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エリシオンを綾なす不凋花  作者: 蜜柑 宵薫
第一章 魔法学校編
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第二話 希望の地図

※この作品は、初作品「エリシオン·アル·レーヴ」の改訂版となっています。

 ヴァイスは、カチコチに固まった硬い氷の大地をグルグルと転がり抜け、まっさらな積雪に背中から勢い良く突っ込んだ。そして、そのまま横向きに背を丸めながら、水底から必死に這い出るように、(すぼ)めた口から荒く息を吸い込む。

 そのとき、避けられない尖氷(せんひょう)から体を(かば)って、咄嗟(とっさ)に腕を立てて受けた瞬間の記憶が、鮮明に(よみがえ)った。

 その直後、まるで牙で噛みちぎられたかのような(しび)れと痛みが、交互に押し寄せる。その腕を(のぞ)き見る瞳は、驚きと戸惑いで重心を失い、覚束無(おぼつかな)く揺れていた。

 小さく丸まるように(うずくま)り、巻き込んだ唇を力ませて噛み締めたとき、亡霊のまま根付いた種が再び双葉を芽吹かせるように、暗闇の中に閉じ籠もっていた幼い頃の記憶を呼び覚ます。


「あぁ…似てるな。あの頃と同じような景色だ。…絶望の景色。でも、もう一つ…思い出した。あのときから、ずっとシュヴァールさんが見せ続けてくれた希望は、奇跡なんかじゃなかったんだって。俺が強がらなきゃ、誰が俺に打ち勝てる?」


 まるで白い群鳥が大空へ羽ばたくかのように、脳裏から高々と湧き上がる高揚感が、ヴァイスの頬を(ゆる)ませる。

 そして、ふわりと(ふく)らむ海月(くらげ)澎湃(ほうはい)と込み上げる気泡を引き連れ、彷徨(さまよ)える深海から浮かび上がってくるように、肘を上げて手を地に突きながら体を起こし、立ち上がる。


「俺の恩人(いわ)く、絶望ってのは希望を探すための地図らしい。分かれ道なら迷っていい。一本道でも立ち止まっていい。後ろを振り返って別の道を探すのもいい。そこに希望の座標(ゴール)なんて示されてない。だからこそ、迷わず進んだ先に希望があると俺も信じたい。座標(ゴール)なんて無くても、一緒に歩いてくれる人がいるって分かったから。…もう迷わない」


 その赤々とした炎熱を纏っているヴァイスを映したグラートの瞳は、水面(みなも)が朝日を浴びて反射しているように、キラキラと輝き、頬には笑みを浮かべていた。


「…ヴァイス。お前は、あるかも分からない希望とやらが、信じるだけで輝いて見えるのか。確かに、その地図には無駄な人生(ルート)なんかない。だが、決められた座標(ゴール)にも希望はあるものだ。それを辿らなければ見えない景色もある」

──こいつ…熱を纏っているのか。いや、本質は魔力だろう。痛みは感じているようだが…だとしても…無傷か。どうやら、感化されているようだ。クリム・ヴァイスの狂気に。


 グラートは、右腕を素早く振り上げ、手のひらを空に向ける。すると、淡碧(たんぺき)に染まる数多の氷粒が、一羽の大きな鳥が翼を広げて飛び立つように、空気を凍りつかせながら立ち昇る。

 その冷気の流れを追うように、ヴァイスは視線を上空に向ける。


「嘘…だろ?」

──さっきまでの戦い方よりも雑…いや、如何(いか)にも貴族らしい圧倒的誇示(こじ)。さながら天災だな。ノルク・グラート…まさか俺を試してるのか?


 その瞳に映ったのは、視界を覆い尽くすほどの巨大な氷塊だった。


「一級氷魔法、アイス·メテオ」


 グラートは、そう言いながら天に伸ばしていた腕をゆっくりと振り下ろす。

 ヴァイスは、両足を地面に踏みつけるように腰を屈め、身に纏う炎を両足に渦巻かせる。


「炎魔法、フレイム·デバンド」

──落ちてからじゃ遅い。というか(はな)から…迷う余地なんかない。着地のことは後で考えよう。


 足から地面に向かって噴射した炎は、鈍い轟音と共に氷の大地を踏み砕き、黒煙を撒き散らした。その地面に黒焦げ痕を残すほどの爆風に身を委ね、迫り落ちてくる氷塊に向かって猛然と飛んでいく。

 まるで赫閃が薄ら揺らめく星の欠片。

 グラートは、その不格好な飛行魔法を反射的に目で追いかけ、ただ呆然とした面持ちで見上げていた。

 

「勢いだけの制御不能の飛行…。宣言通り、迷わず向かっていくとはな…」


 曇天を隔てる氷塊を眼前にしたヴァイスは、剥き出しになった歯を食いしばりながら、加速に連れて強まる冷風を突き破り、ギュッと拳を強く握り締め、肘を大きく背中に引き(しぼ)る。


「炎魔法、フレイム·ブロウ」


 その拳からボウッと激しく燃え上がる炎は、(おぼろ)に揺らぐ高熱の空気を掻き寄せ、斑紋(はんもん)幼蛇(ようだ)がうねり巻き付くように、細く高密に渦を成す。そこから鱗が剥がれ落ちるように、琥珀色の輝きで星々を(えが)く火花はパチンッと小さく()ぜる。

 それは、まるで(やなぎ)が香る初夏の夕闇、空気を叩く重低音を鳴らす花火が彼方の空を儚く照らし、せせらぎの涼しさを飾る蛍火を緋色に惑わすような、(もろ)(かそ)けき灯りだった。

 ヴァイスは、空を万遍なく喰らい尽くす怪物のような淡碧の氷塊に、その炎の拳を躊躇(ちゅうちょ)なく突き立てる。

 その衝突の瞬間、パキンッと氷の表面が割れた音の響きに混じる、ツンと鼻の奥を痛ませる冷たい匂いと共に、白霧が噴き舞う。



 パキッ…パキッ…。

 亀裂の入った氷盤の隙間から溶け出た水が(したた)り落ち、ジワジワと染み込み割れる音が、耳元で(ひそ)かに鳴り響く。その小さな騒音で、ヴァイスは卒然と目を覚ました。彼の放心とした瞳は、乾きを忘れたように瞬き一つせず、ただ真っ直ぐに写し出す、鈍色の雪雲だけが残った空を見上げていた。

二人の激動は早くも決着する。

しかし、敗北ではヴァイスの希望は枯れず──。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
xから来ました。 日常の中に静かに差し込んでくる非日常の気配と、主人公が状況を理解しようともがく内面描写がとても丁寧で、世界の仕組みや人との関係が少しずつ明らかになっていく過程に強く引き込まれました;…
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