49. 毒薬 LE POISON
マリー・ドーブラン詩群ここから 脚韻ABBAB
ワインは知る、惨めたらしい陋屋をも彩る術を
奇跡的な豪華さで
荘厳な柱廊いくつも立ち並んで
赤い靄の中の金色
曇り空に沈む夕陽のようで。
Le vin sait revêtir le plus sordide bouge
D’un luxe miraculeux,
Et fait surgir plus d’un portique fabuleux
Dans l’or de sa vapeur rouge,
Comme un soleil couchant dans un ciel nébuleux.
アヘンは限界のないものを拡大して、
無限を長くする、
時間を深め、官能を虚しくする、
黒く陰鬱な快楽もて
魂は溢れるまで満たされる。
L’opium agrandit ce qui n’a pas de bornes,
Allonge l’illimité,
Approfondit le temps, creuse la volupté,
Et de plaisirs noirs et mornes
Remplit l’âme au delà de sa capacité.
こんなものから来たるは毒というに値せぬ
あなたの目より、あなたの緑の目よりは
わが魂が震え、反転して見える湖は……
わが夢、群れなし押し掛けかねぬ
渇き癒さんと、しかしこの苦き淵にては。
Tout cela ne vaut pas le poison qui découle
De tes yeux, de tes yeux verts,
Lacs où mon âme tremble et se voit à l’envers…
Mes songes viennent en foule
Pour se désaltérer à ces gouffres amers.
以上の全て、恐るべき奇跡というに値しない
噛みつくあなたの唾液よりは
わが無情の魂を忘却の彼方へと突き落とすよりは、
そして、齎すは眩暈、
目指すは死の岸、気絶した魂を転げ落とすは!
Tout cela ne vaut pas le terrible prodige
De ta salive qui mord,
Qui plonge dans l’oubli mon âme sans remord,
Et, charriant le vertige,
La roule défaillante aux rives de la mort !
訳注
LE POISON:
題名は単に「毒」で構わない。と思ったけれど、日本語表示ができる etymoline に収録された poison (n.)の語源を見て考えを改めた。この言葉自体が、元は「飲み薬」だったらしい。
古フランス語の poison、puison(12世紀、現代フランス語 poison)から来ています。これはもともと「飲み物」、特に医薬の飲み物を意味し、後に「(魔法の)薬、有毒な飲み物」(14世紀)を指すようになりました。これはラテン語の potionem(主格は potio)から来ており、「飲むこと、飲み物」、そして「有毒な飲み物」を意味していました(キケロ)。
potion という単語と二重語です。(中略)インド・ヨーロッパ語族でより一般的な言葉は、英語では virus で表されています。古英語では、この言葉は ator(attercopを参照)または lybb(古ノルド語の lyf 「薬用ハーブ」と同系統。 leaf(名詞)を参照)として知られていました。
そういえば当時アブサン酒が流行り、マネも『アブサンを飲む男』を描いているのに、ボードレールの詩句には出てこない。
portique: 建物の玄関前に張り出す庇の一種。但し西洋のポルチコは、建物の規模に合わせて大きくする。といっても見ないと解らないので、Wikipedia からの画像を貼っておく
vapeur rouge: 呑んでいるワインの赤が空中に立ち上る図
l’or: 定冠詞単数形付きの黄金 or は、ここでは太陽光線を指す。本邦では夕陽が赤く視えるのに対し、欧州では夕陽も黄色ないし金色に視えるらしい
l’envers: 愛人の瞳に己の鏡像を見ているので、左右が反転。「逆さま」と訳すと上下反転になってしまうので、このようにした
aux rives de la mort: #15. 「ドン・ジュアンの地獄落ち」に出てくるアケローン川とは区別されているようだ




