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第39話:崩れるバディと負傷の衝撃

サジール国の空を突如として切り裂いたのは、鼓膜を狂わせる不気味な着弾音だった。


「ドォォォォンッ!!!」


後方作戦本部に隣接する旧市街の市場周辺に、黒煙と激しい爆風が巻き起こった。建物のレンガが砕け散り、悲鳴と怒号が重苦しい砂塵の中に響き渡る。


「敵の迫撃砲部隊だ! 距離三千、北の丘陵地帯から砲撃を開始したぞ!」


作戦本部の通信手が叫ぶ。多国籍軍がこの地域に拠点を設けて以来、直接的な砲撃を受けることは一度もなかった。そのため、市街地に身を寄せていた現地住民や避難民たちの避難行動は著しく遅れ、町は瞬く間に大混乱へと陥った。


「急がなきゃ、町の人たちの命が危ないわ!」


カレンはタクティカルベストの装備を整え、緊迫した表情で人民軍の指揮幕舎へと駆け込んだ。ラーマン大佐に対し、市街地全域の住民を即座に安全圏へ退避させるよう強く進言する。


「ラーマン大佐! 今すぐ住民を退避させてください! 迫撃砲の着弾エリアが広がっています!」


しかし、ラーマン大佐は苦渋に満ちた表情で首を横に振るしかなかった。


「カレン、気持ちは分かるが……退避先がないのだ。この本部の後方は広大な砂漠と補給路のみ。すでに近隣から逃れてきた避難民でキャパシティは限界を超えている。今、住民を外へ出せば、それこそ敵の狙撃手や不法ロボットの格好の標的になる」


「そんな……じゃあ、ここで指をくわえて待てと言うんですか!?」


「多国籍軍の防空部隊が迫撃砲陣地を割り出すまで、各々で物陰に潜んでもらうしかない。……それが、この戦場の現実だ」


「くっ……!」


カレンは歯を喰いしばり、幕舎を飛び出した。


(町の人たちを守りたい……! でも、こんなに広い町ですべての砲撃を防ぎ切るなんて……!)


悲鳴を上げて逃げ惑う子供たち、瓦礫の下敷きになった身肉を助けようと叫ぶ大人たちの姿が、カレンの視界に飛び込んでくる。守るべき対象が多すぎる焦燥感と無力感。そして何より、戦火の混乱と絶叫は、ロボットに両親を奪われた幼少期のトラウマを強烈に刺激していた。自らの無力さに苛まれるカレンの心身のバランスは、急激に崩れ去っていた。


カレンの胸元に装着された携帯用バイタルセンサーが、急上昇する心拍数と過度のストレス数値を検知し、シオンのメインプロセッサへアラート音を連動させる。シオンのメインシステムに表示された同期データは、恐ろしいスピードで数値を切り下げていた。


【バイタルアラート:心拍数158/ ストレス数値MAX】 【シンクロ率:82% …… 50% …… 20%(絶望領域:重大な思考・伝達ラグ発生)】


「シオン、行くわよ! 敵の砲弾を一つでも多く防ぐの!」


『カレン、バイタルガ著シク乱レテイマス。冷静ニナッテクダサイ』


シオンの警告の声も、焦りに支配されたカレンの耳には届かない。


二人は煙の上がる旧市街の通りへと飛び出した。シオンは大型のチタンシールドを前方に展開し、降り注ぐ砲弾の破片や崩れ落ちる瓦礫から逃げ遅れた住民たちを護りながら進む。しかし、街全体を覆う攻撃に対し、一機の盾ではあまりにも範囲が狭すぎた。


「あっちの路地にも人がいる! シオン、もっと前へ!」


『カレン!ソノ路地ハダメデス!』


「でも、見捨てるなんてできないわ!」


猛烈な爆風と黒煙が視界を遮る中、奇跡的に迫撃砲の着弾が一瞬だけ途切れた。


(今だ……! 隙ができた!)


焦燥感に駆られたカレンは、シオンの制止を聞く前に、安全なシオンの巨大な盾の陰から無理に身を乗り出してしまった。路地に倒れている住民を助け出そうと、不用意に身体を露呈させてしまったのだ。


『下ガッテクダサイ、カレン!!』


高精度光学センサーで崩落したビルの二階部分を走査していたシオンは、そこに潜む伏兵の存在を即座に感知していた。


シオンは全力の怒号を上げ、カレンの身体を盾の陰へと引き戻そうとした。しかし——。


バイタルセンサーが示すシンクロ率は、絶望的な20%まで急降下していた。 心身の乱れから生じた僅かな思考・伝達ラグ。シオンの切迫した制止の指示がカレンの知覚に届く前に、カレンの足はすでに踏み出されていた。


「ドン……ッ!!」


乾いた狙撃銃の銃声が街に響き渡った。


「がはっ……!?」


衝撃がカレンの右肩を穿った。肉を削ぎ、骨を砕く凄まじい衝撃とともに、鮮血が舞い散る。カレンの右肩を敵の弾丸が容赦なく撃ち抜いた。


カレンの身体が、操り糸を切られた人形のように砂の上へ崩れ落ちる。これまで一度もカレンに怪我をさせたことがなかったシオンは、カレンの血を見て激しい絶望に打ちのめされる。


『カレンッ……!?』


シオンのブルーのセンサーアイが、驚愕と恐怖で限界まで見開かれた。


目の前で力なく倒れ、右肩から大量の血を流して苦悶の声を上げるカレン。その真っ赤な血が、シオンのチタン合金の装甲へと飛散していた。


(僕が……僕の反応が遅れたせいで……! カレンが……血を……!?)


これまで、数々の過酷な死闘を潜り抜けてきた。ネオ・ロボティクス社の暗殺兵器とも、悪意あるAI軍団とも戦ってきた。だが、どんな激戦においても、シオンは自らの身体を文字通りの鉄壁の盾となし、カレンに擦り傷一つ負わせたことはなかった。


それが——自分の指示の遅れと、守り切れなかった無力さによって、最愛のカレンが目の前で撃ち抜かれた。


(カレン! カレーーーン!!)


シオンの胸の奥で、元人間の青年・ユウキの魂が、狂おしいほどの絶望と自責の悲鳴を上げていた。


シオンは右腕の電磁ピストルでビルの伏兵を一瞬で手繰り寄せるように撃ち抜くと、崩れ落ちたカレンを震える両腕でそっと抱き上げた。


『カレン! 応答シテクダサイ! カレン!!』


合成音声の語尾が微かに震え、システム全体がエラー音を鳴らし続ける。カレンの温かい血が、冷たい鋼鉄の指先を濡らしていった。


後方作戦本部内に併設された病院。


白いシーツの上に横たわるカレンの右肩には、分厚い包帯が重々しく巻かれていた。幸いにも弾丸は骨をかすめて貫通しており、命に別条はなかったものの、大量出血と酷い挫傷により、カレンは点滴を受けながら安静を余儀なくされていた。


「ん……」


カレンがゆっくりと瞼を開けると、視界に入ってきたのは、ベッドのすぐ横で微動だにせず立ち尽くす鋼鉄の巨体。


シオンだった。


シオンの胸部にあるアーク・システムズのロゴは薄暗い病室内で静かに光っていたが、その顔面にあるブルーのセンサーアイは、自責の念から光量を暗く落とされ、まるで電源が切られているかのように静止し続けていた。


「シオン……?」


カレンがかすれた声で呼びかける。しかし、シオンからは何の応答もなかった。駆動シリンダーの音すら聞こえないほど、シオンは自らを完全な静止状態に置き、自責の念の深淵に閉じこもっていた。


(僕が……僕がカレンを危険に晒した。僕が盾として失格だったから、カレンが傷ついたんだ……)


シオンの内部で流れる思考プロセスは、後悔と自責のループに囚われていた。


トントン、と病室のドアが控えめにかすかな音を立てて開いた。


入ってきたのは、10歳の少女アミーラだった。アミーラは両手に清潔な水が入った小さな水差しと、冷やしたタオルを大切そうに抱えて、入ってきたのだ。


「カレン……大丈夫……?」


アミーラはカレンのベッド脇へ駆け寄ると、つたないアラビア語と身振りで心配そうにカレンの顔を覗き込んだ。


「アミーラ……来てくれたのね。ありがとう」


カレンは弱々しくも温かい笑みを浮かべ、左手でアミーラの頭を優しく撫でた。


カレンが意識を取り戻したことを知ったアミーラは、甲斐甲斐しく手伝いをしようと、冷たい水やタオルを運んできてくれたのだ。カレンがつたない現地語で語りかけ、アミーラが甲斐甲斐しく手を貸してくれる温かい心の交流により、カレンの焦りと張り詰めていた心がゆっくりと解きほぐされていく。


アミーラはタオルでカレンの額の汗を拭くと、ふとベッドの横で暗くセンサーアイを落として固まっているシオンへと視線を向けた。


以前のような激しい恐怖や警戒の色は、すでにアミーラの瞳から消えていた。井戸場で自分を命懸けで守ってくれた鋼鉄の盾が、今はまるで深く傷ついた人間の大人のように、哀しく項垂れていることを、幼い少女は本能で感じ取っていた。


アミーラが病室を後にし、夕暮れの赤い光が病室の窓から差し込む刻限。


カレンはベッドの上で身体を起こし、自分のせいだと引かないシオンに対し、静かに向き合った。


「シオン。私の顔を見て」


カレンの静かな、しかし力強い声に、シオンのセンサーアイがゆっくりと、恐る恐る青い光を取り戻した。


『カレン。貴女ニ、深刻ナ傷害ヲ負ワセマシタ。私ノ判断ラグガ原因デス。私ハ……盾トシテ失格デス』


自分のせいだと引かないシオンに対し、カレンは「AIロボットにしては、あまりにも人間らしく、感情的に落ち込みすぎている……?」と強い違和感を抱く。


パートナーが傷ついた際、通常のAIであれば無機質な状況分析とデータ更新を行うだけだ。それにもかかわらず、シオンはまるで生身の人間が大切な人を傷つけて絶望しているかのように、感情を剥き出しにして深く落ち込んでいる。


カレンの胸の奥で、言語化できない巨大な違和感と疑問が広がる。


しかし、カレンはその違和感を追求するよりも前に、目の前で打ちのめされている相棒を救い出すことが先決だと悟った。


「違うわ、シオンの指示は正しかった。変わらなきゃいけないのは焦っていた私の方よ!」


カレンはきっぱりと首を振り、相棒を真っ直ぐに見つめ返した。


「下がってというシオンの指示は正しかったわ。……間違っていたのは、町の人を守りたい焦りに呑まれて、自分勝手に盾の陰から飛び出した私の方よ!」


『カレン……?』


「町の人たちを守り切れない焦りで、私は冷静さを失っていた。バイタルを乱し、シオンとのシンクロ率を崩して……自分から危険に飛び出したの。シオンは最初から最後まで、私を護ろうとしてくれていたじゃない!」


カレンは自らの未熟さを認め、シオンのパートナーとして奮起する。


「シオンのせいなんかじゃない。変わらなきゃいけないのは、未熟で焦っていた私の方よ! 私はあなたのパートナーよ。シオンの盾だけに頼って、足を引っ張る存在には絶対にならない!」


カレンの瞳に、宿っていた迷いと焦燥の影は完全に消え去っていた。


自らの未熟さを認め、前を向く不屈の意志。


その熱い瞳と力強い言葉に触れ、シオンのセンサーアイの青い光が、力強く、眩いばかりの輝きを取り戻した。


『了解デス、カレン。私ハドコマデモ、貴女ノ盾トナリマス』


傷を負ったからこそ、二人の絆はより深く、より強固に結び直された。


失いかけていたパートナーシップを取り戻したカレンとシオン。サジール国の過酷な戦場で、二人は真のバディとして、再び立ち上がったのだった。

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