104. 葡萄酒の魂 L’ÂME DU VIN
ここから新章となる。章名は簡潔に「酒」と訳されることも多いが、日本酒ではないし、はっきりワイン限定なので、むしろ「ワイン」と音写した方がまだマシではないか。意外にもボードレールには、ワイン以外の酒類を歌った詩がない。散文詩にブランデーがちらほら出てくるけれど、詩人が飲むものではない。マネが描いたアブサンも、船乗りの燃料扱いなラムも、生命の水ウイスキーも、ジンも、ウオッカも、テキーラも、それらを用いたカクテルも、ついでにビールも、出てこない。あるいは下戸だったのだろうか?
2版CIV、 3版CXXVIII
十二音綴4行詩節×6 脚韻ABAB
ある晩、葡萄酒の魂が歌うこと瓶の中から。
「くれてやる、親愛なる廃嫡の子よ、
ガラスの牢獄と真っ赤な封蝋の中から、
光と友愛に満ちた歌を!」
Un soir, l’âme du vin chantait dans les bouteilles:
«Homme, vers toi je pousse, ô cher déshérité,
Sous ma prison de verre et mes cires vermeilles,
Un chant plein de lumière et de fraternité!
「灼熱の丘で、どれだけの苦労があるか知っている、
汗、灼熱の太陽、そして痛み、
私の生命を育み、魂を込めてくれる。
私は恩知らずでも悪人でもない、」
Je sais combien il faut, sur la colline en flamme,
De peine, de sueur et de soleil cuisant
Pour engendrer ma vie et pour me donner l’âme;
Mais je ne serai point ingrat ni malfaisant,
「なぜなら私は、計り知れない喜びを感じるから
労働に疲れ果てた男の胃袋に収まるとき。
そして、温かい胸は、甘美な墓石のようだから
安らぎ大いに、冷たい地下室に在るより。」
Car j’éprouve une joie immense quand je tombe
Dans le gosier d’un homme usé par ses travaux,
Et sa chaude poitrine est une douce tombe
Où je me plais bien mieux que dans mes froids caveaux.
「聴こえるか、響き渡る日曜日の合唱が、そして
わが高鳴る胸中に希望が、雷鳴轟き?
食卓に肘をつき、袖をまくり上げて、
そなたは私を讃え、幸せになれよかし。」
Entends-tu retentir les refrains des dimanches
Et l’espoir qui gazouille en mon sein palpitant?
Les coudes sur la table et retroussant tes manches,
Tu me glorifieras et tu seras content;
「そなたの、喜びはしゃぐ妻の目を輝かせ。
そなたの息子に力と血色を取り戻そう
そして、このか弱い人生の競技選手のため
力士並みの筋肉をつける油ともなろう。」
J’allumerai les yeux de ta femme ravie;
À ton fils je rendrai sa force et ses couleurs
Et serai pour ce frêle athlète de la vie
L’huile qui raffermit les muscles des lutteurs.
「神の食物なる植物よ、そなたが中にぞ我散らん、
貴き種よ、撒かれしは永遠の種蒔き人に、
我等が愛より詩の湧き出ん、
神の下にぞ咲き誇らん、珍しき花の如くに!」
En toi je tomberai, végétale ambroisie,
Grain précieux jeté par l’éternel Semeur,
Pour que de notre amour naisse la poésie
Qui jaillira vers Dieu comme une rare fleur!»
訳注
ÂME: 「魂」であり「精神」であるから、標題を「葡萄酒の精」と訳しても間違いではあるまい。ただ「酒精」とすると別の意味になってしまうので、此処では避けることにした
vers toi je pousse: pousse は英語 push に当たるので、「私はおまえに押しやる」になる。何を「押しやる」のかというと、第4行に chant が出てくるので、「おまえにこの歌を押しつける」ということになる。たかが飲み物如きの取るべき態度とも思えないけれど、此処は一つ「御高説を窺う」振りでいくとしよう
vermeilles: 『祝祷』以来、度々出てきた vermeil の複数形。ここではワインのコルク栓を封じた蝋の色に、聖餐の赤ワイン、即ち救い主の鮮血を重ねる。できれば統一性を持たせたいところだが、「鮮紅色の封蝋」では語呂が良くないので、少し弄る
raffermit: raffermir「強固にする」の三人称直説法現在形だから「強化する」くらいで良いとは思う。ただ個人的に「筋肉」というと「鍛える」「つける」でないと不自然に感じてしまうので。なお、筋肉をつけるには油脂もアルコールも不要で、タンパク質と運動を要するのだが。栄養素そのものがろくに知られていない当時としては、「酒は百薬の長」であったことだろう
tomberai: tomber(倒れる、転落する)の単純未来形
ambroisie: これも「祝祷」に出てきた l'ambroisie そのもの




