20.新たなる目標
あたふたしてるボクを見て、ネネトがくすりと笑う。
「……ローゼンさんはお優しいのですね」
「ボクが? どうして?」
「だって私、毒女なんですよ。こんな女、怖くて近くに置けるわけないじゃないですか。なのに優しい言葉をかけていただいて……」
毒女って……。酷い単語が心に刺さる。
「ネネト、君は──」
「私は家族にも、公爵様にも、スレイ様にも迷惑をかけてばかりの存在です。だけどみなさん優しからつい甘えてしまって……だけどやっぱり私は〝毒女″なんです」
ネネトのレアな能力にばかりに気を取られて気付かなかった。まさか彼女がそんなふうに自分のことを思っていたなんて。
「ごめんねネネト。君の気持ちも知らずに……」
「いいえ、悪いのは私なんです。ずっと引きこもってれば良かった。そうしたら誰にも迷惑をかけずに済んだのに」
「そ、そんなことは……」
「どうして私に、こんな〝呪い″が降りかかってきたんだろう。私はどうしたらいいんだろうって思ってました。だけど──本当は分かってるんです。私みたいな危険なギフト持ちは居ない方がいいんだって。だから私さえ消えてしまえば──」
「そんなことない!」
ネネトがハッと顔を上げる。
思わず出てしまった強い口調。だけどボクは止まらない。
「君が消えるなんて、絶対にダメだ!」
「ローゼン……」
「ご家族だって、スレイア様やロゼンダだって悲しむに決まってる! それに──君のことを必要としている人がきっといるから!」
ネネトが悲しげに目を逸らす。
「……そんな人、いますかね?」
「いるよ、目の前に」
「えっ!?」
「あ、その……ボクは実は魔法薬研究が好きで、取り扱うものに毒物も多いんだ。だからその……ネネトのスキルは素晴らしいというか、なんというか」
うわー、またやっちゃったよ。ネネトの気持ちも考えずに勝手なことを言って傷つけて。
「ご、ごめん。そんなこと言われても嫌だよね。ボクってばつい──」
「……続けてもらってもいいですか」
だけど意外にもネネトは嫌悪感を示すことなく、言葉の続きを促してくる。
……いいのかな?
でも許されるのならボクはボクなりの言葉で、ボクの考えをしっかりと伝えよう。
「毒はね、人を害するばかりじゃない。きちんと使えば薬にだってなるんだ」
「毒が──薬に?」
「うん。たとえばネネトの実家で栽培しているスリーピングローズは、麻酔成分を抽出したら副作用が少ない麻酔薬としても使える。小さな子供なんかは強い麻酔薬は危険だから、とっても有効なんだ」
「スリーピングローズが……薬に……」
「君が最初に生成したバモスカルナ毒や、パーティでのアルカイドル毒も同じだ。前者は血液が濁る病気に有効だし、後者は痛み止めの鎮痛剤として極めて優秀な薬になる。毒と薬は──表裏一体なんだ」
ボクは毒を毒と思ってない。
毒は薬だ、毒草は薬草。
だから──。
「えーっと、何が言いたいかというと、君は本当に特別な存在なんだよってことを伝えたかったんだ。君が消えたいと思うなら、反対にボクは君にいてほしいと思う。なぜなら君の力は、いや君なら──人々を救う〝薬″になれるんだから」
「私が──薬に……」
ハッとして、ネネトの表情が変わる。
「そうだよ、君の力は〝呪い″なんかじゃない。病気に苦しむ人たちを助ける〝薬″になるその力は、そんなやっかいなもんなんかじゃない」
「呪いじゃ……ない?」
「うん、もちろんだ。君がもし自分のことを毒女だと言うなら、ボクは君のことをあえて〝薬女″って呼ぶね。あー薬女はないか、たとえば──うーんなんだろう、思いつかないや」
「……やくじょ……」
ポロリ、ポロリとネネトと大きな瞳から涙が溢れ落ちてくる。
うわーっ、やっぱりボクに女性を励ますなんて無理だったんだ。誰か、助けてー。
「ご、ごめん。傷ついたよね? 嫌だったよね、そんな言われ方したら──」
「ち、違うんです。私、自分のギフトをずっと恨んでたんです。なんでこんなギフトに覚醒しちゃったんだろう、こんなギフトいらないのにって。私はただ普通に、田舎で暮らしてたかっただけなのに……」
ボクもなんでこんなギフトに覚醒しちゃったんだろうって毎日思ってるから、彼女の気持ちはよく分かる。
「だけどローゼンが薬だよって、薬女だよって言ってくれて、それが信じられなくて……」
ぐっと涙を拭うネネト。
「私は──本当に〝薬″になれるのですか?」
「もちろん、なれるよ」
「私のギフトは──誰かを傷つけるんじゃなく、誰かのためになるんでしょうか?」
「なるよ。君の力は、きっといつか誰かのために役に立つ。だからそのためのお手伝いを、ボクにさせて欲しい」
ネネトが《 禍毒 》の能力をコントロールしたとき、彼女はあらゆる薬を産み出す特別な存在になるだろう。
そのために、ボクはいる。
彼女の力を活かすために。
「私の力は──〝呪い″ではないんですかね」
「絶対に違う。その力は正しく使えばきっと人々のためになるものだよ」
「うぅ……うぅぅ……うわぁぁぁぁあーん!!」
ああ、ボクは完全にやらかしてしまった。
とうとうネネトが──大声で泣きだしてしまったんだ。
◆
泣きじゃくるネネトを前にして何もできないまま、ボクはじっと黙って座っていた。
どれくらい経っただろうか──ようやくネネトが落ち着きを取り戻してハンカチで顔を拭く。
「あの、よかったらこれを……」
「あびがどう、ございまず」
渡したティッシュを受け取る。ちーん。
「リコッタ」
エスメエルデがゴミ箱を持ってくる。よく気が利くホムンゴーレムだよ。女の子を泣かせちゃったボクとは大違いだ。
「……すみません、取り乱してしまって」
「いいえ! ボクの方こそ大変失礼なことを言ってしまってごめんなさい」
嫌われたらどうしよう、せっかくの《 禍毒 》持ちなのに……。
「ううん、そんなことないです! それよりもローゼン、私は──本当に薬になれるのでしょうか」
「うん、もちろん! ただトレーニングは必要だよ」
「はい。私──がんばります」
握り拳で立ち上がるネネト。
さっきまでとは違って、目がキラキラと輝いている。
「そしていつかは毒だけじゃない、薬を生成できるようになってみせます!」
「……うん、うんっ!」
「ローゼンに言ってもらった言葉、本当に嬉しかったです。ありがとうございます」
ボクの手を握りしめてくるネネト。もう完全に涙が乾いた彼女の笑顔は、なんだかとっても眩しいな。
……あれ、どうしたんだろう。ネネトのことを見てるとなんだか胸がドキドキしてきたんだけど。
「よ、良かったよ。元気になってくれて……」
「あ、ごめんなさい! 私ってばつい手を──」
ネネトの手はとっても柔らかくて暖かかった。慌てて手を離してしまい、ちょっと気まずい空気が流れる。
だけどボクの手から離れていく温もりに、なんだか惜しいなって思ってしまったのは──どうして?
「やあ、いるか?」
「うわっ!?」「きゃあ!?」
微妙な空気をぶち壊してくれたのは、いきなりノックもなして入ってきた──ご存知グラウ王子様。
……あのバカ、わざわざ乗り込んで来るなんて!
驚いたネネトが椅子に足を取られてバランスを崩したので、慌てて手を伸ばす。
「あぶなっ!」
むにっ。あ、やわらかい。
急いで差し出したボクの手が掴んだのは──ネネトの柔らかな胸。
「きゃーっ!!」
パチーン。
2回目のネネトの胸へのタッチは、強烈なビンタのおまけ付きだった。
──グラウのやつ、存在自体がボクに災厄を呼んで来てないかな?
これにて3章はおしまいになり、次からは第4章となります!




