2 『チーレムの権利をこの宝石で買おう!』 (挿絵小人)
PC版は読み易いサイズにブラウザを拡大すると良いと思います。
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一斉にゾンビが振り向いた。
今の今まで臭わなかったのが不思議なくらい、胃にぐっとくる異臭がした。
血が抜けて白く、手足やら頭やらに膿と血糊がべっとりついたゾンビらしいゾンビだ。
吐き気をこらえるのが精一杯で携帯で撮ろうとも思わなかった。
10人程のゾンビが完全に囲んで距離を縮めに来る。
「走れ!」
声がした。黒い何かがぽんと投げ込まれた。転がる丸いそれをゾンビが追っていく。
水取は逃げ出した。だだだ……
「こっち、こっちに逃げろ。はりーはりー」
茂みから声がしている。滑りこむ。
声の主はお地蔵さんの顔をした小さな熊のぬいぐるみだ。
赤いマフラーをしている。目が点になる。
「ふふふ。人生に迷える若人よ、道にまで迷ったのどすか!」
20cmぐらいの黄色いぬいぐるみがしゃべっとる。
これは、夢だな。体の感覚もどこか現実味がないし夢確定だろう。
蜘蛛の巣を引っ掛けたらしい。袖についている糸を払いながら立ち上がる。
遠くでゾンビが先ほどの黒い何かを食べているようだ。
バキバキと黒いプラスティックを砕いて中身を取り出し、争うように貪っている。
ゾンビが倒れる。
倒れたゾンビに周りのゾンビが群がっていくところで白い霧が濃くなり見えなくなった。フェードアウト。
「あれ、なに? さっき何投げたの?」
「頼れる文明の力、ホウ酸団子が入った戦闘キャップやで」
「ゴキ退治やないか!」
「文明って凄いどすなぁ」
「ゾンビに効くのは知らなかったよ!」
「賢くなったどすな!」
ゾンビ=Gか。悪食でしぶといのは確かに似てる。
異臭は白い霧にカットされているようだ。除臭剤か、この霧は。
「我ながら妙な夢見てるな……」
「せやな。さて出口まで案内するべ」
「出口?」
「そう。それで夢はおしまいどす。そうこれは夢、夢なの……」
「あっさりした夢だな――」
「この辺りはな、外つ国の王子様を呼ぶつもりで仕掛けた場所でな。
ゾンビに恐れおののくモヤシっこは呼んでない訳って事よ」
「とつくに?」
「外の国、って漢字で書く。翻訳合ってるどすか? 言語は時代で変わるから許されよ」
「知らんけど外の国っていうのは判った。
王子とかなに、この夢ちょっとファンタジーぽい何か?」
思わず水取17歳、目がきらきらしたね!
すると小人は頭の先からつま先まで舐めるようにみた。
「王子の役目をやりたいのどすか? 判らんでもないどすが」
「ちなみにどういう感じの?」
「伝説の武具の主となって、白い肌でほっそりした美少女たちがメイドとなって仕えてくれる案件どす。そんで領主として境界の狭間の守護と略奪をするお仕事」
「!? 白い肌の美少女メイド『たち』!? 伝説の武器!?
つまり、チーレム!?」
「チーレムって何どす? おいどんの辞書には載ってねえから説明して」
「チートでハーレムの略」
「ハーレムは大勢の女の子ときゃっきゃウフフの方で良いじゃろうか」
「左様」
「あい判った。……まあ、チーレムって奴どすな」
「すげえやりたいな!」
「やる気に満ち溢れた若人は好ましいのう。
しかし、お前さんは王族ではあるまい。今回は預言で選んでる所どす」
「そこを何とか。ほら、これあげるからさあ」
「ぐいぐい来る……!」
コンビニ袋からある物を取り出して渡してみた。
「ほう……!
お前さま、このように大きな宝石を惜しげもなく渡すとは実は高貴な身分であったか」
小人がスペシャルな笑顔をした。
たまたま持っていた巨大な宝石がついた指輪を渡したのだ。
「しかも甘くておいしい……! てぇすてぃ、てぇいすてぃ……!」
小人は包装を破って指輪をぺろぺろしてる。気に入っているようだ。
宝石は期間限定復活販売1つ30円の駄菓子である。
試してみるもんやな。
こうして水取17歳はチーレムの権利を手にしたのだった。
夢だから良いよね!
「水に取とやら。もとりと読むか? もんどり?」
小人がどこからか名前を割り出したので自己紹介をする。
「そのままミズトリだよ。水取」
「そんで下がいっかくどすか。趣きがあってかっこいいどすな」
「……はじめ」
「?」
「逸角と書いてハジメ」
「読めねえ!!!!!」
「イッカクで良いよ」
親しい仲のあだ名は「ツノやん」である。
水取の苗字は割と好きだし、ツノやんの呼ばれ方も気に入っている。
だが逸角と書いてハジメだけは許せねえので、下の名前は敢えて紹介しない事が多い。
親は当初ユニコーンと読ませるつもりだったらしい。
水取ユニコーンくん。
祖父が阻止したというので感謝している。
色々あってハジメという当たり障りない名前と読めない漢字になった。
母は未だに未練があるらしく「ユニくん」と呼んでくる。
小さい頃は混乱して大変だった。
読めない漢字は苦労する。
自己紹介の度に確認で聞き返されるわ、名前呼ばれる時にヒソヒソ言われるわでろくなことがない。
なので高校あたりからまだ読めるイッカクで紹介している。
戦国武将にも居たようだし。許す。
友人に完全に有名武将と一致する名前の奴がいたが、そちらは偽名と毎回間違えられたりフザケていると怒鳴られたり名前とは難しいものだ。
小人が内心の葛藤を察したのか改名を提案してくれた。
「提案どすが。名前を珍包龍に変更しないか!」
「どこからでた改名案!?」
小人はちゃっきーと名乗った。コボルトの王様らしい。