珍しくいい話「空中戦の書き方1」
さて。久々にまじめな話題を。
空中戦の書き方です。今回は上昇編。まずはこれを読んでください。
* * * *
> できるだけ奥に。
> 三秒数えて、アップ。
> 用意していたフラップ。
> 反転していた敵機が驚いて逃げる。無視して、上昇。
> エンジンを少しずつ絞る。
> フラップを仕舞って、失速。
> 篠滝が上へ。
> 斜め上の一機が、狙いを外して離脱。
> ダブル・デルタに気を付けろって言われてるのかも。
> さあ、この鳳流の素晴らしさを教えてやろう。
> エンジン・フルスロットル。
> 止まりかけていた機体が踊る。
>暴れる機体。
> ピッチだけは押さえる。
> 前から一機。
> 軸線が完全に外れている。
> 篠滝がこっちに撃つ。
> 危ないな。でも、大丈夫だろう。
> 信じて、駆け上がる。
* * * *
さて、ここまでの動きを説明します。
まず最初の状況から。主人公機(視点)と篠滝機の二機編隊が敵の編隊に切り込んでいく場面です。
主人公機は三秒我慢してから上昇、途中で失速させてからさらに駆け上がります。
僚機の篠滝機は主人公機に追随し、上昇の段階で主人公機から離れ、体勢を立て直してから主人公機を狙っていた一機に銃撃します。これが文中の流れですね。
この際、気を付けなければいけないのは機体の性能です。この例のように、一度失速させて更に上昇を続けるのは並大抵の機体ではできません。今回の題材は「Himmel Vogel」「旋回」からとりました。機種は鳳流です。設定ではプッシャの単発機となっています。
鳳流
ロータリーエンジン搭載機です。架空の設定ですが、推力重量比が1を超えています。つまり、垂直上昇できるという事ですね。実際の戦闘機では、F-15などができます。逆に言えば、実際の戦闘機ではほとんどできませんので気を付けてください。また、F-15でもミサイルや燃料を積み過ぎると出来なくなります。通常の戦闘機で長い垂直上昇や急上昇中の加速は出来ないと考えても良いでしょう。
このように、空中戦の機動では機体の性能が重要になってきます。ただ、ここで最も気を付けなければいけないのは多くの場合重視される「旋回性能」ではなく、「推力重量比」です。
小説の中で機体を上昇させるとき、機体の性能はどれぐらいなのか。機体が何を積んでいるのか。機体のその時点でのエネルギーはどれ位あるのかを考える必要があります。
機体が何を積んでいるのか、というのは比較的簡単ですね。増槽と、弾薬と、燃料と、積める場合はミサイル。一番気を付けなければいけないのは増槽ですね。
幾つかの戦闘機は増槽を積んだまま格闘戦は出来ません。F-15の場合、機体中央パイロンの増槽の場合のみつけたまま格闘戦に入れます。中央パイロンのみOKというのは割とあるようです。なので、増槽を両翼に装備している場合それを投棄する必要があります。戦闘開始の鏑矢のような描写にもなりますので、忘れないようにしてください。題材の冒頭では増槽に関する描写があります。
> 増槽を捨てそうになって、我慢。今ここで捨てたら最後まで踊れない。
そして題材の次の話で、
> 増槽のない篠滝は、少し推力を絞っているようだ。
> 増槽を捨てようか迷ったが、やめた。
> 残弾を確認。まだある。
> 燃料も増槽分を考えても大丈夫。油圧OK、油温ちょっと高め。
となっています。格闘戦に入っていながら、主人公は燃料が気になって増槽を手放しません。ジェット機になるとこれが顕著になります。アフターバーナーなんて使えないという状況も考えられます。このように、場合があって増槽を落とせない場合もあるので注意。「スカイ・クロラ」シリーズ(森 博嗣)では、背後につかれたときに増槽を落として機体を跳ね上げるという事をやっています。また、「スクランブル」シリーズ(夏見 正隆)の「亡命機ミグ29」では、気絶した主人公のF-15で、Gに耐えられなくなった増槽が落下し、そのおかげで銃撃を避け、さらにその衝撃で主人公が起きるという描写までされています。
結構どうでもいいものに見えて、大切なんですよ、増槽って。
ミサイルに関しては、対艦ミサイルや長距離ミサイルなどの例外を除いて余り考えなくてもいいかもしれません。ただ残弾には気を付けて下さい。
有名な話ですが、アメリカ軍の攻撃機パイロットは狙われたらミサイルを投棄して逃げ、
航空自衛隊の攻撃機パイロットは狙われたらミサイルを投棄して向かって来るという話があります。
このように最近の機体(特にF/A-18、F-1、Fー2など)はマルチロール機が多いので攻撃隊がミサイルを投棄して戦うという状況もあり得ます。戦い始める時に、重いミサイルだけ投棄という選択肢もあります。F-14の場合、フェニックスミサイルを投棄した方がいいかもしれません。重いので。
ここでちょっと脱線。一発のミサイルで撃墜できる敵機について。
ベトナムでは、二発のミサイルで四機撃墜という記録があります。しかも短時間で。
機体はアメリカ空軍F-4E。ミサイルはAIM-7Eスパロー。敵機はMig-17かMig-19とみられています。密集編隊を組んでいたため、被弾し爆発した一機の破片がもう一機を破壊したようです。
また、多くのミサイルでは自爆装置が搭載されており、サイドワインダーはワイヤーが飛び出す仕掛けまであります。至近弾でもダメージを与える可能性があるという事です。脱線終わり。
弾薬……は考えなくてもいいです。残弾に気を付けて。重心の変化はあるかもしれませんが、そこまで気にしなくていいと思います。ただ、機体中心軸から離れた左右非対称の機銃を持つ機体はその反動の事を忘れてはいけません。F-15の場合、トリガーを押すと自動的にラダーで修正が入るらしいです。
また、発射時の安定性について。F-4の機銃は機首から飛び出るように取り付けられている(そもそも最初は搭載していなかった)ので、発射時座りが悪かったらしいです。また、ステルス機ではカバーがついているので、発射時タイムラグが発生します。
燃料では、P-51(F-51)ムスタングの例が有名ですね。胴体後部に燃料タンクがある為、燃料を満載するととても不安定だったそうです。敵地上空に来た時には燃料を使った後だし、迎撃の時は満タンじゃなかったでしょうから、問題は表面化しなかったんでしょうね。
満載すると重くなるので、機動力は落ちます。なので、
燃料満タンだ→敵が来た→機体が重くて戦いにくい
という事は十分に考えられますね。知り合いのセスナ機パイロットの話では、個人で機体を持っている人は必要な分と安全マージンだけ積み、飛行クラブの機体はいつも満タンにしてあるそうです。第二次世界大戦の緊急迎撃のように、手近な機体に乗り込んで離陸する場合はその機体がどれぐらい燃料を積んでいるのか考えなければいけません(空という可能性もあり得る)。
以上、ここまでが「機体が何を積んでいるのか」の説明です。
次は、「機体のその時点でのエネルギー」です。
主に、「速度エネルギー」と「位置エネルギー」ですね。
まず、速度エネルギー。これは簡単ですね。保持エネルギーはその物体の移動速度の二乗に比例します。つまり、速度はあった方がいい、という事です。
しかし、速度がありすぎると旋回効率が落ちて、相手に回り込まれてしまうので、単純に速度があればいいというわけではありません。相手よりも少し速い程度がベストでしょうか。
なので、ほとんどの格闘戦訓練ではすれ違ってから戦闘開始、というルールになっています。下手に速すぎたり遅すぎたりしないようにするためですね。
また、超音速になるとさらに話が変わってきます。
機体に掛けられる最大Gは減少し、曲がりにくくなります。このため、超音速戦闘では通常の戦闘と少し勝手が変わってきます。お互いに一撃離脱になるか、旋回を繰り返して速度が落ちてくることがほとんどですが。
次に。位置エネルギーは水陸の兵器にはあまりなかったものですね。相手よりも速度が大きく、相手の後ろにいる場合。オーバーシュートしないために移動速度を落とす必要があります。しかし、速度を落とすという事は、同時にエネルギーの喪失という事でもあります。エネルギーを失わずに、相手の後ろに居続けるには。速度エネルギーを、上昇することで位置エネルギーに変換するのです。
相手よりも上の、相手よりも後ろが、空中戦でのベストポジションです。これをエントリー・ウィンドウと言います。ここを取られないように、相手の後方につく。しっぽ取りですね。
さて、最後。(ちょっとつかれた)「機体の性能」です。
これについては、余り説明しません。これは手抜きとかそういうのではなく、比較が本当に難しいからです。
F-22はF-15の1.5倍重いですが、エンジン推力は1.2倍しか増加していません。空力特性がF-22の方が格段に優れていると言えるかは疑問ですから、推力偏向ノズルを除けばF-15の方が格闘性能は高いのでしょうか。
アクロバット機とF-16と低空戦闘をしたら、はたしてF-16はアクロバット機を撃ち落とせるでしょうか。
本当に、これは比較が難しい問題です。零戦VSF-22でも、私は「場合による」としか言えません。
機体がその時発揮する性能には、前述の「機体が何を積んでいるのか」と「機体のその時点でのエネルギー」が大きく影響します。
なにがあってもF-22がMig-21に勝つとは言えません。
気を付けてくださいね。下手に「性能差があるから」と済ませて撃墜とするより、もう一歩踏み込んで、戦闘方法なども考えて空中戦を書いてみましょう。
P-38は、通常の空中戦をしていた時は「ぺロハチ」と馬鹿にされていましたが、一撃離脱戦法をとってからは「双胴の悪魔」と恐れられました。戦術次第で発揮する性能が変わるといういい例です。現に、アメリカ軍のトップエースはP-38乗りです。
では。いい作品を。