27.友人として
──その日の夜。
パニウラディア公爵邸の料理人による素晴らしい夕食を堪能したあと、お風呂を借りて汗を流してエスメエルデにケアをしてもらう。
まさかエスメエルデのエステでリラックスするとは……いつもは面倒なエステも今日は気持ちがいい。それだけ緊張してたってことかな。
「はーっ、今日は疲れたな……」
やっぱり女の子と近い距離で同じ場所に居ると精神衛生上良くないと思う。だってものすごーく緊張するし。
夕食はボクたちだけで摂ることになってて公爵や公爵夫人は参加しなかったから助かったけど、ローゼンのことを色々と聞かれたのには本当に参った。
「ロゼンダはローゼンと親戚だと聞いたが、仲は良いのか?」
「悪くはないけど……まあなんというか、兄妹みたいなものかなぁ」
「ロゼンダは異性としてのローゼンバルトには興味ないのか?」
「近い親戚だし、顔も似てるからそういうふうにはまったく思えなくて……あははっ」
いや、デザートを食べながらそういうのは聞かないで欲しい。
「そういえばロゼンダはどうやってグラウリス第三王子と知り合いになったんだ?」
「ローゼンがグラウリス王子のお目付役をやっていて、その関係で知り合ったんだ」
「グラウリス王子は相当に顔立ちの整った方だと聞いているが」
「見た目はまぁ、整ってる方かな」
「うんうん、すっごいイケメンだったよ」
「なるほど。それだけイケメンとやらで近しい存在であるグラウリス王子に、ロゼンダは好意は抱いてないのか」
「えっ!? ない、ない! 身分が違いすぎるし、そもそもあんなに派手な顔は逆に興味ないよ! 絶対ありえない!」
「えーっ、本当に?」
「そんなにムキになって否定せんでもよかろう」
いや、グラウなんかに好意があると思われたらボク生きていけないから。
ってかネネトはともかく公爵令嬢のスレイアが恋バナに興味津々ってどういうことかな。
尋問のような夕食が終わったあとに待ち構えていた次の関門は──お風呂。
本来であれば最高のリラックス空間。さすが公爵家だけあってすごく広いお風呂だったんだけど、なんとネネトやスレイアが「一緒に入る?」と聞いてきたのだ。
さすがに断固としてお断りしたんだけど、想像しただけでしばらくドギマギが止まらなかったよ。
おまけにお風呂上がりは寝間着を何枚も試着させられて……まさに着せ替え人形状態。エスメエルデも子供用のドレスなんかを着せられてネネトは大はしゃぎ。
こんなに刺激的な一日を過ごしていたらボクの精神が耐えられるわけがなくて──。
「……カマンベール?」
ボクは気がつくと──エスメエルデのエステを受けながら眠ってしまってたんだ。
◆◇
パニウラディア公爵令嬢スレイアは、ワイングラスを片手に屋敷のパルコニーで夜空を眺めていた。
果実と割ることで酒精は極めて弱めてあるものの、アルコールに包まれたスレイアは月光に照らされてまるで女神が降臨したかのように見える──とネネトールは思った。
「おや、ネネトか」
「はい……うん」
言い慣れない口調で返事を返すとスレイアが嬉しそうに微笑む。ネネトールは地上の誰よりも美しいと思えるスレイアの笑顔がとても好きだった。
「ロゼンダはもう寝たのか」
「そうみたい。ノックしたけど反応がなかったから。……紋章、出来てよかったね」
「ああ、これで護国団も正式に結成だ。明日から本格的な活動を開始しようと思う」
「活動って何をするの?」
「とりあえずは──〝黒い男″を探すことかな。外国のものなのか、市井にいるのか、はたまたこの王宮にいるのか……」
正直、ネネトールは王都の壊滅を完全に信じているわけではなかった。もちろんスレイアのギフトを疑っているわけではないが、栄華を誇る王都グランファフニールが簡単に壊滅するとにわかに思えなかったのだ。
だから彼女が護国団に入ったのは、スレイアへのお付き合いという側面が強い。自分を受け入れてくれたスレイアと何か一緒にできれば、それは護国団であろうとパーティだろうと何でも良いと思っていたのだ。
「そういえば今代の勇者が王都に居ると聞いたことがあるんだけど……頼れないのかな」
「良いアイディアだな。だが残念ながら【勇者】フロイドはいま近隣のダンジョンに討伐に出ていると父上が言っていた」
「じゃあ無理か、それは残念だね」
ふわりと、夜風が二人の間を吹き抜ける。
ネネトールの寝間着のスカートがひらりと風で舞う。
「……ロゼンダは不思議な人だね」
「ああ、だがあやつには感謝しておる」
「私もだよ。だって──」
少し言い淀みながら、ネネトールが思い切って口にする。
「スレイアと、と、と、と友達に、な、なれた……から」
顔を真っ赤にしながら上目遣いにスレイアを見るネネトール。
スレイアは大きく目を見開いて──最高の笑顔で微笑んだ。
「わらわはもっと前から友達だと思っておったがな」
「そ、それは……」
「すまぬ、いじわるを言ったな。ロゼンダにまた怒られそうだ」
「えーっ!? ロゼンダってばスレイアに怒ったの!?」
「そうなんじゃ。あやつ、わらわが色々と相談したのを良いことにくどくどと説教を垂れよってな。わらわにどれだけの恥辱を与えれば気が済むのだ! なにが距離感だ、偉そうに──」
「……ふふふ」
「……ははっ」
二人は、目を見合わせて笑い合う。
月がまるでスレイアとネネトールを祝福するように、眩く二人の影を照らし出していた。
◆◇
翌朝──。
比較的早く目覚めてしまったボクは、一瞬どこにいるのかわからなくなって混乱してしまったんだけど、だけどすぐにパニウラディア公爵家にお泊まりしていたことを思い出す。
「お泊まりしちゃった……」
別に何かをした訳ではないけど、人の家に泊まるのは初めてだ。グラウともさすがにない。後宮に泊まるわけにはいかないし、彼と外泊なんてもってのほかだったからね。
「こういうこと、みんなは普通にやってたりするのかな」
だとすると初めての経験がスレイアやネネトとできたことは素直に嬉しい。なんというか──友達って感じがするから。
グラウともいつかそんなことが出来る日が来るといいな。そのためにも彼のギフトの暴走をどうにかしなきゃ。
そういえば、もうすぐグラウの誕生日だ。
ボクの誕生日には素敵な花とエスメエルデのメモリーカードを貰ったから、こちらからもちゃんとしたお返しをしないとね。彼は何を貰ったら喜ぶだろうか──。
窓の外を眺めると、すごく立派に手入れされた広大な庭が見える。うちの実家のブロードフリード侯爵家よりも凄くて、さすがは公爵だと感心する。
「大変だっ!」
「うわっ!?」
いきなり扉を開けて部屋に飛び込んできたのは、寝間着のままのスレイア。慌てて寝間着の胸元を手繰り寄せる。
スレンダーで手足の長い長身のスレイアは、寝間着姿でもすごくスタイルが良くて見栄えがいい。あまりの眼福につい目を逸らしてしまう。ってか、人の部屋にノックも無しに入ってくるなんて公爵令嬢のマナーとして如何なものかと思うけど!?
「どどどどうしたの? そんなに慌てて」
「新たな予知夢を見たのだ」
その一言で、一瞬で頭の中が切り替わる。
予知夢──スレイアは新しい未来を見たのだ。
「どんな……未来だったの?」
「王都が壊滅する状況は変わらない、例の黒い男が王都を炎に包むものだ。そして今回はおおよその時期が分かった。グランバルド建国祭の準備が進んでおったから──そう遠くない日だ」
「えっ!?」
建国祭──。およそ一月後に行われるこの国最大のお祭りだ。
すでにあちこちで建国祭の準備が進んでいるから、事態は予断を許さない時期に来ている。
未来予知でおおよそでも日付が分かるのは凄いけど、これは早く何とかしないといけない。
「あと──〝黒い男″の新たな台詞を聞き取ることができた」
「何で言ってたの?」
「やつは悔しそうに言っていた。『おれの……生まれた日だというのに……』と」
俺の生まれた日……生まれた日は誕生日……。
って──グラウの誕生日ってこと!?
これにて四章はおしまいです!
次から五章になります!




