第百七十二話 「育て屋の出した答え」
花を咲かせないようにするなら、種と水をどちらも無くす。
悔しいけれどその表現は的確で、まさにはじまりの町の真価を示していた。
「この町でくすぶっている駆け出しの冒険者たちは、何かしら大きな才能を抱えた原石たち。いえ、原石というより種と言うべきです。大きすぎる才ゆえにその開花の時が遅く、土を被ったままでいるただの種」
そう例えたランは、次いで僕を見据えて続ける。
「そしてあなたは、その芽を出せる唯一の人間。人を育てる力と知識を持ったあなたなら、彼ら彼女らに水を与えて、その秘められた才能を開花させることができる」
伸び悩んでいる駆け出し冒険者たちが種。その種を開花させられる僕が水。
であればさしずめこの町は植木鉢か花壇かと、現実から目を逸らすようにそんなことを考えていると、ランははっきりと言い切った。
「だからこの町に攻め入って、種と水を丸ごと枯らしてしまうのが一番いい。あなたのような存在がもうひとり生まれてくる可能性もありますから、種も含めて処分するのが魔獣側にとって都合がいいのです」
竜王軍がこの町を襲撃したら、育て屋の僕を潰すことができる。
同時に、まだ芽吹き切っていない遅咲きの花たちを摘み取ることもできる。
魔獣側にとってこれほど有益なことはないだろう。
だから竜王軍がこの町に攻め込んで来る可能性は、認めたくないけどとてつもなく高い。
それを理解してしまった僕は、辛い選択から逃れられないのだと悟って目を伏せる。
「ただ、竜王軍もその展開に持っていくのは些か抵抗があるようです。はじまりの町の冒険者、ならびにコンポスト王国と竜王軍の全面戦争になりましたら、竜王軍側にも無視できない被害が発生します」
「……だから、無闇にこの町を襲撃するんじゃなく、まずは育て屋に刺客を送って僕を殺そうとしたってわけか」
「一番手間をかけずに、遅咲きの冒険者たちの覚醒を抑制することができますので」
……僕が魔獣側の立場でもたぶんそうしてる。
この町の冒険者たちはまだ開花していない種だが、すでに綺麗に咲き誇った花たちもいる。
未成熟で発展途上ではあるものの、確かな才能を開花させたことで強くなり、さらにコンポスト王国の軍も合わせれば莫大な戦力となる。
そこと全面戦争となれば、さしもの竜王軍も大きな被害は免れないだろう。
だから手間をかけず駆け出し冒険者たちの開花を妨げようと、水となる育て屋を狙うことにしたのだ。
竜王軍としては魔獣側の勢力間の争いもあるため、ここで痛手を負うのは望むところではないはず。
魔王軍同士の争いも激しいらしく、ここで大打撃を受ければ別の魔王軍に漁夫の利の形で攻められて壊滅する恐れもある。
最悪と名高い竜王軍でも慎重になって、人間の刺客を差し向けてくるのも当然だ。
「しかしそれに失敗したとなれば、竜王軍側も対応を変えざるを得ません。育て屋が本格的に軍や他の組織の庇護下に入ることも考えられるため、その前に確実にあなたを潰しに、竜王軍ははじまりの町を襲撃しに来るでしょう」
「……」
容易にその未来を想像できるほどに、ランの話には強い説得力があった。
このまま僕がこの町で育て屋を続けたら、確実に竜王軍がはじまりの町にやってくる。
竜王軍が慎重になって動かないという展開も考えられるが、その場合は他の勢力を差し向けてくるか、安全にはじまりの町を襲撃する策を講じてくるだけだ。
僕はもう、竜王軍から逃れられない。
「ですからわたくしから持ちかけているこの交渉は、あなたの命とその周囲を守るためのものなのです。あなたが育て屋をやめてはじまりの町から離れるだけで、その両方を守ることができます」
そして再び、ランは残酷な選択を迫ってくる。
「では、改めて問いかけます」
無感情に、淡々と、こちらの気持ちなどまるで知らないみたいに……
重たい天秤を授けてきた。
「育て屋をやめてわたくしと共にこの町を離れるか、この交渉を受け入れずに引き続き育て屋を続けるか。さあ、どちらを選びますか?」
ランの冷たい眼差しに射抜かれながら、僕は全身を強張らせて歯を食いしばる。
とてもじゃないけど、簡単に選べることではなかった。
育て屋は続けたい。大好きな今の日常を失いたくない。
でも続けたら、次々と刺客が送られてきて、最悪竜王軍までこの町にやってくる。
僕の我儘ひとつで、大勢の人たちを危険な目に遭わせるんだ。
――どうすればいい。考えろ。自分が一番納得できる選択を……
ランを早急に詰所に送って地下牢に叩き込むか?
竜王軍に連絡をとる隙すら与えず、手早くランを処理して、竜王軍の視線が緩むまで育て屋を休業すれば……
いや、ランからの連絡が途絶えた時点で任務に失敗したと判断されると聞いたばかりじゃないか。
ここでランの口を封じたところで、また新たな刺客や竜王軍がやって来るだけ。
それにこれはただの時間稼ぎ。根本的な解決にはなっていない。
じゃあランを操ってこちらに有利な情報を流させるか?
育て屋に対する危険意識が薄くなるような報告をさせて、育て屋を狙うのは無意味であると伝えれば……
いいや、これも意味がないな。
結局は育て屋が機能し続ける限り魔獣側の警戒の目は緩むことはない。
この場合、ランをどうにかするのが一番無意味な選択肢だ。
だったら軍に保護してもらうか?
竜王軍に狙われていると伝えて王国軍に匿ってもらえば、襲撃された時に軍に戦ってもらえる。
……って、これはいくらなんでも他人任せすぎるな。
結局僕のせいで大勢の人が犠牲になるだけじゃないか。
王国軍の力を疑っているわけではないけれど、どれだけ戦力が揃っていても戦って勝てる保証なんてどこにもない。
仮に勝利できたとしても、その果てには多くの戦士が血を流し、四肢のいずれかを失う人がいるはず。
相手が最強の魔王軍と名高い竜王軍だからこそ、この選択には大きな抵抗がある。
だから、“あの人たち”に頼るのも……
『アロゼ君、君のお父さんとお母さんは……!』
『竜王軍との戦いで、竜王ドランに命を奪われたんだ……!』
……もうこれ以上、大切な人たちを奴らに奪われるわけにはいかない。
父さんと母さんと同じくらい、いま頭の中に思い浮かんでいる人たちは、僕にとってかけがえのない人たちになっているんだ。
その人たちを犠牲にするくらいだったら、育て屋の日常なんかいらない。
僕がこの日常を手放すだけで、あの人たちがずっと笑っていられるなら、こんな育て屋なんか……
「…………あっ」
……ある、たったひとつだけ。
みんなに迷惑をかけず、僕が育て屋としての日常を取り戻せる方法が。
あまりにも単純で、見落としてしまっていた、子供でも思いつく確実な方法が。
「……なんだ、こんな簡単な方法があるんじゃないか」
僕はランに授けられた天秤を投げ捨てるように、自分の中で出した答えを彼女に告げた。




