第四話 対等の力
※この作品は、初作品「エリシオン·アル·レーヴ」の改訂版となっています。
ヴァイスは、炎魔力防御によって全身を包み込んだ熱から赫々たる炎を静かに滾らせ、鼻からスゥーッと細く息を吸いながら、奇襲してきた男がいるであろう方向を冷然と見据える。
「炎魔法、反撃影陣」
空気を揺らす炎が、ガサついた粘土細工を滑る両手で優しく包み込んで捏ねるように、手つき丹念に凝縮されると、両腕を広げる動きに合わせ、見る間に大身槍の形を成した。そして、それを振りかぶってビュンッと投げ飛ばした瞬間、その影から伸びる、散り落ちる糸屑のような残光に潜み隠れるように走り出す。
「お前を卑怯とは言わない。俺は…この不条理な現実を…受け入れる。その弱さを…希望への執念に変えるために」
──相手にとって最悪の選択をするってのが不条理ってことなら…魔法も同じなのか?いや、魔法は不条理を証明するための供物じゃない。ただ……。
蹴り飛ばされた反動で、グシャッと舞い猛る融け雪を置き去りに、果敢な面持ちで駆け抜けるヴァイス。その視線の先には、狼狽して腰を抜かしたまま構える男が、稲妻の矢を焦り放つのが見えた。
そのジリジリと音を立てる矢は、吸い寄せられるように炎の槍の刃先を摩れる。その瞬間、地面に重く積もっていた雪が重力に反するように瑞々しく浮き上がり、二つの魔法を吹き飛ばす勢いで爆ぜる。
それに構わず走り続けるヴァイスは、暗灰雲の切れ間から微かに零れる光芒の如く、濛々と立ち込める白蒸気の煙を突き破り、炎の拳と共に現れる。
「炎魔法、フレイム·ブロウ」
──ただ…魔法が不条理なのだとしたら、不条理と対等に戦えるのも魔法だけなのかもしれない。それを迷わず信じる覚悟は…ちゃんと俺の中にある。
慌てふためき、逃げ腰を見せて走り退く男の振り返りざま、その腹を目掛けて、ヴァイスの拳は臆せず撃ち込まれる。その一撃は、まるで白雲の浮かぶ東雲の空に、赤く煌めく彗星が降り落ちるように、轟々と迸る火花の尾筋を引きながら空気を切り裂いた。
その峻烈たる勝利を知ってか知らずか、どこか遠くからゴーン、ゴーン、ゴーンと三回、まるでトロンボーンの号令で幕を開ける華やぎの凱歌を奏でるかのように、重く震える鐘の音が鳴り響く。そして、朧白の空には、煌々と輝く水縹色の光を放つ魔鉱石が打ち上げられていた。
その音を聞いたヴァイスは、周囲の空を素早く見渡し、その瞳に青色の光を捉えた。
「あれが競争の合図…。なら、急がないと集まってくるだろうな。灯台の光に招かれた宝船を狙って血眼で波を漕ぎ進む略奪者たちが。まぁ…元より俺も挑戦者なんだけどな」
──グラートが派手に戦ってたのは、この巡戦に進む受験者を減らすためだろうな。……いや、そうでもないか…。
溶けかけの雪道を足早に戻ったヴァイスは、再び石壇を登り、落ち着いた呼吸で何の気なしに宝箱を開ける。
すると、その中には、澄んだ虹色の輝きを放つ小さくも美しい鉱石があった。それは、まるで温もりが奪われた深海から夢現に微睡むまま浮上し、ふと目を開けたとき、熾烈に差し込む月明かりのような、驚異的に尊い美しさだった。
魔金剛結晶。──マジック・ダイヤモンドとも呼ばれ、魔力伝導率200%という性質により、未熟な魔力探知でさえ存在を剥き出しにできてしまう代物。
ヴァイスは、その輝きに玉響、目を奪われていた。
「これが宝…」
──グラートが現れたときに感じた異様さの正体…。なるほど、隠れるだけ無駄ってわけか。
仄かな吐息で正気付いたヴァイスは、その宝石を手に取ると、雪霞の奥に浮かぶ青色の光に導かれるまま、赫耀の幕を下ろした石壇を後にして駆け出した。
ヴァイスは、忙しない白息吹を荒く吐き連ね、喉元を垂直に張って見上げるほどに、示された目的地──青い光を目前に突き進んでいた。
「まぁ…どれだけ受験者が待ち伏せていようとも…関係ないよな。あいつなら、そんなこと考えないだろうし、今の俺も…格好の餌食になるつもりはない。炎魔法、サーペント·スティル」
肺の奥底まで巡る深呼吸と大太鼓の重低音のような鼓動を合図に、ヴァイスは思いっ切り地面を蹴り出す。
ボンッボンッと全身から爆ぜる炎は、熱した空気を掻き破り、疾風迅雷に突き抜けるヴァイスの背中を押し叩く。それは、まさにうねる大蛇が鱗を擦り、自在に這い進むように、待ち潜む数多の人影を一瞬で追い抜く。
その先に現れた、青い光柱が照り貫かれた大きな穴に向かって、ヴァイスは大きく踏み込み、欣快な面持ちで飛び込んだ。
「あれから十年…。復讐のため…なんて言ってしまえば、それまで。希望も不条理も…魔法も全部、きっかけを欲したのは俺自身だ。その願いに理由なんて付けない。この選んだ道筋の果てに幸せがあるって信じるだけでいい」
ヴァイスは、両手両足を大きく広げ、猛烈に吹き上がる風に乗って、緩やかに舞い降りていく。
魔法学校入学試験会場〈天空都市〉、雪原エリア地下層、試験官室。そこで、”陽翼の輝剣・特別監査”と書かれた名札を首から吊り下げたシュヴァールが、穴から降りてくるヴァイスの様子を小さな窓から眺めていた。
「三人目。今日、最後の合格者か」
シュヴァールは、口元を撫でるように指先で触れ、一息つくや否や、安堵の笑みを溢す。
この世界にとって、魔法とは何か。
深まるシュヴァールの謎──。
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