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エリシオンを綾なす不凋花  作者: 蜜柑 宵薫
第一章 魔法学校編
8/8

第四話 対等の力

※この作品は、初作品「エリシオン·アル·レーヴ」の改訂版となっています。


 ヴァイスは、炎魔力防御(フレイム・ソリッド)によって全身を包み込んだ熱から赫々(かくかく)たる炎を静かに(たぎ)らせ、鼻からスゥーッと細く息を吸いながら、奇襲してきた男がいるであろう方向を冷然と見据える。


「炎魔法、反撃影陣(ランス・ハイド)


 空気を揺らす炎が、ガサついた粘土細工を(ぬめ)る両手で優しく包み込んで()ねるように、手つき丹念に凝縮されると、両腕を広げる動きに合わせ、見る間に大身槍の形を成した。そして、それを振りかぶってビュンッと投げ飛ばした瞬間、その影から伸びる、散り落ちる糸屑のような残光に潜み隠れるように走り出す。


「お前を卑怯とは言わない。俺は…この不条理な現実を…受け入れる。その弱さを…希望への執念に変えるために」

──相手にとって最悪の選択をするってのが不条理ってことなら…魔法も同じなのか?いや、魔法は不条理を証明するための供物(くもつ)じゃない。ただ……。


 蹴り飛ばされた反動で、グシャッと舞い(たけ)()け雪を置き去りに、果敢(かかん)な面持ちで駆け抜けるヴァイス。その視線の先には、狼狽(ろうばい)して腰を抜かしたまま構える男が、稲妻の矢を焦り放つのが見えた。

 そのジリジリと音を立てる矢は、吸い寄せられるように炎の槍の刃先を()れる。その瞬間、地面に重く積もっていた雪が重力に反するように瑞々(みずみず)しく浮き上がり、二つの魔法を吹き飛ばす勢いで爆ぜる。

 それに構わず走り続けるヴァイスは、暗灰雲(あんかいうん)の切れ間から(かす)かに(こぼ)れる光芒の如く、濛々(もうもう)と立ち込める白蒸気の煙を突き破り、炎の拳と共に現れる。


「炎魔法、フレイム·ブロウ」

──ただ…魔法が不条理なのだとしたら、不条理と対等に戦えるのも魔法だけなのかもしれない。それを迷わず信じる覚悟は…ちゃんと俺の中にある。


 慌てふためき、逃げ腰を見せて走り退(しりぞ)く男の振り返りざま、その腹を目掛けて、ヴァイスの拳は臆せず撃ち込まれる。その一撃は、まるで白雲の浮かぶ東雲(しののめ)の空に、赤く煌めく彗星が降り落ちるように、轟々と(ほとばし)る火花の尾筋を引きながら空気を切り裂いた。

 その峻烈(しゅんれつ)たる勝利を知ってか知らずか、どこか遠くからゴーン、ゴーン、ゴーンと三回、まるでトロンボーンの号令で幕を開ける華やぎの凱歌を奏でるかのように、重く震える鐘の音が鳴り響く。そして、朧白(おぼろしろ)の空には、煌々(こうこう)と輝く水縹(みはなだ)色の光を放つ魔鉱石が打ち上げられていた。

 その音を聞いたヴァイスは、周囲の空を素早く見渡し、その瞳に青色の光を捉えた。


「あれが競争(トリス・タイム)の合図…。なら、急がないと集まってくるだろうな。灯台の光に招かれた宝船を狙って血眼(ちまなこ)で波を漕ぎ進む略奪者(チャレンジャー)たちが。まぁ…元より俺も挑戦者チャレンジャーなんだけどな」

──グラートが派手に戦ってたのは、この巡戦(フェーズ)に進む受験者(ライバル)を減らすためだろうな。……いや、そうでもないか…。



 溶けかけの雪道を足早に戻ったヴァイスは、再び石壇を登り、落ち着いた呼吸で何の気なしに宝箱を開ける。

 すると、その中には、澄んだ虹色の輝きを放つ小さくも美しい鉱石があった。それは、まるで温もりが奪われた深海から夢現(ゆめうつつ)微睡(まどろ)むまま浮上し、ふと目を開けたとき、熾烈(しれつ)に差し込む月明かりのような、驚異的に尊い美しさだった。

 魔金剛結晶(イリス・ペドラ)。──マジック・ダイヤモンドとも呼ばれ、魔力伝導率200%という性質により、未熟な魔力探知でさえ存在を剥き出しにできてしまう代物。

 ヴァイスは、その輝きに玉響(たまゆら)、目を奪われていた。


「これが宝…」

──グラートが現れたときに感じた異様さの正体…。なるほど、隠れるだけ無駄ってわけか。


 (ほの)かな吐息で正気付いたヴァイスは、その宝石を手に取ると、雪霞(ゆきがすみ)の奥に浮かぶ青色の光に導かれるまま、赫耀(かくよう)の幕を下ろした石壇を後にして駆け出した。



 ヴァイスは、忙しない白息吹を荒く吐き連ね、喉元を垂直に張って見上げるほどに、示された目的地(ゴール)──青い光を目前に突き進んでいた。


「まぁ…どれだけ受験者(ライバル)が待ち伏せていようとも…関係ないよな。あいつなら、そんなこと考えないだろうし、今の俺も…格好の餌食(えじき)になるつもりはない。炎魔法、サーペント·スティル」


 肺の奥底まで巡る深呼吸と大太鼓の重低音のような鼓動を合図に、ヴァイスは思いっ切り地面を蹴り出す。

 ボンッボンッと全身から爆ぜる炎は、熱した空気を掻き破り、疾風迅雷に突き抜けるヴァイスの背中を押し叩く。それは、まさにうねる大蛇が鱗を()り、自在に這い進むように、待ち潜む数多の人影を一瞬で追い抜く。

 その先に現れた、青い光柱が照り貫かれた大きな穴に向かって、ヴァイスは大きく踏み込み、欣快(きんかい)な面持ちで飛び込んだ。


「あれから十年…。復讐のため…なんて言ってしまえば、それまで。希望も不条理も…魔法も全部、きっかけを欲したのは俺自身だ。その願いに理由(ワケ)なんて付けない。この選んだ道筋の果てに幸せがあるって信じるだけでいい」


 ヴァイスは、両手両足を大きく広げ、猛烈に吹き上がる風に乗って、緩やかに舞い降りていく。



 魔法学校入学試験会場〈天空都市(ペンテウルブス)〉、雪原エリア地下層、試験官室。そこで、”陽翼の輝剣(ヴェリエル)・特別監査”と書かれた名札を首から吊り下げたシュヴァールが、穴から降りてくるヴァイスの様子を小さな窓から眺めていた。


「三人目。今日、最後の合格者か」


 シュヴァールは、口元を撫でるように指先で触れ、一息つくや否や、安堵の笑みを(こぼ)す。


この世界にとって、魔法とは何か。

深まるシュヴァールの謎──。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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