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第40話:避難先なき絶望と父の残影

サジール国後方作戦本部と、それに隣接する旧市街。 黒煙と爆風が天を覆い、猛烈な迫撃砲の着弾音が地鳴りのように響き続けていた。崩落したレンガ造りの建物の破片が重苦しい砂塵とともに舞い散り、街は地獄絵図と化していた。


右肩を包帯と三角巾で重々しく固定した桐生カレンは、痛みに耐えながら、瓦礫の影に震える子供たちや負傷者を必死にかばっていた。


「みんな、低姿勢を保って! 私のあとに続いて!」


カレンは懸命に声を張り上げ、避難民を作戦本部の指揮幕舎へと誘導する。しかし、後方作戦本部自体も限界を迎えていた。人民軍のラーマン大佐は、地図が広げられた作戦台の前で頭を抱え、苦渋の表情を浮かべていた。


「大佐! 街の避難民を安全な地下シェルターか、後方の拠点へ移送してください! このままでは砲撃の破片で犠牲者が増える一方です!」


カレンの悲痛な訴えに対し、ラーマン大佐は重い首を横に振るしかなかった。


「カレン……無理なのだ。後方の補給拠点もすでに近隣の村々から逃れてきた避難民で満杯だ。これ以上の人間を受け入れる物資も、防空壕のスペースも存在しない。この本部の簡易地下バンカーも、負傷兵の治療スペースで完全に埋まっているのだ……」


「そんな……! じゃあ、この街の人たちはどこへ逃げればいいんですか!? 安全な避難先がないなんて……!」


「どこにもないのだ。……それが、この戦場の非情な現実なのだよ」


ラーマン大佐の冷徹な言葉が、絶望の刃となってカレンの胸を深く刺し穿つ。


「どこにも、ない……?」


カレンはその場に膝をつきかけた。街を守りたい。命を救いたい。だが、逃げる場所すら存在しないという無慈悲な壁。


(どこかに……この猛砲撃に耐えられる安全な避難先はないのか……!?)


カレンのすぐ傍らに佇む鋼鉄の相棒——シオンの胸の奥で、元人間の青年・ユウキの魂が激しい焦燥に苛まれていた。


ユウキは即座にシオンの超自律型AIをフル駆動させ、攻撃を受けたこの町の周辺で、大勢の住民を安全に避難させられる場所がないか、衛星ネットワークを介して世界中のデータベースへの検索を開始した。


超自律型AIは衛星ネットワーク経由で得られた膨大なデータから即座に複数の候補地を抽出・比較解析した。そして、最も実現可能性が高い解として一つの分析結果を提示した。


「現在地より北西3.2キロ地点に『古代石膏住居跡』が存在。古代遺跡が現存=極厚で強固な天然岩盤層。かつて住居だった=人間が生活・避難可能な広大な空間構造。重迫撃砲の直撃に耐える天然シェルターとして活用可能と分析」


(遺跡が残っているほどの強い岩盤で、しかも元住居だから人が入れる構造……これなら行ける!)


ユウキの思考が歓喜に震えた。シオンは即座に外部スピーカーを作動させ、カレンへと向き直った。


『カレン。避難先ノ候補ガアリマス』


「え……? 避難先……?」


カレンが驚愕の表情で顔を上げる。


『北西3.2キロ。古代石膏住居跡デス。極厚ノ天然岩盤ニ覆ワレタ、天然要塞シェルターデス』


「古代石膏住居跡……!? そんな場所が近くに……! シオン、すぐに確かめに行きましょう!」


カレンとシオンは、煙の上がる街を抜け出し、北西の岩盤地帯へと急行した。


そこは、荒涼とした砂漠の中に突如として現れる、巨大な白亜の岩山だった。何千年もの風化に耐え抜いた極厚の石膏一枚岩が、まるで不落の城壁のように聳え立っている。


「ここが……古代石膏住居跡……!」


巨大な亀裂のような入り口をくぐると、外の灼熱と砲声が嘘のように遠のき、ひんやりとした静寂が漂っていた。内部は幾重にも枝分かれした広大な空洞となっており、千人以上の人間が十分に避難できる圧倒的な容積を誇っていた。


さらに奥へと進んだシオンが、高精度センサーで壁面を走査する。


『カレン。地下水脈ヲ、検知シマシタ。水質良好。長期籠城、可能デス』


壁の裂け目から、清らかな冷水がこんこんと湧き出ていた。


「すごい……! 頑丈な天然の天井に、豊かな地下水脈……! ここなら、砲撃の破片からも、敵の追撃からも街の人たちを護れるわ!」


カレンの瞳に、不屈の希望の光が蘇った。


「すぐにここをシェルターとして機能させなきゃ。シオン、作業を始めましょう!」


カレンは右肩の激痛に顔をしかめながらも、包帯を巻いた左手で作業用照明の配線を開始した。


『ダメデス、カレン! 貴女ハ、負傷者デス! 休養シテクダサイ!』


「言ってる場合じゃないわ! 一刻も早くここを完成させないと、今この瞬間にも街の人たちが死んでしまう! 私は大丈夫……これくらいの痛み、平気よ!」


カレンは歯を喰いしばり、汗と泥に塗れながら作業を続けた。シオンはカレンの身体を気遣いながらも、チタンシールドと怪力を駆使し、洞窟の入口手前に敵の突入を防ぎ、砲弾の爆破飛散を食い止めるための強固な「防衛用塹壕トレンチ」と土嚢の壁を構築し始めた。


その頃、後方作戦本部の病院前。 10歳の孤児の少女アミーラは、街の避難民たちに懸命に語りかけていた。


「カレンお姉さんが……! 怪我をして肩から血を出している日本のカレンお姉さんが、私たちのために安全な隠れ家を作ってくれてるの!」


「なんだって……? あの日本人の女刑事がか?」


身を寄せ合って震えていた避難民の大人たちが、驚きで顔を上げた。


「うん! カレンお姉さんと、大きな青い目のロボットが、酷い怪我をしているのに休まないで、山の中で穴を掘ったり大きな石を運んだりしてるの! 私たちの命を守るために……!」


アミーラの真摯な瞳と声に、大人の胸が激しく打たれた。


「怪我をした外国人が、俺たちのために命を削っているというのか……?」 「俺たちはここで震えているだけでいいのか!?」


一人、また一人と、避難民の若者や作業員たちが立ち上がった。つはものたちの手には、スコップや建設資材が握られていた。


「手伝おう! 俺たちの隠れ家だ! 俺たちの手で創るんだ!」


数時間後、古代石膏住居跡には、数十人を超える街の住民たちが続々と集まってきた。


「カレンさん! 無茶しちゃダメだ、重いものは俺たちに任せてくれ!」


「水路の引き込みなら俺が得意だ! 工具を持ってきたぞ!」


「みんな……! どうして……!?」


カレンが驚愕して目を丸くする。住民たちは温かい笑顔を向け、カレンから工具を受け取ると、一斉に作業に取りかかった。


「あんたたち二人だけを働かせるわけにはいかないよ。命を救おうとしてくれている人に、俺たちが応えないでどうするんだ!」


カレンの「誰一人見捨てない」という不屈の信念は、絶望に沈んでいた住民たちの心に燃え上がり、暗闇を照らす希望の火となっていた。


(カレンの気持ちがみんなに伝わって本当に良かった!)


シオンの圧倒的な作業能力と、住民たちの必死の協力により、わずか半日で古代石膏住居跡は「天然要塞シェルター」へと生まれ変わった。防衛用塹壕が完成し、給水所と生活スペースが美しく整えられた。絶望に包まれていた住民たちの顔には、久方ぶりの笑顔と明るさが戻っていた。


だが、試練は終わらなかった。


後方作戦本部と多国籍軍の先導により、街の住民全体をシェルターへと移送する大移動が開始された。しかし、街の中心部で予期せぬ大混乱が発生した。


「冗談じゃない! 先祖代々受け継いできたこの土地と家を捨てろというのか!?」


街の古参の長老・ジャミール率いる一部の住民グループが、広場に立ち塞がり、怒号を上げて避難命令に猛反発したのだ。


「家を捨てたら俺たちには何も残らない! ここで死んだ方がマシだ!」


「落ち着いてください、ジャミールさん! ここに残っていたら迫撃砲の犠牲になってしまいます!」


カレンが傷を押さえながら必死に説得するが、頑固なジャミールは聞き入れない。街は「避難派」と「残留派」に真っ二つに分裂してしまった。


時間がない。多国籍軍の主力は避難派の住民たちを護衛し、シェルターへと移動を開始せざるを得なかった。


「シオン……私たちは残るわ。残留を決めた人たちを、見捨てるわけにはいかない」


『了解デス、カレン。私ハ、貴女ノ、盾デス』


カレンとシオンは、傷が癒えぬ身体を押して、街に残ったジャミールたちの警備と防衛のために留まった。


その直後だった。


「ドガァァァン!!」


街の防衛線を突破し、サジール国軍の装甲車2両と不法軍用ロボットの歩兵部隊が、怒涛の勢いで押し寄せてきた!


「ヒッ……! 敵だ! 敵が来たぞ!!」


ジャミールたちがパニックを起こして悲鳴を上げる。


「シオン! 撃退するわよ!」


『了解!!』


シオンは巨大なチタンシールドを掲げ、カレンとともに敵の前に立ち塞がった。しかし、手負いのカレンとシオンだけでは、あまりにも多勢に無勢だった。左右から回り込む敵歩兵の射線を遮り切れず、防衛線が突破されそうになる。


「クッ……守り切れ……ない……!?」


カレンの右肩に激痛が走り、膝が砕けかけたその時だった。


「撃てぇぇぇっ!! 敵を近づけるな!!」


突如、激しい小銃の連射音が響き渡った!


「な……!?」


カレンが振り向くと、そこには多国籍軍から最低限の自衛用として小銃を渡されていたジャミールたち住民が、不格好な構えで銃を乱射していた。


「カレンさんたちだけに戦わせるかよ!」 「俺たちの町だ! 俺たちの命だ!」


素人同然の乱射ではあったが、予期せぬ激しい反撃に、サジール国軍の歩兵部隊が一瞬怯み、進撃をピタリと止めた。


その光景の中で、ジャミールは目撃した。


右肩から血を滲ませながら、自分たちをかばって巨大なシールドを掲げ続け、泥まみれになりながら弾丸の雨を受け止めるカレンとシオンの姿を。


(あの二人は……自分たちの命を捨ててまで、頑固な俺たちを守ろうとしてくれている……)


ジャミールの瞳から、ボロボロと涙が溢れ出した。胸を打ち破る圧倒的な感動と後悔。


「俺が間違っていた……! 家や土地なんかより、命こそが我が故郷だったんだ……!!」


ジャミールは涙を拭い、住民たちに向かって魂の叫びを上げた。


「全員、撤退だ!! カレンさんの作った隠れ家へ逃げるぞ!! 生きて明日を迎えるんだ!!」


「ジャミールさん……!」


カレンの顔に、感涙の笑顔が広がった。


「シオン! 全員の撤退をカバーするわよ!」


『了解!! 全員、私ノ、背後ヘ!!』


シオンは鉄壁の盾となり、押し寄せる敵の弾丸をすべて跳ね返し、崩れ落ちる瓦礫を粉砕して退路を切り開いた。


戦火に包まれ、炎上する街を背に、ジャミールたち最後の住民も全員が無事に脱出。一同は北西の極厚岩盤に包まれた「古代石膏要塞シェルター」へと駆け込んだ。


手前の塹壕でシオンが追撃の敵機を壊滅させると、巨大な石膏の扉が固く閉ざされた。


完全な安全と静寂が訪れた洞窟内。地下水脈のせせらぎの音の中、集まった数百人の住民たちから、割れんばかりの歓声と感謝の叫びが巻き起こった。


「生きた……! 俺たちは生きたぞ!!」 「ありがとう、カレンさん! ありがとう、鋼鉄の盾!!」


ジャミールがカレンの前に跪き、その手を固く握りしめた。


「カレンさん……愚かな私を許してください。あなた方が繋いでくれたこの命、決して無駄にはしません」


「いいえ、ジャミールさん。生きることを選んでくれて……ありがとう」


温かい熱気に包まれるシェルターの中で、カレンとシオンは互いに視線を交わした。


両親の命を奪った暴虐の戦火の中で、父の遺した知恵と、不屈の絆が繋ぎ止めた数知れぬ命。サジール国の暗雲の空の下、二人の「盾」は、確かな希望の砦を築き上げたのだった。

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