36.勇者救出
【死蛇熱】──今から10年ほど前にグランバルド王国を壊滅の危機に陥らせた病だ。
発病すると全身を黒い蛇がのたうつようなアザができ、そのアザが心臓まで達すると死に至る。その致死率は高く、罹患した半分近くの人が死んでしまう危険で恐ろしい疫病だ。
伝染性も高く患者はどんどん増えていき、このままではグランバルド王国が滅びてしまう。そんな危機的な状況で立ち上がったのが、当時【薬物】のライブラリアンであったボクの母さんだった。
母さんは、薬物のライブラリアンとしての知識を活かして様々な薬を作っては試した結果、ある程度の範囲にまで病魔を収めることができた、らしい。ただその代償として──母さんも死蛇熱に罹患してしまうんだけど。
【死蛇熱】は恐ろしい伝染病だった。何度治癒しても呪いのように復活して、黒く伸びる蛇のようなアザを完全には消すことができなかったらしい。国王の決断で隔離政策を取ることでなんとか拡散を阻止したものの、母さんは隔離された地区にそのまま残ることになった。
母さんは病魔に侵されながら人々の治療に手を尽くしたんだけど……そのまま現地で命を散らしたんだ。
当時のボクは五歳。
母さんの死に目に会えないまま、それどころか最後の面会すら叶わぬまま、永遠の別れをしたんだ。
その後のボクはブロードフリード侯爵家に引き取られて、庶子として育てられることになるわけだけど──。
そんな、新しい家族──フロイド兄さんや、アクリュース義母さんが死んでしまう。しかも【死蛇熱】によって。だめだ、そんなの絶対に受け入れられない。色々な考えがグルグルと頭の中を回っていく。
そのとき、ふとボクの脳裏でフロイド兄さんの笑顔が蘇る。
「お前に何かがあったら、俺がすぐに駆けつけてやるからな」
いつだってフロイド兄さんはボクの味方だった。いつも笑ってボクの頭を撫でていたフロイド兄さんは、いまは生死不明の状況でライブラリーの中にいて──でもそれは病気の知識を得ようとしていたわけで……そもそもライブラリアンでもないフロイド兄さんがライブラリーに突入したところでちゃんとアクセスできるかもわからないというのに。
……病気のライブラリー?
ライブラリアンであれば、アクセスできる……
あっ、あああーーっ!!
そのとき──ボクの脳裏に天啓が閃く。
そうか、そうじゃないか。なんでボクはそんな簡単なことに気づかなかったのか。
ボクは、ライブラリアンだ。そしてもしライブラリアンであるボクが〝病″のライブラリーに触れることができたなら──【死蛇熱】を治療する方法を知ることが出来るのではないか。
もし【死蛇熱】の治療法が分かれば、ボクはこの国を、街を、大切な人たちを救うことができるじゃないか。
だったら、やれることはハッキリしている。
ボクに出来ることは──フロイド兄さんを救いに行くこと。そしてライブラリアンであるこのボクが、〝病″のライブラリーにアクセスすることだ!
こうなるとフロイド兄さんが今このときに〝病″のライブラリーを発見したことにも運命的なものすら感じる。
さぁ、そうと決まればもはや迷うことはない。
フロイド兄さんに残された時間は、そんなに長くないはずだから。
◆
その日の夜、ボクは旅の準備を整え終えたところで荷物を背負って立ち上がる。
男の方が色々と便利なんだけど、今回は《女体化》を使ったまま向かうことにする。その方が魔法薬の効果がなぜか高いからだ。感覚的には倍くらい効果が強まっている。
ライブラリーが存在するダンジョンの奥に向かうには魔法薬を多用する予定だから、倍の効果は侮れない。
「今回はエスメエルデも行くよ」
「パンナコッタ」
彼女のホムンゴーレムとしての真の力を解放すれば、ダンジョンくらいならどうにかなるだろう。
ただ問題は、時間。
フロイド兄さんがアタックしていたダンジョンは、徒歩で一月以上かかる場所にある。馬を飛ばしても7日はかかるだろう。その時間のロスが、フロイド兄さんの生存率を下げていく。
でも、悩んでいても仕方ない。
キャスアイズ兄さんへの手紙を残してボクは家を出る。
ごめん、キャスアイズ兄さん。ボクは──やっぱりブロードフリード家には戻れないや。
ところが家を出てみると、ボクのことを待ち構えている人物がいた。しかも二人も。
夜の闇の中から姿を表したのは、グラウと──キャスアイズ兄さん!?
「えっ? どうして二人が──」
「愚かな弟の行動などお見通しだ。そもそも夜逃げは二度目ではないか、この私を二度も撒けると思っているのか?」
いや、そんなことは思ってないけど──。
「止めに来たの? だったら無駄だよ。キャスアイズ兄さん、ボクは行くよ──フロイド兄さんを救いにっ!」
ボクは、強い意志で伝える。
「……お前は本当に頑固だな。もうお前などブロードフリード家のものじゃない」
「うん、それでいいよ」
「……迷いもないんだな。もうお前のことなど──知らん。好きにしろ」
これでボクがどうなってもブロードフリード家には迷惑をかけない。ボクはひとりの「ローゼンバルト」いや「ロゼンダ」として勇者フロイドを救いに行く!
「で、グラウはどうしたの? まさかボクを止めに──」
「んなわけあるか! お前、急いでるんだろ?」
どうやらグラウにもお見通しだったみたいだ。
「……うん」
「だったらオレ様の力を使えばいいだろ」
「でもグラウは──」
「お前がいれば、ギフトの力は制御できる」
たしかにグラウの力があればダンジョンまでの時間は大幅に短縮される。
分かってる、だけど……グラウは王子だよ!?
命に関わるかもしれないのに──。
「おいローゼン、オレ様はお前のなんだ?」
「なにって、幼馴染で友達で──」
「あぁん!?」
グラウが少し怒った表情を見せる。
「親友だろうがっ!」
親友──あのグラウが、ボクのことをそんなふうに思ってくれてたなんて……。
「お前──たまには素直に助けを求めてみろよな。さぁ、言えよ!」
「グラウ、助けて!」
「おうよ!!」
グラウがボクに手を差し伸べてくる。
ボクは奥歯をギュッと噛み締めながら、グラウの手を取ったんだ。
「ローゼンバルト……私が言えた義理じゃないが、兄さんを頼む」
「うん、任せといて!」
「グラウリス王子も……あなたたちしか、私は頼れないから」
わかってるよ、キャスアイズ兄さん。
ここからは、ボクたちの出番だっ!
グラウの背中に黒い魔力の翼が構築される。
もう暴走している感じはない。本当にちゃんとコントロールできてるんだなぁ。
「くくく、こいつでひとっ飛びだぜ!」
グラウは嬉しそうに笑うとボクをお姫様抱っこする。
「お前たち……イチャイチャするなら私の前を去ってからにしてくれ」
「ち、違うしっ!」
「ははっ、無事に帰ってこいよ」
こうしてボクたちはキャスアイズ兄さんに見送られながら、王都グランファフニールの夜の空へと飛び出したんだ。
◆
グラウがコントロール下に置いた《虚蝕餐鬼》の真の能力は、本当に凄まじいものだった。なんとわずか1日で目的地のダンジョンまで辿り着いてしまったのだ!
「ありがとう、本当に助かったよグラウ」
「このギフト……我ながらマジですげぇな」
「感心しているところ悪いんだけどグラウ、時間が惜しいから魔法薬飲んで休憩なしで突っ込むよ!」
「お前は大丈夫なのか? かなり高速で飛んだが」
「グラウが大気から呼び込んだ魔力で障壁を作ってくれたから、ほとんど疲労してないよ。それよりも早く行こう!」
目的地であるダンジョン【深林底海】は、王国の最東部に位置する樹海の奥にあった。
もともとこのダンジョンでスタンピードが発生していて、フロイド兄さんを筆頭とした王国騎士団が討伐に来ていたんだけど、その際にフロイド兄さんが最下層で〝ライブラリー″への入り口を偶然に発見したらしい。
「その入り口は七色に輝く空間の裂け目のようでした。隊長は最初に様子見に飛び込んだ際、『ここは〝病″に関するライブラリーかもしれん』とおっしゃっいました。そのあと私たちに本国へ知らせるように伝えたあと、一人で突入されてしまって──」
現地に残って調査をしていた騎士団のメンバーである副隊長から事情を聞いて、ボクはため息を吐く。
フロイド兄さんってばホントなにやってるんだか、部下を放置してたった一人でライブラリーみたいな危険な場所になんの準備もなく突入するなんて……本当にあの人は脳筋だよなぁ。
だけど、これで目的地はハッキリとした。
「あとはボクたちに任せてください」
「あの……あなたがたは隊長の……」
「おと──妹ですよ」
「隊長にこのように可愛らし──妙齢な妹がいらっしゃったとは!」
いや、感心するところはそこじゃないでしょ。
「なんにせよ、フロイド兄さんは必ず救出してみせます!」
待っててね、フロイド兄さん。
目指すは──ダンジョンの最奥だ!




