69. 音楽
2版LXIX、3版LXXI
LA MUSIQUE
憂鬱詩群
ソネット形式 脚韻ABAB CDCD EFE FGG
音楽はよく、私を連れて行く、海をさながら!
青白い星に向かうべく、
霧の天井の下、あるいは広大なエーテルの中、
私は船出する。
La musique souvent me prend comme une mer !
Vers ma pâle étoile,
Sous un plafond de brume ou dans un vaste éther,
Je mets à la voile ;
胸を張り、肺を膨らませる
帆布よろしく
打ち寄せる波をよじ登る
夜が私を覆う。
La poitrine en avant et les poumons gonflés
Comme de la toile,
J’escalade le dos des flots amoncelés
Que la nuit me voile ;
感じる、すべての情熱が震えている、私の中の
苦しんでいる船の。
順風、嵐、そしてその戦慄き
Je sens vibrer en moi toutes les passions
D’un vaisseau qui souffre ;
Le bon vent, la tempête et ses convulsions
巨大な深淵を越え
私を揺さぶる。 以外は平静、大いなる鏡にて
映すは我が絶望にて!
Sur l’immense gouffre
Me bercent. D’autre fois, calme plat, grand miroir
De mon désespoir !
訳注
ボードレール(1821 - 1867)が書き付けた詩題の一つに Beethoven があり、この詩の原題かと考えられているそうで、それなら第17ピアノ・ソナタ「テンペスト(嵐)」だろうか。ヴォルフガング・シュナイダーハンが弾いたヴァイオリン協奏曲は、作曲家自身がピアノ協奏曲に編曲したもののカデンツァを、シュナイダーハン先生がヴァイオリン用に編曲し直して使っている。これを名盤と呼ぶ評論家を見たことはないけれど、訳者は至上の一曲だと思っているので、こっちだったら嬉しい。しかし、訳者が読む限りでは、詩人が繰り返し取り上げた船(当時は帆船)及び航海の印象が強く、これを踏まえるとワーグナー『さまよえるオランダ人』以外は考えられない。「オランダ人」パリ初演(1843)は成功したそうだから、航海から引き揚げ創作活動を始めた翌年の、当時22歳になるボードレールが聞いて覚えていてもおかしくはない。
pâle étoile:「青い星」と言えばリゲル(オリオン座β星A)。しかし、詩人はリゲルの名を挙げず、関心を示していないので、別の星なのだろう。航海に於て基準となるのは北極星。「海の星の聖母」Stella Maris とも呼ばれる、#60「フランキスカ讃歌」に出てきた星がある。あるいは逆に、南十字星だろうか。頭部のγ星のみ赤色巨星だから、普通に見るとそっちが目立ちそうだが。
éther: エーテル宇宙論が仮定した、光を伝える媒質。この時代は、ジェームズ・クラーク・マクスウェル(James Clerk Maxwell、1831 - 1879)により、電磁波の存在が予想され、その伝播速度が光速度と等しいことが示されたこともあり、光の波動説が支配的であった。光が波として伝わるのなら、音も伝わる筈で、プラトン以来の星々から音楽が響き渡る宇宙を想像していたようだ。
voile: 同一綴りで男性名詞及び動詞と女性名詞及び動詞があり、意味が違う。
Comme de la toile: 「美しい船」とは逆に、語り手が胸膨らます。




