第二百七十九回 星野宗右衛門は福岡藩の大目付なり
福岡藩の筆頭家老である栗山大膳は、藩の大目付である星野宗右衛門と定期的に掛け軸や茶器などの美術品の交換などをしていた。
その交換は星野宗右衛門に利益の出るかたちになっていた。
よい具合に懐の温まった星野宗右衛門は、その日、親しい高原京右衛門と神原八十八を連れて博多の町に飲みに行った。
神原八十八は言う。
「今年には右衛門佐さま(黒田忠之)もお帰りでしょう。
大膳さまからすれば、やはり大目付である星野さまをお味方につけておいた方がいいという心当たりが何かおありなのかも」
盃を傾けながら、ほろ酔い気分で、星野宗右衛門は口にする。
「確かに、昨年(寛永元年)に勘解由さまが秋月で分藩しようというのを止めようと、大膳さまが動き回ったということは大膳さまも危うい。
それは長政公のご遺言に反する。
長政さまがご逝去なさったときに即座に右衛門佐さまは秋月の知行目録を勘解由様にお渡しになられたのに、右衛門佐さまが江戸に到着なさると、急に考えを翻して、右衛門佐さまは内心は分国に反対という妙な噂を流した。
多少なりとも頭の回る者が地図をみれば、わかる。
もしも、勘解由さまが右衛門佐さま(黒田忠之)ともめているのなら、勘解由さま(黒田長興)が秋月に国を立てて筑前から分しても、国が立ちゆかない。
山の中の蕗月は、福岡藩の領地に囲まれて外に出る道を全て塞がれてしまう位置にある。
秋月は福岡藩とうまくやらねばならないというのは必定。
もしも、右衛門佐さまが本当に勘解由さまと不仲で、勘解由さまの秋月藩ができるのをお止めになりたいのならば、話は簡単だ。
勘解由さまに対して右衛門佐さまが『本気でもめたいのか?』と一言お告げになればよいだろう? それで話は終わりだ」
星野宗右衛門は自分のことを特別に賢いとは思っていない。
自分程度の者が気づくことは多くの者が気づくことであろうと思ってしまう。
そういう用心深さがなければ、戦乱の世を生き拭残れなかった。
いやあ、と栗屋甚兵衛は苦笑した。
「わざわざ地図を見るというのが、さすが大目付の星野宗右衛門さまです」
「おかしいと思えば、考えて調べるのは当然であろう」
と、星野宗右衛門。
神原八十八は言う。
「今の泰平の世の中、自分で何も調べもせず悪口三昧という粗忽者が流行っております。陽気暮らしとか申しまして、気楽に生きていると言えば気楽なもの。連中もさぞかし幸せなのでしょう」
「どうかな?」
星野宗右衛門の目からは、考えて調べもせず他人の悪口を普段から言ってまわるという姿は、あまり幸せに見えない。
積み重ねた生き方が違うのですよ、と高原京右衛門は言う。
「余計なことを言って間違っていれば、相手に斬られても仕方がないといった乱暴な話はなくなってきました。今時の若いのは、平和に狎れております」
はあ、と星野宗右衛門は溜め息をつく。
苦笑。
「栗山大膳さまも平和が大好きな御方ヨ。
若い頃の大膳さまは、藩の武辺者のお歴々の方々から、さんざん【文弱者】だの【腰抜け】だのとののしられて、すっかり心がしがんでしまわれた。
大膳さまには武勇伝らしい武勇伝が一つもない。
いつも自分を信じられず一人では何が何だかわけのわからないまま怯えておられる。
大膳さまは危ういことが起きた時に自分で戦わず、自分にだけは決して危ういことは起きない世の中にするのが自分のやるべきことである、と任じておられる。
心意気を示すというよう者たちのことを大膳さまは嫌っておられる。
自分だけは決して危ういこにあわない世の中にする。それ以外、大膳さまの頭の中にはないようろだ。
大膳さまは自らの武を示して大事をなしとげたいという野望がない。そういう者を【意気っている】と嫌う。
あの方のために心意気を示そうと思う者は誰もおらんであろう。
できることなら【関白公方】になりたいとあの方はおっしゃる。安全なところで身を守り、誰からも手出しされないようなお立場になりたい、と」
ゲラゲラ高原京右衛門は笑った。
「武士なのに、侍大将でなく、【関白公方】ですか? 大膳さまには畏れいりますな」
* *
大正四年に出版された福本日南『栗山大膳』は、当時の軍国主義の読者を意識してか、【彼(栗山大膳)は絶対的攻勢派。当時の滔々たる守勢的兵学者流の前に卓然と一家の言を持した】などと吹きあがる。
勇ましいことを栗山大膳は述べたと『西木子紀事』に書いてあると福本日南は言う。
それは嘘である。
実際の『西木子紀事』には【要害要固の城というども大将愚昧のため落城の例少なからず候】 という守りの話しかない。
原本の『西木子紀事』を調べる者は少ないとあてこんで、福本日南はやらかしたのであろう。
さすがに福本日南も気がとがめたのか、『西木子紀事』について、【原書の記者すこぶる誇張の筆を用い、往々にして大膳をして口にせぬ放言をなさしむる】と記す。
いくら『西木子紀事』を眺めても、栗山大膳に攻勢的発言は、福本日南が引用する余地がないほど、全く見当たらない。むしろ【関白公方】になりたいといった守勢的発言が目立つ。




