38.指針そのものが
「じゃ、頑張って」
「え、ちょ、ああああああああ!!!!!」
吉岡と加茂茜の身体と悲鳴が地面の中へ消えていく。
ソレを横目に、弐番は残った魔使に肉切り包丁を向ける。
「・・・・・・アイツらを何処にやったぁ? テメェら、何が目的だぁ?」
「何だっていいだろう? 彼らのことは。――それより」
一歩、近づき両手を広げる。
「少し、話そうじゃないか」
優しく、子供を誘うように、彼は口角を上げた。
「君と私は似ている。我々は死に抗い、生を渇望した者同士なのだから」
「あぁ?」
何を言っているのか、と弐番は顔をしかめる。
「私も、かつて生きるため奔走したのだよ。君と、同じように」
加茂家に遺された文書だけで、魔使は弐番の『生への渇望』という本質を理解した。分かってしまった。
何故ならそれは、かつて自分自身が持ち、感じていたものだったからだ。
「だが手段が違う。君は人である事を捨て、怪異となった」
生きたいと願った弐番は、人を喰らい、人である事を捨て、果てに怪異へと堕ちたことでその願いを叶えた。
「私はしなかった選択だ。あぁ、だからこそ、君に興味が湧く」
愉快そうに、魔使は笑う。
同じ願いを抱えながら、違う選択をした存在が目の前にいる。
それは、知的好奇心によって動く魔使にとって、重要なことだった。
「間違いなく、君は私とは違う景色を見ているはずだ」
魔使は、自身の選択を後悔などしていない。
ただ、知りたいのだ。
分かれた道の先には、何があったのだろう、と。
「さぁ、教えてくれ。君には一体、何が視える?」
翠眼が、弐番へ真っ直ぐ向けられる。
「生を掴めた、光溢れる希望の未来か」
放たれる一言一句を取りこぼすまいと感覚を研ぎ澄ませる。
「あるいは、振り切れず、迫り来る恐怖に怯え続ける過去か」
期待に胸を目一杯弾ませて、弐番の回答を待った。
「・・・・・・」
向けられた質問に、弐番は答えない。
ただ目を閉じ、鼻を鳴らすだけ。
くん、くん、と。
獣のように。
そして、一言。
「・・・・・・お前、いい匂いがするなぁ」
ゴクリと唾を呑む音が、沈黙の中に響く。
「強い肉本来の香り。僅かに感じる脂の甘み。匂いだけで肉の旨味が口いっぱいに広がってくるようだぁ・・・・・・」
垂れた涎を拭いながら、期待で歪んだ口角と眼を魔使へ向ける。
「――お前、美味そうだなぁ?」
弐番の眼には、眼前の魔使恵は最早人として映ってはいない。
ただ捕食する対象。
食欲をそそる肉塊。
彼の言葉が、動作が、匂いが。
魔使恵のあらゆる全てが、食欲を掻き立てる。
人としてではなく最上の食材として、弐番の眼には映っていた。
「――・・・・・・今。・・・・・・あぁ、そうか。・・・・・・そう、なのか」
小さく、弱々しく言葉を漏らしながら、魔使は顔を伏せた。
息を吐き、影が差したその眼に、もう弐番を映すことは出来なかった。
落胆。
滲み出たソレが、満ち溢れていた『期待』を塗り潰す。
期待していた。
それは、自分と同じだったから。
死にたくない。もっと生きたい。
純粋な願いを胸に秘め、藻掻き抗ってきた。
その渇望を知っていたから、弐番を理解することが出来た。
だが、生を掴む手段が違っていた。
生きるために人を襲い。
生きるために人を喰い。
そして、生きるために怪異へ堕ちた。
その選択をした果てに見える景色は、一体どんなものであろうか。
選択を違えたのだからきっと、見える景色は違うはずだ。
そう考えていた。
知る事が出来ると楽しみにしていた。
「もう、違うのだな」
しかし、もう、弐番は生を渇望などはしていなかった。
「今は、喰う事そのものが――・・・・・・」
深く、大きく息を吐く。
もう、興味は無い。
ただ人を喰うことが目的の存在は、他に沢山いる。
生に頓着しない弐番には、もう価値はない。
ならば――・・・・・・。
「・・・・・・なんだぁ?」
弐番は周囲の変化を感じ取る。
空気が音を立てて軋み行く。
伸びた魔使の影が地を、海を黒く染め上げる。
領域そのものが渦巻くように歪んでいくその中で、翠眼が再度弐番へ向けられる。
「弐番」
口を開く。
しかしその眼に、もう光はない。
「お前はもう、用済みだ」
右目に、悪魔の紋様が浮かぶ。
炎のように揺らめく魔力が、蜃気楼のように世界を更に歪ませた。




