27.
昨晩の奇襲から一夜明け、討伐隊は身動きが取れない状態が続いていた。昼と夜に分けての散発的な攻撃はいつ襲撃されるかもしれないという警戒心を生む。ソウカの思いもよらぬ活躍で辛うじてやり過ごせたものの、いつまでも同じ手が通じるわけではない。昨夜も「相手が見えなかったから」討伐団が隠れ潜んでいると勘違いして逃げたのだ。夜襲を仕掛けた相手に先手を取ったゆえの逆襲だったが、ソウカ以外にできる人間は存在しない。
そのソウカはといえば、未だに物見台の上から降りてきていなかった。時刻は午前十時を回っている―――。
「――おい、いい加減降りて来いよ。見張り代わってやるよ」
梯子を登ってきたミストリアが声をかけても、ミストリアは一瞥するだけで無視する。
「お前なぁ……眠いだろ、腹も減ってるだろ、寒いだろここ」
「別に。冬眠の時期に寝ぼけて人を襲ったクマを仕留めたときは、吹雪く雪山の中で三日間じっと待ったわ。それに比べれば、ここで敵を見張るのなんてアリの行列を眺めるようなものよ」
「お前……案外、ハードな経験してるんだな」
ミストリアが素直に感心すると、急にソウカが「クッ」と唇の端を釣り上げた。
「フ……まさか自分が私と同格だとでも思っていたの? よくもそんな勘違いができるものね。哀れで蔑むのもちょっと遠慮してしまうわ」
「はあぁ!? ケンカ売ってんのかテメェ…! 人が親切で来てんのに――」
と、梯子の下の方でコンコンと叩く音がする。ロナたちが合図を送っている。ミストリアはソウカに犬歯をむき出しにして睨み、梯子を降りた。
「どう…?」
「駄目だ……聞く耳持たねぇ」
お手上げ、とミストリアはポーズ。
「差し入れ作っても食べず…やっぱり頼むしかないんじゃない?」
シャーリーもサンドイッチの入ったバスケットを所在なくぶら下げる。すると、
「どうしたの?」
現れたミオに、皆は梯子の上を指す。その意味をなんとなく察したミオは、珍しく小さく溜息を吐き、見上げた。
「ソウカさん―――私も少し休憩をいただくので、一緒に食事にしませんか」
返事はなく……いや、飛び降りてきた!
「食べる。私もちょうど食事にしようと思ってたの」
どの口が言う!?―――思わず怒鳴りそうになったのはミストリアだけではない。しかしソウカは周りの刺々しい空気を全く意に介さない。
「少し眠いわ……ミオは仮眠はとらないの?」
「あ、じゃあ私も少し休もうかな…」
「なら一緒に寝ましょう」
「え? そ、それは…」
「姉妹ならおかしくないでしょう? 私、体温高いから暖かいわよ」
「いえ、姉妹でもこの歳で一緒に寝たりは…」
「姉妹なんだから当然でしょう?」
ソウカはミオより上の目線からぐいぐい押すが、
「……姉妹じゃねぇだろ」
ミストリアのつぶやきをソウカは聞き逃さなかった。恐ろしく殺気立った目で睨む……本当に寝不足なのか目は赤く充血していた。
「ちゃんと見張ってなさいよ……敵の侵入を許して私とミオの時間を邪魔したりしたら、後ろから射るわよ…」
殺人予告をするとミオにべったり張り付いてソウカは去っていく……軍警察の小さな宿舎に入るのを確認して、ミストリアはギリギリと歯ぎしりした。
「ぶっ殺すぞあの女…!」
「いや、ミスト………よく我慢したわ」
その場にいた全員がミストリアの背をポンポンと叩いた。
「平和よな…」
「平和ですな」
キャンプ地の外側―――村の外周部からブラックダガーのやり取りを並んで見ていたマクリールとバラリウスは揃って呟いた。
「ブラックダガーは折れませんな。初陣で夜襲をかけられようものなら、新兵は眠れなくなるものですがな。討伐隊の多くは浮き足だってしまっておるというのに」
「彼女らは己の役目と目的をきちんと見定めている。ゆえに迷いがない。一人ずつならまだまだ力不足であろうが、全員で守るのは殿下お一人のみと認識しておる。こちらも任せられるというものだ」
「然り」
バラリウスは頷いて同意するが「されど」と続ける。
「ブラックダガーを率いていても盗賊団相手にはやはり力不足。そしてそれは討伐団全体にも言えること。昨晩の襲撃の後、また行方不明者が出た模様……もはや軍として成り立っておりませぬぞ」
バラリウスが苦言を呈するも、マクリールは皺の深い口元を歪ませて笑う。
「実はな……責任は私が負うということで、不安に感じたら各々逃げて良いと事前に言ってある」
「なんと! その心は?」
「残ったものは真の忠義者か、そもそも裏切り者か、どちらかということになる」
「ワハハハ! さすが、ベルマン御大とつるまれていただけのことはある、やり方が大胆ですな! しかし敵を炙り出すためとはいえ、普通なら軍団を瓦解させたとして軍法会議ですぞ」
「余分なものは削ぎ落とした方が動きやすい。特に今回のような場合はだな。ただ、所詮戦は数の勝負……攻め手が減るのは如何せんし難い」
「現状は守勢に回らざるを得ませんな。そういう意味では、昨晩の襲撃はラッキーでしたな。攻めに出ればこの村がまた襲撃されるかもしれないというジレンマを殿下に植え付けたのですからな」
「ハハ……お前こそ、ベルマンが一目置くわけだな。だが、ここで待機したところで膠着状態に陥るだけだ。次の一手をどうするか」
「なに、心配ご無用。御大は今も采配を振るっておられまする。案外、すでに強い駒が打たれた後かもしれませんぞ」
「我々は時間稼ぎが役目か…」
腕を組み、遠く、平原を眺める……地平線にはなんの影も見えない。連日バラリウスたちゲンベルト隊と衝突していたが、王女を引き寄せる囮の役目は終わったということなのか。この次は、いかに相手より早く決定打を放つか、ということになる―――……
「……昨晩の殿下のご質問だが」
「は?」
「なぜ半々で行動しているのか。理由は、我々と同じかもしれんな…」
「根は深い、ということですな」
バラリウスは嘆息するも、戦いの前の静かな高揚感を少しずつ充実させていった。
一方その頃、アケミ率いるシロモリ隊は、平原から北東の地域を捜索していた。ブロッケン盗賊団が出没する平原とモルゾート=ビンクの領とを繋ぐルートを探していたのだが、ちょうどその一団と思しき武装集団と森の中で遭遇していたのだった。
「…ってアレ、盗賊団っていうより軍隊じゃん…!」
「黙れ…!」
エイナがギャレンの頭を草むらの陰に押さえ込む。しかしギャレンの言うことは間違いではない。装備の質、馬の数……傭兵が野盗になるケースはエレステル内でもよくある話だが、数が違いすぎる。それに顔付きが素人のそれではない……。
「ジャファルスの手先というか、ジャファルスそのものなんじゃあ…」
ノーマンの口数も多い。顔はそうでなくても動揺しているのか。
「ありえる話だが……現状の問題はそこじゃない。あの連中の寝座を突き止めることだ。ギャラン、連中が通った道の先と、それに合流する道がわかるか? 先回りする」
ギャランはぶつくさ不満を漏らしながらも紙にグニャグニャと酔っぱらいが書いたような線で森の抜け道を引いていく。「これ合ってんの?」と疑るエイナとケンカしそうになるとノーマンが間に入る…。
「…で、これで合ってるのか?」
「隊長まで……信じられないなら書かせないで下さいよ!」
ギャランはすっかりヘソを曲げてしまった。
「怒るな、正確なのか確認しているだけだ。進むのにかかる時間を考えないと、タイミング悪くて鉢合わせは嫌だろう?」
「親父が作ってた地図通り書きましたよ! ここじゃないけど、ガキの頃には道を調べるために何日も森の中を彷徨わされたんですよ!」
「わかったわかった……今回の件のキーパーソンはお前だ。あてにしているぞ」
頭を撫でられると急に大人しくなる少年兵………エイナはもう少しで「マセガキ」と声に出しそうだった。
とはいえギャランの地図は、というかギャランの父が制作したという地図は正確であり、植物の盛衰によって多少道は変化していたが、ほぼ予想内の時間で再び一団を補足することができた。
「――この先は?」
「この先は確か、山間を抜けて一本道……違う領になったはずだけど…」
「違う領……ここか?」
ベルマンから受け取ったエレステルの全体図を取り出して見せるとギャランは頷いた。
「そう、今ここ」
ビンク領…。
「ここからは道を逸れて進む。山に入るが足を取られて滑り落ちるなよ。見張りがいるかもしれんから警戒しろ。合図されると厄介だからできるだけ避ける。いいな」
ギャランの顔が途端に青くなった。
「え……これ、今日は山の中で野宿?」
「そうならないように集中しろ」
鉈を持つエイナを戦闘に、生い茂る草木を分け行っていく。
まだ午前中だが、敵はいくらか消耗しているように見えた。一戦交えた後だというのなら、夜に戦ったのか? バラリウス隊か、タイミング的にもうたどり着いているバレーナたちか、どちらかは夜襲されたかもしれないということか。そして撃退した……大したものだが、状況は気になる。だがこの少人数で合流してもあまり意味はない。むしろ、取るべき作戦は……
「アケミ隊長…!」
エイナが止まって身を屈めた。今いる山の中腹から、開けた場所が見える―――。
広い敷地にたくさん立つ木造の平屋、離れて厩、柵で囲った馬を放牧するスペース、それに煙を上げている石壁の建物は鍛冶場か…? そしてたくさんの戦士たち……。
「まるで養成所………ちゃんとした基地だ!」
エイナが目を剥くのもわかる。まさか外来の盗賊団がここまでの物を作り上げているとは思わない……予め用意してあったものなら別だが―――。
「小屋が宿舎だとすると、何人いるか見当がつくな。養成所は二人ひと部屋が基本だが、中が二段ベッドと仮定すると……」
「二段ベッドだったら倍じゃん! 六百とかになるよ!」
「喚くな! 見張りに見つかるだろ!」
エイナがギャランの頭を殴った音が地味に大きく響いたが…静かになったので良しとしよう。
「実際にそれだけの人数がいるとは限らん。調べるしかないな…」
「え……潜入するんですか!?」
さすがに三人全員が不安を滲ませたが、アケミは苦笑する。
「そんなわけあるか。防衛戦ばかり刷り込まれた貴様らに、攻め方を教えてやる」
ニヤリと……三人がさらに不安になるくらい、アケミは不敵な笑みを浮かべたのだった。
少しペースが落ちております…。多少執筆に苦戦しているのと、キリよく場面転換するまでとすると、なかなか一定の文量に収まらないんですよね。ぬー…。




