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第百七十一話 「花」

「……」


 自分の価値を、正しく理解するべき。

 敵のはずの相手から、こんな言葉をもらうことになるなんて思わなかった。

 こんな状況でもなければ嬉しい一言であるはずなのに、今はその言葉がとてつもなく“重たい”。

 自分の価値を認めてしまったら、育て屋が竜王軍に狙われているという話に、より現実味が出てしまうから。

 いまだにその事実から目を逸らそうとしている僕を、ラン・ラヴィは無理やりに前に向かせる。


「竜王軍に狙われるだけの価値が、あなたにはある。わたくしが自ら客となって育て屋に接触し、その結論が間違いではなかったことがより明らかになりました」


 この人は実際に、育成師の力を体感した身だ。

 おそらくその確認も兼ねて、ランは刺客として育て屋に送り込まれたのだろう。

 結局天職は成長させられなかったが、多種多様な支援魔法と天職に関する知識を僕は披露してしまった。

 自惚れた言い方かもしれないけど、僕は僕自身で、育て屋の価値を証明してしまったんだ。


「過去に何があったのかは知りませんが、あなたの能力と自己評価には著しい隔たりが存在している。わたくしがこうして確かめてしまった以上、もうただの一般人として振る舞うことはできませんよ」


「……それで刺客として送り込まれたあんたは、育て屋を危険因子と見做して、僕を殺害するために家に忍び込んだってわけか」


「軍に保護されている気配もありませんでしたから、寝込みさえ襲えればわたくしでも命を取ることはできると思いましたので」


 そういえばそんな話もしたっけな。

 王国軍などからお声がかかったりしなかったのか、魔獣討伐の最中にそんな質問をされた。

 あれは僕の背後に後ろ盾がいないか確認するための問いかけだったのか。

 あの時点で軍の話などを持ち込んだランに、もっと違和感を持つべきだったな。


「まあ結局、侵入がバレてこうして拘束されてしまいましたが。ですので、ここからは交渉です」


 ランは変わらず僕の下敷きになりながら、無感情な声音で告げてきた。


「育て屋をやめていただけませんか? そしてはじまりの町を離れ、冒険者の成長の手助けを今後一切しないでください」


「……」


「もし従っていただけるのでしたら、あなたの命をこれ以上狙うことはしません。竜王軍にもあなたを無事に始末したと一報を入れておきます」


 ランの落ち着いた声だけが育て屋に響き渡る。

 状況的には僕が優勢のはずなのに、向こうの方が冷静さを貫いていて、気持ち的に優位に立たれていた。

 それがより焦りを加速させ、交渉というよりも脅しに近いそれに、僕の心は大きく揺れ動く。


「しばらくの間育て屋が機能せず、はじまりの町からもあなたの姿が消えれば、竜王軍もあなたの死を信じてこれ以上命を狙ってくることもありません。同時にわたくしの使命も果たされたことになり、目的を達成できます」


 今の発言からすると、ランは完全に竜王軍側の人間というわけではなさそうだ。

 あくまでも竜王軍に協力している立場の存在。

 だからこそ余計に疑問が湧いてくる。


「……なんであんたは人間のくせに、竜王軍に協力なんかしてるんだよ。使命を果たすことで、竜王軍からどんな見返りをもらえるんだ」


「わたくしの話は今どうでもいいのです。今あなたがすべきことは、尋ねることではなく選ぶこと」


 ランの冷たい眼差しが絶えず僕を貫き続ける。

 僕にとって非常に残酷な選択を迫ってくる。


「育て屋をやめてわたくしと共にこの町を離れるか、この交渉を受け入れずに刺客に狙われ続けながら育て屋を続けるか」


 そんな二択を迫られて、僕は唇を噛み締めた。

 僕が命を狙われるくらいだったら、別にそれで構わない。

 送り込まれてくる刺客を何度も撃退するだけだから。

 それで育て屋が続けられるなら、いくらでも命のやり取りをしてやる。

 でも、そんな考えはあまりにも甘く、現実逃避以外の何物でもない。

 僕が危地に晒されるということは、当然僕の周りにいる人たちも危ない目に遭うことになる。


 この町に住む住民たち。

 少しずつ成長を遂げている駆け出し冒険者たち。

 その身の回りのサポートをするギルドの受付さんたち。

 ならびに工業区の職人たち。

 その他にも大勢の人間が、僕に巻き込まれる形で危険に晒されてしまう。

 目を逸らせないそんな事実に打ちのめされて、全身を強張らせていると……

 ランの最後のひと押しによって、さらなる絶望に叩き落とされた。


「もしあなたがこのまま育て屋を続けた場合、わたくしが任務に失敗したと判断され、次々と別の刺客がこの町に送り込まれてくるでしょう。最悪、竜王ドランが“軍”を引き連れて、はじまりの町そのものを襲撃する可能性があります」


「――っ⁉」


 この町に、竜王軍が来る……?

 しかも、父さんと母さんを殺した竜王ドランが、軍を率いて……?

 あまりにも荒唐無稽な話に発展して、いくらなんでもそんな展開はあり得ないと思ってしまった。

 しかし頭の隅でその可能性がでたらめでもなんでもないものだと理解し、思わず背筋が凍えて声が震える。


「冗談、だろ……? こんな、駆け出し冒険者の町に、竜王軍が来るわけ……」


「信じる信じないはあなたの自由ですが、その可能性が低くないことはあなた自身が一番よくわかっているはず。この町を早急に襲撃した方が、魔獣側にとって何かと都合がいいと」


 この町を早めに潰しておく利点。

 認めたくないけどわかってしまう。

 そうすることが魔獣側にとってどれだけ有益であるか。

 なぜなら……


「花を咲かせないようにするなら、種と水をどちらも無くしてしまう方がいいですからね」

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