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悪の華 LES FLEURS DU MAL  作者: シャルル・ボードレール Charles-Pierre Baudelaire/萩原 學(訳)
絵に描いたパリさまざま TABLEAUX PARISIEN
93/121

90. 老爺が7人 LES SEPT VIEILLARDS

2版XC、3版CXIV

ヴィクトル・ユゴーへ À VICTOR HUGO

十二音綴4行詩13節 脚韻ABAB

献呈したユゴーから「君は新しい戦慄を創造した」と称賛を受けた1篇

挿絵(By みてみん)

ざわざわと(にぎ)わう街、街は夢に満ち、

亡霊が呼び止める、白昼堂々通行人を!

至る所に神秘が流れ、樹液のように

強大なる巨像の中、狭い水路の端々(はしばし)を。

Fourmillante cité, cité pleine de rêves,

Où le spectre en plein jour raccroche le passant !

Les mystères partout coulent comme des sèves

Dans les canaux étroits du colosse puissant.

ある朝、(わび)しい通りを過ぎていて

霧で高さを増して見える家々は、

(かさ)を増した川の両岸を模していて、

何やら役者の魂にも似た書割(かきわり)か、

Un matin, cependant que dans la triste rue

Les maisons, dont la brume allongeait la hauteur,

Simulaient les deux quais d’une rivière accrue,

Et que, décor semblable à l’âme de l’acteur,

その場全体に溢れる、黄色く汚れた霧、

英雄のように張り詰め従い

早くも疲れ果てたわが魂を相手に語り、

重々しい荷車に揺れる城外。

Un brouillard sale et jaune inondait tout l’espace,

Je suivais, roidissant mes nerfs comme un héros

Et discutant avec mon âme déjà lasse,

Le faubourg secoué par les lourds tombereaux.

挿絵(By みてみん)

いきなり、老爺が一人、黄色い襤褸(ぼろ)

(まと)うは、この雨空の色を真似たか、

その姿、さぞ(ほどこ)しの雨を降らせよう、

その目に輝く邪悪なかりせば、

Tout à coup, un vieillard dont les guenilles jaunes

Imitaient la couleur de ce ciel pluvieux,

Et dont l’aspect aurait fait pleuvoir les aumônes,

Sans la méchanceté qui luisait dans ses yeux,

わが目の前に。目は胆汁に()けたよう…

眼差(まなざ)し、寒気を鋭くして、

そのあご(ひげ)の長々しい毛、(こわ)きこと(つるぎ)のよう、

ユダさながらに突き出て。

M’apparut. On eût dit sa prunelle trempée

Dans le fiel ; son regard aiguisait les frimas,

Et sa barbe à longs poils, roide comme une épée,

Se projetait, pareille à celle de Judas.

挿絵(By みてみん)

猫背どころか、背骨が折れて

背中と脚とがまったく直角、

見た目も完璧、杖を持つ手で、

ぎこちなく踏むターンとステップ

Il n’était pas voûté, mais cassé, son échine

Faisant avec sa jambe un parfait angle droit,

Si bien que son bâton, parachevant sa mine,

Lui donnait la tournure et le pas maladroit

挿絵(By みてみん)

足が不自由な四足の獣か、三本足のユダヤ人か。

その(おもむ)く先々で、雪やら泥やら絡まって、

まるで古靴の下、死体多数を踏み(にじ)るものか、

世界全体に無関心というより、敵対して。

D’un quadrupède infirme ou d’un juif à trois pattes.

Dans la neige et la boue il allait s’empêtrant,

Comme s’il écrasait des morts sous ses savates,

Hostile à l’univers plutôt qu’indifférent.

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

同類が彼に続いた。髭、目、背中、杖、襤褸、

輪郭は区別がつかず、同じ地獄より来たる、

この百歳の双子よ、して、この(いびつ)な亡霊たちよ

足並み揃えて知られざる目標へ行進している。

Son pareil le suivait : barbe, œil, dos, bâton, loques,

Nul trait ne distinguait, du même enfer venu,

Ce jumeau centenaire, et ces spectres baroques

Marchaient du même pas vers un but inconnu.

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

どんな悪名高い陰謀の的に私はなっていたのか、

それとも、どんな邪悪な偶然が私を辱めたのか?

私は1分ごとに7回数えた、

この老爺は増殖していた!

À quel complot infâme étais-je donc en butte,

Ou quel méchant hasard ainsi m’humiliait ?

Car je comptai sept fois, de minute en minute,

Ce sinistre vieillard qui se multipliait !

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

わが不安を笑い飛ばそうとする者、

そして兄弟としての戦慄に襲われない者は、

よく考えよ、どれほど老いさらばえていようと、

この醜悪な怪物たち7人は永遠の存在に見えた!

Que celui-là qui rit de mon inquiétude,

Et qui n’est pas saisi d’un frisson fraternel,

Songe bien que malgré tant de décrépitude

Ces sept monstres hideux avaient l’air éternel !

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

私は死なずに、8人目を眺められたか、

容赦なく瓜二つ、皮肉で致命的な、

おぞましい不死鳥(フェニックス)、自身の息子にして父親か?

……しかし私は、地獄の行列に背を向けた。

Aurais-je, sans mourir, contemplé le huitième,

Sosie inexorable, ironique et fatal,

Dégoûtant Phénix, fils et père de lui-même ?

— Mais je tournai le dos au cortège infernal.

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

ものが二重に見える酔っぱらいのように苛立ち、

私は戻り、ドアを閉め、恐怖に沈んで、

病んで落ち込み、心は熱を帯び、悩み、

傷ついた、謎について、不条理について!

Exaspéré comme un ivrogne qui voit double,

Je rentrai, je fermai ma porte, épouvanté,

Malade et morfondu, l’esprit fiévreux et trouble,

Blessé par le mystère et par l’absurdité !

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

理性が舵を取ろうとしても無駄になって。

その努力を撹乱してくる、嵐が(もてあそ)ぶ、

わが魂は踊った、踊った、古ぼけた(はしけ)になって

帆柱もなく、怪物めいた海を、寄る()無く!

Vainement ma raison voulait prendre la barre ;

La tempête en jouant déroutait ses efforts,

Et mon âme dansait, dansait, vieille gabarre

Sans mâts, sur une mer monstrueuse et sans bords !

挿絵(By みてみん)

訳注

Fourmillante: fourmi(蟻)に由来する、この一語で「アリのように群がる」意味合い。この感じの単語は日本語にないので意訳。

raccroche: 翻訳機が「吊るし上げる」と提案してきたので、それでも良いかと思ったが。

colosse: 「ロードス島の巨像」のような、巨大な彫像。本邦にては例えば、奈良の大仏様。ここではパリ市街を造り物として巨像に見立てる。なお、世界七不思議に数えられる「ロードス島の巨像」は、高名ではあるものの早くに倒壊し消失したため、描かれた絵は全て想像図である。

jaune: ヨーロッパ、特にフランスでは、黄色は枯葉の色であり、衰退・病気・陰気を思わせるという。

tombereaux: ダンプトラック。その前身は、馬車の時代から存在する。

Judas: 十二使徒の一人であったイスカリオテのユダは、師を祭司長に売った。このことから「裏切り者」「悪意を持つ者」の典型とされる。


マタイによる福音書16章

14 時に、十二弟子のひとりイスカリオテのユダという者が、祭司長たちのところに行って

15 言った、「彼をあなたがたに引き渡せば、いくらくださいますか」。すると、彼らは銀貨三十枚を彼に支払った。


これを踏まえて「最後の晩餐」を描く絵では、イスカリオテのユダを示す記号として、背を向け金袋を持つことが多い。中には、黄衣を着て顎髭を長く伸ばしているものもある。挿絵(By みてみん)

しかし、以下の描写は「イスカリオテのユダ」より、「さまよえるユダヤ人」の伝説を想起させる。


gabarre: 貨物輸送に使われる小舟をいう。しかしおそらく、言いたいことは「感情の大波に、心は小舟のように翻弄される」であって、あるいはコールリッジ『年寄り船乗り』、あるいはワーグナー『さまよえるオランダ人』をいうのであろう。この見方が正しければ、詩人は自分の心に、イスカリオテのユダ・さまよえるユダヤ人・さまよえるオランダ人の三者を重ねている。


savate: 「靴」を指す名詞であり、蹴り技主体の護身術でもある。邪魔者を足蹴にかけて打ち倒し、死体の上で踊る破壊神が想起される。


baroque: 当時のアカデミーは「比喩的な意味での、いびつ、奇妙、不規則さ」を第一義とした。

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【対訳】ボードレール『悪の華』表紙

参考文献

ブログ
philofrançais.fr Baudelaire, Les Phares
Séquence 4 (Les Fleurs du Mal : Baudelaire et le "culte des images")
Charles Baudelaire: Don Juan aux enfers
ボードレール 「地獄のドン・ジュアン」 Baudelaire «Don Juan aux Enfers»  詩句で描かれた絵画
ボードレール『悪の華』韻文訳――015「冥界のドン・ジュアン(1861年版)」
【対訳】ボードレール『悪の華』表紙
Baudelaire et les étonnantes « caricatures de modes » de Carle Vernet
Le trente-un, ou la maison de prêt sur nantissement | BnF Essentiels
Wikipedia
ポイボス
パエトーン
レーテー
メランコリー
メランコリア I
Der Freischütz
Les Fleurs du mal
Don Juan aux enfers
アケローン
さまよえるオランダ人
さまよえるユダヤ人
reposoir
ostensoir
死者の日
聖心
悲しみの聖母
海の星の聖母
エデンの園
Strix (mythology)
マルセイユ版タロット
マーガレット (植物)
ファウスト(ゲーテ)
ファウストの劫罰
ファウスト (グノー)
ファニー・エルスラー
ゲーテのファウストからの情景
エレボス
ヘンリエッタ・ロナー=クニップ
ヴォルフガング・シュナイダーハン
ヘルメース
ミダース
北西航路
William Edward Parry
Parry Channel
氷海
Faubourg
Le Jeu
Quinquet
ポーモーナ
Cierge (bougie)
ブルゴーニュのブドウ畑のクリマ
Wikisource
Les Fleurs du mal (1861)(第2版)
Les Fleurs du mal (1868)(第3版)
Les Fleurs du mal/Concordance(一覧表)
Librivox
Les fleurs du mal
論文
高橋宏幸「パエトンの暴走とオウイデイウス 『変身物語』の構想」
佐々木 稔『頽廃と神話 ボードレールにおける古代性と現代性』
原島恒夫『ボードレールの「音楽」について』
小倉康寛『1860 年におけるボードレールの詩学の「成熟」』
オスマンのパリ大改造
A propos d’Ernest Christophe : d’une allégorie l’autre
YouTube
Der Freischütz, OP.77 Overture: Vienna Philharmonic Orchestra, Wilhelm Furtwängler
Weber: Invitation to the Dance, Knappertsbusch & VPO
Der fliegende Holländer: Overture
Horowitz: Chopin Sonata No.2 Op.35 (3/4) marche funèbre
Beethoven Piano Sonata No.17 in D minor, Op.31 "The Tempest"
Carmen ACT2 : Les tringles des sistres tintaient
The Flying Dutchmen: Sailors' Chorus
POÈME ÉLÉVATION DE CHARLES BAUDELAIRE MISEN MUSIQUE
ÉLÉVATION Charles Baudelaire
Der wunderbare Mandarin pantomime, Op. 19, Sz. 73 (Vienna Philharmonic, Pierre Boulez)
Léo Ferré: Je te donne ces vers
Good Times Bad Times - Led Zeppelin/Covered by Yoyoka, 8 year old
「枯葉 Les Feuilles Mortes」イヴ・モンタン Yves Montand
Debussy: La Mer/Orchestre National De L'O.R.T.F /Jean Martinon
ベートーヴェン第14弦楽四重奏曲 ブッシュ四重奏団
同 ヴェーグ四重奏団
ベートーヴェン第17ピアノ・ソナタ「テンペスト」
Beethoven Violin Concerto Wolfgang Schneiderhan
King Crimson - Starless (King Crimson In Concert - Live In Tokyo 2021)
タルティーニ『悪魔のトリル・ソナタ』vn:ナタン・ミルシテイン
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内海利勝『月の無い夜に』
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