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侵略勇者 ブレイダー  作者: テスタロッサ
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21/21

セントルイスの接客道(ヘレナ視点)

終盤の会話は読むのがかったるかったら適当に読み飛ばしてもらっても大丈夫です。

『セントルイスさん、予約のお客様がご来店されました。待機場所までお願いします』

「はい」

 部屋の内線電話で連絡を受け、わたしは本日与えられた個室を出る。待機場所は階段下だ。今日の個室は二階の部屋なので、一度階段を降りた後にお客さんを伴ってまた二階に上がらなければいけない。

 今日も予約は朝一からシフトが終わる時間まで埋まっている、いわゆる完売状態だ。予約争奪戦を勝ち残った総勢五人のお客さんの相手を、これから一人ずつしていくことになる。

 先程お店のスタッフさんにセントルイスと呼ばれたわたし、()()()は今日もこのお店“エンタープライズ”でやってくる男性客の相手を日々こなしている。

 さて、防衛軍の精鋭部隊SHARKの一員であるわたしが何故このようなお店で働いているのか。それは遡ること一ヶ月程前のことである。




 その日、SHARKの通信指令室に集合したわたしたちは天城隊長から作戦の内容を伝えられた。

「潜入捜査……ですか?」

「そうだ。デューイ地区の繁華街にある〝エンタープライズ〟という店なんだが、そこが侵略者の拠点である可能性があるそうだ。そこで、SHARKがその店に潜入してその店の実態を調べることになった」

「その〝エンタープライズ〟ってのはどういう店なんですか?」

「それが……」

 ティーレの質問に天城隊長が言い淀む。いつもハキハキとものを言う隊長には珍しいことだ。

 隊長はスクリーンに星間ネットワークの検索画面を表示し、そのお店の名前を検索して出てきた情報ページを開いた。


 星間ネットワークとは、友好条約を結んだ星であればどこの星でも使える情報共有システムだ。通信端末で調べたい情報を検索すれば公式、非公式を問わずにネットワーク上にアップロードされた情報ページにアクセスできる。今開いたお店の情報ページはそのお店の公式のものだ。

 隊長は表示した情報ページを示しながら説明を続ける。


「届けは飲食店となっているが、実際は風俗店の側面があるらしい」

「「「「「はぁ?」」」」」

 隊長以外の五人の声がキレイに重なった。無理もない。風俗店ならそういう届けを出さなければいけないし、飲食店と比べると営業許可を取るのも大変になる。飲食店で届けておいて違う店を営業するのは完全に違法行為だ。はっきり言ってわたしたちの管轄ではなくORCAの仕事である。

「隊長、側面がある……というのはどういう意味なのでしょうか?」

 八神副隊長が質問する。言われてみれば、実際は風俗店であると言うのと、風俗店の側面があると言うのではニュアンスが違う。

「その店のシステムなんだが、まず客は女性と滞在時間を選択する。どの女性を選んでも金額は変わらなくて、時間次第で変わるようだ。女性と時間を決めたら受付で時間に応じた金額のドリンク付きチケットを購入し、選んだ女性と二人きりで個室に入る。後は中で女性にサービス料を直接支払うらしい」

「それはもう完全に風俗店なのでは?」

 レーベの言葉にわたしも心の中で同意する。

「それがそうとも言いきれん。その肝心のサービスなんだが、基本的にはドリンクを提供して飲みながら女性と会話をするだけらしい。それ以上のことをするかどうかは女性本人が決められることになっていて、店側は預かり知らぬことになっているそうだ。サービス料もそれによって変わってくるので、ちょっとした小遣い稼ぎがしたいだけの人は会話のみ、ガッツリ稼ぎたい人はそれ以上のことをするようだ」

「上手いこと考えよるなぁ」

 八神副隊長が感心したように言う。確かに、女性が勝手にお客さんとそういうことをした(てい)にすればお店側はあくまで飲食店ということで風俗店としての届けは必要なくなる。女性は稼ぎたい金額や自分の許せる範囲に応じて自由にサービス内容を決めることができる。女性が稼ぐためにお客さんをたくさん呼べばそれだけお店も儲かる。両者にメリットのあるシステムだ。

「それで、その店が侵略者の拠点であるというのは?」

「数日前、その店に見知らぬ怪しげな星人の姿が確認されたと匿名の通報があった。しかも、その星人は客の情報からこの星の住民のことを調べていたらしい」

 ウェールズの質問に隊長が答えるが、それだけではいまいち腑に落ちない。

「それがどうして侵略者ってことになるんですかー? それに、もしそうだとしても住民の情報を調べる必要性がないと思うんですけど……」

「確かに侵略者の可能性を疑う根拠としては弱いけど、必要性はあるで。その星を侵略しようと思ったら、まず邪魔になるんはその星を支配しとる人達やろ? せやから、まずはその星に住む人達のことを調べるんや。どんな能力を持っとるんか、どれだけ文明が発達してるのかをな」

 わたしにはよくわからなかったのだが、副隊長はすぐに理解できたようで隊長の代わりに答えてくれた。そして、可能性がどれだけ低くても調査をしないわけにはいかないのがSHARKの仕事だ。

「そういうわけで、今回はその店を内側から調べる潜入捜査となる。人選だが……」

 その類のお店に潜入できるのは女性であるわたしか副隊長だけだ。となると……。

「危険を伴う任務です。部下を行かせるわけにはいきませんし、ここは私がーー」

「八神は却下だ」

「「副隊長には無理です」」

「副隊長はダメです」

「副隊長は黙っててください」

「みんな酷ないっ!?」

 副隊長が自ら名乗り出たところで、それ以外の全員が却下した。

 いや、別に副隊長は美人だし年齢的にもまだ二十代で体力もあり、頭の回転も速くそういった面では全く問題ないのだが、性格的に潜入捜査には全く向いていない。コソコソするのが致命的に苦手な人だ。

「……まぁ、わたししかいないですよねー」

「ああ。もし本当に侵略者の拠点だった場合や、そうでなくても何らかの犯罪絡みの店だった場合はかなり危険な任務となるが、やってくれるか?」

「SHARKの任務に危険を伴わないものはありませんし、適任がわたしだけですからねー。もちろんやりますよ」

「頼む。八神をバックアップに付かせるので何かあれば連絡してくれ」

 私だってまだまだいけるのにーと見当違いな文句を言っている副隊長とそれを宥めている三人を差し置いて、わたしと隊長の間で話は進んでいったのだった。




 店への潜入は問題なかった。面接らしい面接はなく、防衛軍が用意した身分証のコピーや履歴書を提出していつからどれぐらい出勤できるか、サービスの範囲はどこまでなら問題ないかの確認と、源氏名を決めてからお店の情報ページに載せる写真を撮っただけだ。基本的に女性であれば誰でもウェルカムらしい。因みに情報ページの写真は顔を隠すかどうかを本人が決められるというので顔は伏せてもらい、源氏名は〝セントルイス〟に決定した。

 少し気になったのは店長やオーナーといった責任者が出てこなくて、普段は受付や電話対応をしているというアルバイトの若い男性のスタッフさんが対応したことだった。


 そして、実際に働く前に細かい仕事内容の説明や店内の案内を先輩がしてくれることになった。

「それではアリゾナさん、セントルイスさんの案内をお願いします」

「わかりました」

 スタッフさんにアリゾナと呼ばれたその女性は、長くてキレイな黒髪をストレートに伸ばした、身長百五十五センチぐらいの女性だ。ぱっと見、副隊長と同世代ぐらいに見えるが、おそらくは三十代の……もしかしたら後半かもしれない。いかにも仕事できますって雰囲気の女性だ。おそらくは大人の色気や魅力を売りにしているのだろう。

 二人で店内を歩きながらどこにどういう部屋、あるいは設備があるのかを教えてもらう。実際の仕事場である個室の一つに入ってから、アリゾナがお店のルールについて説明してくれた。

「まず、絶対にやっちゃいけないのは自分の本名や連絡先等の個人情報をお客さんに教えること。いろんな人が来るわけだから、中にはちょっと危ない人なんかもいたりする。だから自分を護るためにもこれだけは絶対に忘れないで」

「はい、わかりました」

「それと逆に、お客さんに対してもあんまり個人的なことは訊かないこと。リピーターになってくれてある程度仲良くなったのなら多少は良いけど、そこは少しずつ、探り探りね。いきなりはさすがに失礼になっちゃうから」

 基本的には他の接客業と大して変わらないようだ。

「あなたはサービス内容が通常接客だけね。それ以上はおさわりも禁止だから、もし何かしてきそうなお客さんには常に警戒を怠らないこと。あんまり目に余るようならさっきのスタッフさんに言えば今後は出禁にしてくれるし、もし無理やり暴力行為をされそうになったら、ここと、ここと、ここに非常ボタンがあるからすぐに押しなさい。スタッフさんがすぐに駆けつけてくれるから」

「はい、覚えておきます」

 防衛軍の隊員であるわたしに勝てる一般人がどれだけいるかはわからないけど、バニヤン星人であるわたしは人間よりも非力なことが多い。万が一ってこともあるかもしれないのでしっかり覚えておこう。

 因みに通常接客とはドリンクを提供してお話するだけの接客のこと。それ以上の風俗店的な接客のことは特別接客と呼ばれている。

「それから、〝公開日記〟は面倒でも毎日書きなさい。出来れば朝昼晩の計三回。日記をこまめに書くかどうかで集客率はかなり変わるから。それに、ほぼ毎日書いていればお店からご褒美がもらえるよ」

 公開日記とはお店の情報ページに載せる画像付きの文章のことで、お店の女性がお客さんに自分のことを知ってもらうためのツールだ。

 お客さんは当然のことながら自分好みの女性を選びたい。しかし、情報ページの女性の写真やプロフィールだけではよくわからない。だから、日記を見ておくことで「この子とは気が合いそう」「この子は真面目そうだから接客が丁寧かも」といった感じで女性を指名する際の指標にする、ということらしい。

「実際の接客に関しては……言えることは特にないかな。お客さんによって求めることが全然違うし、もしあなたが通常接客以上のこともするのならテクニックとかアドバイスできることもあったんだけど……。一応確認しておくけど、通常接客だけだと集客自体がかなり難しいからあんまり稼げないと思うけど、そこは問題ない?」

「はい、特に問題ありません」

 稼ぐためではなく潜入調査のために来ているので別に問題ない、とは言えないので適当にはぐらかしておく。

「ふうん。まぁいいや。もし方針を変えるならさっきのスタッフさんに言いなさい。それと、最初のうちは新人補正で指名してくれる人がちらほらいると思うから、できる限りその人たちにリピーターになってもらえるように頑張りなさい。それと、それなりに好意的な雰囲気のお客さんには積極的に〝オキニ登録〟してもらうのと〝レビュー〟を書いてくれるように頼みなさい」

 オキニ登録とは、お客さんがお店の女性をお気に入りとして登録することだ。登録するとそのお客さんのアカウントのオキニ一覧の画面に載るらしい。このオキニ登録者数が女性のステータスとなるわけだ。

 レビューとは、お客さんがお店の情報ページに載せる女性とお店に対する評価のことだ。評価とはいっても基本的には良いことが書いてあるものだけがお店の判断で載ることになるので内容はかなり偏っているのだが、このレビューの数も女性のステータスとなる。

 簡単にいえばオキニ登録者数とレビューの数が多い女性ほど人気があることになるわけだ。

「連絡先を交換しておきましょう。また何か訊きたいことや困ったことがあれば遠慮なく言って。ワタシの方でも気付いたことがあれば伝えるから」

 こんな具合にこの日の説明は終わり、翌日からわたしのセントルイスとしての日々が始まった。


 まず、出勤したらその日の自分に割り当てられた個室を確認して部屋に入り準備をする。と言ってもわたしは通常接客だけなのでドリンクの準備と軽く掃除をするぐらいで、特別接客をする人のようにあれこれ準備をする必要はない。

 シフトの提出は毎週火曜日で、翌週の月曜日から日曜日までの分を出す。このシフトは割と後から融通が利くようで、直前になって「やっぱり休みたい」と言えば普通に休めるし、逆にシフトを入れたい場合も女性の数より部屋数の方が多いからどうとでもなる。早めに出すのは情報ページに出勤スケジュールを予め載せておくことでお客さんに来てもらいやすくするためだ。お客さんは早めにお目当ての女性の出勤スケジュールを知れたら予定を立てやすくなるので、少しでも来客数を増やすためにこういうシステムになっているのである。


 アリゾナの言う通り、最初は新人ということで物珍しさから指名してくれる人が何人かいた。なんでも、この手の仕事は入ってもすぐに辞めてしまう人が多いため、少しでも気になったらとにかく指名しておくのが常連客の鉄則らしい。

 公開日記は言われた通りに朝昼晩と毎日書くようにした。そして実際に書いてみてわかったが、これは自分をアピールする場であると同時に、お客さんとの意思疎通を図るツールであるようだ。

 お客さんには連絡先等を教えられないため、実際に会っているとき以外お客さんにはこの日記を通じて自分のことを知らせることになる。お客さんは自分のアカウントを作ってオキニ登録をした女性の日記に対して一日一回〝既読〟をつける機能があるので、直接会った時に自分のアカウント名を教えておけば女性に日記を見たことを知らせることができるのだ。

 毎日日記を書いていると当然の事ながらネタに困る日が出てくる。そんな時に助かるのが〝お客さんからの質問〟だ。お店の方でお客さんから女性への質問を募集しそれを情報ページの中に載せているので、日記のネタに困った時はその質問の中から適当に選んで答えるのである。女性は日記の更新がしやすくなるしお客さんは女性から生の情報を得られるので双方にメリットがあるのだ。

 日記を書く上で気を付けたのは読んだ人が不快にならない文章にすることだ。いろんな人が読むので言い出せばキリがなくなってくるのだが、最低でも誰かをバカにするような表現や上から目線の発言等は書かないようにした。お客さんに対して直接発信した言葉ではなくても、それを自分の事のように感じたり性格の悪さを感じ取ったりする人は少なからずいるからだ。きっとお客さんは日記から、書いてある内容以上のことを読み取っていると思う。

 そしてこれはもちろん、実際に来店されたお客さんを接客する際にも同じことが言える。誰かの悪口を言えばそれはいつか必ず自分に返ってくる。その誰かに百パーセント非があるような場合は別だけど。


 そうしてわたしは着実にオキニ登録者数とレビュー数を増やしていった。人気が人気を呼ぶとはよく言ったもので、この二つが増えれば増えるほどわたしを指名するお客さんの数もまた増えていった。

 このお店には月間指名者数ランキングという制度がある。お客さんから指名予約された数で順位をつけるのだ。働いている女性の数はそれなりにいるので最下位までつけることはないが、トップファイブまでは毎月発表されている。


 お店に潜入捜査で入って約一ヶ月。わたしはこのお店の月間指名者数ランキングで一位になった。


 ここまでは潜入捜査のための地盤固め。わたしはひとまずこのお店の一員として溶け込むことに成功したと言えるだろう。

 普通、潜入捜査といえば目立たないようにするのが鉄則だと思われるだろうが、わたしはあえてランキング一位という特に目立つポジションを選んだ。その理由は大きく分けて二つ。

 まず一つ。指名予約をたくさん取るにはまず、自分がお店に可能な限り長時間いる必要がある。逆に言えば、予約がたくさん入る人気嬢になれば店に長時間居ても怪しまれない、むしろ居るのが自然な状態になるのだ。お客さんが帰ってから次の準備を手早く終わらせればそれだけ店の中を調べる時間が取りやすくなるので、目立つリスクよりもメリットの方が大きいのだ。

 もう一つの理由は単純だ。お客さんが大勢来てくれればそれだけ多くのお客さんから情報を得ることができる。お客さんの中には何年も前からずっと通っている超常連さんなんかもいるので、お店の女性はもちろんスタッフさんのことまで聞けるのだ。


 お客さんからの情報だと、お店の女性で気になる人はほとんどいなかった。つまり、少し気になった人はいた。

 初めてお店に来たわたしにいろいろと説明してくれたアリゾナ。彼女はどうやら以前はもっと人気があったらしい。ランキングに入る程ではないが、根強いファンが数人いたようだ。彼女が日記に書いていた好きな物を毎回差し入れしていて、彼女も貰った物を写真に撮って必ず日記に載せていたからわかるらしい。その頃は予約のない日がずっと続くということは無かったそうだが、最近は出勤しても待機中になっていることの方が圧倒的に多い。その差し入れの画像も見なくなって久しいそうだ。

 話をしてくれたお客さんはアリゾナの予約をしたのが随分前のことで、自分にはハマらなかったからその一回きりになってしまったという人ばかりだったので、何故客足が落ちてしまったのか理由はわからなかった。

 ただ、少し気になる話があった。ここ数か月以内にアリゾナは出勤日直前になって急にスケジュールを変更することが何度かあったらしい。詳しいことはわからないが、お店非公式の匿名掲示板で愚痴っている人がいて、もしかしたらそれが人気が落ちた理由と関係あるかもとのことだった。

 もし彼女が侵略者だとしたら、その頃から本格的に行動を開始したと考えられないこともないが、それならもっと頻繁に休むか、いっそお店を辞めそうなものだ。これに関してはもっと調査する必要があるかな。


 それと、女性以外で気になったのが一人。アルバイトのスタッフさんだ。どのお客さんがいつ来ても、あのスタッフさんが受付も電話もすべて対応しているらしい。年中無休のこのお店で責任者でもない人が常に一人で対応しているのはさすがにおかしいし、それ以前に休みが全く無いのは法律に引っ掛かる。


 ついでに、これはどちらかというと怪談話の類だが、なんでもこのお店には子供の幽霊が出るらしい。ここで働いていた女性が閉店後に何かの用事でお店に戻ったところで子供のような小さな人影を目撃したそうで、しかしその女性が人影を追っていくとホスト端末が置いてある事務室の中で消えてしまったそうだ。


 空いた時間にお店の中を調査してみたところ、アリゾナは自分のシフトが終わった後もしばらく店の中にとどまっていたり、店を出て少ししてから閉店後にこっそり戻ってきたりしていることがわかった。

 アリゾナのことをできるだけ詳しく調べたいが、日記は九十日経つと消えてしまうシステムだから一般の端末からだとそれより前のものは見られない。事務室のホスト端末ならそれ以前の日記のデータはもちろんトラブルやクレームの類、出勤スケジュールも含めて全部見られる可能性はあるが、ホスト端末にはロックがかかっていて()()()()だとデータを見ることはできない。

 わたしは事前に渡されていた遠隔装置をお店のホスト端末に取り付け、SHARK用の通信端末で本部に連絡する。

 わたしには機械のことならなんでも対応できる超優秀なエンジニアである上司がついているのだ。

「副隊長、ホスト端末のロック解除をお願いします。 遠隔装置は設置済みです」

『あいよー』

 副隊長がホスト端末を調べている間にわたしはこの事務室を調べる。本来ここに用事があるのは受付のアルバイトスタッフさんだけで、女性たちが来ることはない。ならば、そんなに複雑な仕掛けはないはずだ。

 案の定、少し探ってみただけで目当てのものはすぐに見つかった。軽く探ってみて必要最低限の情報を手に入れると同時に、副隊長から『終わったでー』と連絡が入った。その場で全てに目を通せるような量ではないのでコピーだけ取って後でじっくり確認しよう。


 その日の帰り、わたしは受付のスタッフさんに話しかけた。アリゾナのことを訊きたかったのと、この人自身について確認したかったからだ。

「アリゾナさんですか?」

「はい。わたしが入ったときにお世話になった方ですから、なんか気になってしまって。あまり事前予約が入っていないようなんですけど、何かあったのでしょうか?」

「ああ。確かに最近は待機中に予約なしで来た人の接客をするのがほとんどですね。三年前にお店に来てからしばらくは週四日ペースで出勤されていたのでもうちょっと人気があったのですが、一年前から他の仕事をメインでするようになって、この店の出勤は週一日だけになりましたからそのせいでしょう。出勤が少ないとどうしても会いに来れるお客様は限られてしまいますから」

「他の仕事をされているんですね」

「ええ。こういう仕事は副業としてやる人も多いのですが、このお店は珍しく他の仕事と兼業する人はアリゾナさん以外にはいませんね」

「そうなんですね。ところで、出勤日数が減ってからもずっとアリゾナさんを指名し続けていた根強いファンが何人かいたと聞いたのですが」

「ええ。出勤が週一日になってもずっとご来店されていたお客様はいましたが、いつしかその方々も見なくなりました。流石にその理由まではわかりかねますが」

「少し前に出勤直前になってスケジュール変更をしたと聞いたのですが、それは関係あると思いますか?」

「絶対にないとは言いきれませんが、どうでしょうね。二年前に体調不良で前日にスケジュール変更してお休みした際には特に影響はありませんでしたし、当日になって出勤キャンセルする女性もいますのでそれに比べればアリゾナさんはまだマシな方ですから。それも何度も続けば流石に影響は出るでしょうが、まだそこまで頻繁というわけでもありませんからね」

「最近予約せずに来てたまたまアリゾナさんに入ったお客さんで、そのままリピーターになった人はいないんですか?」

「いないことはありませんが、その方もすぐに見なくなるか他の女性に流れてしまいますね」

「そうですかー」

 このお店で働く女性はだいたい二十から三十人。その女性たちにそれぞれお客さんがついている。全員合わせれば膨大な数になるはずだ。その中の一部の人達について何も見ずにこれだけスラスラ出てくるとは、この人……。


 こうしてわたしはお店の内部から情報を確実に集めた。わたしは副隊長のような天才ではないが、情報があればとりあえず仮説をいくつかひねり出すことはできる。後はその仮説をもとに調査して検討していくだけだ。


 ある日、わたしとアリゾナの退勤時間が同じだった日のこと。ちょうどお店を出るタイミングも一緒だったので少し話をした。

「ランキング一位おめでとう。あっという間に追い抜かれちゃったね。まさか通常接客だけでランキング一位になれるなんて思わなかったよ」

「ありがとうございます。最初にアリゾナさんからアドバイスをもらったおかげです」

「謙遜しなくていいよ。ワタシが話したことなんて自分が入ったときに先輩から言われたことの受け売りだし」

 そう言われてしまうとわたしには何も言えない。

「ワタシがあなたの案内係になったのだって、単にそのときワタシに予約が入っていなかったからだよ。あなたのときだけじゃない。他の子が入ったときもだいたいそう。それなりにこのお店にいるのにあんまり人気がないから打って付けなんだよね」

 そう言って、自嘲気味にアリゾナは笑った。

「何かそうなった原因に心当たりはないんですか?」

「あればとっくに対策してるよ。本当になんでかな、気付いたら何度も来てくれていたリピーターがみんないなくなってたよ」

「そう……ですか」

 彼女が侵略者ならそのお客さんたちは彼女にどうにかされた可能性があるが、今の彼女は演技をしているように見えない。もし何か原因があるとしたら……。


 アリゾナと別れて一人になってから、まだ全てを見れていなかったホスト端末のデータを確認する。主にアリゾナの日記と出勤スケジュールだ。彼女に何があったのか、恐らく全てはここに答えがある。

 いくつか出していた仮説を次々と潰していく。そして最後に仮説がひとつ残った。これが正解かどうかはまだわからない。

 わたしはSHARK用の通信端末を取り出して必要なデータを送り、本部に連絡する。

「副隊長、調べてほしいことがあります」


 数日後、閉店後にわたしは退勤したフリをしてお店の中に留まった。照明が完全に落ちた暗闇の中、事務室の音が聞こえる位置に陣取る。

 やがて、お店の出入口のドアが音を立てないようにゆっくりと開いた。こっそりと人が入ってきて、事務室に向かって歩いてくる。

「こんな時間にどうしたんですか、アリゾナさん?」

 入ってきたアリゾナに声をかける。今日もアリゾナは不審な動きをしているが、これは想定の範囲内だ。

「あなたこそ、どうしてこんな時間に?」

「そんな堂々と気配を出していたら、怪しい人物は出てきませんよ」

「――っ!? あなた、一体……」

「それより、こっちに来てください。……そう、ここで息を潜めてください。ここならアリゾナさんでも気配を気取られることはありません」

 そろそろ問題の時間だ。息を潜めて待つこと数分。事務室の中からゴソゴソと音が聞こえた。

 わたしは太ももに取り付けていたシャークガンを取り出す。それを見たアリゾナは驚愕の表情を浮かべた。

 勢いよく事務室に突入し、壁際の照明スイッチを点けてからシャークガンを構える。

「動くな! わたしは防衛軍精鋭部隊SHARKだ!」

 正体を名乗ったわたしに外で固まっていたアリゾナがさらに驚く。

「防衛軍!? っていうことは……」

「はい。アリゾナさん、防衛軍への通報ありがとうございます」

「どうしてそれを!?」

「防衛軍に通報した人は見知らぬ怪しげな星人だと言っていたそうです。お店に人がいたならたとえそれが星人だったとしても普通はそのお店の人だと思うはず。見知らぬ怪しげな星人だと思うのはそのお店の内部の人だけ。通報して防衛軍が来れば場合によってはお店が営業停止になるかもしれないのに、それでも通報できるのは他の仕事をメインでしていてここの収入が無くなっても生活には困らないアリゾナさんだけです」

「な、なるほど」

「たまたまお店で不審な星人を目撃して、防衛軍に通報したのに全然来る気配がなくて、仕方がないから自分で調べてたんですよね? ごめんなさい。実はこうしてこっそりと来て調べてました……あの星人を」

 事務室の中にいたのは、見た目が十歳ぐらいの少年に見える星人だった。怪談話の幽霊の正体はこういうことだったのだ。

「……何故わかった? 何かあった時のために身代わりを用意しておいたはずだが」

「アルバイトスタッフさんのことですか? あれはあなたが創った人型アンドロイドでしょ? この事務室を利用するのは彼だけって状況にしておけば何かあっても疑われるのは彼になる。店長ではなくアルバイトの地位にしたのは、万が一このお店に調査が入って取り調べを受けても『ただのアルバイトなので難しいことはわかりません』って言わせて時間を稼ぐためでしょう?」

 じゃあ責任者はどこだってなっている間に手の届かないところまで逃げているって寸法だ。自分の見た目がこの星基準だと子供に見えるから変に目立ってしまうのを避ける目的もあったのかもしれない。

「受付のスタッフさんが、アンドロイド……?」

 アリゾナは彼が人ではなかったことに驚いているようだが、むしろ今まで疑問に思わなかったことの方がびっくりだ。

「何年もの間、一日も休まず開店から閉店まで十三時間も働き続けて、さらに働く女性やそのお客さんのことまで漏らさず記憶している人なんていてたまりますか。全部、彼が機械だからできることです」

「はぁ……」

 わたしはシャークガンを構えたまま再び星人を問いただす。

「出身星と名前は?」

「ケント星のシャパンだ。見ての通り丸腰なので撃たないでもらいたい」

 シャパンはそう言って両手を上げた。

「お客さんの情報からこの星の住民のことを調べていたのはこの星を侵略するため?」

「さて。ワシはあくまで情報を集めて売るのが仕事なものでな。この情報を元に顧客が何をするのかまでは知ったことではない」

「情報屋か。それならその顧客の情報を話してもらう。防衛軍まで来なさい」

「悪いが、顧客の情報は極秘事項だ。仕事の信用に関わるので話す訳にはいかない。この場は退散させてもらう」

 そう言うとシャパンはわたしが引き金を引くよりも早く前傾して猛スピードでこちらに突っ込んできた。

「そこを退けぇっ!!」

「セントルイスさん!!」

 後ろから成り行きを見守っていたアリゾナが叫ぶ。

 シャパンはわたしを押し退けようと手を伸ばしてきた。わたしはその手を絡め取り、力の流れに逆らわないようにして関節をきめ、シャパンの身体を組み伏せた。

 SHARK入隊時、副隊長から仕込まれた直伝の技だ。バニヤン星人のわたしはできるだけ真っ向からの格闘戦は避けるよう言われているが、現場ではどうしても避けられない場面は必ず出てくる。そういう時のために護身術を叩き込まれているのである。

「わたしを見た目通りのか弱い女の子だと思った? さっきも言ったようにこれでもSHARKの隊員なんで、無駄な抵抗はやめて大人しく連行されなさい」

 それからわたしはドアの外にいるアリゾナに向かって声をかける。

「アリゾナさん、応援が来るまでドアを閉めて外で待っていてください。それまでは決して開けないようにお願いします」

「わ、わかった!」

 これでシャパンの()()()()退路は絶った。

「ふん、これでワシを捕らえたつもりか。良いことを教えておいてやる。こういう時の為に切り札は隠しておくものだ」

 そう言ったかと思うと、シャパンは「センコウ!」と叫び出した。

 センコウ……閃光!?


 音声入力か!?


 そう思ったのも束の間、シャパンが腕に装着している装置が突如発光した。突然のことに目が眩んだわたしの拘束は一瞬だけ緩くなる。その隙をついてシャパンはわたしを振りほどいて逃れた。

「ワシを閉じ込めたつもりかもしれんが、まだまだ考えが甘いわ!」

 そんな言葉が聞こえるが、それも足音と共に遠ざかっていく。目が眩んだままのわたしはすぐさまSHARK用の通信端末を起動した。

「副隊長、そちらに行きました。後はお願いします」

『了解! フラッシュ・スター、スタートアップ!!』

 通信端末からは副隊長がブレイダーに変身する声が聞こえてきた。

 次第に視界が回復してきたので辺りを見回すと、事務室の中にシャパンの姿はない。予想通りだ。

「切り札は隠しておくもの……ですか。その言葉、そっくりお返ししますね」

 先日ここのホスト端末を調べた時にこの部屋の隠し扉は見付けていた。それがどこに通じているかも確認済みだったので、ドアの外には副隊長に待機してもらっている。

 さらにお店の外は防衛軍がぐるっと取り囲んでいるはずなので、どう足掻いてもシャパンに逃げ場はない。まぁ今頃ブレイダーが斬り伏せていることだろう。今回は侵略罪ではなく侵略幇助罪で犯罪者の処刑は認められていないし、誰からの差し金かを問い詰める必要があるので殺していないことを願うばかりだ。


 わたしはドアを開けて外で待っているアリゾナに声をかける。

「終わりましたよー」

「セントルイスさん……無事で良かった」

 どうやら心配してくれていたようだ。これでも防衛軍、それもSHARKの隊員なのであの程度の相手に遅れを取ることはないのだが、気持ちは素直に嬉しい。

 そんな優しいアリゾナだからこそ、どうしても今のまま放っておけないのだ。

「アリゾナさん。少しお話したいんですけど、いいですか?」

「? ええ、構わないけど……」

「ありがとうございます」

 わたしは潜入捜査用の通信端末を取り出し、データを表示する。

「わたし、アリゾナさんがこれまでに書いた公開日記を全て読ませて頂きました」

「え? 全部って……でも、日記は九十日で消えるはずじゃ――」

「はい、本来は読めません。でもこのお店のホスト端末にはデータが残っていました。おそらく、日記の内容もこの星の住民の貴重な情報源なのでじっくり調べるために残してあったのでしょう」

「そうなんだ……」

 それが今回はわたしにとってもありがたい結果となった。

「アリゾナさん。あなたのお客さんが離れていった件ですが、もしかしたら日記が原因かもしれません」

「……どういうこと?」

「そうですね。まずは……順を追って話しましょうか。アリゾナさん、二年前に体調を崩して声が出なくなって、出勤予定だったのをお休みしたことがあったのは覚えていますか?」

「え? ええ、覚えているけど……」

「では、その時に日記になんて書いたかは覚えていますか?」

「ええっ? そこまではさすがに……。たぶん前日に『明日はお休みします』とか書いたんじゃない?」

「内容的にはそうですが、そんなに雑じゃありません。出勤予定だった日の前日にアリゾナさんはこう書いています」


『明日は出勤予定でしたが、まだ声が戻らないためお休みさせて頂きます。もし行く予定してくれている方がいたらごめんなさい』


「これについてどう思いますか?」

「どうって言われても……そんなバカみたいに丁寧に書いてたんだなぁとしか」

「そうですか。わたしは非常に感心しました。まず最初の『出勤予定だったけど体調不良で休む』と明言している箇所。この一文でアリゾナさんは自分が出したスケジュールにとても責任を持っていると感じましたし、お客さんに対して説明責任をしっかり果たしていると思います」

「責任って、そんな大げさな……」

「事前に出勤スケジュールを公表するのは何の為ですか? お客さんに『この日出勤するからよかったら来てください』っていう意思表示でしょう? つまり、スケジュールを出した以上()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あなたと、お店と、お客さんのものです」

「ーーっ!?」

「それと次の、行く予定をしているお客さんに対して謝っている箇所。いるかどうかもわからないのに、もしそういう人がいたらとちゃんとお客さんのことを考えているのがわかります。それに急なスケジュール変更に対して本当に申し訳なく思っているのが伝わってきます。だから自然と『今回のことは本当にイレギュラーなんだ。なら体調が良くなればその後の予定は大丈夫そうだな』って思えます」

「……」

「それでは次、半年程前の日記です。過去の出勤記録や少し前の日記を見る限り、この時アリゾナさんは二日前になってスケジュールを変更しています。覚えていますか?」

「ええ、一応は」

「この時のアリゾナさんは出勤予定だった日の前日に日記でこう書いています」


『明日は久しぶりにお休みを頂きます。一日ゆっくり過ごして体力を回復させようと思います』


「私が気になったのは二点。ひとつは、スケジュール変更をしたのは二日前なのにどうしてその日のうちに日記でそのことを書かなかったのか。その日の日記はいつも通りの何気ない日常を書いたものでした。他に書くべきことがあるでしょう? って思います」

「そんな……」

「もうひとつは書き方です。スケジュール変更をしたことには一切触れずただ休むとだけ書いています。これって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……だから?」

「つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです。意図したことかどうかはわかりませんけどね」

「……日記をどう書こうとワタシの自由でしょ」

「はい、それはもちろんそうです。でもその日記を読んでどう解釈し、どう思うかもそれぞれの自由です。この日記からは以前のような自分の出したスケジュールに対する責任も、変更することに対する申し訳なさも感じられません。それでどうして次回からのアリゾナさんの出勤スケジュールを信用することができるでしょうか」

「そんなの……」

「その一回だけならまだ良かった。忙しくてたまたまそんな書き方になってしまっただけかもしれませんし、日記を読む限り『よっぽど疲れていたんだな』とも思えますから。しかしアリゾナさんはその僅か二か月後にも似たようなことをしていますね。その時は休むのではなく出勤時間を二時間遅らせています。そしてこの時もアリゾナさんは日記できちんと説明をせず、最初からその時間の出勤予定だったかのような書き方をしています。せめて当日でもいいから『急なスケジュール変更になってしまってすみません』みたいな一言があればよかった。そう、たった一言書くだけでよかったのに」

 アリゾナの顔色がだんだん悪くなっているが、ここでやめるわけにはいかない。アリゾナの為にも、()の為にも。

「もしその日、あるいはその時間にアリゾナさんに会いに行くのをずっと前から楽しみにしていたお客さんがいたとしたら、日記を読んでどう思うでしょうか? 二年前のような日記であれば、それなら仕方がないとか、アリゾナさん大丈夫かなとか、わたしならそう思ったでしょう。しかし今年書いたような日記では、楽しみにしていた人ほどただ単純に腹が立つと思います。お客さんに対して何の説明もできていませんし、誠意が全く感じられません。それは、そういう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと思います」

「ーーっ!?」

「つまりアリゾナさんは、()()()()()()()()()()()()()んですよ」

「……でも、信用なら今まで積み上げてきたものがーー」

「アリゾナさんって一度積み上げた信用は永久不滅のものだと思ってるんですか? そんなはずがないでしょう。信用とは時間をかけてコツコツと積み上げなくてはいけない割に期限が短いから常に更新し続けなくてはいけないし、非常に不安定なものだから()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものです」

「……でもそれなら、ワタシに直接そう言ってくれればいいじゃない。なんでみんな何も言わずに離れてーー」

「お客さんがアリゾナさんに意見を伝えるには直接会って話すしかありませんが、アリゾナさんと会うにはお金が発生します。わざわざお金を払ってそんなことを言いに来る人なんているはずがないでしょう。お客さんに甘え過ぎです」

せめてお店のシステム内でアリゾナ本人に連絡を取れるような何かがあればよかったのだが、ないものは仕方がない。おそらく女性を守るためにあえてそういうシステムにしているのだろうし。

「アリゾナさんは過去に“お客さんからの質問”の『自分はどういう性格だと思いますか?』という質問に『クソ真面目な性格です』と答えています。その根拠として何を書いたかは覚えていますか?」

 アリゾナは黙って首を横に振った。


『自分が出したスケジュールは極力守るようにしています。もしも変更するとしたら余程のことがあった時です』


「アリゾナさん、余程のことがあったからスケジュールを変更して休んだり時間を遅らせたりしたんですよね? なのにそのことを日記で知らせないんですか?」

 アリゾナは片手を額に当ててうつむいてしまっている。自分が無自覚に書いた日記が自分の首を絞めていたとは思わなかったのだろう。

「誰にだって体調や都合が悪くなって仕事を急遽休んだりすることはあります。そんなことはお客さんだってみんなわかってます。だから稀なスケジュール変更自体は別に問題ではありません。なのにそれをわざわざ隠すようなことをしたら印象悪いに決まってるじゃないですか」

 ここでわたしはアリゾナの日記で最後に気になったところを伝える。

「ついでに、アリゾナさんは過去にこんなことも日記に書いています」


『ワタシが日記を毎日頑張って書いているのは、お客さんに自分のことを知ってもらうためです。このお店のシステムだと日記でしかその手段がないので一生懸命書いています。もし日記を読んでワタシに興味を持って会いに来てくれたらすごく嬉しいです』


「アリゾナさん、あなたは日記を読んでどんな自分を知ってもらいたいと思ったんですか? そもそも誰に向けて書いているのですか? わたしに『日記は集客に繋がるから毎日書くように』って言ってくれましたけど、何を書いてもいいわけではありませんよ?」

「まだ日の浅いあなたに、この仕事の何がーー」

「何がわかるのか、ですか? 働いたこの一か月で指名ランキング一位ですけど」

「くっ……そんなの、あなたが防衛軍のエリートだからできるんでしょ。本音ではワタシたちみたいな風俗嬢のことなんて馬鹿にしてるんじゃないの!?」

 ああ、そういうことを言うのか。……これは言うとやたらと同情されるからあまり人に話したくないことなんだけど、言わなければわたしの言葉は届きそうにないか。

「……わたしの母は風俗嬢でした」

「……え?」

「このお店と違って通常接客とかのない、完全な風俗店で働いていました。一人でわたしを育てるために。父はいませんでした。理由は聞かなかったのでわかりません。わたしも家計を支えるためにずっと子供でもできるアルバイトをいろいろしていました」

「……そう。一生懸命育てたあなたが防衛軍のエリートだなんて、さぞかし喜んだでしょう」

「母は三年前のあの時に亡くなりました。だからわたしは防衛軍に入ったんです」

 本当だったらわたしは風俗店ではないとしてもどこか接客業のお店で働く予定だった。あの事件のせいで随分と人生が変わってしまった。

「そう、ごめんなさい」

「別にかまいません。それに、入ってからも大変でした。わたしはバニヤン星人だから他の人たちよりも非力で、戦闘には向かないので……」

「それなのに今はSHARKの隊員として、さっきもあんなに立派に戦って……相当努力したんだね」

「わたしのことは別にいいんです。それよりアリゾナさん、どうして変わってしまったんですか? 出勤日数が減ってからもあなたを指名し続けてくれたお客さんたちは、きっとあなたの〝クソ真面目なところ〟が好きだったんだと思いますけど」

「……そんなのわかんないよ。ワタシはずっと真面目にやってきたつもりだった。自分が変わったなんて思ってもみなかった」

「他の仕事をするようになって、ここでの仕事が副収入程度になったことでアリゾナさんの中でお客さんの価値が下がってしまったのでしょうか。それとも出勤日数が減ったことでお客さんの数も減ったから、日記も『読む人が少ないからまぁいいか』と手を抜くようになったのでしょうか」

 それとも、いつしか日記を()()()()()()()()()()()()()書くようになってしまったから、そのお客さんが来た後のしばらくはスケジュール変更があっても配慮する必要がなかったのでしょうか。と、これは最後の情けで口に出すのはやめておいた。

 スケジュール変更をした日の約二週間前には、どちらも共通の差し入れ画像が載っているお礼日記が書かれていた。ほぼ間違いなく同じお客さんだろう。そのお客さんはどうやら二~三ヶ月に一回のペースで来ていたようなので、スケジュール変更をした日は来なかったと予想できる。とはいえ、これは全く根拠のない、わたしが日記を読んで想像しただけの話だ。

 だからそれを言う代わりに、ここでちょっと爆弾を投下しておこう。

「実は、アリゾナさんが日記に載せていた好きな物をいつも差し入れしていたお客さんに先日会ってきました」

「はぁっ!? なんで、っていうかどうやって!?」

「防衛軍の権力をフルに使って、とだけ答えておきます」

 副隊長に日記の画像と、その日の来店記録やお店の防犯カメラの映像等を送って調べてもらった。流石に自宅や職場の特定は防衛軍でなければできないことだった。

「いろいろお話を聞いてきました。やはりアリゾナさんに会いに来なくなったきっかけは、日記からアリゾナさんが変わってしまったと思ったからだそうです」

「……そう」

「ただ、こうも言っていました。『このお店非公式の匿名掲示板で、アリゾナさんのことを悪く書いてしまった。だからもう合わせる顔がない』って」

「えっ……」

「それと、これはもうわたしの完全な独り言なんですけど、オキニ登録を解除して既読をつけれなくなっても日記を読むだけならできますよね。今の素直な気持ちを書いてみたらかつてのお客さんにも伝わるかもしれません」

「……でも、そんなの今更ーー」

「そう思うのなら別にいいですけど、書いて損はないと思いますよ。少なくともこれから来る新規のお客さんには好印象を与えられると思います。それと、アカウントの名義ってどのネットワークサービスでも同じものを使う人が多いんですよね。だからかつてのお客さんも()()()()()()()()()()()()()()()()、利用者の多い()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思われます。もしアリゾナさんに相手と話し合いたい気持ちがあるのなら、諦めるのはまだ早いかもしれません」

「っ!? それって……」

「あと、これもおまけで言っておきます。アリゾナさんの日記、ところどころ鼻につく表現がみられます。それもお客さんが減った原因かもしれないので直したほうがいいです」

「えっと……どういうところ?」

「他の仕事のことで嬉しかったことや愚痴を書くのはいいんですけど、書き方がちょっと……。素直に『仕事が早いって褒められて嬉しかった』って書けばいいのに、『どうやらワタシ、仕事が早いみたいです』って、自覚はなかったような表現だけど承認欲求丸出しでみっともないです」

「は、はい……」

「それとは逆に愚痴というか誰かの悪口の場合、そのまま書くとアリゾナさんの性格が悪く見えるだけです。『自分に非は少しもなかったか』、『もっとこうしたほうがわかりやすかったか』といった感じで悩んでる書き方にすればとても思慮深い印象を与えられます。あ、セクハラしてきた人に対しては思いっきりボロクソに書いても大丈夫ですよ」

 セクハラに関しては相手に情状酌量の余地はないからね。

「ありがとう。でも、このお店はどうなるんだろう? 責任者は悪い星人だったみたいだし、もう営業はできないんじゃない?」

「少しの間は営業停止になると思いますけど、新しい責任者を立てればまた営業できると思いますよ。……ね、スタッフさん?」

 気付けばわたしとアリゾナの近くにアンドロイドのスタッフさんが来ていたので声をかけてみた。

「確かに営業は再開できるかもしれませんが、まさかボクが新しい店長ですか?」

「他に誰がいるんですか? 犯罪者に作られたとはいえあなたには何の罪もありませんし、このお店のことを誰よりも知っているのはあなたでしょう? 経営のことだってこれまでのデータがあればなんとかなるはずです。頑張ってください……あ、わたしは防衛軍に戻るので今日で退職しますけど」

「それは残念です。あなたは最速でランキング一位になったこのお店の生ける伝説なのに」

「わたしとしてもちょっと残念ですけど、防衛軍は副業禁止なんですよねー」

「そうですか。それでは最後にひとつお願いがあります」

「なんでしょうか?」

「ボクに名前を付けてくれませんか? 作った人は名付けてくれませんでしたし、他の方もみんなスタッフさんとしか呼びませんし……」

 スタッフが一人だけだから区別する必要もなくて、みんな名前を知らないことを失念していたようだ。

「そうですね……では、〝シャメリー〟なんてどうでしょう?」

「シャメリー……いい響きですね。気に入りました」

「それはなによりです」

 そんなこんなで、わたしの潜入捜査はこうして幕を下ろしたのだった。




 後日、報告書の提出を終えて潜入捜査用に使っていた通信端末を処分しようとしたところ、一件のメッセージが入っていた。

 差出人はアリゾナで、内容は簡潔に『ありがとう』の一言だけが記されていた。

今回のお話に出てくるお店や登場人物に特定のモデルは存在しませんが、公開日記等のシステム面は実在するものを参考にさせて頂きました。

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