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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
朱に染まる――。
97/124

26.

 日も落ちて辺りも暗くなった頃、討伐隊はようやく落ち着きを取り戻していた。

 盗賊団の待ち伏せを受けた討伐隊だったが、罠に嵌る前に撤退したため大事には至らなかった。もし坂を下っていたら、下から押し上げてくる敵と上から追い打ちをしてくる敵とに挟まれて退路を絶たれ、あっという間に壊滅していたかもしれない。現在討伐隊は朝方出発した村に戻り、外でキャンプしている。

 盗賊団との初会敵は敗北となってしまったが、被害が少なかったのが幸いと言える。とはいえ負傷者はそれなりにいて、士気は下がる一方だった。

「くっそ……あいつら、次はぶちのめしてやる!」

 一人気を吐くのはミストリアだ。マクリールの撤退命令が出た瞬間に隊列の最後尾―――すなわち後ろから現れた敵とぶつかる最前列に取って返し、奮闘した。ブラックダガー全員が無傷で済んだのもミストリアの活躍あってこそだ。ブラックダガーにスカウトされる前は素人感の抜けない新兵だったミストリアだが、一般兵の中にあっても圧倒できるほどに成長している。

「でも、あれが本当に盗賊なのかしら…」

「何か気になることでも?」

 首を捻るハイラのつぶやきをイザベラが拾う。

「ベラちゃんも知ってるけど、私のお父様は軍警察に勤めていたことがあるわ。よくその時の話を聞いていたけれど、盗賊はとにかく『逃げる』。人からたくさん奪う、でもリスクを冒さないのが盗賊の性分だと聞いていたんだけど……今回のやり方はそういうものなのかな。そもそも、盗賊団が待ち伏せして私たちから何を奪うの?」

 ハイラの疑問にイザベラはしばらく口元に手を当てて考え込んだあと、

「……バレーナ様ではなくて? 人質にとれば莫大な身代金を要求できますわ」

「それで自分たちより数の多い軍団に向かってくるの?」

「あちらとて元軍隊なのでしょう? ありえない話ではありませんわ」

「そうなのかな……」

 納得しないハイラの背をイザベラが押す。

「そんなことより、今は目の前の事態にどう対処するかの方が問題ですわ。敵はいて、私たちに本気で牙を剥いてきている。なんとしてもここを勝利して帰らなければいけませんわ。バレーナ様の名誉のためにも」

「…そうね。気を落としている人も多いし、私たちでフォローしていかないと」

「オレも行く!」

 ミストリアが勢いよく立ち上がるが、ハイラはそっと手で遮って遠慮した。

「やめておいたほうがいいかな……ちょっと元気ありすぎるし」

「それにまた言葉遣いが乱雑になっていますわよ。食事の手伝いをしてきたほうがいいですわ、せっかく手際よくなってきたんですし」

 ミストリアはムッとしながらも褒められて悪い気はせず、炊き出しの場へ走っていった。

「本当に元気…」

「でも、あれくらいのタフさがこれからの私たちには求められるのでしょう。皆で乗り越えられればいいですわね…」

 ハイラとイザベラは苦笑交じりに不安を誤魔化していた…。




 村にある軍警察の派出所。その小さな一室で、数人が小さな卓を囲んでいる。

 バレーナ。ミオ。ロナ。マクリールとその副官。レビィ。そしてバラリウスとブリッシュである。厚い筋肉の鍛え抜かれた身体を持つバラリウスとブリッシュがいると、一気に圧迫感が増す。

「被害はどれほどだ」

「…負傷者三十六名、内、重傷者は三名。なお、死者は七名です…」

 バレーナの問いに対するロナの口調は重い。人的被害はバレーナのもっとも気にするところだからだ。しかし向かいに座るバラリウスは顎を撫でて陽気に頷いた。

「まずは殿下がご無事で重畳。それにこちらが討った敵兵は百を超えまする。奇襲を回避し、敵の戦力を大きく削り申した。いくらか戦線が後退したものの、まずは一勝ですな」

 ロナは肩を強ばらせた。戦果の八割は増援として現れたバラリウスたちゲンベルト隊の手柄である。討伐隊が反転して撤退を始めたころに到着したゲンベルト隊は、坂の下で待ち伏せていた盗賊団と交戦開始。ほぼ壊滅状態にして討伐隊に追いついたことで、討伐隊を襲っていた敵は撤退せざるを得なかった。つまり多くの敵を倒したのも退却が成功したのもゲンベルト隊がいたからこそで、本来なら被害甚大でもおかしくなかったのだ。自らの不甲斐なさと、死者を軽視するようなバラリウスの発言にバレーナが怒りを顕にするのではないかと思ったのだ。

 だが、バレーナの瞳は揺らがなかった。それどころか、

「よくやった。今回の討伐は貴様の働きぶりが鍵だ。次も期待する」

「は……」

 これにはバラリウスも鳩が豆鉄砲を食らったように目を丸くした。まさか、こうくるとは思っていなかったのだ。

「死亡者の遺体は回収できたのか?」

「いえ、二名はまだ捜索中で…」

「必ず回収せよ。戦い死んだ戦士はその肉体と精神を尊く葬らねばならん。間違っても敵に辱められるな」

 バラリウスは痺れた。意気消沈しているかと思いきや―――いや内心では分からないが、表面では戦士を束ねる長として、一端の顔をしているのだ。

「どうかご安心なされませ殿下……主命は必ず果たしまする。われら戦士の誇りにかけて」

 バラリウスが机上に平伏す。バレーナは戦略的ミスによる損失を棚上げにしているのだが、この時点で間違っていると認めればいよいよ隊の兵士たちは士気を喪失してしまう。上に立つものとしての資質はまずまずといったところだ。

「で……これからはどうしますかな。我らゲンベルト隊が今日まで削った敵の兵数と合わせて敵の被害は百五十を超え……こちらが把握している敵勢力の半分を成敗しております。敵が一所に集まっておれば合流した我々の敵ではありませんが、そうは行きますまい。国境を固めているとはいえ、散らばって逃げられるとこの人数では足りませんぞ」

 バラリウスが目配せすると、それを受けてマクリールは頷いた。

「左様。追い回すとなればやはり敵に倍する数が必要ですな。追撃もゲリラ戦も我々は不得手。きちんと隊を組み、連携して追い込まねば思わぬ被害を被ることになりかねません。これを成すには、やはり軍による本格的な出動が要ります。さてそうなると………この隊の役割をどこまでにするか、ということになりますかな」

 バラリウスとマクリールは暗に……いや、かなり直接的にバレーナの帰還を促している。それはミオにもわかったことだ。

「……殿下、具申してもよろしいでしょうか」

 レビィだった。「無論だ」というバレーナの返答を受け、レビィは続ける。

「ブラックダガーを除く全隊をマクリール様に一任し、殿下はここから掃討戦の指揮をなされるのがよろしいかと存じます」

「……遠くから高みの見物か。それでは私一人が臆病風に吹かれたようになるのではないか?」

「なりません。序列一位の大将が後方から指揮を執るのは当然のことです。供出された兵士にも活躍の場を与えれば貴族の面目も保たれます」

 レビィの口調は強い。対し、バレーナはフッと目元を緩めた。

「私の安全を確保するために思案しているのはわかるが、親衛隊であるお前が政治のことまで考える必要はないぞ」

「――ほう、親衛隊か? ブラックダガーに宰相のような女がいると聞いていたが、お主ではないのか?」

 口を挟んできたバラリウスをレビィは睨む。

「私は親衛隊のレビィ=マーカーです。僭越ながら隊長の代行のつもりで参りました。お見知りおきを」

「む、丁寧な挨拶痛み入る。ほれブリッシュ、貴様も頭を下げておけ」

 ――と言って、自分は下げない。王女がいるこの場でもからかい半分なのだ。

「となると……ブラックダガーの隊長は殿下の右側に座っておられる方か」

 バレーナの右側の小さい少女に目を移すバラリウス。捕食者に睨まれた獲物のようなスケールの差だが、ミオは微塵も動じず、バラリウスをまっすぐ見返した。

「ミオ=シロモリです」

「改めて、バラリウス=ゲンベルトと申す。姉君とは先日お会いしたばかり。これも何かの縁、よろしくお頼み申す」

「……よろしくお願いします」

 ミオが頭を下げる直前、眉がぴくりと動いたのをバラリウスは見逃さなかった。

「私はロナ=バーグと申します。あの……宰相ではありませんので…」

「何、噂よ噂。気を悪くされたのならすまぬ」

 ―――ここまでの会話で、バラリウスはこの場にいる人間がどういう立場なのか、素早く読み取った。

 まずマクリール。ベルマンと同世代で今は引退した元戦士。ベルマンの御大より依頼されてやってきたこの男はほぼ全ての事情を把握しているのだろう。たとえバレーナといえども、年長者で大隊長の経験を持つ人物の意見は無碍にできない。バレーナが無茶をしないように遠まわしにコントロールするのが彼の役目だ。

 次にレビィ。この女は親衛隊長の代行だと言った。ブロッケン盗賊団の襲来に乗じた内乱・もしくは女王暗殺の可能性まで聞き及んでいるのだろう。先ほどの提案からして、自分とブラックダガー以外は信用していない。

 そしてミオとロナ。ミオは徹底的に王女第一で動いている。討伐隊と合流して数時間ではあるが、バラリウスが見る限り片時も側を離れていない。バレーナを信奉しているようにすら見える。姉に比べれば思考は単純というか、純粋だ。それに底に秘めた武人としての閃きを感じる。姉よりも妹の方が本来のシロモリということか。しかし姉とはいくらか確執がありそうだ……つまり、現状姉がどう動いているのか知らない。すなわち盗賊団に絡んで様々な動きがあることに気付いていない。

 対照的にロナは何か勘付いているのかもしれないが、自らの意見は控えているようだ。王女の心情を優先しているのかもしれない。被害報告の話をしたとき、一人妙な反応をしてチラリと王女の様子を見ていた。

 さて、ここまで分析して………バラリウスは「正解」を模索した。バラリウスの信条は「長所を生かす」である。従って―――

「―――話の腰を折ってしまいましたが、ワシはレビィ殿の案に賛成いたす。そもそも今回上手く敵の勢力を削ぐことができたのは、結果的に殿下が囮となり、我らゲンベルト隊が逆に奇襲する形になったからに他ならぬ。されど御身を危険に晒した事実は変わらず、賊とて殿下がもう一度前面に出てこようとは考えぬはず。ならば殿下が先陣切って姿をお見せになるのはリスクしかありませんな。この場で指揮を取っていただくのが最善と考えまするが」

 バラリウスはもっともらしい事を並べ立ててバレーナを守る方を選択する。戦果などどうとでもなる、ゲンベルト隊が活躍して「王女の指揮の賜物だった」と言えばよい。それよりも皆の思惑の一致を図る方が重要だ。でなければ「何か」起こったとき、色々と面倒なことになりかねない。

 バレーナはしばし黙りこくり……トントンと、卓を叩いた。

「誰かわかるものがいれば教えて欲しいのだが………ブロッケン盗賊団とは、何だ?」

 ピクリと反応したのはレビィだ。まだ若い…。ロナは違和感を持っているようだが確信には至っていない。真顔で質問の意図を探っているミオはこの話についてこれていない。いや……バレーナの真意という意味では誰もが答えようがない。

 沈黙を破ったのはバレーナ自身だった。

「私は通った町や村で盛大に歓迎されている。ルートも一本道で単純だ。待ち伏せされたのも止むなしとしよう。だが……狙いはなんだ? 待ち伏せしても数で不利だ、リスクを負うだろう。奴らの狙いはなんだ? 私が率いる隊を潰して名声が欲しかったのか?」

「……可能性としてはあるかと」

「なら、なぜ全力で仕掛けてこない。盗賊団の数は約三百という話だったな。ところが待ち伏せしていたのは合わせて百と少しといったところ……残り半分はどうした? どこにいる?」

「…………」

 誰にも、わからない。

 バレーナは椅子から立ち上がった。

「掃討戦と考えるのはまだ早い。飛び出してきた私が言えたものではないが……いや、飛び出さざるを得なかった私だからこそわかる。何か裏がある。何者かの策謀がある。その狙いは――――私かも知れない」

 その時――――遠くで鳥が鳴くような音が聞こえた。掠れるような高い音で………長い…

「! バレーナ様、敵です!!」

 ミオは椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がる。今のはソウカの鏑矢の音だ!

「バレーナ様のお側には私がいます。あなたはブラックダガーに指示を」

 目が合う前にレビィが申し出て、ミオは頷く。

「ロナ、後方メンバーをバレーナ様の護衛に! 私は前衛を集めて迎撃に出る!」

 ロナに言い残し、あっという間にミオは部屋を飛び出してしまった。弾けるように出て行ったミオを見送ってバラリウスは目を瞬かせた。

「…ロナ殿」

「は、はい?」

「前衛というのは戦闘に特化したメンバーと考えて良いのかな? 何人おる?」

「ミオも含めて八人です…」

「ふむ」

 バラリウスは腕組みして一度天井を見上げた。

「聞いたかブリッシュ……今し方百五十の兵はどこにいるのかという話をしたばかりだぞ? たった八人で迷わず飛び出すとは、我らも見習わねばなるまい」

「隊長、殿下の御前ですのでもう少し機敏に…」

「まだ慌てんでもよい。マクリール殿も座っておられるではないか」

 急に振られたマクリールは、ぐ…と息を詰まらせた。

「久しぶりに馬を駆けさせて、痔がの…」

「ワハハハハ!! なれば仕方ありませぬな!」

 バラリウスはようやく立ち上がり、明らかに不機嫌なバレーナを見下ろす。

「ご安心なされい殿下。我らこの身を刃として、殿下に仇なす敵を屠って見せまする」

「御託はいい。結果で示せ」

「御意」





 ソウカの合図をきっかけに騒然となった討伐隊だが、結局戦闘にはならなかった。敵はキャンプ地の灯りに照らされる辺りまで接近してこなかったのだ。もちろん警戒態勢は維持し続けるが、とりあえず一安心だ。昼間の奇襲もそうだったが、まさか夜襲まで仕掛けられるとは思わなかったのだ。

 ゲンベルト隊が中心となって周辺警戒に当たる中、バラリウスを追いかけてミオがやってきた。

「先に出たのに後から現れるとはのう」

「合図をくれたメンバーから敵の動きを確認していました。それによると、南西の林の間を潜むように接近してきたそうです。他の方角からは気配が確認できなかったと」

「やはりこちら側か…。一応ロープを張っていたが、もう少し頑丈な塀を拵えるべきかのう。それにしてもこの暗がりでよく発見できたものよ。そのメンバーはどこで見張っておったのだ?」

「あそこです」

 ミオが指さす先はキャンプ地の向こう、村にある物見台だ。物見台といっても、平屋ばかりのこの村で火事を知らせるためにあるもので、一般的な住居の2.5階の高さしかない。しかも村の中心にあって、ここからは豆粒ほどの大きさにしか見えない。

「……本当にあそこか?」

「はい」

 疑うバラリウスに目もくれず、ミオは林の中に足を踏み込んでいく。バラリウスたちも後に続くと、男が倒れている。一人や二人ではない……。

「…これは?」

「盗賊団のようです。武装していますし、村で見た顔でもないので間違いないと思います」

 さらりと言って、ミオは男に刺さっていた矢を引き抜く。

「すみません、矢は回収していただけませんか。手持ちを撃ち尽くしてしまったようで」

「待て…待たれよ、つまりこういうことか? 『奴らは撤退した』のではなく、『奴らを撃退した』のだと、そういうのか?」

「そうです」

「…………」

 バラリウスたちは改めて物見台を見返す。遠い上に暗く、しかも枝葉が視界を遮る…。

「どこから射られたか分からなければ、待ち伏せを受けたと思って敵も退かざるをえないでしょう…」

「昼間に活躍したという射手か…。まぐれ当たりかと思っていたが、こうなるともはや神業よな」

 ブリッシュの見解にバラリウスも唸る。一人の女弓兵が討伐隊の危機を二度も救ったのだ。まぐれも続けば実力だ。もっとも、まぐれの連発ではここまで正確に敵の急所を射抜けはしない。

「うーむ、我が隊に欲しい……どうだ隊長殿、ワシの隊の誰かとトレードせぬか?」

「私たちは皆バレーナ様のものです。私の一存ではお答えできません。それにブラックダガーは女性限定ですが」

 淡々と死体から矢を引き抜いていくミオ……。

 この有様を見て、頭の固い評議員や貴族どもは、彼女たちが大人の真似事をしているだけだとは言えんだろう。部隊内に能力の差はあれ、ブラックダガーは全員が等しく戦っているのだ。その彼女たちを率いるバレーナ、そして組織としてまとめ上げたアケミ………。そう遠くない未来、若い娘たちがこの国の中心にいるであろうことに、バラリウスはなんの疑いも持たなかったのだった。










 眠い……寝たら死ぬぞ! 風邪ひいて!! とまあ、とにかく更新です。


 そういえばくずしろ先生のキャンペーンの小冊子が届きましたよ。

 小冊子っていうから文庫サイズのチョロっとしたのかと思ってたのですが、なんと同人誌のような薄い本でしたよ!? 薄い本っていっても、別にエロいわけじゃあ……わけじゃあ……ないですよ? いやもう、ゲス乙女的なことはありましたが(笑) ライトなのが読みたい方は「千早さんはそのままでいい」をおすすめします。女子高生のメシテロマンガではなく、メシテロに喘ぐ女子マンガです。自分は細身の子のほうが好きなはずなのに、もう千早さんが可愛いのなんの(・∀・)!!

 …おっと、何を言っているんだ自分は……ちょっと寝ぼけているようですね。仮眠してきます…(笑)

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