75. 憂鬱
2版LXXV、3版LXXVII
SPLEEN
1851年『議会通信』に発表。制作年月日不詳、4篇を数える SPLEEN の中で最も古い作品
憂鬱詩群 ソネット形式 脚韻ABAB CDCD EEF GGF
共和暦「雨月」怒り心頭、街全体に
骨壷から黒い風邪の奔流を放つ
近隣の墓地の青白い住人たちに
そして霧の郊外に集団死を齎す。
Pluviôse, irrité contre la ville entière,
De son urne à grands flots verse un froid ténébreux
Aux pâles habitants du voisin cimetière
Et la mortalité sur les faubourgs brumeux.
石畳にトイレを探す愛猫
疥癬の痩身を忙しげに揺らして、
老詩人の魂が側溝をさまよう
寒くてならない亡霊の悲しげな声で。
Mon chat sur le carreau cherchant une litière
Agite sans repos son corps maigre et galeux ;
L’âme d’un vieux poëte erre dans la gouttière
Avec la triste voix d’un fantôme frileux.
大鐘は嘆き、薪は烟り
裏声もて合奏するは、風邪の時計
香水ベタつくゲームの最中に、
Le bourdon se lamente, et la bûche enfumée
Accompagne en fausset la pendule enrhumée,
Cependant qu’en un jeu plein de sales parfums,
水疱瘡の老婆が遺した宿命の遺品
ハンサムなハートのジャックとスペードのクイーン
2人の失恋を罪深く曰く有りげに。
Héritage fatal d’une vieille hydropique,
Le beau valet de cœur et la dame de pique
Causent sinistrement de leurs amours défunts.
訳注
Pluviôse: フランス革命暦第5月、現行の1月〜2月。フランスのみならず、西欧では秋から冬にかけて降水量が多くなる。
urne : 先ず「骨壺」、次いで「壺」全般を指す。「投票箱」という意味もある(佐々木稔「解釈の方法について一一ボードレール受容史の再構成」https://nagoya.repo.nii.ac.jp/record/21118/files/41-2.pdf )。「花瓶」「ポット」「一輪挿し」は vase 、「水瓶」は cruche d'eau と、使い分けされているようだ。
froid ténébreux: ténébreux(暗黒の)froid(寒け)とは、冬場の胃腸風邪ではあるまいか。
mortalité: 専ら「死」「死亡率」と訳すが、阿部良雄氏の指摘では「直訳すると『集団的死亡』あるいは『死亡率』」とのことで、疫病の蔓延とも読める。二月革命の背景には大飢饉に伴う疫病があり、また当日は雨が降っていたので、その暗さの描写か。
bourdon: マルハナバチ。低音管、大鐘。ふさぎの虫。
sales parfums: ナポレオン・ボナパルト(Napoléon Bonaparte, 1769-1821)はオー・デ・コロンを愛用し、多い日は20本にも及んだという。
la dame de pique: プーシキン『スペードの女王』(1834)では、「横から見ればナポレオン」と評される主人公ゲルマンが、亡霊の助言に従って大博打に勝つものの、最終的には負けて発狂する。その結末は、アペル『魔弾の射手』を思わせる。




