8. 売られる美神
藝術詩群
2版3版とも VIII
LA MUSE VÉNALE
ソネット形式 押韻 ABBA CDDC EEF GGF
わが心の美神よ、宮殿の恋人よ、
どうする、1月が木枯らしを放つときに、
雪降る夜の暗い悩みのさなかに
紫色に凍えた両足を暖める火種はあるの?
Ô muse de mon cœur, amante des palais,
Auras-tu, quand Janvier lâchera ses Borées,
Durant les noirs ennuis des neigeuses soirées,
Un tison pour chauffer tes deux pieds violets ?
大理石のような肩が蘇るか?
鎧戸を突き抜ける真夜中の光に。
口も財布もカラカラなのに、
紺碧の天空が稼ぎの点数になるか?
Ranimeras-tu donc tes épaules marbrées
Aux nocturnes rayons qui percent les volets ?
Sentant ta bourse à sec autant que ton palais,
Récolteras-tu l’or des voûtes azurées ?
毎日毎晩、自分のパンを得るべく努めよ、
侍祭のように、燃えさかる香炉を奏でよ、
ろくに信じてもいない賛歌を歌ってみせるとか、
Il te faut, pour gagner ton pain de chaque soir,
Comme un enfant de chœur, jouer de l’encensoir,
Chanter des Te Deum auxquels tu ne crois guère,
あるいは沈着冷静に媚びを売る軽業師、
誰にも見せない涙に濡れた笑いに
粗野な人々の鬱憤を晴らしてやるとか。
Ou, saltimbanque à jeun, étaler tes appas
Et ton rire trempé de pleurs qu’on ne voit pas,
Pour faire épanouir la rate du vulgaire.
palais: 「宮殿」であり「口蓋」「上顎」でもある。「口先だけの恋人」と言っているのかどうか。
Borées: 風神ボレアース(Βορέας, Boreas)は冬を運んでくる冷たい北風の神。
nocturnes rayons: 吸血鬼は死んでも月光を浴びて蘇るものとされた。
voûte: 「天蓋」であり「金庫」でもある。しかし青空に手を突っ込んでも金は獲れない。金は金庫から獲らなければならない。
encensoir: 振り香炉には鈴が付き、香炉を振れば鈴が鳴る。鈴の音は参禱者に祈りを促し、聖堂内の信徒に炉儀を報せる。正教会だと炉儀を行うのは神品(主教・司祭・輔祭)で、輔祭がいる場合には輔祭が最も頻繁に用いる。カトリックでは「助祭 deacon」に当たり、deacon とは元来、執事を指すので、新教徒は「執事」という。もっとも新教徒は香炉を用いない。スコットランドの deacon は職人長の称号で、悪名高いディーコン・ブロディなる家具職人があり、エジンバラの市議会議員でもあったが、夜は泥棒を働いた。1788年に捕まり処刑され、スチーブンソン『ジキル博士とハイド氏』の発想元になったという。
enfant de chœur: 字義は「コーラスの子供」であるが、フランス語版 Wikipedia に拠れば、フランス人は伝統的に侍祭 Acolyte をこのように呼ぶ。侍祭を含む聖職は長らく男性の仕事とされてきたので、それを女性が請け負うなら、男装して少年のふりをした事になる。
題名は「身を売るミューズ」と訳されることもある。しかし読んでみると、「身を売る」というより「身を以て芸を見せる」ことを勧めているとしか思えず、そうなると所謂ジャンヌ・デュヴァル詩群に入れてもいいような気もする。そもそも美と芸能を以て讃えられるべき女性が、男になり切れていない男性の真似事でもしないと、端金さえ稼げない。階級社会の厳しさこそ当時は悲劇と見えたであろう。それでフェミニスムがフランス革命と共に始まった。のであるが、そんな苦労は今では無かったことにされている気がしてならない。




