29.お見合い?
ぱっと見グラウに異変はなさそうだ。だけどちゃんと調べるまでは安心できない。
「じゃあ検査するね」
「男に戻るってなら検査を断固拒否するからな!」
「えーっ何言ってんの。わがまま言わないでよ」
「だって急いでるんだろ? ならこのままでも良いじゃないかっ!」
「……」
くぅぅ、悔しいけれどグラウの言う通りだ。こっちが焦ってるのを逆手に取りやがって……でも背に腹は変えられない。仕方なく今のまま検査することにする。
「はい、じゃあ手を出して」
「ほらよ。……女の子に血をとってもらうってなんか新鮮だな」
「ミスするから黙っててくれないかな」
くそー、ボクが嫌がることをやってて楽しくて仕方ないんだろうなー。ご機嫌な様子のグラウを無視して手から血を取ると、そのままエスメエルデに渡す。
グラウの持つ《虚蝕餐鬼》は極めて危険なギフトだ。災厄級と認定されている最たる理由は、発現すると周りにある魔気を喰らい尽くし──吸収して己の力とすることが出来ること。
ライブラリーの記録によると、発現時は黒い翼と黒いツノの生えた鬼のような姿に変貌を遂げるのだという。ほぼ無限ともいえるほどの魔力によってもたらされる破壊の力は絶大で、片手の一振りで山を砕くと言われるほどだ。
だけど外から魔気を吸収することなんて、普通の人間に耐えられることじゃない。実際、過去に《虚蝕餐鬼》を発現させた二人の事例では、いずれも膨大な魔力をコントロールすることができず暴走してしまっていた。
そして暴走した場合──近隣の街どころか国レベルで崩壊してしまうほどの超絶な力を発揮するのだ。
一つの例では──島を一つ沈めた。
もう一つの例では──小国が滅亡した。
これらの事例を以て、《虚蝕餐鬼》は災厄級と認定されていたんだ。
「エスメエルデ、血液検査お願い」
「マルゲリータ」
《虚蝕餐鬼》によってもたらされる破壊は、一度発現してしまうと止まらない。だから発現させないようにするのがボクの使命になっている。
そのために出来ることは、尽くしてみせる。
「それでグラウ、さっきの話なんだけど……誕生日に欲しいものある?」
「んースタイル抜群の美女が欲しい」
「はぁ? まだそんなことを──って」
いや、いるじゃないか美女。
美女といえばスレイア! あとネネトもいる!
そもそも二人に会わせてグラウの煩悩を発散させることがギフト暴走を防ぐ手段だったわけだしね。
「んまぁそんなこと言っても無理だろうな。だから慈悲深いオレ様は女体化したお前で勘弁してや──」
「わかったよ、紹介するよ」
「へ?」
「あ、誤解を招かないように伝えると本当に紹介するだけだからね?」
スレイアがグラウを気にいるかどうかはわからないから、協力しろって言われても断るかもしれないからね。
そうと決まればさっそくスレイアたちとグラウを引き合わせよう。
◆
「スレイア、ネネト、こちらがグラウだよ」
「どうもご令嬢。オレ様がグラウリス・バーラト・ファフニール・エル・グランバルトだ。気軽にグラウと呼んでくれるとありがたい」
その日の午後、スレイアたちを後宮に呼び出す形でグラウを紹介する。
なんだかお見合いをセッティングしている気分だよ。これじゃあまるでコーデリー伯爵夫人みたいだよね、我ながら。
「パニウラディア公爵家のスレイアじゃ。わらわもスレイアと呼んでくれ」
「私は……ネネトール・トキシア・ティプルスです。ネネトと呼んでいただければと……」
初めての顔合わせだから仕方ないのかもしれないけど、どうも距離感があるよなぁ。特にネネトは緊張しているように見受けられる。まぁグラウは腐っても王族だから気持ちは分からないではないんだけどね。
一方で気になるのはグラウの二人に対する態度。いつもなら化けの皮を被って貴公子ぶるんだけど、今回はほぼ素の態度を見せている。おまけに……なんだか機嫌が悪い? なんでだろう?
「ネネトちゃんはこの前会ったね。おっぱいちゃんって呼んでいいかな?」
「えっ!?」
「なっ!? おぬしは──」
「こら! グラウ!」
ボクはグラウの頭を思いっきり引っ叩く。ネネトになんてこと言ってるのさ!
酷い発言にネネトは引いてるしスレイアは怒り顔でネネトを後ろに庇うし……二人のグラウに対する第一印象は最悪じゃないか。なにやっちゃってるのさ、もうっ!
「ご、ごめんね二人とも。グラウも何言ってるの! ちゃんと謝って!」
「ごめんねネネトちゃん、あんまからかうとロゼンダだけじゃなくローゼンにも怒られちゃうからやめとくね」
なんでそこでローゼンの名前が出てくるかな。
「あとそちらの公爵令嬢もね。お初にお目にかかる、とっても美人なオレ様の婚約者候補様」
「ふん、おぬしなど幾多おる婚約者候補の一人に過ぎぬ。それにネネトにちょっかいを出したらただではおかんぞ」
うわー、ファーストインプレッションからバチバチなんだけど。元はと言えばグラウが変な態度を取ってるせいだし──今日に限ってなんでグラウは大人しくしといてくれないのかな、もうっ!
「それでロゼンダよ。これから国の危機に向かうに当たりグラウ王子は──」
「グラウって呼んでくれよ、スレイアちゃん」
「っ……グラウは何の役に立つのだ?」
「オレ様なら戦力になるぞ」
「戦力というのは──荒事が得意ということか」
「ああ、剣術の腕ならそこいらの奴らには負けない」
グラウは腐っても王子なわけで、それなりに英才教育は受けている。中でも馬術と剣術は突き抜けていて、同年代はおろか騎士団相手にも互角以上に戦える腕前だ。
もっとも本人は「男とぶつかり合って何が楽しいんだ」と言ってあまり真剣には取り組まなかったんだけど。
「王都の危機を守るんだろう? 素敵な姫君たちを守るのは騎士の務めだ。そこはオレ様に任せろ」
「口はともかく、剣術の腕は確かだから信用してもいいよ」
はーっ、何でボクが一生懸命グラウのフォローをしなくちゃなんないんだか。
ため息をついているとネネトがボクのことを不思議な目で見ている。
「……どうしたの?」
「ううん。ロゼンダって王子様相手にも遠慮しないんだなって感心してたんだ」
「あー、こいつに遠慮は無用だよ。どうせ王位継承権もない名ばかり王子だし」
「こらローゼ……ロゼンダ! 少しはオレ様を敬えよ!」
「──ふっ」
ボクとグラウのやりとりに、それまでキツい目つきだったスレイアの表情が和らぐ。
「……【深淵王子】、噂に聞いていたのとはずいぶん違うのだな」
「それはこっちのセリフかな、【氷の令嬢】スレイアちゃん。ずいぶんと友達想いでお熱いことで」
「ふん、それはおぬしにも言えようグラウよ」
お互いに目を合わせて微笑み合うグラウとスレイア。美男と美女がそうしてるとまるで物語の一節を見ているような気分になるんだけど、妙に緊張感が漂うのは気のせい?
「……改めてよろしく頼もう。これからは危険も伴うかもしれんのでな」
「美女の安全を守ることはオレ様の使命さ。喜んで引き受けよう、よろしくスレイアちゃん」
えーっと、これはとりあえず落ち着いたってことかな?
だけど不安しか感じないのはどうしてだろう……。




