31 『真なる魔女のたぶらかし』
ミムさんと別れて霧の丘を登っていく。なだらかな歩きやすい一本道だ。
頂上につくと今度はすーっと下り坂が続いていて遠くに洞窟の入口が見える。
霧があちこちに霞がかっているが障害はなさそうだ。
頂上で一息ついてから降ろうとした。
――これでここも見納めか。夢とはいえ色々あったな。
貰った命を大切にしよう。
来た時は大きな注連縄を茅の輪くぐりのように出れば良かったらしいけど、
一旦プレイヤーに決まったので方法が変わったらしい。
長いトンネルを抜けていく事が条件になった。
途中で振り向いてはいけない等の条件を聞いた。
「その足待った」
黒い杖を片手に石臼に杵を突き立ててブーンっと軽快に魔女がやってきた。
なんというか欧米の警備員が乗ってる立ち乗り二輪車を想像させる乗り方だ。
よいしょっと、と降りると隣に立って歩調を合わせてきた。
石臼は後ろから跳ねてついてくる。
何故か時間が巻き戻ったかのような既視感に包まれる。
「見送りかい? えーと、なんだっけ。狐のネリカさん?」
長い亜麻色の髪(白っぽい金髪)を後ろになびかせている、
魔女帽子と黒ゴスロリ服のスタイルの良い美少女だ。
狐耳は魔女帽子に隠れて見えない。
この娘は確か6月の魔女の監視者だという人だ。
「よく覚えてくれてたね。嬉しいよ。
見送りというかね。
僕はこう見えても宝石達と違って
本職の魔女だから君をたぶらかしに来たんだよ。
魔女は人をたぶらかすものだからね」
足早になって前に回り込もうとしてくる。慌ててるようだ。
「たぶらかしって。
そういう用件なら帰ってくれないかな。
そんな気分じゃないんだ。余韻に浸っているんだからさ」
「まあ聞いておくれよ。魔女がたぶらかす時は真実を述べるものさ。
真実ほど人の心を動かすものはないからね」
「……ん、もう。何なのよ?」
ネリカさんの強引っぷりについ奥様口調で答える。
止めても聞かなさそうだ。
「3つ真実を述べまーす」
「勝手にしおし」
魔女の言葉を邪険に追い払うことができず、どこか不穏な予感がありながらも興味が沸いた。
魔女の言葉は邪悪を謳いながらも親愛に満ちていたからである。
黒い杖を突きながら魔女が真実を宣言しはじめる。
「一つ。沼の魔女は今から霧の城を攻めています。
君が戻らなかったら確実にメイドも霧の魔女も死にます。
もっとも霧の魔女達は君だけは助けたいからこうして帰還を勧めたのだけどね。
君が戻った所で君が血だまりに倒れている未来が見えてるのだから。
僕からすれば他にも道があるのに未熟だから見えてないのだけども。
だから僕は君をたぶらかすよ。
心細い者をたぶらかすのは魔女の役目だ」
「……それは本当か?」
心が凍る。ぐるぐる考えが回る。
まさかの鬱エンドを終わり際に知らされた気分だ。
頭の混乱に足が重くなる。気持ちの切り替えが上手くいかない。
魔女はニッコリ笑う。
「本当だよ。
一つ目だけでたぶらかしに成功したようなものだけど三つ目まで続ける。
それがルールだからね。
でも君は霧の魔女達の意図を知らねばならない。
改めて言うよ。
君が血だまりに倒れる未来が見えたからこそ帰還を勧めたはずだよ。
それは霧の魔女も言ったはずだ」
――それに、このまま居ても水取くんは沼の魔女に殺されてしまう。居た場合は血だまりに倒れる未来が見えるから。
――おとなしく帰れば助かる未来も見える。――お願い、水取くん。手遅れになる前に帰ってくれる?
エイプリルの言葉を思い出した。
居た場合は沼の魔女に殺されるのなら、当然エイプリル達も無事に済むはずが無かった。
当たり前だ。少し想像すれば判る事だ。
おのれの馬鹿さに冷水を浴びせられた気持ちになった。
「2つ。そこの洞窟に入ると二度とここに死ぬまで戻ってはこれません。
そして坂道も下り始めたら戻るのが困難です。
だから今立ち止まって考えて欲しいんだよ。
洞窟に一度入ったら引き返すのも息をするのも駄目だからね。
今この時が最後の機会なんだ。
僕としては帰らずに僕と一緒に狭間から出て
内海の国々を冒険するのをオススメするよ。
四月の宝石が倒れた時点でゲームは終わるから
君はプレイヤーから解放される。
自由だ。
童貞の呪いは仕方ないけどさ。
時期が来ればその呪いは解けるし気にしなくていい。
それに童貞のままでもえっちな事は出来なくはないんだよ。
僕としてはかなりどころか、ものすごく恥ずかしいけどね。
君相手なら良いかな、とも思ってる。
僕は君を気に入っているんだ。
これは本当の話だ。
全世界を敵にしても君を支えてやりたいと考えてる」
「……ありがと」
魔女はエイプリル達が死ねばプレイヤーとしての自分は解放されて命が助かる、
戻らずに冒険の旅へ出ようと誘っているという。
正直なところ心配のほうが心を占めていてそういう気分にはなれない。
「……間が悪いとは僕も思うよ。
でもそういう選択がある事は知っておいて欲しいし、
僕なりに君の事を心配しての言葉だと判って欲しい。
君が助かって、
そしてこの世界で暮らす為の未来の一つとしては良いものだと考えたのだから。
沼の魔女はプレイヤーで無くなった君をきっと追いかけて
足りなくなった手駒の補充に使う。
ヘドロの詰まった鎧を見た事があるだろう?
あれはかつてプレイヤーとして呼ばれた英雄たちなんだよ。
僕がそばに居ればそういう事はさせない。
紅公子も気を掛けるだろうけど、
自分の担当外の魔女を排除するわけにはいかないし、
敗戦処理で忙しくなる。
次の四月の魔女の作成とプレイヤーの召喚、領地の割譲は手間だからね。
プレイヤーで無くなった君をずっと見る訳にはいかない難しい立場になる。
公子は自由人で横暴だけど、ああ見えて監視者としての役割もわきまえてるからね。
僕なら監視者としての役割を破るとしても君を守ってあげたい。
そうする覚悟はある。だからここに来たんだ」
魔女の真摯な言葉だった。
心が揺さぶられる。
そして魔女は指を組んで言いづらそうに最後の言葉を切り出した。
「みっつ。良いかい。
掛け値なしに本当のことだから良く聞いて欲しい。
ここが夢の国だとどこかで思っているだろう。
それで現実が完全に見えてないんだ」
魔女がまっすぐ目を見つめて言う。
「君が外つ国に帰ったら、――君が思っている通りの未来になるよ。
水取ユニくん」
「――!!!」
水取ユニは水取逸角の本来名付けられようとした水取逸角の愛称であり、いまだに消しきれない名前である。




