18.ネネトとギフト
うーん、やっぱり落ち着かないや。
ボクは王城グランファフニールの後宮──その一角にある応接室で、そわそわしながら室内をウロウロしていた。
なぜなら今日は──トントン。あ、来たかな。
来客を知らせるノックを確認すると、ボクはエスメエルデを伴って部屋の入り口へ向かう。
扉の向こうに立っていたのは──後宮の侍女に引き連れられたオレンジ色の髪の少女。今日はパーティのときの超古代文明流ドレスとは違って、今風のカジュアルなドレスがなかなかに可愛らしい。
「あ、あの……は、はじめまして。わ、わた、わたしは──」
「ようこそ、いらっしゃいませ。お話はお伺いしていますよネネトールさん。ボクがローゼンバルトです。そしてこちらが助手のエスメエルデ」
「パンナコッタ」
「あ、こ、こんにちわ?」
ボクがローゼンとしてネネトに合うのはこれが初めてだ。
そう、今日は──ネネトのギフトを検証する初顔合わせの日なのだ。
◆
後宮にある〝来客用応接室″はグラウの診察とかでよく使わせて貰っているので、今回も使わせてもらうことにした。
なにせ未婚の令嬢を我が家に招くわけにはいかないからね。
「わぁ……綺麗な花」
エスメエルデが注いでくれた薬草茶を飲んで一息ついたネネトが、テーブルの上に飾られた花を見てふと呟く。
ちなみに花はグラウに貰ったランザラッサの紫月花だ。もうエグザミキサーで分解しまくってて、残り一本になっちゃってるけどね。
「綺麗でしょ? これランザラッサの紫月花っていう珍しい花なんですよ──スリーピングローズと同じくらいに」
「え? そ、それは……」
「ははは、ロゼンダから聞いてますよ。改めまして、【 スキル百科 】のライブラリアンであるローゼンバルト・ヴァン・アガスティ=ライブラリアンです。お気軽にローゼンとお呼びください」
「あ、ありがとうございます。私はネネトール・トキシア・ティプルスです。ネネトとお呼びいただければと」
「マーマレード」
エスメエルデが挨拶がわりに手を挙げるのを見て、ネネトがくすっと笑う。
「まるで生きてるみたいですね。彼女がその──ホムン……」
「ホムンゴーレム」
「ホムンゴーレムなのですか。すごいです」
「エスメエルデといいます」
「こんにちわ、エスメエルデ。あなたはとっても素晴らしいホムンゴーレムなのですね」
褒められて嬉しかったのか、エスメエルデが調子に乗って右手を美顔ローラーへと変形させる。
「アーリオオーリオ」
「えーっと……これはなんなのでしょうか」
「すいません、エスメエルデがあなたにエステをしたいようなのですよ」
「ええっ!? エステ!?」
「エスメエルデ、お客さまにエステをしようとするのはやめなさい」
「……モッツァレラ」
残念そうに手を引っ込めるエスメエルデを見て、ネネトが微笑む。
「ああ、ロゼンダの肌が綺麗なのは、エスメエルデのおかげなんですね。彼女はメイドにやってもらっていると言ってましたが」
「あ、そ、そ、そうなんだよ。ロゼンダはエスメエルデによくエステしてもらってるからね。あとボクが作った化粧品もあげてるけど」
「ローゼンはお化粧品も作ってるのですか?」
「ええ、趣味と実益を兼ねて細々と販売したりしてます」
ボクは魔法薬作りのオマケで作ってる化粧品をいくつか見せる。
「これって……もしかして【 綺羅エリクシオール 】のシリーズですか?」
「ええ、ご存知でしたか」
「ご存知もなにも、最上流階級の方しか使えない超貴重品ですよね」
知らなかった、ボクの作ってる化粧品は意外と高い評価のようだ。義母に頼まれていくつかは卸してたけど、まさかそんな扱いになっていたとは。
「はい、王族に近しい限られた方しか手にできない幻の化粧水だとスレイア様に聞きました。値段を聞いてびっくりしましたし」
「そうなんだ」
「こんな凄いものを作ってたなんて、ローゼンは凄い人なんですね」
いやぁ、褒められると照れるなぁ。特にネネトに褒められるとなんだか背中がむず痒くなる。
「良かったら、いくつか差し上げますよ」
「え、本当に? ……嬉しいです」
よーし、喜んでくれたみたいだ。これで掴みはオッケーかな。
でもまさかエスメエルデと化粧品で緊張がほぐれるとは思わなかったよ。やっぱり女の子だから化粧品は好きなのかな。
「スレイア様が喜ぶと思います」
「あれ、ネネトは使わないのかな」
「田舎の貧乏貴族が使うには恐れ多くて……」
この前のお茶会のときから思ってたけど、どうもネネトは引っ込み思案な感じがする。最初にパーティで会った時は向こうから話しかけてきたから、もうちょっと積極的な感じだと思ってたんだけど……それとも遠慮してるのかな。
「大丈夫! ボクだって領地無しのしがない男爵だからね。それにせっかくだから二人分をあげるよ。だからネネトも是非使ってみて、感想を聞かせてね」
「は、はい……ありがとうございます」
大事そうに化粧品を抱えるネネト。
そんな彼女を見てると、なんだろう……ボクも嬉しい気持ちになるんだ。
◆
一息ついてリラックスしたところで、いよいよネネトの検査を開始する。
ネネトと二人っきりということで緊張してたけど、エスメエルデのおかげでどうにかなったのはありがたい。たとえホムンゴーレムとはいえ居てくれるのは助かる。
ネネトが持つ《 禍毒 》は、強力な毒を生成するギフトだ。
先日ネネトが生成したアルカイドル系のような手に入りにくい毒物だって作れちゃうし、過去のギフト発現例では井戸を丸々一つ猛毒に変えてしまったケースもあるらしい。
ゆえに危険度は、災厄級に次ぐ災害級。だけどそれだけ強力な毒を触媒も無しに生成できるなんて素晴らしい、喉から手が出るほど欲しいギフトだ。むしろボクのギフトになってくれれば良かったのに。だって自在に毒が作れるんだよ!? ボクにぴったりじゃないかな。
「ちょっとチクッとするね」
「っ!?」
「ごめんね、すぐ止血するから」
グラウの検査と同じように、血液を採取して体内の魔力循環を確認する。指に絆創膏を貼って、血を装置に入れて結果を確認して──うん、問題なさそうだ。
「……何を確認しているのですか?」
「あー、魔力の澱みを見てるんだ。特にギフトみたいな特別なスキル群は魔力の乱れから暴走することが多いからね」
体内にある魔力の澱みは、ギフトのコントロールを難しくする。血液検査はギフトの状態を確認する最も有効な手段なんだ。
それと同じくらい大切なのが、ギフトの特性を知ること。
いつ発現するのか、何をしたら発現するのか。そういった特徴や再現例を知ることで能力の発現の仕組みを理解し、比較的自分の思い通りのタイミングで発動させるようにすることができるようになる。
「だからまずはギフトを可能な限り解析して調査して──ってごめん、こんな話つまらないよね。ボクってば夢中になるとつい相手のことも考えずに話してしまうんだ」
「いいえ、色々と教えていただいてありがとうございます。凄い博識で感心してしまいました」
ああ、ネネトは優しいなぁ。嫌な顔ひとつせずにボクの話を聞いてくれる。
ボクのマニアックな話を嫌がらないだけで、ネネトの好感度は大幅アップだ。グラウなんて文句言うか無視するかだからね。
「そんなことないですよ。ボクは【 スキル百科 】のライブラリアンだから、その辺の知識があるのは当たり前というか……」
「いいえ、尊敬します。さすがはロゼンダが推薦するだけありますね」
「は、ははは……」
まあ自薦なんだけどね。もしくは自作自演?
「ところで──ローゼンはなんとなくロゼンダに似ていませんか。その、雰囲気とかが……背の大きさや性別だって違うのに、二人が重なって感じる時があって」
ぎくっ!?
す、鋭いなぁ。実際同一人物ではあるんだけど……さて、どう言い訳するかな。
ここでボクが口にした言い訳は──。
「実はロゼンダとボクは親戚なんですよ」
「ああ、だから……すごく似ていますもの」
おおー、あっさりネネトは納得してくれたぞ。
やっぱり下手に誤魔化すよりも、素直に似てることを認めた方が相手は納得するよね。
「だから親しみやすいのかな……」
「ん? 何か言った?」
「い、いいえ。なんでもありません」
少し顔を赤らめながら首を横に振るネネト。
なんだろう、気になるけど……まいっか。今は誤魔化せたことで満足しておこう!




