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第42話:いざ進撃

サジール国後方作戦本部と、復興の歩みを進める旧市街。 前夜のサジール国軍による夜間強襲を見事に退けた前線基地は、早朝から勝利と安堵の熱気に包まれていた。


「見ただろう、昨夜の戦いを! あの青い目をした鋼鉄の巨兵と、日本の女刑事が敵の装甲車を一瞬で撃破したんだ!」 「ああ、あの巨大な盾があれば、サジール国軍の襲撃だって怖くないぞ!」


兵士や住民たちが口々に賛辞を送り合う中、給水所の木陰では、シオンが巨大なチタン合金の巨体を静かに折り曲げ、メンテナンスモードで着座していた。


「シオン……その、オイルの汚れ……拭いてあげようか……?」


控えめな声とともに歩み寄ってきたのは、10歳の少女アミーラだった。アミーラは、かつて軍用ロボットに抱いていた猛烈な恐怖を克服しつつあり、シオンを「自分たちを守ってくれる心強い仲間」と認めていた。まだシオンのあまりの巨体と鋼鉄の質感に少々の身すくみを見せながらも、両手にウエス(清掃用の布)とメンテナンスオイルの缶を抱えて手伝いを買って出たのだ。


『有難ウ、アミーラ。左脚部ノ、シリンダー付近ガ、泥ニ、汚レテ、イマス』


アミーラは「任せて!」と小さな胸を張り、一生懸命にチタン装甲の隙間に溜まった砂埃を拭い始めた。


「シオンの体って、すごく冷たくて頑丈なんだね。でも……この青いおめめを見てると、とっても温かい気持ちになるの」


『私ノ、内部ニハ、貴女タチヲ、護ル、意志ガ、存在、シマス』


「ふふ、ロボットなのに、なんだか頼もしいお兄ちゃんみたい」


雑談を交わしながら、少しずつ、しかし確実に縮まっていく二人(一人と一機)の距離。アミーラの屈託のない笑顔を見つめながら、シオンの胸の奥で眠る元人間の青年・ユウキの魂は、あたたかな喜びに満たされていた。


(アミーラちゃんが、こんなに笑って僕に話しかけてくれる……。僕がこの鋼鉄の体になった意味は、確かにここにあったんだ)


その時、後方作戦本部の通信幕舎から、緊迫した警報音が鳴り響いた。


「カレン! 日本から、超高精度暗号回線での緊急通信が入っています!」


通信兵の叫びに、カレンとシオンはすぐさま作戦幕舎へと駆け込んだ。大型ホログラムモニターに映し出されたのは、天童の引き締まった顔容だった。


「カレンちゃん。銃で撃たれたんだって?容態はもう良いのかな?……朗報だよ。アーク・システムズが、桐生博士が作った超自律AIを一時的に麻痺・機能停止させる【広域電磁ジャマープログラム】の開発に成功したよ!」


「本当ですか、天童さん!? それがあれば、サジール軍が操るネオ・ロボティクス社のロボット群を無力化できるんですね!ちなみにシオンにも父の超自律AIが搭載されているけど、シオンは平気なの?」


「シオンにはガードレールが存在するから大丈夫。このジャマープログラムはガードレールが破壊された超自律型AIにだけ作用するようにプログラムされているよ」


カレンの瞳に激しい希望の光が宿る。しかし、天童の表情は真剣そのものだった。


「ああ。だが、このジャマープログラムで周囲のロボットを停止させるには、通常の通信設備では出力が足りない。……サジール首都近郊の高台に鎮座する【通信検問タワー】を占領し、その大出力送信アンテナジャックへ直接プログラムを注入・送信する必要がある」


ラーマン大佐が作戦台の地図を指し示した。


「通信検問タワー……! 首都サジール・シティを防御する最大の要衝だ。あそこを抑えれば、敵の通信網を遮断できるだけでなく、周辺のネオ・ロボティクス社のロボットを一掃できる!」


「決まりね! 多国籍軍・人民軍の皆さん、首都攻略の前哨戦として、通信検問タワーの占領作戦を開始しましょう!」


カレンの力強い宣言に、作戦幕舎内の全指揮官が「応!」と雄叫びを上げた。サジール軍との本格的な決戦に向け、前線を一気に押し上げる大作戦が動き出したのだった。


通信検問タワー攻略作戦の決定を受け、多国籍軍本部は前線への大幅な武力増強を決定。翌日、大型輸送ヘリによって次々と最新鋭の重火器や物資が基地へと運び込まれた。


その補給物資の目玉として運び出されたのは、人道防衛用として開発された規格外の超大型火器——「遠距離重砲(ロングレンジ・ライフル)」だった。


全長3メートルを超える重厚な複合チタン製砲身。普通の人間の兵士では持ち上がることすら不可能な重量火器だが、シオンの剛性フレームと超高出力アクチュエータであれば、何の問題もなく運用が可能だった。


『超大型、遠距離重砲……。私ノ、メインシステムト、ダイレクト、連動、可能デス』


シオンが巨大なマニピュレータで遠距離重砲を保持すると、精密なロックオンシステムが作動。


(これがあれば……! これまではカレンの前で盾になるばかりで攻撃に回れなかったけれど、これなら遠距離から敵の重要目標を壊滅できる……!)


シオンの胸の奥で、ユウキの魂が静かに、しかし激しく燃え上がった。自分もまた、カレンとともに戦う真のパートナーとして威力を発揮できるという高揚感。


「この大きな戦いを前に、シオンの装備が強化されたのは心強いわ。……でも、どれだけ強力な武器があっても、最後は私たちの心が一つにならなきゃ意味がない。シンクロ率をさらに高めるのは、私自身の心の静寂と集中次第なの」


カレンはふと夜空を見上げた。サジール国の夜空には、街の明かりがない分、吸い込まれそうなほど美しい満天の星々が輝いていた。


「シオン、アミーラちゃん。出撃の前に、心を整えましょう」


カレンの提案で、静まり返る砂漠の夜の中、三人はパチパチと薪がはぜる小さな焚火を囲んで腰を下ろした。


ひんやりとした熱砂の上に座り、背筋を伸ばして静かに目を閉じるカレン。アミーラもカレンの真似をして小さな足を組み、ちょこんと座禅を組む。そしてシオンもまた、駆動音を完全に消し、静かにセンサーアイの光量を落として二人の隣で佇んだ。


風が吹き抜ける砂漠の音。薪が燃える小さな音。そして、カレンの静かな呼吸音。


(焦るな……恐れるな……。私はシオンの盾に守られるだけの存在じゃない。シオンの視界となり、心となり、一緒にみんなを守るんだ……)


呼吸を整えるにつれ、カレンの胸の中にあったわずかな不安や雑念が、すうっと夜の砂漠へ溶けて消えていく。横に座るアミーラの温かな温もりと、隣に佇むシオンの絶対的な存在感。三人の心が、異国の星空の下で静かに、深く調和していった。


シオンはカレンとのシンクロ率が徐々に上がっていくことを感じた。


(カレン、何かを悟ったかのような集中力だ。僕が足を引っ張らないように頑張らないと)


翌朝——決戦の刻が訪れた。


「総員、前進開始! 目標、通信検問タワー!」


多国籍軍と人民軍の大部隊が、前線を押し上げるための総進撃を開始した。空には攻撃ドローンの群れが飛び交い、地上ではロボット兵と歩兵部隊及び装甲車が泥煙を上げて突き進む。


アミーラたち子供や女性、高齢者は、完全な安全が担保された「古代石膏要塞シェルター」の深部へ待機することとなった。


「カレンお姉さん! シオン!」


出撃直前、アミーラが駆け寄ってくると、カレンの腰とシオンのチタンの脚へ同時にしがみついた。


「絶対……絶対に、無事で戻ってきてね! 約束だよ!」


「ええ、約束するわ、アミーラちゃん! この街に平和を取り戻して、必ず帰ってくるから!」


『了解デス、アミーラ。無事ニ帰還シマス』


アミーラの温かい抱擁を受け取り、カレンとシオンは力強くうなずくと、激戦の渦巻く市街地へと突撃した。


しかし、通信検問タワーの目前まで迫った連合軍の前に、恐るべき光景が広がっていた。


サジール軍事政権は、タワーを取り囲む半径数キロの区画に、ネオ・ロボティクス社製の「軍用ロボット軍団」数百機をぎっしりと隙間なく配置していたのだ。


「クソッ……! 敵は軍用ロボットを「動く肉壁」として敷き詰めているぞ!」


「近づけば密集した重機関銃とレーザーの集中砲火を浴びる! タワーに近づけない!」


前線の装甲部隊が激しい弾雨に晒され、突撃がピタリと止まる。タワーの周囲は完全な鉄壁の防衛陣地と化していた。


「このままじゃ拉致があかないわ……! まずはあのロボット軍団の肉壁を崩して、戦力を削るしかない!」


カレンが小銃を構えて叫ぶ。


『カレン。私ノ遠距離重砲ヲ使用シマス。安全ナ後方位置カラ、敵ノ核心部ヲ撃破シマショウ』


シオンが背中に背負っていた巨大な遠距離重砲を前方へ展開。三脚状にバイポッドを設置し、超高精度光学センサーを起動させた。


「お願い、シオン! 私があなたの周囲を警戒するわ!」


『了解!!』


カレンを守るための防衛リソースを一切削る必要のない、安全な射撃ポジション。シオンの高度な戦術解析AIが、敵ロボット軍団の装甲の隙間と、胸部に埋め込まれた「動力コア」の微小な座標を瞬時に算出してロックオンする。


「ターゲット捕捉……発射!」


「ズドォォォォンッ!!!」


爆音とともに、遠距離重砲の太い光線弾が射出された!


超高エネルギー弾は数キロ先の敵陣へとまっすぐに突き刺さり、肉壁となっていた最前線の軍用ロボットのコアを貫通した!


「な……なんだあの威力は!? 遠距離からの超精密狙撃だと!?」


サジール軍の指揮官が驚愕の悲鳴を上げる。


シオンの射撃は止まらない。ズドン! ズドン! ズドン! 寸分の狂いもない精密砲撃が次々と繰り出され、敵ロボットの核心部だけが正確無比に撃破されていく。弾丸を連射するたび、敵の防衛線に巨大な風穴が開いていった。


「最後の1発……発射!」


「ズドォォォンッ!!」


シオンが遠距離重砲の全エネルギーパックを撃ち尽くした瞬間、通信検問タワーへと続くロボット軍団の肉壁に、直線状の一筋の道が切り開かれた!


「今よ、シオン! 飛び込むわよ!」


『了解!!』


シオンは空になった遠距離重砲をパージすると、巨大なチタンシールドを前方に掲げ、カレンとともに敵の隙間へと疾風のごとく突入! 左右から迫る敵の残存火力をシールドで完璧に弾き返し、一気に通信検問タワーの最下層デッキへと取り付くことに成功したのだった。


「タワー内部へ侵入! 制御室へ突入するわ!」


タワー内部の防衛兵器をカレンの精密射撃とシオンの怪力で一瞬で鎮圧し、二人はタワー最上階の広域送信メインフレームへと到達した。


「天童さんから送られたジャマープログラム……送信開始!」


カレンがデータ用端末をタワーのメインアンテナジャックへ接続し、実行キーを押した。


瞬間、タワー頂上の大型アンテナから、ジャマープログラムが拡散された!


その直後、タワー周辺のネオ・ロボティクス社の軍用ロボットのセンサーアイが点滅し、その場に崩れ落ち沈黙したのだった!


「ジャマー作戦成功! タワー周辺の敵のロボット群が完全に停止しました!」


「全軍、一気に攻め落とせぇぇっ!!」


ロボットの肉壁を失ったサジール軍に対し、多国籍軍と人民軍が一気に突撃。通信検問タワー周辺の敵拠点を完全に制圧し、残存していたサジール軍を包囲・捕獲することに成功したのだった。


さらに、捕獲された軍用ロボットに対し、安全プロトコルが適用された。


「ガードレール・人道保護プログラムを完全復旧……再起動します!」


青いセンサーアイを取り戻して再起動したロボットたちは、武器を捨て、人道支援・警備ロボットとして生まれ変わった。これらのロボット群はすぐさま「古代石膏要塞シェルター」の周囲および給水ルートの防衛・復興支援部隊として回され、連合軍と住民たちの戦力は飛躍的に増強されたのだった。


タワーの屋上から、夕映えに染まるサジール首都の街並みを見下ろすカレンとシオン。


「やったわね、シオン……! 首都への道が開けたわ!」


『ハイ、カレン。私タチノ絆ト不屈ノ意志ガ、勝利ヲ引キ寄セマシタ』


青く力強く輝くシオンのセンサーアイと、カレンのまっすぐな瞳。サジール国の長い夜が明け、決戦の首都攻略へ向け、二人のバディは確かな勝利の確信を抱いて佇んでいたのだった。

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