レーベ師範の苦手克服
A
「失礼しまーす」
本日の実技訓練でティーレと組み手をしていたレーベだったが、いつもなら問題なく避けれたはずの一撃をもろに食らってしまい軽い出血沙汰に。そんなレーベを連れて私は医務室へとやって来た。
室内に入ると、ニーミが室長から直々に何かを教わっているようだった。
「お疲れ様です、八神副隊長、レーベ隊員」
「お疲れ様です。部下が怪我をしたので手当てをお願いします」
「かしこまりました。ニーミさん、お願いします」
「はい、室長」
ニーミがレーベを医務室の奥へと連れていく。少し前まではたどたどしかった動きから迷いが消えて、随分と頼もしくなったものだ。
「彼女、少しの間にかなり成長しましたね」
「ええ、本当に。最初の頃はどうなることかと思いましたが、今やすっかり戦力の一員です。教えることで逆にこちらが教わっていることもあったりするので指導することがどんどん楽しくなっています。これも八神副隊長のアドバイスのおかげです」
「そんな、私は別に何も」
「『あなたの常識が必ずしも他の人と同じとは限らない』。ニーミさんと真剣に向き合ってみて、八神副隊長に言われたこの言葉を痛感しました。まずはお互いの持つ常識や価値観の違いを認識し、それをすり合わせていかなければならないのだと」
常識だから言わなくてもいいだろうとか、考えればわかるだろうとか、そう判断して連絡や指示出しを疎かにしてしまう人はいる。長い付き合いで互いのことをよくわかっている場合や、何か問題が起こっても後からどうとでもできるようなことなら別にそれでもいいが、そうでないなら最初からきちんと話し合っておくべきだ。
ニーミの場合はこの星に来てまだ日が浅いし、なにより王族の出だ。いろんなところでこの室長とは合わないところがあるだろう。極端な話、部屋の片付けや掃除の仕方もニーミは教えなければわからないと思う。王族ならその辺は使用人の仕事だろうし。
「それと、できるだけ一緒に行動して他愛もない話なんかもするようになったおかげか、ニーミさんの方からどんどん積極的に質問したり仕事をやろうとしてくれたりするようにもなりました。『上司というのは嫌われるぐらいがちょうどいい』と、わたくしが室長になる際にかつての上司は言いましたが、必ずしもそうとは限らないのですね」
どんな相手でも臆せずに自分の意見を言えるような良い意味で図々しい性格の人なら、慣れあいすぎるよりも少し距離を置いた方が上手くいくこともあるが、ニーミのような大人しい子には逆効果だ。訊きたいことや自分の意見があっても伝えるのを躊躇してしまい、結果として消極的な行動をとってしまうだろう。嫌われるのではなく、怒られないように何かあったらまず相談しようと畏れられると言った方が正しいと思う。
どんな関係性であれ、誰かとうまく付き合っていきたいのならその相手のことを理解することだ。いや、これはただの私の持論だけども。
それはともかく、私が室長と話している間にニーミはレーベの手当てをテキパキと終えたようだ。レーベがお礼を言って立ち上がる様子が見える。
「終わったようですね。ほんなら私らは失礼します。ありがとうございました」
「いえいえ。では、お大事になさってください」
レーベを伴って医務室を出る。SHARKの通信指令室へと向かいながら、私はレーベに尋ねた。
「ほんで、何があったん?」
「え?」
「いつものあんたやったらあんなの確実に避けてたはずやで。なんか悩みがあって訓練に集中できてなかったんちゃうか?」
今日の訓練中のレーベの動きは明らかに精彩を欠いていた。訓練を見守っていた隊長も気付いたようだったが、訓練場を出る時に目配せしてきたので私に訊いてほしいということだろう。
「……副隊長は、自分が養護施設で子供たちに格闘技を教えていることはご存じでしたよね?」
「ああ、知っとるで」
『え、そうなのか?』
レーベが随分と前に相談してきたことがあったのでSHARKのメンバーはだいたい知っていることだが、ブレイダーはまだ聞いたことがなかったか。
「3年前に身寄りを亡くした子供がたくさんできてもうたからな。その子らは星が管理しとる養護施設に入ったんやけど、レーベはその子たちに強く生きてほしくて何かできることはないかと考えた結果、非番の度に顔出して格闘技を教えてるんよ」
『そうだったのか。すげえ良い人じゃねえか』
「ブレイダーがレーベのことええ人やって」
ブレイダーの声は私にしか聞こえないのでレーベに伝えてやる。
「別にそんなんじゃない。単に他人事じゃないから放っておけないってだけだ」
『他人事じゃない?』
「どういうこと?」
そういえば私も何故レーベが子供たちに親身になるのかまでは聞いていなかった。ブレイダーと共に私も質問する。
「自分とティーレも小さい頃に両親を亡くして、施設で育ちましたから」
「へぇ、そら知らんかったわ」
二人とも養護施設出身だったのか。
「というか、八神副隊長は自分たちの履歴書を確認してるはずですよね……?」
『……あおい?』
「えっ……? いやぁ、見たんはかなり前のことやし、他人の過去にあんま興味ないから忘れてもうてたわ」
ハハハーとから笑いで誤魔化しておく。
「ほんで、その養護施設がどないしたん?」
「この前の非番の際にも顔を出して格闘技を指導してきたのですが、その際に一人の少年とちょっとありまして……」
「ふむふむ」
「あまり身体を動かすことが得意ではない子のようなので、本当に基礎的なことだけをやらせているのですがそれもなかなか上手くできないようで……。自分としては最終的にできなくてもいいから“困難から逃げずに立ち向かっていく姿勢”を身に着けてほしいと思っているのですが、その子には『得意分野を伸ばす方が効率的だし将来的にも役に立つはずだ』と言われまして……」
「ふぅん、なるほどなぁ」
「副隊長はこの場合どちらが正しいと思われますか?」
「どっちも間違ってないと思うで。その子の言う通り得意分野を伸ばしていく方が効率的で即戦力にはなりやすい。ただ、どんな仕事を選んだとしても必ずどこかで苦手なことをやらなあかん場面は出てくるから、その際にきちんと仕事に向き合うには不得意なことをやった経験が重要になってくると思う。今レーベがやらせとることもいつか必ずその子の役に立つんちゃうかな、知らんけど」
私は正式に軍事施設の職員になった時、それまでと違い発明以外の仕事をいろいろとやらされるようになった時に物凄く苦労した。子供のうちから苦手なこと、やりたくないことをやる経験を積んでおくのは大事なことだと思う。
「ただ……」
「……なんですか、副隊長?」
「子供に『将来こういう経験が役に立つ時が来るから頑張れ』って言ったところで、素直に聞くとは思えへんなぁ。その子みたいに自分の考えをしっかり持っとって、口が達者な子は特に」
大人だってずっと先のことを考えるのは難しいのだ。まだ人生経験の少ない子供はなおさら、将来役に立つと言われたところでピンとこないだろう。運動が苦手な人が得意な人からそれを頑張れと言われたところで、『あなたは得意だからそんな風に言えるのだろう』となる可能性が高い。
ただ、今回レーベはその子に結果を求めているわけではない。ただ苦手なことに挑戦し続けてほしいだけだ。それならば伝え方次第でやりようはあるだろう。
「レーベ。あんた、マシンの操縦がごっつ苦手やんな?」
「はい」
『え、そうなのか? いつも普通に操縦してると思うが』
「そらそうや。できひんかったら有事の際に出動できひんやろ。当初のマニュアル仕様やと全然あかんかったからオートプログラムを組み込んで、それを物凄い特訓してようやく操縦できるようになったんやで」
開発した私や何でもこなせる隊長はもちろん、器用なウェールズや要領のいいヘレナはマニュアル仕様でもすぐに操縦できるようになった。レーベとティーレの兄弟は己の肉体を駆使することは全般的に得意だが、機械の扱いに関しては他の隊員たちよりも苦手なのだ。
「ほんならレーベ、ハンマーヘッド号の操縦と攻撃、それからシャークナイトへの合体を一人でできるようになろか。それをその子に宣言しとき」
「ええっ!?」
『あおい、それって前にお前と隊長ぐらいしかできないって言ってなかったか?』
「せやで」
『いくら何でも難易度高過ぎやしないか? レーベ隊員が一生その子に何も言えなくなる可能性だってーー』
「大人がきちんと説明した上で苦手なことに挑戦する姿をちゃんと見せんと、子供にはなんも伝わらへんで。口で言うだけやったら誰でもなんぼでも言えるからなぁ」
子供は身近な、慕っている大人の真似をするものだ。だからレーベがその子供に口だけではないところを見せて、憧れられるようになればいい。そうすればその子供は自然とレーベの真似をするようになるし、言ったことを素直に聞くようになるはずだ。
「それともレーベ、子供には苦手なことをやらせようとしてんのに、自分は苦手なことから逃げるんか? そんな大人の言うこと、子供が聞いてくれると思うんか?」
レーベの目をまっすぐに見据えて言うと、レーベもすぐに何かを決意した表情で私をまっすぐに見返した。
「わかりました。やってみます」
それからレーベは、時間を見付けてはマシン操作の訓練に励むようになった。レーベが言っていた養護施設の少年には私が特別許可証を出したのだが、最初の頃は本当に時々しか見学に来なかった。しかし、レーベの諦めずに何度でも向き合う姿勢に何か感じるものがあったのか、少しずつ来る頻度が上がり、訓練後のレーベと話をする姿が見られるようになった。
肝心のレーベのマシン操作に関しては、少しずつ上達はしているものの、コツを掴むのに何かが今一歩足りていないような感じだった。
それからしばらくの時が経ち、レーベの訓練を少年が見に来ていたある日のことだった。
SHARK通信指令室にアラートが鳴り響いた。
「ケルン地区に怪獣出現! 映像出します!」
ヘレナが現場の様子をモニターに出してくれる。四足歩行で地を這うように動く全身を硬そうな表皮に覆われた、しかしどこか水生生物を思わせる怪獣だ。ケルン地区は海沿いの地区で、怪獣の身体も全身濡れているようなのでおそらく海から現れたのだろう。
「怪獣なんてフィートの時以来やなぁ」
フィートとはテキラの事件の時に火山から出てきた鳥型の怪獣で、あれから正式にフィートと名付けられた。
「レーベとティーレはソーシャーク……レーベはどこだ?」
「今はハンマーヘッド号の操縦訓練中です。戻らせてから機体を乗り換えて出撃していたらかなり時間がかかります。レーベにはそのまま現場に向かってもらいましょう」
「いや、しかしまだ訓練段階の状態で行かせるわけには……」
「レーベならやれます。それに、これはレーベにとって必要な経験やと思います」
レーベとティーレは双子で見た目はそっくりだが、性格はかなり違う。
ティーレの方は迷った時に「なるようになれ!」と即決できる潔さがあるが、レーベは慎重過ぎる性格が災いしてなかな一歩が踏み出せないタイプだ。だからこそ、こういう非常事態に無理やりにでもその一歩を踏み出させることが必要なのである。
「私がソーシャーク一号で行って、現場でフォローします。隊長、出撃許可を!」
隊長は少しだけ迷って、結局は私を信用することにしたようだ。
「八神はソーシャーク一号、ティーレはソーシャーク二号、ウェールズとヘレナはグレートホワイト号で、訓練中のレーベはハンマーヘッド号でそのまま出撃せよ! 現場の指揮は八神に任せる。オレはここに待機し、何かあれば予備機体ですぐに現場に向かう。……SHARK、出動!!」
「「「「フォー・リント!!」」」」
訓練中のレーベには通信で今の内容を伝えた。
「え、まだ訓練でも上手くできていないのに、いきなり実戦ですか!?」
と、かなり驚いていたが有無を言わさずそのまま出撃させた。
今日は養護施設のあの少年もちょうど見学に来ている日だ。本人はかなりのプレッシャーを感じるだろうが、レーベなら乗り越えてくれるだろう。
まぁ、最悪ダメだった時は私がブレイダーに変身してどうにかすればいい。
現場に到着すると、怪獣はまだほとんど移動していなかった。普段は海で生活しているようなので、水中移動が得意な代わりに陸上では速く動けないのだろう。
市街地まではかなり距離があるので住民の被害は心配ないようだ。できることなら海に帰して、無理そうなら駆除するしかない。
「全機、攻撃開始! 直接当てるのではなく進行方向を狙って海の方へ誘導せよ!」
現場の指揮を任された私が通信で他の隊員たちに指示を出し、私自身もソーシャーク一号でミサイルを発射する。レーベも何とか攻撃は出来ているようだ。
怪獣の進行方向に全機の攻撃が着弾したが、怪獣は怯むことなく動き続けている。熱や衝撃に鈍感なタイプか。
「進行方向は効果ないみたいや! 今度は直で当てて動きを止める!」
怪獣への直接攻撃に切り替える。が、これもまた怪獣には効果が無いようだ。全く気にせずに動き続けている。
……と思ったら、ハンマーヘッド号の攻撃はあまり当たっていないようだ。どうやらさっきのはまぐれだったらしい。一番火力のあるハンマーヘッド号のデータが取れないのは困る。
「レーベ! もっとしっかり狙って!」
『はい、すみません!』
とはいえ、レーベに無茶振りをしたのは私だ。隊長にフォローすると言ったのだから、私がどうにかしなければならないだろう。
通信先を司令室だけに限定し、隊長に連絡する。レーベが慣れない操作に苦戦しながら頑張っていると、しばらくして司令室からの通信で聞き慣れない声が響いた。
『先生、頑張れぇぇぇっ!!』
『――っ!?』
その瞬間、レーベの、ハンマーヘッド号の動きが明らかに変わった。
私が設計した戦闘機、特にハンマーヘッド号は技術的なところよりも、むしろ思い切りの方が大事なのだ。僅かな躊躇によって思ったような動きができなくなってしまう。レーベのような慎重過ぎるタイプだと上手く操縦できないことが起こりやすい。
レーベの場合、基本的な操縦技術は問題ないように見えたので、あとは躊躇を捨てて思いっきりやるだけだった。その一歩を踏み出させるために少年の声が必要だったのだ。
そう。隊長にお願いしたのは通信司令室にあの少年を連れてきてもらい、レーベに少年の声を届けること。
人が普段以上の力を発揮できるのは、大抵誰かの為に頑張っている時だ。レーベのように優しい人は特にその傾向が強い。
だからレーベが今一番頑張れるのは誰のためかと考えた時、思い浮かんだのはあの少年だったのだ。
レーベは確実に攻撃を当てる為に怪獣にかなり接近して、すぐに離脱するヒットアンドアウェイを繰り返すようになった。さっきまでとはまるで別人のような動きだ。少年パワー恐るべし。
「全機、ハンマーヘッド号を中心に怪獣へ攻撃!」
ハンマーヘッド号の攻撃が当たるようになったので、今度こそ怪獣へ集中攻撃する。……が、やはり表皮が硬すぎるのかダメージがあるようには見えない。どうやら個々の攻撃ではダメなようだ。
「みんな、シャークナイトに合体や! 合体はハンマーヘッド号が中心やで! レーベ、いけるなっ!?」
『はい! いけます!』
「ほんなら頼むで! 気張りや!」
そう言って合体レバーを前に倒す。ハンマーヘッド号のモニターにはそれが表示されたはずだ。
全機がスイッチを入れたのだろう。それぞれが所定の位置についたところで、レーベが号令をかける。
『オート・ディフォーメーション・コンバインプログラム、始動!!』
シャークナイトへの合体は自動変形合体プログラムを起動することで行われる。システムを組んだ時には誰でも簡単に出来るようにしたつもりだったのだが、プログラムが少々雑だったようで、全機がきちんと定位置についていないと上手く合体できない仕様になっている。なのでシャークナイトへの合体は相当訓練をしないとできないほど難易度の高いものになってしまったのだが、今のレーベなら大丈夫だ。
各操縦席が移動し、ハンマーヘッド号のコクピットに集まる。
「完成、シャークナイト!」
特にルールがあるわけではないのだが、初めて合体した時に私が言ったからか、レーベも同じ台詞でしめた。
レーベは両腕のブレードをすぐに収納し、ハンマーヘッドキャノンを装備する。遠距離攻撃で動きを止めるつもりのようだ。
「ハンマーヘッドキャノン、ファイア!!」
怪獣にレーザービームと機関銃を発射する。すると、動きを止めるまでには至らないが少し遅くすることには成功した。シャークナイトならこの怪獣を無力化できそうだ。
「レーベ、シャークアローで攻撃や。ただし、出力は七十パーセントで頼むで!」
「はっ!」
ハンマーヘッドキャノンにグレートホワイト号とハンマーヘッド号の尾翼を接続しシャークアローが完成。トリガーを引き、エネルギーを充填する。
「エネルギー充填完了。シャークナイト……ブレイカァァァッ!!」
シャークアローに溜めた莫大なエネルギーを怪獣に向けて放つ。ただでさえ動きが鈍い上に先程の攻撃でさらに遅くなった怪獣は避けることなどできずに直撃する。
物凄い衝撃音と大量の煙が発生する。まるで怪獣が爆発したかのような光景だが、私の予想では生きているはずだ。
煙が晴れて怪獣の姿が現れる。その途端、怪獣は一瞬だけ前に進もうとして、すぐに目を閉じて身体を完全に地に伏せた。
「ヘレナ、生体反応は?」
「……生体反応あり。意識を失っただけのようです」
「よし。これより怪獣の保護に移行する」
それから私は防衛軍本部の通信司令室へ通信を繋げる。
「防衛軍本部へ、怪獣用の捕獲カゴと受け入れ態勢をお願いします」
本部からカゴが届いたらシャークナイトでその中に怪獣を入れて、本部まで移送すればとりあえず今日のところは任務完了である。
『あおい、あの怪獣がシャークナイトの攻撃で死なないって計算できてたのか?』
「ザックリ計算やけどな。各機体での攻撃、ハンマーヘッドキャノンでの攻撃を受けてのダメージからあの怪獣の耐久力を割り出して、シャークナイトブレイカーをどれだけの出力で撃てばいいか計算したんよ」
『しれっとすげぇことしてんなぁ』
まぁこればかりは私以外にできる人はいないだろうから、ブレイダーの言葉は素直に受け取っておこう。
『先生、やったね! すごい!』
「ああ、ありがとう。……苦手なことでも頑張ってみるもんだろ?」
『うん、僕も頑張ってみるよ!』
SHARKの通信司令室から少年の声が届き、レーベが応えている。無事にレーベの方の問題も解決したようだ。
……さて、問題はあの怪獣が何故海から陸地に上がってきたのか。そしてどこへ向かっていたのか。明日からはそれを調べることになるだろう。
因みにあの怪獣は後日、パスカルと名付けられたのだった。




