33.
マザロウは三つの領地が交わる地点にある地方都市である。このような交通の要所に軍の「派出所」が点在しており、地方での犯罪や領主の悪政に目を光らせている……が、実際には目を配るのが精一杯、コソ泥を捕まえるのがせいぜい、悪党を撲滅するには程遠いのが現状である。派出所にもよるがマザロウの場合は総勢二十名……これで三つの領地を管理するのは土台無理な話というもの。何かあれば一番近場の大隊、もしくはグロニアに応援を要請するのが常で、その間に好き放題やられ挙句、雲隠れされるのもいつものことである。地方の犯罪率は軍警察の精強さではなくその土地の領主の優秀さによる。中にはいつぞやのニガードのような悪い領主もいて、近隣の軍警察とズブズブの関係になっていることもある。幸いにもマザロウ派出所は役立たずと罵られながらもまだ機能しているほうだ。
その派出所に、一台の馬車が入っていく。時刻は夕方四時公務員を訊ねるには遅い時間だが―――…
「おおっ…」
出迎えた兵士たちは息を飲んだ。
襟の広いドレスは首元から鎖骨を曝け出し、切れ込みのあるロングスカートからは真っ直ぐ長い素足がチラリ、チラリと垣間見える。アップにした漆黒の髪と白い肌の境目のうなじが吸い込まれそうな色香を醸し出す……幌馬車から現れた美女はぱっちり開いていた目を細め、ルージュを引いた艶やかな唇の隙間から小さく吐息が漏れる。男たちの目は釘付けになった。
女は一番上の階級章を付けている隊長らしき男の前で止まると、恭しく礼をする。前屈みになったドレスの胸元から深い谷間がのぞき、同時に微かな香水が鼻腔をくすぐる…。
「本日は私共『薔薇園の乙女』をお招き頂き、まことにありがとうございます。憧れの的である軍の方々のお相手ができるなんて光栄ですわ。様々な趣向、そしてうら若い娘達をご用意させていただきました」
女が手を叩くと五人の少女が馬車から降りてきて(一人ぎこちない)、黒髪の女の隣に並ぶと、姿勢よく、優雅に頭を下げる(一人ぎこちない)。
「年季が浅い者もおりますが、仕込みは万全……きっとご満足いただけますわ」
女に手を取られた隊長はびくりと肩を震わせて振り払う。
「あら……ふふふ」
瞳に妖しい光を灯し、女は柔らかく微笑む――――。
―――その様子を、門の向こうから影が覗いていた……。
夜が更け、賑わいを見せる夜の街もピークを過ぎる頃、小柄な男が郊外に構える二階建ての大きな邸宅に入っていく。背の高い塀、その中央にある門を潜り、広い庭を抜けて二十メートル進み、玄関へ。ロビーを抜けてさらに奥へ進むと、二十人近くの傭兵の男たちとこの屋敷の主が酒盛りをしているところだった。
主の名はガルキーマ=ゼラ。マザロウでも有数の規模をを誇るゼラ商会の主である。歳はまだ三十半ばだが、裏社会と折り合いをつけながら大成しただけあって風格がある。
「どうだコマ、奴らの様子は」
ガルキーマにコマと呼ばれた小柄な男は大柄な傭兵たちの隙間を縫うように主に近づく。
「それが夕方ころに馬車が乗り入れまして……奴ら、女を呼んでました」
「女ぁ?」
「へぇ、どこかの店から出張ってきたようでして……若く美しい娘ばかり六人ほど見ました。中でも引き連れていた女が格別の美人で……あれは相当高級な商売女ですぜ。さっきまで見てましたが、外に聞こえるほど騒いでましたぜ」
「プッ、クク……ハッ八ッハッハ!」
報告を聞いてガルキーマは腹の底から笑う。グラスの中の酒が波打ってパタパタとテーブルクロスを汚した。
「中央から派出所に視察が二十人も来たから何かと思えば……軍警察は腰抜けばかりだと思っていたが、まさか地元で女遊びもできない腑抜けどもだったとは!!!」
傭兵たちも笑い転げる―――。
ゼラ紹介はマザロウの中心街にあるが、あくまで出張所だ。ガルキーマがそこに赴くことはほとんどなく、重要な商談は屋敷で行う。出張所だとガサ入れがあったときに逃げにくい、地位のある人間は裏の仕事を依頼するとき人目につくのを嫌がる、など理由はいくつかあるがリスクもある。街中から離れてしまえば軍警察に捕まえてみろと啖呵切っているのも同然だ。裏社会で生きてきたガルキーマの経験上、無用な争いは命を縮めるだけだとわかっている。故にマザロウでは目立った悪行をしていないし、多くの傭兵を雇っても街で幅を利かせるような真似はしない。同業者である悪人の影に隠れ、あくまでひっそりと、裏で糸を引くのがこの男のやり方である。
しかし、せっかくの用心もすべて杞憂だった。派出所に詰める軍警察があまりにお粗末だったからだ。
ガルキーマが積極的に地方領主と繋がりを持とうとするのも、いざという時のためだ。自分を捕らえるために大隊から戦士が派遣されてきたら、どれだけ傭兵を雇っていても意味がない。数の上でも練度の上でも圧倒されるのは間違いないからだ。しかし地方領主から圧力がかかれば軍は無視することができない。ガルキーマは軍における地方領主のウエートがいか程のものか知っている。だから武力に対して政治で対抗する準備までしていたのだ。だが、派出所の軍警察は軍に応援を呼ばないのか呼べないのか、それとも相手にされていないのか、とにかく機能していない。そのテコ入れかと思って、二日前に訪れた視察団を警戒していたのだが………まったく、この二日間神経を尖らせていたのがバカバカしくなってくる。派出所内はこちらの傭兵の倍近い兵士がいるだろうが、もはや相手にならないだろう。
「しかしようダンナ…あっちが女を抱いてるってのに、こっちが無しってのはねぇんじゃねぇか?」
「おう、そうだそうだ! せっかくならよ、俺たちの方が男としても格上って証明してぇじゃねぇかぁ?」
酒が入っているせいか一気に盛り上がる傭兵たち。ガルキーマもそういう気分になるのがわからないでもなかった。
「チッ……しょうがねぇな、特別ボーナスだ。女を呼んでいいぞ!」
「「「ウオオオオぉぉぉッ!!」」」
男たちに熱が入る。屋敷中が欲望に染め上がるのは間もなくのことだった――……。
ドアをノックして入ってくるアレインにアケミは声をかける。
「どうだ、いたか?」
「ぐるっと見た感じだと、誰も」
「まあそうだろ……よし、出るぞ」
揃いの戦闘服とプロテクターに身を包み、剣を腰に携え、少女たちは一斉に立つ。宿舎から出て建物正面に回ると、ちょうど軍警察の兵士たちも出てきたところだった。
「ふん……本当に参加するつもりか?」
ムスっとした顔でアケミたちを睨みつけてくるのは今回の作戦の隊長の男―――例の取調官だ。一連の任務を受けている責任者だからこうなるのは当然だが、もう勘弁願いたい…。
「任務だから参加は当然だ―――が、王女殿下の側近を貸し出している事実は理解してもらおうか」
「シロモリ殿が無理矢理ねじ込んだのではありませんか? 聞けばシロモリ隊はまだ正式には発足しておらぬとか。手柄を立ててシロモリ隊設立の意義を唱える算段なのでは?……と、もっぱらの噂ですが」
「ほう、鋭い見解だ。だが今回主導はそちら、手柄も名声もそちらだ。ベルマン殿とはそういう取り決めがなされている」
軍トップである。ベルマンの名が出たことで取調官は少々狼狽えたようだ、一瞬眉が跳ねた。
「な、ならばそちらは何のためにここに来た…!?」
「言ったろう、任務だ。軍警察はそれ以上に理由が必要なのか?」
それで取調官を黙らせた。実地訓練を兼ねていることは薄々気づいているだろうが、そこはとぼけて誤魔化しておく。一番知られてはならないのは、アケミが戦力の中核として送り込まれた点だ。上層部に実力を不安視されていると知れば兵士の士気はダダ下がり、作戦どころではなくなる…。
シロモリ隊をぐるりと見回すと、やはり緊張してはいるが気負いすぎてはいないようだ。ミストリアが一人落ち着かない様子だが…。
「どうかしたかミストリア」
「いや……やっぱり槍がないと落ち着かないっつーか……なあ、どうしても剣じゃないと駄目なのか?」
「当たり前だろ。今回は屋内だぞ、長物が振り回せるか。柱や壁ごと斬るっていうなら話は別だが。あたしだって今日は小太刀……ショートソードだな」
アケミが腰の刀を叩く。いつもの長刀の四分の一以下に見えるそれは一般的な剣より短く、豪快な長刀に比べてあまりに頼りなく見える…。
「――そしてこれだ」
アケミが腰から引き抜いたそれは、小太刀よりさらに短く、細い鉄の棒。柄の部分に組紐を巻き、長い提げ緒を付け、鍔の代わりに返しのようなフックが付いている。
「これはジッテと言ってな、シロモリの祖先の故郷で使われていた警察組織の武器だ。色町ではこれの小型版が使われているがな」
へー?と皆が注目する中で取調官のみ乾いた視線を向けてくる。
「そんな細い棒切れが役に立つのか?」
「きちんと実証済みだ。ウチの元盾兵が剣で全力で叩いても曲がらなかったからな」
アケミが親指で指し示すと、少し離れたところにいたマユラが首を傾げる。しかしキョトンとしていても盾兵は最前線に立つ最も過酷なポジション、戦士が敬意を表する戦士と言われるほどだ。確かに大柄ではあるが、まさか盾兵であったとは取調官も思わなかった。
「まあまあ、実際に使い方を見れば納得するだろう。まず、相手が斬りかかってくるのを受け止める……ほら」
アケミが取調官に腰のサーベルを振ってこいと促すが、当然取調官は渋る。それでもなおアケミは挑発的に指を振り、仕方なくサーベルを抜いた取調官はサーベルを上段からゆっくり下ろした。
「ほい、受け止めるだろ? そしたら相手の剣をいなしつつ、こう―――」
刃が滑ってフックに引っかかり、アケミが踏み込みながら剣を押さえ込むように手首を捻ると、
パキン―――ッ……
「あっ!!?」
「あ」
サーベルがガラスのような音を立てて、折れた…。
「あ~…」
「きっ…きさまあァ!??」
冷静沈着が信条の取調官は逆上してアケミの襟首に掴みかかる。さすがにこれはマズい…。
「いやいやいや、まさかまさかの展開だ……まさか折れるとは、なあ…?」
「一体どうしてくれる!? 作戦前だぞ!?」
「わ、悪い、弁償するから……予備の剣があるからそれを代わりに、な?」
「キサマらの剣は刃が引いてあるではないか! 鈍らが使い物になるかぁ!」
「アンタが剣を使う前にケリをつければいいだろ? それにほら、馬車で装備も運んでやったし変装して敵も撹乱してやったし旨いものも持ち込んでもてなしてやったしついでに酌もしてやったろう? 昨夜は鼻の下伸ばしてたくせに…」
「のっ、伸ばしてなど…!」
「ほら離せ、襟元が開くだろ。二度も見せるほどあたしの胸は安くないぞ」
ギリ、と歯ぎしりして取調官は手を離す……アケミを睨みつけたまま。一方でアケミは背を向けて舌を出す。そして兵が出揃ったのを確認すると、意気揚々と声を上げた。
「ようし行くぞ! 多少のアクシデントは付き物だが、概ね作戦通りに進んでいる。何ら問題はない! 今回の成果は軍トップのベルマン大隊長に直接報告することになる……きさまら、気張って行け!」
「「「おおおぉ!!」」」
あまりない活躍の機会に、普段はうだつの上がらない軍警察の兵士たちもテンションを上げる。しかしそれ以上に、アケミには胡蝶館を襲われた個人的な因縁がある。諸々の感情を二つの武器に込め、長刀斬鬼は出立する――――。
今回はちょっと時間がかかりました……。ノートなので、こう暑いとたまりません。PCもヒーヒー言ってますし(笑)
ちなみに「一人ぎこちない」のは誰かわかったでしょうか? 言うまでもありませんが(笑)




