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侵略勇者 ブレイダー  作者: テスタロッサ
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22/22

覗かれる記憶

 ?


 物心がついた時から本を読むのが好きだった。同世代の他の子はみんな外で走り回って遊んでいたが、遠山あおいはいつも家の中で本を読んでいた。

 体を動かすことがあまり好きではなかったのもあるが、本を読んでいる間はなんにでもなれるのが良かった。悪者を退治するヒーローにも、王子様に助けられるお姫様にも。物語の中に没頭するのが好きだった。

 少し大きくなると、物語だけではなくいろいろな本を読むようになった。本に書かれたあらゆる知識を吸収するのが楽しかった。

 そんなある日、あおいは一冊の本を手に取った。偶然家の中にあって、タイトルに興味を覚えたわけでもなく、装丁に惹かれたわけでもない、なんとなくたまたま手に取ったその本があおいの人生を大きく変えた。


 それは科学の本だった。


 読んでみて、本当にそんなことが起こるのかと思った。そして、起こるとしたら何故そうなるのかが疑問だった。

 だから、書いてある内容を自分で実践して確かめることにした。準備など自分ができる範囲にはかなり限度があったが、とにかく自分にできることをやった。そのうち本に書いていない自分で思いついた実験をしたり、その結果から得たデータを利用して物を作るようにもなった。

 よく一緒にいる一つ年上の幼馴染もよく手伝ってくれた。あおいでは持てない重たい物を運んでくれたり、あおいの家にはないものを自分の家から持ってきてくれたりした。今ならわかるが、手伝いはあおいが強要したことで、本人はあおいの面倒を見ているつもりだったのだ。

 そんな子供だったから、学校に通うようになっても友達は全然できなかった。同世代からも大人からも遠巻きにされたところであおいも特に気にしなかった。とにかく自分のやりたいことをやるので忙しかった。

 そんなある日、あおいの前に奇妙な人物が現れた。その人は教員専門学校を卒業したばかりの、担任教師に師事する見習い教師だった。その見習い教師はあおいを変な生き物として見るのではなく、何か特別な才能を持った子供だと思ったようだったが、自分ことを放っておかずに何かと構ってくるその人物があおいにとっては邪魔な存在でしかなかった。


 この星では過去に教師の労働環境の劣悪化による教師不足が深刻な問題になったことがあり、その改善策として教師の見習い制度が導入された。

 教員専門学校で教師資格を取得した者は教育協会により様々な学校に振り分けられ、そこで現役の教師に師事する。教師の仕事は多岐にわたる為、見習いは教師から実際の現場で直にそれらを教わることができて、教師は自由に使える人手を確保できて負担を減らせる。さらに見習いの間は給料がかなり安いので教育協会も人件費の悩みが大幅に解消されるというわけだ。


 教育協会とは学校のような教育の現場を管理する組織のことで、主に教師として実際の現場を長年経験した人の一部が引退した後に再就職するところだ。実際の現場を理解している人たちばかりなので教育現場において教師の苦労や大きく改善しなければいけないところをわかっているため、学校の運営には欠かせない組織である。


 その見習い教師は八神平次(やがみへいじ)という名前だった。とても穏やかな人柄で子供や担任教師からの評判はすこぶる良かったが、少し変わった話し方をする人だった。言葉のアクセントや語尾がかなり独特で、どうやら先祖が“カンサイ”という地に住んでいた人たちらしく、今の子孫に至るまでその話し方を守り通してきたらしい。


 八神先生が赴任してしばらく経った頃、あおいは科学の実験で行き詰ってしまった。実験に必要な設備が一般人ではどうしても準備できない物だったのだ。

 八神先生は「いい所がある」と言って、あおいを対侵略者用軍事施設に連れて行った。どういうコネがあったのか、事前に根回しでもしていたのかはわからないが、あおいにとってそこは必要な物が全て揃っている楽園のような場所だった。

 それからあおいはその施設へ頻繁に出入りするようになった。基本的には八神先生と一緒だったが、先生が来られない場合でも事前に行くことを伝えておけばあおいと幼馴染の二人だけで出入りすることができた。

 気の向くままに作りたいと思ったものを作る日々はとても楽しかった。状況に応じて機能を変えられるハンドガンや、高速で空を移動し攻撃もできる乗り物は会心の出来だと思った。

 この頃からだっただろうか。あおいの中で八神先生に対する感情が変わり始めていた。最初は邪魔なだけだったこの先生がいつしか気を許せる相手になっていて、先生が一緒に来られない日はどこか物足りない気がするようになった。実験が上手くいって先生に褒めてもらえたり、失敗した時は慰(なぐさ)められたり励ましてもらえたりするのが何より嬉しい時間だった。


 この時はまだ、この星は他星からの交流を頑なに拒んでいた。他所の宇宙船が接近してくればそれ以上近付くなと警告し、もしそれでも近付いてくるようなら容赦なく攻撃し、ことごとく撃墜していた。そしてその度にそれは勝利の報告としてニュースで報道されていた。八神先生はそうしたニュースが出る度に「ほんまはもっと他所とも交流を持って見識を広げたり文化を取り入れたりして仲良うした方がええ。こんなことは絶対に続けるべきやない」と悲しそうに言っていた。興味のないことには無関心のあおいでも、さすがにこの年頃になればそういった社会情勢を最低限は知っていたが、八神先生のこの言葉をこの時はよくわかっていなかった。

 軍事施設の仕事は侵略者の排除だが、狙われることの多いこの星でもそうひっきりなしに侵略者がやってくるわけではない。そのため、他にも災害時の救助活動やこの星に眠っている巨大生物、“怪獣”への対処も軍事施設の仕事の範囲となる。あおいの発明品はそうした活動にも使われていた。


 そうして何年もの月日が流れ、あおいは十八歳になった。学校を卒業する歳である。そしてそれは進路の選択を迫られるということだ。

 あおいとしてはこのまま気楽に自分の好きな実験や発明を続けたいが、さすがに無職というわけにはいかない。手っ取り早くどこかに就職するか、専門職に就くため、もしくは学問をもっと究(きわ)めるために専門学校に進学するかを決めなければならなかった。

 そんなある日、たまに開発の様子を見に来る施設の偉そうな人から悪魔の誘いを受けた。


「このままここに就職したらずっと開発が続けられるし、予算ももっと増えるよ」


 あおいはその誘いに飛びついた。このまま好きなことを続けられるうえに、予算まで増やしてもらえる。もっといろいろなことができる。

 二つ返事で軍事施設への就職を決めたその日、帰りに八神先生へ報告したら『きちんとデメリットにも目を向けてしっかり考えてから返事をしなさい』と怒られた。といっても穏やかな人なのであまり怒っているようには見えなかったのだが。

 その場で八神先生が軍事施設に連絡を取ってくれたが、偉い人が『もう就職手続き済ませちゃった』と言って取り合ってもらえなかった。

 この後に八神先生が言った言葉をあおいは今でもはっきりと覚えている。ため息をつきながら、しかしどこか照れくさそうな表情で、先生はあおいにこう言った。


「しゃーないな。卒業してからも、君の面倒は僕が見よか」


 これが二人の関係が変わるきっかけとなった、八神先生の遠回し過ぎてわかりにくい不器用過ぎる告白の言葉だった。


 学校を卒業して軍事施設の正式な職員となったあおいには発明以外にも雑多な仕事があり、基本的に自分の興味があること以外には無頓着なあおいは教育係である上司から毎日のように怒られていた。八神先生との交際も同時に始まっていたのだが、二人の会話はもっぱらあおいが仕事の愚痴や悩みを八神先生に話していた。因みに、幼馴染もあおいと共に軍事施設に就職した。あおいの両親から頼み込まれたのと、本人も特にやりたい仕事が他になかったかららしい。


 軍事施設に就職してから二年ほど経った頃、珍しく八神先生の方からあおいをデートに誘った。いつもはあおいが「先生聞いてー」と押しかけて、八神先生の家やどこかのお店で食事をしながら話をするのが定番だった。

 待ち合わせ場所に行くと、八神先生はどうしたことか何かの花を一輪持っていた。訊いてみると、近くの花屋で売っていたのでなんとなく買ったらしい。


「この花の花言葉って知っとる?」

 花に興味のないあおいは素直に知らないと答えると、八神先生はこう答えた。


「“あなたを一生大切にします”」


 ドキッとした。この人はいきなり何を言い出すのだろう。すると、先生は続けた。


「っていうのかどうかは知らんけどな」


 ガクッときた。この人はよく冗談を言う人だが、こういうのは勘弁してほしい。なんて思っていたら、今度はさらにこう続けた。


「もし、そういう気持ちを込めてこの花を贈ったら、受け取ってくれますか?」


 それがプロポーズの言葉だとあおいが理解するのに、たっぷり十秒は必要とした。それまでに何の前振りもなくあまりにも唐突で、わかりにくい遠回しな言い方で、待ち合わせをしたその場でムードもへったくれもなく、指輪ではなく花がそれも一輪だけである。しかし、あおいにはこの人が、決心が鈍らないうちに、思いつく限りあおいの記憶に残るような言葉を選んでくれて、サイズがわからない指輪を避けたうえにこの後で持ち運びに困るという合理的な理由から花束にするのをやめたのがわかった。後で思い返した際にお互いが羞恥心に苛まれるであろうプロポーズだが、不思議と嫌ではない、むしろこの時のあおいは天に昇るような気持ちにさえなった。

 そんな八神先生のプロポーズを受けた数日後、あおいの妊娠が発覚した。無神論者のあおいも八神先生もただの偶然だとわかってはいても、そのタイミングに運命的なものを感じざるを得なかった。

 妊娠のことを告げると、両親や幼馴染は喜ぶよりもあおいに性の知識が人並みにあったことを驚いているように見えた。実に心外だと思った。

 その年のうちにあおいは出産した。男の子だった。

 その子供は総司(そうじ)と名付けられた。なんでも、八神先生の先祖が住んでいた地域で活躍した人物の名前らしい。


 家族三人での生活が始まった。子育ては初めてのわからないことだらけ。壁にぶつかるたびにいろいろな人に相談しながら一つ一つ乗り越えた。

 子供の成長は早い。だからあおいは、それを見守れることがこんなにも幸せなことなのだとすぐに知ることとなった。

 総司が三歳になった頃、あおいは育児休暇を終えて軍事施設の仕事に復帰した。母親をしながら施設でも働くのはしんどいこともあったが、職場の人たちの協力もあってなんとか両立させることができていた。


 あおいが八神先生と結婚して、総司が生まれてから五年が経った。

 この頃、とある宇宙船がこの星に近付いていた。当然のことながらそれ以上近付かないように警告がなされたが、それを無視して宇宙船は近付いてきた。その宇宙船はどこかフラフラとした頼りない動きで、ライトを規則的に点滅させていた。パチパチと二回光ったかと思うと、少し間を空けて一回。これをずっと繰り返していた。だが、構わずこの星はその宇宙船をいつも通りに撃墜した。

 当然そのことはニュースになったが、またいつものことだと誰も気に留めなかった。


 それからしばらく経ったある日、あおいはいつも通り軍事施設に出勤し、仕事が休みだった八神先生は総司と買い物に出かけていた。

 突然、施設内に緊急警報の音が響き渡った。初めての事態にあおいを含めた全員がみっともなくうろたえた。

 この星に物凄い数の武装した宇宙船団が近付いてきていた。今まで幾度となく近付いてきた宇宙船を撃墜してきた迎撃システムはあっさりと破壊され、この星は抵抗する術を失った。この時にはもう、地上から宇宙船団が視認できるところまで来ていた。ようやく星全体に緊急避難警報が発令されたが、それはあまりにも遅過ぎた。いち早く危機を察知することができた軍事施設の職員はどこよりも頑丈な地下のシェルターに避難することができたが、その他の一般人は普通の建物の中で身を屈めるしかなかった。あおいは家族の元に行こうとしていたが、他の職員たちによって強制的に地下のシェルターに収容されていた。

 宇宙船団の攻撃は容赦がなかった。目についた街、あらゆるインフラ設備、すべて破壊された。攻撃は丸一日ずっと続いていた。

 攻撃をやめて、宇宙船団がこの星全体に声明を出した。以前この星が撃墜した宇宙船は星間連合という友好条約を結んだ星々の人たちを乗せた交流船で、中には各星の要人が乗っていた。そんな宇宙船が宇宙飛行中に故障してしまいこの星に助けを求めてきた。通信装置も故障してしまい声を届けることはできなくなっていたが、宇宙条約に則ったSOS信号をライトを点滅させることで出していた。それにも拘らず、この星は容赦なくこれを撃墜した。今回の攻撃はそれに対する報復であるとのことだった。この星は星間連合に加盟していないどころか他星との交流が一切ないので宇宙条約などの法律をわかっていなかったのだ。宇宙船撃墜後、パイロットレコーダーという宇宙船からの映像や音声の記録情報が星間ネットワークを通じて遅れて各星に届いたことで今回の事件が発覚したそうだ。この星は他の星からは離れたところにあり、距離が離れると情報が届くのにも時間がかかるようになる。宇宙船撃墜から報復攻撃までに時間がかかったのはそういう理由だった。

 こうしてこの星は甚大な被害を被り、星間連合に対して全面降伏することとなった。幸運なことに、星間連合はこの星を支配下に置くつもりはなく、今後は宇宙条約を順守すること、星間連合に加盟し他星との交流を持つことなどを条件にこれまで通りの自由な生活を保障された。


 攻撃の音がしなくなってすぐ、あおいは地下のシェルターを飛び出した。真っ先に自分の家に向かう。家族三人で暮らしていた家は原形を留めていたが、中には誰もいなかった。それから家族でよく買い物に行くショッピングモールに向かった。そこは完全に倒壊していた。

 すぐに街全体の被害状況の確認と復興作業が行われた。あおいは家族をずっと探していたが誰も見つからなかった。

 やがて倒壊したショッピングモールの撤去作業が始まった。瓦礫の下からは夥しい数の死体が出てきた。その中に八神先生と総司の姿も確認された。原形も留めていないような死体も少なくない中で、二人の遺体は奇跡的にキレイな状態で発見された。だからあおいは二人の死を受け入れるしかなかった。


 それからしばらくの間、あおいは抜け殻のように過ごしていた。一日中何をするでもなく、ただ亡くなった家族の写真をぼんやりと眺めていた。

 あおいには軍事施設の人間が常に付き添っていた。自殺を図らないか監視するためだ。それだけあおいには利用価値があると軍事施設に判断されていた。

 家族を失ってしばらくした頃、共に軍事施設で働いていた幼馴染が訪ねてきた。

 幼馴染はあおいの横に座ると、神妙な面持ちで話しかけてきた。

「今回の事件の責任をとって、軍事施設は解体されることが決まった。今後は防衛軍という新しい組織を作って、そこがこの星の防衛を担うらしい」

 あおいはぼおっと聞いていた。自分に関係のある話だとは思えなかった。

「軍事施設の設備や技術は防衛軍に引き継がれる。職員も、要職に就いていた者以外は防衛軍が積極的に雇ってくれるらしい。まぁ、人手は圧倒的に足らないだろうから即戦力が欲しいんだろうな。だから、オレは防衛軍に行くことにする」

 勝手にすればいい。別に私の許可なんて必要ない。とあおいは心の中で返事をする。

「もうこんな悲劇は繰り返させない。この星が間違ったことをしようとすればオレが止めるし、悪い星人が来たらオレがみんなを護る。だから……あおちゃんはゆっくり休んで、いつか気が向いたら一緒に戦ってくれ」


 ……戦う?


 この時、あおいの心の中で何かに火がついた。何かはわからない。ただ、自分が何をしたいのか、何をしなければならないのか、それがわかったような気がした。

「オレは大抵のことはそれなりにできる自負はあるが、あおちゃんみたいに突出した才能はない。正直、軍事施設の設備や装備は完全にあおちゃん頼みだったし、防衛軍になったところであおちゃんのようにいろいろな物を開発できる人材がいきなり現れることはないだろう。だから……いつか、本当に気が向いたらでいいからーー」

「私もそこに行く」

「ーーっ!?」

 幼馴染が言い終わる前にあおいは返事をしていた。数分前まではとても考えられなかったことを、あっさりと決断していた。

「あおちゃん、今はまだ無理をしなくてもーー」

「浩ちゃん、私はもうなんも失くしたくない。だから戦う力が欲しい。どれだけ頭の中にあるものを設計図に落とし込んだところで、それを形にできる設備と資金がなければ意味ないねん。だから私もそこに行く。せやけど、知っての通り私は自分が興味あること以外はなんもできひんから、こんな私を支えてくれへんか?」

 いつの間にかうつってしまった八神先生の話し方で、あおいは幼馴染に言った。自分の才能が偏り過ぎていることは自覚している。そのせいで軍事施設では上司や周りの人たちに多大な迷惑をかけてきた。なのにいろいろと相談に乗ってくれていた八神先生はもういない。この子の為にも頑張らなきゃと奮起させてくれる息子もいない。かといって自分一人ではすぐに息詰まることだけは目に見えている。だから、今この世で唯一信用できる、幼い頃から私の面倒を放棄せずにずっと見てくれていた幼馴染に頼んだ。

「……わかった。一緒にこの星を護ろう」

「うん」

 この時、あおいには幼馴染と自分の間で少し認識にズレがあることに気付いていた。幼馴染は純粋にこの星の人たちを護りたいと考えているが、あおいの中にはもっと別の強い感情があった。


 防衛軍に入隊したあおいには過酷な訓練が待っていた。特に運動が得意というわけではないあおいにとってそれは非常に辛いものであったが、あおいは自分の中にある強い感情を支えにして乗り越えた。

 防衛軍設立から約半年後、侵略者への対処に特化した精鋭部隊が創設されることになった。この時既に開発部門の責任者を任されていたあおいだったが、人手不足もありその部隊の副隊長に任命された。

「一人に対して責任と業務量が集中し過ぎる」と隊長に任命された幼馴染を筆頭に声が上がったが、あおいは「問題ない」とその辞令を受け入れた。


『これで確実に星人へ復讐することができる』


 あおいの中にある強い感情はより激しくその勢いを増しているのだった。

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