31. 吸血鬼
2版XXXI、3版XXXII
LE VAMPIRE
1855 : La Béatrice 1855-06-01 : Revue des Deux Mondes
脚韻ABAB CDCD EFFE
ナイフ一刺しのようにお前は
悲痛なるわが心臓に刺さるもの
大群さながら、お前の強さは
悪魔の、ワインの、狂気と華麗の、
Toi qui, comme un coup de couteau,
Dans mon cœur plaintif es entrée ;
Toi qui, forte comme un troupeau
De démons, vins, folle et parée,
わがへりくだる心に
寝床を縄張りを設えるがいい
私は縛られる悪名⾼き者に
鎖に繋がれた囚人のように
De mon esprit humilié
Faire ton lit et ton domaine ;
— Infâme à qui je suis lié
Comme le forçat à la chaîne,
さながらしぶといギャンブラー、
酒に溺れる酔っぱらいのように
害虫のように、腐肉のように、
……呪ってやる、呪ってやらあ!
Comme au jeu le joueur têtu,
Comme à la bouteille l’ivrogne,
Comme aux vermines la charogne,
— Maudite, maudite sois-tu !
迅雷の剣に祈った
わが自由を勝ち取らせよと、
危険な毒にも告げた
わが臆病を救い給えと
J’ai prié le glaive rapide
De conquérir ma liberté,
Et j’ai dit au poison perfide
De secourir ma lâcheté.
残念ながら、毒といい剣といい
私を蔑んで罵ることには
「お前は連れて行くに相応しくない
その呪われた奴隷の身では
Hélas ! le poison et le glaive
M’ont pris en dédain et m’ont dit :
« Tu n’es pas digne qu’on t’enlève
À ton esclavage maudit,
愚か者!あ奴の眷属が……
我等の働きがお前を救ったところで、だ
お前のキスで黄泉帰るのだ
吸血鬼めの屍が!」
Imbécile ! — de son empire
Si nos efforts te délivraient,
Tes baisers ressusciteraient
Le cadavre de ton vampire ! »
初出の表題 Béatrice は、英語読み・フランス語読みでは「ベアトリス」だが、イタリア語では「ベアトリーチェ」即ちダンテ『神曲』天国篇の案内役となる。ほとんど聖女あるいは使徒扱いのベアトリーチェを吸血鬼呼ばわりするのは、なるほどそういう仕事をするベアトリーチェさんも居た可能性は否定できず、皮肉の利いた表現ではある。とはいえ、冒瀆的と取られかねないので変更したには違いないけれど、結果的にこっちのほうが判り易い表題とはなった。
殺されても月の光で蘇る吸血鬼の超能力は、ポリドリ博士『吸血鬼』から『吸血鬼ヴァーニー』へ引き継がれたところであるが、「恋人のキスで蘇る」というのは類例がない。これはボードレールの思いつきに過ぎないと、切り捨てても構うまい……のだが。思えば、バルトーク『中国の不思議な役人』の筋書きは、概ねこれの逆ではあるまいか。つまり、殺しても殺しても娘の愛を得るまでは死なない、あの不気味な中国の役人とは、愛を得て死から蘇る吸血鬼の反転ではあるまいか。とまあ、そんなことを言っているのは訳者くらいしか居ないようだが…




