第百七十九話 「あの人なら……」
こちらが短剣を構えたと同時に、蛇たちがとぐろを巻くように体を縮める。
次の瞬間、蛇は一斉にこちらに向かって飛びかかってきた。
体の大きさはまちまち。
細身の女性の腕と変わらない大きさの小蛇から、巨漢の太腕のような大きさの大蛇までいる。
顎の力はあまりないようだが牙が鋭く、強力な毒をその身に宿しているようだ。
一度も噛まれるわけにはいかない。
「シャッ!」
最初に飛びかかってきた小蛇は、牙を妖しく光らせて首に噛みつこうとしてくる。
その動きを辛うじて目で捉えた僕は、咄嗟に横に飛んで紙一重で回避した。
すぐに反撃に移ろうと思ったが、次の蛇が視界の端に映ってそちらに意識を引っ張られてしまう。
数が多い。それに動きも素早い。
このままだと捉え切るのは難しいな。
「【敏捷強化】」
刹那、僕の全身に緑色の光が迸る。
支援魔法による足回りの強化。
これならすばしっこい蛇たちも余裕を持って対処できるはずだ。
次に飛びかかってきた小蛇を横に飛んで躱すと、今度は即座に足先を切り返して蛇の方に向き直る。
そして短剣をぐっと握りしめ、踏み込むと同時に反撃の一撃を振るった。
「シッ!」
ズムッ! と鈍い感触が右手に伝ってくる。
短剣の刀身は確かに蛇の体に食い込んでいたが、一撃では断ち切ることができていなかった。
鱗と硬質な肉に阻まれたせいで、軽い切り傷しか付けることができていない。
この蛇たち、速いだけじゃない。かなり頑丈な体もしている。
素早さは上回ったけど、この短剣で倒すのは相当な時間がかかりそうだ。
……仕方ない。
「【筋力強化】、【鋭利強化】」
赤色の光が僕の体に、青色の光が短剣に迸る。
足回りの強化に続けて、力強さと武器の鋭さを向上させる支援魔法を使った。
それを合図にするように、洞窟の奥からひと際大きな影が飛びかかって来る。
巨漢の太腕と見紛うほどに大きな大蛇。
素早さも力強さも小蛇より格上で、飛びかかって来る姿は威圧感と迫力に溢れていた。
けれど僕は臆さず、迎撃する形で短剣を構える。
大蛇の噛みつきを身を屈めて躱し、頭上に見える太い肉体を全力で斬りつけた。
「はっ!」
スパッ! と今度は綺麗に蛇の体に刃が通る。
先ほどよりも大きな体の蛇ではあったが、刀身の鋭さと僕自身の力強さを向上させていたおかげで、難なく断ち切ることができた。
太くて長い影がふたつに分断され、僕の後方にボトッと落ちる。
仲間がやられたことに憤ったのか、残りの蛇たちが眼光をさらに鋭くさせて、一斉に飛びかかって来た。
これだけの支援魔法があれば、この辺りにいる魔獣も問題なく討伐はできる。
けど、この段階であまり魔力は消費したくなかった。
竜王軍との戦いは万全の状態で挑みたいので、これくらいの魔獣は支援魔法なしでささっと倒せるのが理想だったのに。
それに……
「……」
あることが脳裏によぎって、僕は唇を噛み締めながら蛇魔獣の討伐を再開する。
――これがもし、あの人たちだったら……
ローズなら、剣をひと振りした剣圧だけで蛇たちを一掃できただろう。
コスモスなら、魔法ひとつで蛇たちを跡形もなく潰すことができただろう。
他にもあの町にいる冒険者たちなら、ここにいる魔獣くらい易々と倒すことができるはずだ。
なんで今、あの人たちのことが頭の中に浮かんでくるんだろう。
僕はかぶりを振って雑念を払い、また飛びかかって来た一匹の蛇を斬り落とす。
それを一瞥しながら軽く息をついていると、不意に洞窟の奥でまた大きな影が動いたのが見えた。
今は支援魔法の【視覚強化】を使っているから、薄暗くても視界がはっきりしている。
だからうごめいた影が蛇の魔獣のものだとすぐにわかり、同時にその姿を見て驚愕させられた。
「五、六、七……八つ?」
あいつだけ、頭が“八つ”もある。
それに他の三つ頭の蛇たちと比べて、ひと際体が大きな個体だった。
もしかしてこいつらの“親玉”か何かか?
「フシュゥゥゥ……!」
小蛇たちが狩られて痺れを切らしたのか、おもむろに他の蛇たちを押しのけて前に出てくる。
一層の緊張感が迸る中、僕も短剣を握り直して身構えた。
刹那、八つ頭の大蛇が青い稲妻のように高速で跳んでくる。
予想外の速度にぎょっとさせられるが、辛うじて反応が間に合って横に飛び、大蛇の噛みつきを回避した。
体の大きさに見合わないバネの強さ。【敏捷強化】を使っていなかったら避け切れていなかったかもしれない。
密かに冷や汗を滲ませつつ、今度はこちらの番だと言うように蛇の横腹に短剣を突き込む。
グサッ! と大蛇の体に刀身が沈み、そこから湧き水のように鮮血が散った。
「シャアァァァ‼」
大蛇は洞窟の中に耳障りな声を響かせて暴れる。
咄嗟に退いた僕は短剣についた血と蛇の傷口を見て、人知れず頷いた。
親玉だからと警戒したが、思ったより外皮は固くないな。
この短剣と腕力があれば致命傷を負わせることは充分にできそうだ。
それがわかって勝機を見出した僕は、勢いづいて大蛇に飛びかかろうとする。
だが……
「えっ……」
八つ頭の大蛇が、不意に奇妙な動きを見せ始めた。
頭のひとつを地面に伸ばして、そこに落ちていた小蛇の死体に近づいていく。
すると、なんということだろうか……
バクッ! と小蛇の死体を丸呑みにした。
刹那、八つ頭の大蛇に付けた切り傷が、見る間に“塞がってしまう”。
噴水のように溢れていた鮮血も止まり、すっかり血気を取り戻してこちらを睨みつけてきた。
「……めんどくさい能力もってるな」
他の個体の死骸を食べることで再生できるのか。
ただでさえ体が大きくて頑丈な肉体なのに、再生能力まであるなんて倒すのに時間がかかりそうだ。
見たところ他の蛇もまだまだ多いし。
時間をかければいつかは倒せると思うけど、砂嵐の中を一時間歩くのと大差ない労力になりそうだな。
思わずげんなりしながらも、やるしかないと覚悟を決めて短剣を力強く握りなおす。
同時に八つ頭の大蛇がとぐろを巻いて、こちらに飛びかかろうとしてきた。
その時――
「ちんたらやってんじゃないわよ」
「えっ?」
唐突に後ろから、聞き覚えのある声が響いてくる。
刹那、僕の後方から突風が吹き抜けて、その鋭い風は前にいた大蛇を激しく“切り裂いた”。
八つあった頭がボトボトと、見る間に斬り落とされていき、次いでその風は周囲にいた小蛇にまで吹いて全員を斬り裂いていく。
時間にして、およそ十秒ほどだろうか。
洞窟の中にうごめいていた蛇魔獣の大群は、一匹残らず両断されて、いつの間にか辺りは静けさに満たされていた。
その突風の正体が、目にも留まらぬ速さで洞窟の中を駆け抜けたひとりの剣士であることに、僕は遅まきながら気が付く。
腰の辺りまで伸ばされた薄紅色の長髪。
同色の瞳はつぶらで大きく、肌は色白で顔立ちが整っている。
赤いマントに黒のミニスカートという格好をしていて、蛇を斬り裂いたものと思われる銀の長剣を右手から下げていた。
鮮血の絨毯の上に佇むその人物は、こちらに冷ややかな視線を向けると、うんざりした様子で容赦なく毒づいてきた。
「さっさと倒して静かにさせなさいよね。ていうか、なんでこんな場所であんたの顔見なきゃいけないのよ」
「ダ、ダリア⁉」
冒険者をしていた時、『あんたもういらないから』と僕をパーティーから追い出した張本人……
元勇者のダリア・ルージュが、そこにはいた。




