25.
バラリウスは平原の中央にいた。アケミが地図で指し示した決戦の場である。
バラリウスもこの場所を戦いの場に選ぶのが理想的だと考えていた。ここなら敵の場所も味方の場所も一目瞭然。広く障害物もないため、あとは単純な自力が勝敗を分ける。もちろんブロッケン盗賊団を侮ることはできないが、自国内という時点ですでに地の利はある。軍将第一位のゴルドロン将軍が表に出てこないのも、評議会で軍がまともに機能しないことを発表したことも、王女殿下がやってくるであろうことすら、全て「ベルマン御大」の予測通りである。はたして自分が同じ立場にいてここまで予見し、先々まで見据えて策を練れるかというと、そうはいかないだろう。バラリウスも、この歳にしてまだこれほど学べる師に出会えるとは思わなかった。
「唯一、シロモリの弟弟子という点が気に入らんが…」
「は?」
隣にいたブリッシュが独り言を聞き拾うが、「何でもない」と会話を切った。
シロモリはそうは思ってなかろうが―――御大はあの女を大事に育てている。シロモリは誰の目から見ても逸材だ。個人の剣技は言うに及ばず、一剣士にしておくには惜しい軍事の才量。あまり知られていないが、最近支給される武器に数種のパターンができたのはシロモリの働きによるものだ。
基本的にエレステルの戦士は武器を己専用にカスタマイズするもので、それは軍の兵士でも同じこと。支給される基本の剣から変えていくか、そもそも専用の剣をゼロから作るか。無論後者の方が金がかかるため、一般兵はなかなかそうはいかない。しかし若い兵を中心に「自分だけの武器」が半ばステータスと化しているため、刀身そのものを打ち直すような、基本の剣の原型が残らないほど手を加える愚か者もいる。そういうのに限って武器に何らかの不具合が起こり、肝心な時に補修が行えずに慣れない武器を使うことになる。そんな中、シロモリは多くのサンプルを手に取り、数パターンのベース剣を作成した。剣を打つ本数が増えるだけで手間になるかと思われたが、実際は逆だった。新たにベース剣を手にした者たちは過度なカスタムをしなくなっているのである。
これは画期的だった。武具の統一規格は誰もが考えることではあるが、実現に至らなかったのは戦士のプライドが邪魔をするのと、膨大な作業が必要だったからだ。数値を取り、平均値を割り出す―――言葉にして並び立てると簡潔だが、重心の位置、握った時の感触、使い心地は別問題である。莫大なトライアンドエラーの繰り返しが必要であり、手間と見返りを考えれば、各々納得するようにやらせたほうが万事上手くいく……その結論に達するのである。
しかしシロモリはエレステルを回る道すがら、兵士の剣を見て、握り、振る―――これの繰り返しで「戦士が必要とする最低水準」を割り出したのである。理屈なしの直感による正解は、それこそ天才でなければ成し得ない。話によればシロモリは剣だけでなく様々な武器をマスターすべく修練しているというから、その経験も生かされているのであろう。
まだベース武器の導入は実験段階だが、正式採用される日はそう遠くはない。すると労力と資源に余裕ができ、資金が浮く。今後、軍を増強するに当たり、よい説得材料になる……ベルマンの御大が目をかけるのは当然だった。
だがそれよりもバラリウスが悔しいのは、シロモリはベース剣とは別に自分がプロデュースした武器を売り出していることである。王女の片腕になったというブラックダガーの商人娘が一枚噛んでいることは間違いないだろうが、シロモリにも金が入っているはず。その金を、シロモリは―――胡蝶館の女に注ぎ込んでいるのである。こればかりは本当に悔しい。甲斐性で女に負けるなど、戦場で剣を握る男として沽券に関わるのである。
「……隊長? どうかしましたか、難しい顔をされてますが」
「ブリッシュよ……男にとって大切なものはなんであろうな」
「その話は勝利の酒宴まで取って置かれたほうが」
「………」
バラリウスは天を仰ぐ。快晴。風もない。一面に広がる底抜けの青空に鳶が高々と、空を舞っている。こうして日向に立ちすくんでいると、バラリウスであっても眠たくなってくる……。
「……現れぬな…」
鳥の鳴き声……あるいは獣の気配は感じ取れるものの、盗賊団の姿は一向に見えない。いつもなら必ず盗賊団は姿を見せる。現在バラリウスたちゲンベルト中隊が守護している。村を狙って攻めてきて、それを防衛する―――王女率いる討伐隊が到着するまで互いにそういう筋書きに乗った上で行動している……と、思っていたのだが……。
「……討伐隊がミンサに着くのはいつだ」
「今日の昼過ぎと見ています。すでに迎えを送っていますが」
討伐隊がこの平原にたどり着く直前の町・ミンサに到着した時点で合流するか、バラリウスは迷っていた。おそらく討伐隊がこちらを手強しとみているのは間違いない。そこで討伐隊と合流すれば、盗賊団は撤退してしまうかもしれない。そうすれば一応の成果は上げられるのだが、その裏に暗躍している者たちは引きずり出せない。しかし一方で、討伐隊を囮にするのも危ういところだった。果たしてどれほど戦えるのか? やってみないとわからないのである。総勢四百を超える大所帯になるよりは、王女とブラックダガーのみの方がまだ扱い様もあったというもので……
「…ブリッシュ、召集の合図を遅れ。どうも嫌な予感がする。王女の出迎えに向かう」
「はっ」
ブリッシュが手で合図すると、離れた場所にいた兵が笛を吹く。甲高い音が平原に響き渡った。
討伐隊の行軍は至極順調………といえば聞こえはいいが、不気味なほどに何もなかった。今通っている細い林道は待ち伏せされやすい要警戒の区域だが、目的の地域に差し掛かろうというにも関わらず、全体的にどこか緩んでいた。それはブラックダガーのメンバーにも言えることで、市街出身のシャーリーなどは同じく街で生活している志願兵とすっかり仲良くなって会話が弾んでいる。反対に貴族から供出された兵士たちはすでに十名近くが行方不明になっている。無論、王女が采配を振るう部隊で逃亡すれば家名に大きな傷がつくことになるが、躊躇しないところを見ると雇われ傭兵だったのかもしれない。ともかく―――この一週間の行程で、士気は下がりきっていた。
「まずいですな……一度引き締めにかからねば。戦い以前の問題ですぞ」
マクリールが渋い顔をする。軍規の適用されないこの部隊で戦意を保ち続けられるかどうかは、個人の意識による部分が大きい。当然バレーナも内心頭を悩ませていた。しかし「驚異を排除する」という大義名分は薄れてきている。ここまで、何もなかったのだから―――。
隊の一部だけが神妙な面持ちで行進を続ける中、揉めている一角があった。
「ソウカ、もう降りてよ! なんで私が手綱引いてんのさ!」
メアが絶え間なく文句を浴びせるが、馬上のソウカは全く無視する。
討伐隊の馬はわずか。バレーナ、マユラ、アレイン、メア、イザベラ、ハイラ、他はマクリールとその部下三名が騎乗している分のみ。バレーナとマユラとアレイン、メアの馬は王室用に管理されている(つまり普段アレインが世話している)四頭だが、他は個人の持ち出しだ。志願兵がどれだけ集まるか全く予想ができなかったため、最初から歩兵部隊になる前提だったのだ。指揮官と副官、伝令役が乗る馬を揃えるのでやっとだった。
その中でメアが騎乗している理由は、早くからアレインの教えを受けていたからだ。ミオに次ぐ小ささがコンプレックスのメアだが、馬に乗るにはその軽さが利点だったのだ。だというのに、その特権と努力を今朝からソウカが横取りしているのである。
「なんで手綱も握ってないんだ?」
後ろを歩いていたミストリアが横に付いて聞くが、メアも「さあ?」と肩を竦める。
「まだ乗り慣れてないから。解体はすぐできるんだけどね…」
ソウカの手が馬の首筋を撫でると、馬は震えて「ヒフッ…」とメアの聞いたことのない鳴き声を出した。
「馬が怖がってる怖がってる! というか、アレインの前で絶対言わんでよ!」
「全く……お前な、やる気ないんだったら帰れよ。ミオは私らが守ってやるよ」
そう言って肩に担いだまま穂先をクルクルと回すミストリアの槍をソウカが蹴った。ミストリアが睨み上げるが、ソウカはあさっての方向を見ている。
「お前っ……」
「―――ストップ」
「はあ?」
「止まって」
「何でだよ。んなのできるわけ…」
「ミオ―――!!!」
林の木々が揺れるのではないかと思うほどの大声に遥か前方を歩いていたミオは振り返った。
「! バレーナ様、停止を…!」
「!? 全軍、停止! 止まれ!!」
バレーナの指示で討伐隊は前からゆっくりと歩みを止める。何事かとざわつく中、ソウカとソウカの乗る自分の馬を引くメア、そしてミストリアも追っ付けやってくる。近くにいたイザベラの目が「また何かしたの!?」と無言で訴えてきて怖い…。
「何かあったんですか、ソウカさん…?」
ミオの問いにチラリと目線だけ向けて、ソウカはまたぐるりと辺りを見回す―――。
「何かいる…」
「何か…?」
そのままソウカは隊の先頭へ出ていく。バレーナとミオ、マユラ、そしてマクリール以下数名も随伴する。
隊は林を抜け、急勾配の長い下り坂に差し掛かるところだった。眼下には一面に緑の草原が、天上には青い空が広がり、境目に山々……今日の目的地のミンサの町もうっすらと見える。まさに絶景だった。ソウカはその景色にじっと目を凝らす……。
「何も見えん…。待ち伏せするには絶好の場所だが、小さな岩が点々とあるだけで、隠れられる場所などないぞ……とはいえ、年寄りの目では信用できませんな」
マクリールが苦笑するが、ソウカは耳も貸さない。代わりにミオが答える。
「ソウカさんは視界に入るなら、たとえ見えていなくても標的を捉えられます」
「そんな馬鹿な…」
言っている間にソウカは背中に背負っていた弓を構え、空に向かって引き絞っている。そして―――……
ヒュカッ―――……
矢は空に向かって放たれ、飛ぶ…………飛ぶ……………まだ飛ぶ……。途中風に流されながらも信じられない滞空時間で、そのまま遥か彼方の山に刺さるんじゃないかと錯覚してしまった矢は、やがて坂の下の平原に吸い込まれるように落ち……
「あ、…」
何かが、跳ねた。
一瞬見えたのは人の手だった。草むらに隠れるようにカムフラージュして潜んでいる……と、するならば―――!!
「全隊、即時転進!! 全速力で撤退せよ!!」
マクリールの指示は早かった。バレーナとブラックダガーは理解するのがわずかに遅れたが、すぐに行動に移る。特にマユラやレビィなどの兵役経験者は動きが機敏で、すぐに細かい支持を出す。
ピイイィィィ――――!!
背にした草原の方から指笛の合図が聞こえ、林に気配が現れ始めたのは、その直後だった―――。
何だかあっという間に寒くなってきました。PCには優しいですが、人には、ね…。




