35.勇者の危機、そして新たな予言
「フロイド兄さんが……行方不明になったんだ」
わざわざ国務省にまで呼び出してきたキャスアイズ兄さんが告げてきた内容に、ボクは驚きを隠せずにいた。
「そんな……ありえないよ!」
だって【勇者】のギフト持ちの、フロイド兄さんだよ!
こう言ってはなんだけど、あのギフトは全てが規格外だ。なにせ発動時は筋力、体力、精神力が全て2倍、攻撃時の剣や魔法の威力がさらに2倍、おまけに魔法攻撃99%無効化に物理による攻撃半減に体力減少8割減という化け物じみた効果を持っている。
フロイド兄さんに剣を持たせたら丸二日くらいは軽々と振り続けるくらい無尽蔵の体力と、数百数千くらいのモンスターであれば軽く撃退できるほどの戦闘力を保持している。
人類最強の力を持つフロイド兄さんが行方不明になるなんて、到底信じられない。
「私だって信じられない。だが──事実だ」
「一体何があったの? フロイド兄さんほどの戦闘力を持つ人が……」
「もともとは大量発生が発生したダンジョンの掃討に当たっていたようなんだが、どうもそのダンジョンで兄さんは──未知のライブラリーの入り口を見つけたらしい」
「なんだって!?」
超古代文明の遺産である〝ライブラリー″は、様々な種類が存在を確認されているものの、実際にどこにあるかはそのほとんどが不明となっている。
そのうちほんの一部──たとえば〝日常生活”に関するライブラリーや〝過去の一部の歴史”を記したライブラリーなんかは実物が見つかってたりする。でも深い谷の奥底や活火山の火口なんかの過酷な場所ばかりで、その他のライブラリーは所在不明だ。
見つからない理由は──そのほとんどが異空間に隠されているから、と云われてる。
「じゃあフロイド兄さんは、ライブラリーの入り口である異空間に飛び込んだってこと?」
「ああ、そう想定されている」
「なんでそんな危険なことを……」
「見つけたのが、どうも〝病″に関するライブラリーだったらしいんだ」
……あぁ、そういうことだったんだ。
分かった。分かってしまった。
フロイド兄さんが無理してでもライブラリーに突っ込んだ理由。
ボクと同じだ、同じ思いだったんだ。
「フロイド兄さんは……義母さんの病を治す方法を──見つけたかったんだね」
「だろうな。バカだよ、侯爵家の長男でゆくゆくは家督を継ぐ立場で、おまけに《 勇者 》のギフト持ちの英雄だというのに……」
ライブラリーが存在する異空間は、人が生きていくのが困難な場所だと云われている。たとえフロイド兄さんが人類最強だとしても……。
「現地からの遠隔通信によると、既に消息を完全に断ってから丸10日が経過している。ブロードフリード家では私が暫定的に後継者として立つことになった」
それは仕方ないことかも。心の中はともかく、ブロードフリード家は名家だからね。最悪の事態を想定して対処しておくのは当然のことだと思う。
「ついてはローゼンバルト、お前を一時的にブロードフリード家に復帰させることも決まった」
「えっ!?」
「これは確認ではなく決定だ。ローゼンバルト・ヴァン・ブロードフリード=ライブラリアン。お前も荷物をまとめて明日からブロードフリード家に戻ってくるように」
いつものように冷徹な表情で──キャスアイズ兄さんはボクにそう告げたんだ。
◆
キャスアイズ兄さんとの会話のあと、ボクは打ちひしがれたまま家に帰ってきていた。
フロイド兄さんが行方不明。
ボクのブロードフリード家への復帰。
突発的な出来事の連続に、ボクの頭の中は混乱したままだった。
フロイド兄さんは本当に優しい人だった。
《勇者》という特上のギフトに恵まれて、それでも奢ることもなく異母兄弟であるボクにも分け隔てなく接してくれた。
あの人がいなければ、今のボクは居なかったかもしれない。義母さんと同じく、ボクにとっては大切な──家族だ。
その人がいきなり失われたなんて、とてもじゃないけど信じられない。受け入れることなんてできない。
でもフロイド兄さんほどの人が10日も消息不明というのは……ライブラリーがそれだけ危険で過酷な場所であることを示している。
ボクはどうしたらいいのか──。
ボクにできることはあるのか──。
気がつくと疲れ果てて──女体化したまま眠っていたんだ。
「リコッタ」
「んぁ!?」
ボクのことを叩き起こしたエスメエルデが、何かを投げつけてきた。これは──手紙?
「スレイアからだ! すぐに──後宮に来てほしい? なんだろう」
正直、昨日の夜の出来事でまだ心の中は落ち着いて無かったんだけど、スレイアがこんな形で呼び出して来るってことは只事ではない。
幸いにも女体化は解いていなかったから、そのまま着替えて王城に向かう。
後宮のいつもの部屋で、今回はスレイアを筆頭にネネト、グラウも集められていた。久しぶりのグランファフニール護国団全員集合だ。
なんとなくグラウがボクを見て嬉しそうにしてるけど──別に女体化して会うのが久しぶりなだけであって、男の姿では何回も会ってるよね?
「新たな予知夢を見たのだ」
だけど久々の再会も束の間──スレイアの口から飛び出してきたのは、驚きの事実だった。
彼女の深刻な顔から、夢の内容が尋常じゃないことが伺われる。
「それは、どんな内容なの?」
「病気が──疫病が蔓延してたのだ」
──ドクン。
ボクの胸が、強ください動悸する。
疫病……だって?
「スレイア……王国は、王都はどんな感じだったの」
「この王都グランファフニールが疫病に襲われ、大量の死者に覆われていた。まるで10年前に発生した〝大災疫″のようだと思った」
「大災疫──」
ズキン。胸に走る激しい痛みに、ボクは思わず胸を抑える。
「大災疫って、たくさんの人たちが亡くなった疫病の大流行のことだよね」
「そうだネネト。実際、予知夢で見た王都の死者には──〝死蛇熱″らしき症状である、黒いヘビが這ったかのような痣が見えたのだ。わらわが視たのは王都に〝大災疫″が再来する未来なのではないかと思っている」
【死蛇熱】──ボクの母さんの命を奪った、最悪の疫病。
あいつがまた、目覚めるというのか。
母さんが命をかけて封じたあの〝悪夢の病″がどうして──。
打ちひしがれるボクに、追い討ちをかけるようにスレイアが告げた。
「たくさんの死者がいた、その中に見知ったものたちの名もあったのだ」
「えっ、それは──」
「わらわの父親や勇者フロイド、それに──ブロードフリード侯爵家夫人アクリュースの名もあった」
ボクの目の奥で、何かが弾けた。
──義母さん。
フロイド兄さんだけでなく、義母さんも死ぬというのか。
……そんなの、許せない。
絶対に──受け入れられない。
「ロゼンダ、どうした?」
グラウが心配そうに声をかけてくるけど、ボクの耳には届かない。
あの病だけは──絶対に流行させるわけにはいかない。母さんが命を懸けて封じたものだ。
あんなものに、あの悪夢にこれ以上ボクの大切な家族を──もう一人の義母さんの命まで奪わせるわけにはいかない。




