59. シジナという人
2版LIX、3版LX
SISINA
その他のヒロイン詩群
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想像し給え、ディアーナ女神が果敢な仲間を連れて
森を歩き回ったり、藪を掻き分けたりする姿を
髪と喉を風になびかせ、騒々しさに酔いしれて
華麗にも最高の騎士たちに挑むを!
Imaginez Diane en galant équipage,
Parcourant les forêts ou battant les halliers,
Cheveux et gorge au vent, s’enivrant de tapage,
Superbe et défiant les meilleurs cavaliers !
殺戮をこよなく愛するテロワーニュ、
靴も履かない民衆を攻撃に奮い立たせるや、
頬も目も血走り、役を演ずるに夢中、
剣を片手に王宮の階段のぼるを見たことは?
Avez-vous vu Théroigne, amante du carnage,
Excitant à l’assaut un peuple sans souliers,
La joue et l’œil en feu, jouant son personnage,
Et montant, sabre au poing, les royaux escaliers ?
シジナがそんな感じ!しかし、この優しい戦士
魂は、命を奪うのと同じくらい慈愛に満ち、
その勇気は、火薬と太鼓の熱狂の中にあっても、
Telle la Sisina ! Mais la douce guerrière
A l’âme charitable autant que meurtrière ;
Son courage, affolé de poudre et de tambours,
あの連中も武器を捨てるすべはわきまえている、
そして、彼女の心は炎に焼かれながらも、
然るべく証した者のため、いつも涙を湛えている。
Devant les suppliants sait mettre bas les armes,
Et son cœur, ravagé par la flamme, a toujours,
Pour qui s’en montre digne, un réservoir de larmes.
訳注
1848年の二月革命に、ボードレールは加担した。革命により王政は倒れ、第二共和政が始まったのだから、少なくともこの時の詩人は明確に左翼であったと言わねばなるまい。尤もその動機は「(義父)オーピック将軍をやっつけに行くんだ」と称したほど支援より私怨に傾いた、些か情けないものではあったが。(おそらく渾名の)Sisina と呼ばれた女性は、そのとき知り合ったと考えられるけれども、サバティエ婦人の友人ではないかと言われるくらいで、詳細不明。読み方も正確には判らない。ただ、詩人にとっては、忘れてはならない大切な思い出となったのであろう。
Diane: ローマ神話に於ける月の女神にして狩猟神。ギリシア神話のアルテミスと混淆し同一視されたためか、ディアーナ独自の神話は伝わっていない。狩猟神としてのディアーナは、彫刻や絵画の題材となり、ルーベンスも描いているけれど、はっきり言ってふっくらし過ぎ、似合わない。オラツィオ・ジェンティレスキ(Orazio Lomi Gentileschi, 1563 - 1639) の名は、実は覚えていなかったのだけど、ローマでカラヴァッジオ(Michelangelo Merisi da Caravaggio、1571 - 1610)と共に騒ぎを起こすほど、公私共に影響を受けたイタリアの画家。ほぼ背面から半身をひねった独特のポーズが印象的。
Théroigne: アンヌ=ジョセフ・テロワーニュ・ド・メリクール (Anne-Josèphe Théroigne de Méricourt、1762 - 1817) フランス革命前期に活動した女性革命家。革命のシンボルとして「自由のアマゾンヌ」ともてはやされた。ボードレール (1821-1867)誕生前に亡くなったので、詩人は自分の目で見たわけではない。バスティーユ襲撃の先頭に立っていたとする記述は、後世の創作と判明している。




