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2版XCIX、3版CXXIII « Je n’ai pas oublié, voisine de la ville »
対句
本作を含め、無題の詩は初行を以て呼ぶのを慣例とする。しかし原本では番号のみ記すものと承知されたい。
私は忘れたりしない、街の近くの、
小さく閑静な、私たちの白い家を。
石膏のポーモーナと古いヴィーナスが
裸の肢体を隠す、ちっぽけな木立の中。
そして太陽、夕暮れの、喜び溢れて素晴らしい、
その光束が窓の向こうで砕け散っていたし、
まるで、興味津々な空に見開く大きな目で、
私たちの長く閑静な晩餐を見守ってくれて、
美しい大蝋燭の照り返し、まき散らすは一面に
質素なテーブルクロスや、サージのカーテンに。
Je n’ai pas oublié, voisine de la ville,
Notre blanche maison, petite mais tranquille ;
Sa Pomone de plâtre et sa vieille Vénus
Dans un bosquet chétif cachant leurs membres nus,
Et le soleil, le soir, ruisselant et superbe,
Qui, derrière la vitre où se brisait sa gerbe,
Semblait, grand œil ouvert dans le ciel curieux,
Contempler nos dîners longs et silencieux,
Répandant largement ses beaux reflets de cierge
Sur la nappe frugale et les rideaux de serge.
訳注
Pomone: ポーモーナ(Pōmōna, Pomona)は、ローマ神話の果物を司る女神。
brisait: briser(壊す)の完了形。だが、太陽光線の形容に「壊れていた」とは何事かと暫く悩んだ
gerbe: 束。花束や穀物の束。だが、太陽光線の形容に(以下略
cierge: 西洋のキャンドルは、木蝋から造る和蝋燭と異なり、材料に鯨油・魚油ほか獣脂を使う。これに対して cierge は純粋な蜜蝋で造る、礼拝用の大蝋燭をいう。キリスト教会の典礼には必須のため、修道院でミツバチを飼い、巣板から蜜蝋を生産していた。それで典礼に合わせて cierge にも種類があり、しかし多くは教会用なので、これを家庭で灯すことは先ず無い筈。
1. le cierge de communion 聖餐の蝋燭
2. le cierge de la Chandeleur 聖燭祭の蝋燭
3. le cierge de procession 行列の蝋燭
4. le cierge funéraire ou cierge d'honneur 葬儀または栄誉の蝋燭
5. le cierge pascal 復活祭の蝋燭
6. le cierge votif 奉献蝋燭
当初は時期的に、5. の復活祭用大蝋燭と思い込んで訳した。1. は教会しか有り得ないし、2. は2月2日だし、3. は屋外だし、4. は対象者がなく、6. も教会、概ね4月中にある復活祭なら本作の描写に合うと思って。しかしあるいは、4. かもしれない。阿部良雄訳注をよく読むと、本作及び次作はボードレールが実父を亡くし、母がやもめ暮らしをしていた時期の詩という。してみれば、本作が実は実父の葬儀を歌った可能性も否定できない。
復活祭用の大蝋燭はまことに大きく、子供の背丈程もある。これなら、太陽光線をこれに準えたのも無理もない。教会で見た大蝋燭を後になって思い出し、夕陽の形容に当てたとも考えられるが、さて。




