表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪の華 LES FLEURS DU MAL  作者: シャルル・ボードレール Charles-Pierre Baudelaire/萩原 學(訳)
憂鬱と理想 SPLEEN ET IDÉAL
66/121

63. 亡霊

2版LXIII、3版LXV

LE REVENANT

その他のヒロイン詩群

ソネット形式 脚韻AABB CCDD EEF GGF


『悪の華』第2版本編は126番まで有るから、ようやく半分まで来たところだ。まだまだ先は長い…

 野生(やせい)の目をした天使のように

 (まか)()そう、貴女の家の壁龕(へきがん)

 そして貴女へ滑空、音立てず

 湧いて出る夜の影に(まぎ)れつつ。

 Comme les anges à l’œil fauve,

 Je reviendrai dans ton alcôve

 Et vers toi glisserai sans bruit

 Avec les ombres de la nuit ;

挿絵(By みてみん)

 そして君に贈ろう、わが黒髪よ、

 月にも等しい冷たいキスを、

 そして愛撫を大蛇のように、

 墓穴の周りを這い回るように。

 Et je te donnerai, ma brune,

 Des baisers froids comme la lune

 Et des caresses de serpent

 Autour d’une fosse rampant.


 青白い朝が来たところで

 見れば私の所は空っぽで、

 日暮まで冷たいままだろう。

 Quand viendra le matin livide,

 Tu trouveras ma place vide,

 Où jusqu’au soir il fera froid.


 他の者たちが優しさ(もっ)て接するように、

 貴女の生と若さの上に、

 私は畏怖(いふ)もて君臨しよう!

 Comme d’autres par la tendresse,

 Sur ta vie et sur ta jeunesse,

 Moi, je veux régner par l’effroi !



 訳注

 表題は概ね英語の ghost に当たり、また英語にもなった。etymoline に拠ると


 revenant(n.)

「長い間の不在の後に戻る人」、「亡者、死者の中から帰還する人」という意味で、1814年に「Laetitia Matilda Hawkins」の「Rosanne」で登場した。「 revenant 」(女性形は「 revenante 」)はフランス語で、現在分詞の名詞用法で、動詞「 revenir 」(revenue 参照)の意味する「帰還する」という意味を表す。


 というから、英語としては新しい単語。ポリドリ博士『吸血鬼 The Vampyre. 』(1819)前書きに於て、この語は vampyre の同類として記されており、また語源的に「出戻り」の意味があるので、「動く死体」すなわちポリドリ作品以前の「吸血鬼」に近い。自身も「吸血鬼」を書いているボードレールは、これを意識したであろう。第1節では glisserai sans bruit(音もなく滑空)と、フクロウを思わせる描写がある。フクロウのラテン語 Strix(ストリクス)(複数形 striges(ストリジェス) または strixes)がローマ神話で血肉を喰らう鳥とされ、中世ヨーロッパで「striga(ストリガ)」として広まり、イタリアでは strega=「魔女」となり、ルーマニアでは strigăt=「叫び声」、strigoi(ストリゴイ)=「吸血鬼」(男)、strigoaică=「吸血鬼」(女)となる。詩人はどこまで弁えていたのか、少なくともフクロウが吸血鬼に繋がることは理解していたようだ。


 fauve: Google翻訳はこれを「黄褐色の」と訳した。不審に思って語源を引くと


 Wiktionary: 中期フランス語の fauve 、古期フランス語の falve、後期ラテン語の falvus 、フランク語の falu、falw- (オランダ語の vaal、英語の fallow、ドイツ語の falbと比較)からの借用語、ゲルマン祖語の falwaz (「青白い、灰色の」)から派生。形容詞の「野蛮な、獰猛な」の意味は名詞の意味「野生動物」から来ており、これはbête au pelage fauve(「黄褐色の毛皮を持つ動物」)の短縮形である。


 これが合っているなら「野生」=「黄褐色の毛皮」となる。フランス人は、野獣=ネコ科 としか考えていないのか。とまれ、Google 翻訳が提案する「黄褐色の瞳」は些か怪しく、但し用例に当たると、Aux cheveux auburn et aux yeux fauve(とび色の髪にブラウンの瞳)というのがあるので、目の色を表す言い方としては有りな感じ。色見本に見る「ブラウン」は種類が多く、「黄褐色」#C69E6E は「ペールブラウン」#C5956B に近い。「これが野生の色だ」と言われたら首を傾げざるを得ないものの、目の色としては、あちらから見るとエキゾチックなのかもしれない。


 reviendrai: 「帰る」「戻る」に加えて「来る」意味にも使われる。こんな用例があった。


 Je reviendrai demain si je peux.

 明日も来れたら来るね。


 おそらく表題と関係した一語であるが、本文に表題そのものは見られない。


 les ombres: ombres は ombre「影」の複数形で、普通は「影」そのままに訳す。ところが、Eugène(ウージェーヌ) Delacroix(ドラクロワ) (1798–1863)による『ハムレット』挿絵に、Hamlet veut suivre l'ombre de son père (Act. I. Sc. IV) (Hamlet Wants to Follow His Father's Shadow), from Shakespeare's Hamlet という版画がある。l'ombre は le ombre の短縮形で、この場合、ハムレット父の亡霊を指している。ボードレールがこよなく敬愛したドラクロワの作品なら、詩人が見逃す筈もなく、ましてシェイクスピア戯曲の絵と来ては、当時の誰もが知る1枚だったに違いない。そこで、表題の一部を導入したのだとすると、普通に「影」「夜陰」と訳しては肝腎の部分、炭酸飲料の炭酸のようなものが抜けてしまう気がする。


 ma brune,: ここだけ見ると、ジャンヌ・デュヴァルを歌うもののように見える。しかしジャンヌ・デュヴァル詩群から引き離され、別人の可能性もある。


 livide: 翻訳機が示した訳例では「鮮やかな」「生き生きとした」であり、また英語の live に近く見えるので、当初は「青々とした」と訳した。ところが、この語は「青ざめた」という意味で、次のような用例があった。


 Il convient que la Mort monte un cheval pâle, puisque le mot pâle (en grec khlôros) est utilisé dans la littérature grecque pour décrire un visage rendu livide, à cause de la maladie par exemple.

 というのは、livide という言葉(ギリシャ語 khlôros クローロス)はギリシャ文学では、病気で青白くなったような顔を描写するのに使われているからです。


 従って、「生き生きとした」様子を示す「青々とした」ものではなく、死を思わせる蒼白な顔色を示すものであり、これも動く死体=「吸血鬼」に結びつけられている。今日の映像作品では、もはや吸血鬼というよりゾンビかアンデッドかというところ。しかしブラム・ストーカー『ドラキュラ DRACULA』では、ドラキュラはアンデッドとして説明されており、小説全体で vampire 17箇所に対し Un-Dead 17箇所と、偶然にも等量使用されているから、少なくとも『ドラキュラ』作者にとっては vampire = Un-Dead として良いであろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

はてなブログ移植版

【対訳】ボードレール『悪の華』表紙

参考文献

ブログ
philofrançais.fr Baudelaire, Les Phares
Séquence 4 (Les Fleurs du Mal : Baudelaire et le "culte des images")
Charles Baudelaire: Don Juan aux enfers
ボードレール 「地獄のドン・ジュアン」 Baudelaire «Don Juan aux Enfers»  詩句で描かれた絵画
ボードレール『悪の華』韻文訳――015「冥界のドン・ジュアン(1861年版)」
【対訳】ボードレール『悪の華』表紙
Baudelaire et les étonnantes « caricatures de modes » de Carle Vernet
Le trente-un, ou la maison de prêt sur nantissement | BnF Essentiels
Wikipedia
ポイボス
パエトーン
レーテー
メランコリー
メランコリア I
Der Freischütz
Les Fleurs du mal
Don Juan aux enfers
アケローン
さまよえるオランダ人
さまよえるユダヤ人
reposoir
ostensoir
死者の日
聖心
悲しみの聖母
海の星の聖母
エデンの園
Strix (mythology)
マルセイユ版タロット
マーガレット (植物)
ファウスト(ゲーテ)
ファウストの劫罰
ファウスト (グノー)
ファニー・エルスラー
ゲーテのファウストからの情景
エレボス
ヘンリエッタ・ロナー=クニップ
ヴォルフガング・シュナイダーハン
ヘルメース
ミダース
北西航路
William Edward Parry
Parry Channel
氷海
Faubourg
Le Jeu
Quinquet
ポーモーナ
Cierge (bougie)
ブルゴーニュのブドウ畑のクリマ
Wikisource
Les Fleurs du mal (1861)(第2版)
Les Fleurs du mal (1868)(第3版)
Les Fleurs du mal/Concordance(一覧表)
Librivox
Les fleurs du mal
論文
高橋宏幸「パエトンの暴走とオウイデイウス 『変身物語』の構想」
佐々木 稔『頽廃と神話 ボードレールにおける古代性と現代性』
原島恒夫『ボードレールの「音楽」について』
小倉康寛『1860 年におけるボードレールの詩学の「成熟」』
オスマンのパリ大改造
A propos d’Ernest Christophe : d’une allégorie l’autre
YouTube
Der Freischütz, OP.77 Overture: Vienna Philharmonic Orchestra, Wilhelm Furtwängler
Weber: Invitation to the Dance, Knappertsbusch & VPO
Der fliegende Holländer: Overture
Horowitz: Chopin Sonata No.2 Op.35 (3/4) marche funèbre
Beethoven Piano Sonata No.17 in D minor, Op.31 "The Tempest"
Carmen ACT2 : Les tringles des sistres tintaient
The Flying Dutchmen: Sailors' Chorus
POÈME ÉLÉVATION DE CHARLES BAUDELAIRE MISEN MUSIQUE
ÉLÉVATION Charles Baudelaire
Der wunderbare Mandarin pantomime, Op. 19, Sz. 73 (Vienna Philharmonic, Pierre Boulez)
Léo Ferré: Je te donne ces vers
Good Times Bad Times - Led Zeppelin/Covered by Yoyoka, 8 year old
「枯葉 Les Feuilles Mortes」イヴ・モンタン Yves Montand
Debussy: La Mer/Orchestre National De L'O.R.T.F /Jean Martinon
ベートーヴェン第14弦楽四重奏曲 ブッシュ四重奏団
同 ヴェーグ四重奏団
ベートーヴェン第17ピアノ・ソナタ「テンペスト」
Beethoven Violin Concerto Wolfgang Schneiderhan
King Crimson - Starless (King Crimson In Concert - Live In Tokyo 2021)
タルティーニ『悪魔のトリル・ソナタ』vn:ナタン・ミルシテイン
キング・クリムゾン『太陽と戦慄』第一部
キング・クリムゾン『太陽と戦慄』第ニ部
内海利勝『月の無い夜に』
色見本
プールプル(Pourpre)の色見本・カラーコード
パープル(Purple)の色見本・カラーコード
ノワール(Noir)の色見本・カラーコード
黄褐色
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ