63. 亡霊
2版LXIII、3版LXV
LE REVENANT
その他のヒロイン詩群
ソネット形式 脚韻AABB CCDD EEF GGF
『悪の華』第2版本編は126番まで有るから、ようやく半分まで来たところだ。まだまだ先は長い…
野生の目をした天使のように
罷り越そう、貴女の家の壁龕に
そして貴女へ滑空、音立てず
湧いて出る夜の影に紛れつつ。
Comme les anges à l’œil fauve,
Je reviendrai dans ton alcôve
Et vers toi glisserai sans bruit
Avec les ombres de la nuit ;
そして君に贈ろう、わが黒髪よ、
月にも等しい冷たいキスを、
そして愛撫を大蛇のように、
墓穴の周りを這い回るように。
Et je te donnerai, ma brune,
Des baisers froids comme la lune
Et des caresses de serpent
Autour d’une fosse rampant.
青白い朝が来たところで
見れば私の所は空っぽで、
日暮まで冷たいままだろう。
Quand viendra le matin livide,
Tu trouveras ma place vide,
Où jusqu’au soir il fera froid.
他の者たちが優しさ以て接するように、
貴女の生と若さの上に、
私は畏怖もて君臨しよう!
Comme d’autres par la tendresse,
Sur ta vie et sur ta jeunesse,
Moi, je veux régner par l’effroi !
訳注
表題は概ね英語の ghost に当たり、また英語にもなった。etymoline に拠ると
revenant(n.)
「長い間の不在の後に戻る人」、「亡者、死者の中から帰還する人」という意味で、1814年に「Laetitia Matilda Hawkins」の「Rosanne」で登場した。「 revenant 」(女性形は「 revenante 」)はフランス語で、現在分詞の名詞用法で、動詞「 revenir 」(revenue 参照)の意味する「帰還する」という意味を表す。
というから、英語としては新しい単語。ポリドリ博士『吸血鬼 The Vampyre. 』(1819)前書きに於て、この語は vampyre の同類として記されており、また語源的に「出戻り」の意味があるので、「動く死体」すなわちポリドリ作品以前の「吸血鬼」に近い。自身も「吸血鬼」を書いているボードレールは、これを意識したであろう。第1節では glisserai sans bruit(音もなく滑空)と、フクロウを思わせる描写がある。フクロウのラテン語 Strix(複数形 striges または strixes)がローマ神話で血肉を喰らう鳥とされ、中世ヨーロッパで「striga」として広まり、イタリアでは strega=「魔女」となり、ルーマニアでは strigăt=「叫び声」、strigoi=「吸血鬼」(男)、strigoaică=「吸血鬼」(女)となる。詩人はどこまで弁えていたのか、少なくともフクロウが吸血鬼に繋がることは理解していたようだ。
fauve: Google翻訳はこれを「黄褐色の」と訳した。不審に思って語源を引くと
Wiktionary: 中期フランス語の fauve 、古期フランス語の falve、後期ラテン語の falvus 、フランク語の falu、falw- (オランダ語の vaal、英語の fallow、ドイツ語の falbと比較)からの借用語、ゲルマン祖語の falwaz (「青白い、灰色の」)から派生。形容詞の「野蛮な、獰猛な」の意味は名詞の意味「野生動物」から来ており、これはbête au pelage fauve(「黄褐色の毛皮を持つ動物」)の短縮形である。
これが合っているなら「野生」=「黄褐色の毛皮」となる。フランス人は、野獣=ネコ科 としか考えていないのか。とまれ、Google 翻訳が提案する「黄褐色の瞳」は些か怪しく、但し用例に当たると、Aux cheveux auburn et aux yeux fauve(とび色の髪にブラウンの瞳)というのがあるので、目の色を表す言い方としては有りな感じ。色見本に見る「ブラウン」は種類が多く、「黄褐色」#C69E6E は「ペールブラウン」#C5956B に近い。「これが野生の色だ」と言われたら首を傾げざるを得ないものの、目の色としては、あちらから見るとエキゾチックなのかもしれない。
reviendrai: 「帰る」「戻る」に加えて「来る」意味にも使われる。こんな用例があった。
Je reviendrai demain si je peux.
明日も来れたら来るね。
おそらく表題と関係した一語であるが、本文に表題そのものは見られない。
les ombres: ombres は ombre「影」の複数形で、普通は「影」そのままに訳す。ところが、Eugène Delacroix (1798–1863)による『ハムレット』挿絵に、Hamlet veut suivre l'ombre de son père (Act. I. Sc. IV) (Hamlet Wants to Follow His Father's Shadow), from Shakespeare's Hamlet という版画がある。l'ombre は le ombre の短縮形で、この場合、ハムレット父の亡霊を指している。ボードレールがこよなく敬愛したドラクロワの作品なら、詩人が見逃す筈もなく、ましてシェイクスピア戯曲の絵と来ては、当時の誰もが知る1枚だったに違いない。そこで、表題の一部を導入したのだとすると、普通に「影」「夜陰」と訳しては肝腎の部分、炭酸飲料の炭酸のようなものが抜けてしまう気がする。
ma brune,: ここだけ見ると、ジャンヌ・デュヴァルを歌うもののように見える。しかしジャンヌ・デュヴァル詩群から引き離され、別人の可能性もある。
livide: 翻訳機が示した訳例では「鮮やかな」「生き生きとした」であり、また英語の live に近く見えるので、当初は「青々とした」と訳した。ところが、この語は「青ざめた」という意味で、次のような用例があった。
Il convient que la Mort monte un cheval pâle, puisque le mot pâle (en grec khlôros) est utilisé dans la littérature grecque pour décrire un visage rendu livide, à cause de la maladie par exemple.
というのは、livide という言葉(ギリシャ語 khlôros クローロス)はギリシャ文学では、病気で青白くなったような顔を描写するのに使われているからです。
従って、「生き生きとした」様子を示す「青々とした」ものではなく、死を思わせる蒼白な顔色を示すものであり、これも動く死体=「吸血鬼」に結びつけられている。今日の映像作品では、もはや吸血鬼というよりゾンビかアンデッドかというところ。しかしブラム・ストーカー『ドラキュラ DRACULA』では、ドラキュラはアンデッドとして説明されており、小説全体で vampire 17箇所に対し Un-Dead 17箇所と、偶然にも等量使用されているから、少なくとも『ドラキュラ』作者にとっては vampire = Un-Dead として良いであろう。




