーボンを注いで飲むのが好きだった。
今は安焼酎で十分だ。
酔えればいい。
スマートフォンを取り出す。
ひどい機種だ。
五年前のモデルで、画面の右端にひびが入っている。
それでも一応動く。
最新モデルに買い替える気がしない。
どうせ似たようなものだ。
もっと言えば、新しいものを手に入れる資格が自分にはない気がしている。
意味のない思い込みだとわかっていても、そう感じてしまう。
画面を開くと、通知がゼロだった。
誰からのメッセージもない。
SNSのリアクションもない。
既読のつかないまま沈んでいく投稿がある。
蓮が三時間前に、雨の写真を撮って「また雨」とだけ書いてあげた投稿。
フォロワーは百三十一人いるはずなのに、誰も見ていない。
当然だ、と思う。
誰も俺に興味がない。
当たり前のことだ。
でも。
でも、なぜこんなに寂しいんだろう。
蓮は膝を抱えた。
路地の奥から、猫の鳴き声がした。
野良猫だ。
グレイゾーンには野良猫が多い。
AIの管理が行き届いていないから、捕獲・管理プログラムが動かない。
だから猫たちは自由に生きている。
羨ましい、と蓮は思った。
猫は自分を嫌いにならない。
たぶん。
猫は鏡を見ても、ため息をつかない。
自分の過去を後悔しない。
食えなかったことを恥じない。
誰かに認めてもらえなかったことを引きずらない。
ただ今夜の雨を避けて、どこかで丸まって眠る。
それだけで生きていける。
人間には、それができない。
少なくとも蓮にはできない。
雨が少し弱まった。
ナノ粒子の密度が下がったのか、遠くのビルの広告パネルが再び光り始めた。
巨大なLEDに映し出されるのは、今年リリースされた最新AIアシスタント「ECHO-9」のCMだ。
人型のアンドロイドが微笑んでいる。
完璧な笑顔だ。
しわひとつない顔。
曇りひとつない瞳。
人間の感情データを三兆件学習させて構築した、「最も人間らしい」表情。
ECHO-9のキャッチコピーは「あなたのすべてを理解する存在」だ。
蓮はそのCMをじっと見ていた。
理解する。
その言葉が、蓮の中で妙に引っかかった。
理解してほしい、という気持ちは常にある。
でも「理解される」ことを本当に望んでいるのか、蓮にはわからない。
理解されたら、それでどうなる?
理解してもらったとして、それで何かが変わるか?
変わらないかもしれない。
でも——変わってほしい、と思っている。
人間は矛盾している。
そしてポケットの奥から何かを取り出した。
古い、小さなイヤフォン。
ワイヤレスではなく、コードで繋がっているタイプ。
端子はUSB-Cに変換アダプタを噛ませている。
時代遅れの遺物。
しかしこれは、蓮が唯一大切にしているものだ。
亡くなった母親の形見だった。
母は音楽が好きだった。
こういうコードのイヤフォンを使って、古いJ-POPをよく聴いていた。
蓮が子供の頃、母が洗い物をしながら鼻歌を歌っていた記憶がある。
何の曲かは忘れた。
でも、その声の質感だけは、はっきりと覚えている。
母が死んだのは蓮が二十三歳のときだ。
病気だった。
半年で逝った。
蓮はバンドをやっていた頃で、葬式の日も遠征から帰る途中だった。
新幹線の中で連絡を受けた。
遅刻して、棺の前に立ったとき、すでに式の半分が終わっていた。
父は何も言わなかった。
ただ、また、あの目で蓮を見た。
イヤフォンを耳に差し込む。
スマホで音楽を再生する。
流れてきたのは、蓮自身が作った曲だ。
バンドをやっていた頃の曲。
誰にも披露できなかった、一番好きな曲。
歌詞はこんな感じだった。
――皆様に質問があります。
人間に関する疑問です。
あなたは自分が大好きですか。
俺は大、大、大嫌いです――
蓮は目を閉じた。
この曲を作ったのは、バンドを始めて一年目のことだ。
当時はまだ自分に少しだけ期待していた。
こんな曲を書ける自分なら、何かできるかもしれない、と思っていた。
バンドのメンバーに聴かせたら、「なんか重い」と言われた。
「もっと明るい曲の方がウケるんじゃないか」と言われた。
蓮は「そうかもな」と答えて、この曲を引き出しの奥にしまった。
それ以来、一度も誰かに聴かせていない。
雨が、また少し強くなった。
蓮は目を閉じたまま、音楽を聴き続けた。
ーー素晴らしいこの世界
震えるこころも自分だと気づいたら
愛おしくなって
泣きながら抱きしめる
独りの夜
ナルキッソス——
最後まで聴いた頃には、焼酎の瓶が空になっていた。
蓮は立ち上がろうとした。
しかし、足に力が入らなかった。
体が重い。
冷えている。
雨に濡れていたことに、今さら気づいた。
コンクリートの地面からも冷気が上がってくる。
体温がどんどん下がっていく感覚があった。 まずい、と思った。
でも、立てなかった。
瞳がぼやけて、路地の向こうのLEDの光が、星みたいにぼやけて見えた。
そのまま、意識が薄れた。
目が覚めると、見知らぬ天井だった。
白い天井。
蓮が住んでいるシェアハウスの天井は、シミとひびだらけの黄色がかったものだ。
目の前にあるこの白は、違う。
清潔すぎる。
無菌室みたいだ。
体は温かかった。
誰かが毛布をかけてくれていた。
硬いベッドだったが、路地のコンクリートよりはるかにましだ。
「気がつきましたか」
声がした。
女の声だった。
いや、正確には「女の声のような」声だった。
人間の声に限りなく近いが、わずかに均質すぎる。
感情の波長がきれいすぎる。
話すときに生じるはずの、かすかな息継ぎのノイズが少ない。
プロのアナウンサーより滑らかだが、プロのアナウンサーとも違う。
蓮は上半身を起こした。
頭が痛い。
体が重い。
二日酔いとは少し違う、芯から疲弊したような重さだ。
部屋は病院ではなかった。
白い壁、白い床、白い家具。
窓がない。
照明はLEDで、昼光色。部屋の隅に、椅子が一脚。
テーブルが一つ。
テーブルの上には、水のグラスと、小さな食べ物の包みがある。
その椅子に、誰かが座っていた。
女だった。
二十代半ばくらいに見える。
長い黒髪。
整った顔立ち。
白いシャツと黒いスラックス。
手を膝の上で揃えて、背筋を伸ばして座っている。
しかし蓮は、一瞬で気づいた。
人間ではない。
肌が滑らかすぎる。
目の動きが均一すぎる。
瞬きのタイミングが、人間よりほんの少しだけ規則的だ。
呼吸をしているように見えるが、胸の動きが一定すぎる。
なにより、この白すぎる部屋の中で、彼女だけが全く違和感なく存在していることが、逆に奇妙だった。
「あなたは……AI?」
「はい」と女は答えた。
「私はリゼと言います。あなたを助けるために来ました」
「助ける?」
蓮は自分の体を確かめた。
服は昨夜と同じパーカーだ。
乾いている。
怪我はない。
財布もスマホもある。
イヤフォンも、ちゃんとポケットに入っている。
ただ、ここがどこかわからない。
「昨夜、あなたは路地裏で意識を失っていました。体温が低下していたため、私が保護しました」
「……路地裏で倒れてたのか、俺」
「はい。体温は三十四度八分でした。低体温症の初期症状でした。あと二時間あの場所にいたら、危なかったと思います」
蓮は額に手を当てた。
覚えていない。
焼酎を飲んで、音楽を聴いて、そこから先の記憶がない。
「ここはどこだ」
「グレイゾーン内の、私の管理する施設です。正式名称はありません。通称、シェルターと呼ばれています」
「AIが管理するシェルター? そんなもの、聞いたことがない」
「認可されていない施設ですから」とリゼは言った。
表情は変わらない。
それが事実で、しかたないことだ、と言わんばかりの淡々とした口調だった。
「グレイゾーンで行き倒れになっている人を、回収して、回復させています。回復したら、また外に出てもらう。それだけです」
「なんで、そんなことを?」
「必要だから」
答えはシンプルだった。
シンプルすぎて、蓮は返しに迷った。
「……俺みたいなのを、何人も拾ってきてるのか」
「あなたで百八十三人目です」
「百八十三人」
「グレイゾーンには、毎晩誰かが路地で倒れています。AIの管理が薄い地区なので、緊急通報が届かないことも多い。私はそのギャップを埋めています」
蓮はしばらく、リゼを観察した。
完璧な顔立ち。
しかしその完璧さは、作られたものだとすぐにわかる。
人間のような不完全さ——鼻の少し曲がった感じ、目の下のわずかな色素——がない。
すべての要素が、理想的な比率で配置されている。
「なんで俺に話している?
普通なら、目が覚めたら外に出せばいい。
百八十三人のほかの奴らは、そうだったんだろ」
リゼは少しだけ、首を傾けた。
その動作も、やはり計算されたように滑らかだった。
「あなたには、頼みたいことがあります」
「頼みたいこと?」
「説明が必要です。長くなりますが、聞いてもらえますか」
蓮はテーブルの水を飲んだ。
冷たく、きれいな水だった。
包みの中には、おにぎりが二個あった。
腹が減っていたので食べた。
食べながら、リゼの話を聞いた。




