102. パリ市民の夢
コンスタン・ギースへ
CII
RÊVE PARISIEN
À CONSTANTIN GUYS
二部構成 四行詩節 ×13 + ×2 脚韻ABAB
彫刻家エルンスト・クリストフに捧げた詩の例に倣うなら、画家の描いた絵に触発されて書いた賛辞であろう。ところがコンスタン・ギースは人物画ばかり描いていて、このように無機的な構築物を描いた絵は見当たらない。しかしやはり描写は具体的で、元にした絵があったに違いない。コンスタン・ギース作品に拘らなければ、ルネサンス期のイタリアで描かれた「理想都市」運動になる作品群があるものの、これの何処がコンスタン・ギースに結びつくのか不明。なお阿部良雄訳注に拠れば、詩人から出版者宛ての手紙に曰く「この詩の中の詩人と同様、彼はたいてい正午に起きるということ」が、この詩がギースに対して持つ唯一の「明白かつ物質的な関係」である。
I
この恐ろしい風景は、
誰一人見たこと有るまい、
今朝もまたその映像は、
茫漠と遠く、わが愉しみ。
De ce terrible paysage,
Tel que jamais mortel n’en vit,
Ce matin encore l’image,
Vague et lointaine, me ravit.
眠りは奇跡に満ちている!
ちょっとした気まぐれから、
こんな見世物から追いやる、
不格好な草木やらは、
Le sommeil est plein de miracles !
Par un caprice singulier,
J’avais banni de ces spectacles
Le végétal irrégulier,
才能を誇る画家として、
私は自分の絵画に味わう
変わりのなさに耽溺して。
金属、大理石、そして水。
Et, peintre fier de mon génie,
Je savourais dans mon tableau
L’enivrante monotonie
Du métal, du marbre et de l’eau.
階段とアーチのバベルだ、
それは無限の宮殿だった、
池だらけ滝だらけ、落ちるは
くすんだ金色だか茶色だか…
Babel d’escaliers et d’arcades,
C’était un palais infini,
Plein de bassins et de cascades
Tombant dans l’or mat ou bruni ;
そして重々しい大瀑布、
水晶のカーテンさながら、
まばゆくも垂れ下がる、
金属の高い壁から。
Et des cataractes pesantes,
Comme des rideaux de cristal,
Se suspendaient, éblouissantes,
À des murailles de métal.
木々ではなく、柱廊に
眠っている池が囲まれていた、
巨いなる水の精たち、
女らしく映し出されていた。
Non d’arbres, mais de colonnades
Les étangs dormants s’entouraient,
Où de gigantesques naïades,
Comme des femmes, se miraient.
青い水面が広がっている、
バラ色緑色した河岸の間を、
何百万里にも渡って延びる、
遂に宇宙の果てまでも…
Des nappes d’eau s’épanchaient, bleues,
Entre des quais roses et verts,
Pendant des millions de lieues,
Vers les confins de l’univers ;
それらは前代未聞の石であり、
そして魔法の波であり、それらは
計り知れない眩い氷また氷
または鏡、それら全てを反射!
C’étaient des pierres inouïes
Et des flots magiques ; c’étaient
D’immenses glaces éblouies
Par tout ce qu’elles reflétaient !
気楽で寡黙、
天空のガンジス川水系、
壺の宝注ぐ、
ダイヤモンドの深淵に。
Insouciants et taciturnes,
Des Ganges, dans le firmament,
Versaient le trésor de leurs urnes
Dans des gouffres de diamant.
御伽噺の建築家たる、
私は実行、意のままに、
穏やかな海を潜らせる
宝石のトンネルの下に…
Architecte de mes féeries,
Je faisais, à ma volonté,
Sous un tunnel de pierreries
Passer un océan dompté ;
そして全てが、黒い色までもが、
乱雑で、透明で、虹色に輝いて見えた…
結晶化した光線の中、液体は
その煌めきを封じ込めていた。
Et tout, même la couleur noire,
Semblait fourbi, clair, irisé ;
Le liquide enchâssait sa gloire
Dans le rayon cristallisé.
別に星もなく、太陽の痕もない
空の底にさえ、これらの
驚異を照らすものはない、
それ自体の焔で輝いていたのだ!
Nul astre d’ailleurs, nuls vestiges
De soleil, même au bas du ciel,
Pour illuminer ces prodiges,
Qui brillaient d’un feu personnel !
そして、これらの感動的な驚異の上に
漂うは(恐るべき新趣向だ!
全ては目に見え、耳には何も聞こえない!)
とある悠久なる静寂だった。
Et sur ces mouvantes merveilles
Planait (terrible nouveauté !
Tout pour l’œil, rien pour les oreilles !)
Un silence d’éternité.
II
炎に満ちた目を再び開くと、
あばら家の恐ろしさを目の当たりにした、
そして感じた、呪われた悩みの
矛先、わが魂に入り込むのが…
En rouvrant mes yeux pleins de flamme
J’ai vu l’horreur de mon taudis,
Et senti, rentrant dans mon âme,
La pointe des soucis maudits ;
葬送の調子に乗った時計が
残酷に正午を告げ、
すると空は闇を注ぎ込んだ
悲しげに麻痺した世界へ。
La pendule aux accents funèbres
Sonnait brutalement midi,
Et le ciel versait des ténèbres
Sur le triste monde engourdi.
訳注
PARISIEN: 章名にもあるこの言葉は「パリの人」であるから、そのままでも良いとは思う。
monotonie: #56「秋の歌」では
単調な衝撃がどこか心地よさの域。
Il me semble, bercé par ce choc monotone,
と歌っていて、微妙に同じではない。とはいえ酷似した表現を採る以上、ほぼ同様の環境、つまり「秋の日」を描いた絵画を想定すべきであろう
Plein: 「満杯」「いっぱい」を表す語。が、文頭に有る語感までは訳せなかった
Tombant: 「落下」でいいと思う。が、(以下同文
bruni: brunir(褐色にする)の過去分詞だが、だいたい「茶色い」「ブラウン」になるようだ。描写からすると人工物というより、訳者は秋芳洞「百枚皿」のような、鍾乳洞の奇観を思い浮かべる
naïades: ギリシア神話に於ける(淡水の)水の精。これが gigantesques だというのは、カリアティード(柱を兼ねる彫像)を想定したのであろう
glaces: 「ガラス」「グラス」「鏡」「氷」何れとも




