93. 通行人Aへ
XCIII
À UNE PASSANTE
ソネット形式 脚韻ABBA CDDC EFE FGG
邦題は専ら「通りすがりの女へ」で通っているが、アドベンチャーゲームやロールプレインゲームといったビデオゲームにしばしば出てくる「通行人A」という言い方の、「名無しさん」「村人A」にも通じるニュアンスの萌芽が、本作にも感じられるように思われるので、改題してみた。もっとも、近頃の「通行人A」は SNS のハンドルにも使われ、必ずしも「名無しさん」ではなくなりつつあるようで、何ともはや。
耳をつんざく表通り、わが身を取り囲んで咆哮。
背高く、痩せぎす、痛みは重大、哀しみ壮絶、
通りすがるは女性が一人、その手つきも贅沢
やおら持ち上げ、揺らすは花綱飾りと裳裾とを、
La rue assourdissante autour de moi hurlait.
Longue, mince, en grand deuil, douleur majestueuse,
Une femme passa, d’une main fastueuse
Soulevant, balançant le feston et l’ourlet ;
俊敏にして気高く、そして彫像の脚。
息を飲んだ、引き攣ること金遣いの荒い男のよう、
その目の内は、鮮やかな空、ハリケーンを孕む、
魅惑的な甘美と快楽、もたらすは死。
Agile et noble, avec sa jambe de statue.
Moi, je buvais, crispé comme un extravagant,
Dans son œil, ciel livide où germe l’ouragan,
La douceur qui fascine et le plaisir qui tue.
紫電一閃……たちまち夜!……儚い美が
その視線の内に、いきなり私を蘇らせた、
もう会えないのだろうか、来世でしか?
Un éclair… puis la nuit ! — Fugitive beauté
Dont le regard m’a fait soudainement renaître,
Ne te verrai-je plus que dans l’éternité ?
どこか遠くへ、ここから遠くへ!手遅れか!またとないのか!
貴女はどこへ逃げたやら、私はどこへ行くのやら。
わが愛したであろう貴女、弁えていたであろう貴女!
Ailleurs, bien loin d’ici ! trop tard ! jamais peut-être !
Car j’ignore où tu fuis, tu ne sais où je vais,
Ô toi que j’eusse aimée, ô toi qui le savais !
訳注
jamais: 「一度もない」「決してない」という意味のこの言葉は、エドガー・アラン・ポオ『大鴉』のリフレイン Nevermore. を思わせる。




