37. 憑かれた男
2版XXXVII、3版XXXVIII
LE POSSÉDÉ
ソネット形式 脚韻ABBA CDDC EEF GFG
太陽がパンケーキに喰われた。そのように、
わが人生の月よ、影に包まれよ。
静かに、暗く、睡眠も喫煙もお好きなように、
そして全てを倦怠の淵に沈めよ。
Le soleil s’est couvert d’un crêpe. Comme lui,
Ô Lune de ma vie ! emmitoufle-toi d’ombre ;
Dors ou fume à ton gré ; sois muette, sois sombre,
Et plonge tout entière au gouffre de l’Ennui ;
そんな貴女が大好きだ! とはいえお望みならば、今日
薄明かりに浮かぶ蝕の星でも気取って
狂気ひしめく場に堂々登場もしよう、
上等ォ! 魅惑の短剣、鞘から飛び出せ!
Je t’aime ainsi ! Pourtant, si tu veux aujourd’hui,
Comme un astre éclipsé qui sort de la pénombre,
Te pavaner aux lieux que la Folie encombre,
C’est bien ! Charmant poignard, jaillis de ton étui !
シャンデリアの炎よ、目を眩ませろ!
野暮天の目に欲望の火を着けろ!
狂気であれ幼稚であれ、貴女の全てが喜びでしかない。
Allume ta prunelle à la flamme des lustres !
Allume le désir dans les regards des rustres !
Tout de toi m’est plaisir, morbide ou pétulant ;
望むままになれ、黒い夜、赤い夜明けよ。
わが身震いする体には、もはや一筋の迷いもない。
叫ばずにはいられない「貴女を崇拝します、親愛なるベルゼバブよ!」
Sois ce que tu voudras, nuit noire, rouge aurore ;
Il n’est pas une fibre en tout mon corps tremblant
Qui ne crie : Ô mon cher Belzébuth, je t’adore !
LE POSSÉDÉ: 表題及び内容からシェーンベルク『月に憑かれたピエロ Pierrot lunaire』(1912)を思い出してしまうが、アルベール・ジロー Albert Giraud の原詩(1884)及びオットー・エーリヒ・ハルトレーベン Otto Erich Hartleben の及び内容ドイツ語訳(1892)とも後代の作となる。
crêpe: 食品のクレープを指し、また葬儀の喪章でもある。従ってこの一行は、太陽に月の丸い影が落ちる日食の描写であると同時に、「喪に服す」意味にもなる。次行で恋人を月に見立て、「俺の影に入ってろ」とも言っているから、どっちが太陽なのか、独占欲を誇示したいだけなのか、中々ややこしい。しかしそうなると、この「クレープ」は円盤型が前提であるから、近年の日本式円錐型クレープでは意味を成さず、このように訳す。丸い影を落とす食品としては「回転饅頭」「どら焼き」「あんパン」「落とし卵」「切る前のピザ」「ホールケーキ」など他にも候補は考えられるものの、別の論争になりそうな気もするので、そこは避ける。
C’est bien ! : 敵に向かって啖呵を切る場面にしか見えない。詩人から伴侶へ向けた言葉のように訳す例が多いけれど、これが恋人に言う台詞だろうか?とはいえ、ボードレールが武勇に優れていたとも聞かないが。
poignard: 短剣の一種。
『ハムレット』第5幕第2場
Osric. The king, sir, hath wagered with him six Barbary horses; against the which he has imponed, as I take it, six French rapiers and poniards, ...
Belzébuth: キリスト教徒が悪魔の代表のように言う存在。元は異国の神だったと思われる。
列王記下 第1章
2 さてアハジヤはサマリヤにある高殿のらんかんから落ちて病気になったので、使者をつかわし、「行ってエクロンの神バアル・ゼブブに、この病気がなおるかどうかを尋ねよ」と命じた。




