32.
閉じられた幌馬車の荷台は外の陽光を遮り、薄暗い。その中で少女たちは言葉なく息を潜め、重い空気がその場を支配している……。
「ミスト、緊張しているのか?」
アケミが覗き込むとミストはハッと目を見開く。
「ばっ…はぁ!? ビビってねぇし…!」
「リラックスしろ。あたしより強い奴なんか滅多にいない。ましてチンピラならな。ま、お前の前であたしが本気なんて出したことないがな」
「言ってろ…!」
「みんなも気負いすぎるな。こういうのは食ってかかるくらいがちょうどいい」
「はい…」
返事はするが皆表情が固い。アケミはマユラと目を合わせ、肩を竦めた。
時は前日の夜に遡る。
親衛隊の皆で夕食を取っているときにアケミが突然現れた。城の中に割り当てられた親衛隊に割り当てられた部屋はバレーナのいる王族の階層よりは下だが、それでもかなり奥の方だ。大臣でも無許可で入れるエリアではない。そこにアケミが前触れなく現れたのは驚きであり、納得でもあった。
「すまないな、勝手ながらあたしもご相伴に預かる。ロナとイザベラはどうした?」
アケミが二人の姿を探すと、近くに座っていたアレインが答える。
「ロナさんとイザベラさんはバレーナ様の会食に同行してますよ」
「そうか。確かに、チョイスするならその二人だな」
ロナはバレーナの補佐役としてもちろんのこと、イザベラの家は名門貴族であり、幼い頃から社交場を経験してきたゆえにドレスの着こなしもハイソな会話術も抜群だ。護衛にはマユラという選択肢もあるが、マユラの体格だと、ああいう場では相手を威圧してしまう。本人はものすごく大人しいのに不憫である…。
しかし、マユラがこの場に残っていたのは逆に都合良くもあった。
「みんな、聞いてくれ。先にゲイスという男とその仲間たちが引き起こした事件だが、黒幕の姿が見えてきた。平和を乱す行為は国家に対する敵対行為だ。よって、害は早めに取り除かねばならない―――」
アケミの固い口調と真剣な表情に皆に緊張が走る、のだが…
「…まあそれはそれとして。今回、ゲイスに手引きしていたその黒幕男を軍警察と合同で捕らえることになった」
「そうなんですか。お疲れ様です」
「何言ってるメア。出張るのはあたし個人じゃなく、親衛隊だ」
「ええぇ!?」
皆の食事をする手が止まり、夕餉の場がざわつく。
「さっくり話すぞ。この中から何人か選抜し軍警察と合同作戦を展開する。相手は商人だが、『悪徳』の頭文字がつく。おそらくは傭兵も雇っているだろう。これを排除し、ゲイスの逮捕に協力する」
「あの……これの目的はなんですか? 私たちが参加する理由がわからないんですけれど」
ハイラが手を上げる。思ったより頭が切れる、これが受動的な任務でないことを見抜いている。
「元々、あたしとロナは今回の件で軍警察に協力していた。きっかけは胡蝶館の襲撃をマユラたちが救ってくれたことだが、その後の調べで単なるチンピラの騒動ではない可能性が浮かび上がってきたからだ。バレーナ王女の命令とベルマン将軍の依頼で情報を収集し、ガルキーマという男が現れ、さらにその背後には大物が繋がっている可能性があり、その人物は王女の治世に影響を及ぼしかねない……。親衛隊が参加する目的は実地訓練―――そして王女を害するものは阻止するという決意表明でもある。いわば、王女の代行だ。親衛隊はバレーナの剣であり、盾であることを知らしめる第一歩というわけだ」
「「「………」」」
「護衛である親衛隊が自ら出向く事なんてないと思っていただろうが、あたしはこの隊を女王のお付にする目的で作ったわけじゃない。護衛だけなら現役の女兵士から優秀なのを拾い集めればいいだけだ。しかしこの隊が真に目指すところは、あらゆる場面でバレーナを支える手足となることだ。もちろん護衛として最低限の戦闘力は必要だ。だがそれ以上に、バレーナが不足する部分を補える能力を持つ者を選定したつもりだ。なぜ、なんのために自分がここにいるのか、何ができるのか、今一度考えて欲しい。そして今回自分が参加するべきだと思う者だけついてきてくれればいい。当然だが―――命のやりとりの可能性もあるからな」
最後の一言に皆が言葉を失う……。剣を握った、剣を振った経験を持っていても、人に向けたり、まして斬ったことのある人間はほとんどいない。なのに傭兵と対峙するなんてとてもじゃない……そういった心持ちだろう。しかし「最低限の戦闘力」はバレーナが危機に陥ったとき―――敵に囲まれたときにこそ使うことになるのだ。死力を尽くす覚悟は常に持っていなければならない。それを自覚させるのが今回の目的でもある……。
「……私は行く」
カチリ、とフォークが皿に当たって音を立てる。立候補したのはミストリアだった。
「私は槍を振る以外に能がない……だからここで行かないと意味がない。まだバレーナ様とまともに話したこともないけど、なんていうか……大人に見えたっていうか、同じくらいの歳とは思えなかった。まだ親衛隊ってのがどういうものかわかってないけど、あの人の剣になるのは悪くない」
「ふむ……ん? どうしたんだお前、『私』とか上品に構えて」
「う、うるせぇな!」
「フ、何赤くなってるんだ……他に参加しようとする者は?」
参加が前提のマユラを含めて全部で七人……こんなところだろう。
「では、今挙手した者たちは食事の後に集まってくれ。概要の説明と準備があるからな。あと、もう一つ……今後、親衛隊の中での上下関係は一切なしとしたい。出自、階級、年功序列一切関係なしだ」
アケミの提案に困惑した表情を浮かべる者は多い。それは予想通りの反応だった。
「もちろん対外的な場面では別だ。ルール無用の仲良しクラブだと思われるのも癪だしな。だが、今座っている席を見ろ……およそ貴族出身と平民出身で別れているだろう? 皆、ここに来てお互いを仲間だと考えていないことはないだろうが、思っている以上に身分による言葉の壁が隔たりを生んでいるのも事実だ。それにさっき言った通り、この隊はあらゆる状況で王女を助ける……つまり、その時その状況に適した者が先導していくことになる。誰もがリーダーになりうるわけだ。幼い頃から染み付いている慣習だしどうしても落ち着かない奴もいるだろう。だから無理強いはしない。ただし互いを呼ぶときは名前を呼び捨てにすること。これだけでぐっと変わってくる。イザベラやロナはすでに了承済みだ。早速今日、今からはじめよう……言いにくいからといって名前を呼ばないというのはなしだぞ。では手始めに―――この中で最初期のメンバーであり、最年長でもあるマユラを呼んでみよう。ハイラから順に時計回りな」
ハイラが固まった。あまり見ない光景だ。
「あ、あの……私にはハードル高いです…」
「そう言いそうだから選んだんだ。平民出身の者は意外に思うかもしれないが、高名な家柄の子女ほど躾を徹底的に叩き込まれるからな」
「…鞭で?」
「そうだミスト、よく知ってるな? ハイラは比較的砕けていて貴族・平民分け隔てなく接しているが、年下でも隊の先輩であるロナにはきちんと『さん付け』だろ?」
あー、確かに…と皆が納得する。
「やめてください、普通のことなのに、改めて言われると恥ずかしいです」
「でもま、そういうことだから……改めてハイラ、言ってみよう。ほら」
「あ………ま、マ…」
ハイラは金魚のように口をパクパクさせる……でもそれも仕方がない。マユラは戦士として完成された存在だ。剣、盾、弓だけでなく、最近はミストリアに教えるために槍まで覚えている。おそらく軍の中にいても一級の実力者だろう。その差は年の差以上に大きく感じられる……要するに、次元の違う存在なのだ。
マユラは口数が少なく、大人しくて面倒見もいいから呼び捨てにしてもつむじを曲げることはない……そうわかっていても、なかなかどうして……。
「どうした? そんなに言いにくいか? それじゃ後ろに『かわいい』とつけて呼べ」
「はい?」
「会話の流れの中で呼ぶ想定で」
「年上の方にかわいいなんて―――」
「早くしろ、後ろが詰まってるだろ」
追い立てられて観念したのか、ハイラが息を吸う―――心なしかマユラも緊張しているようだ。
「マユ、ラ……かわいい…」
「ほら、次」
次々とメンバーが同じ文言を繰り返していくが、やはり言いやすい人間と言いにくい人間がいる。最後のミストリアに至っては、
「マユラ」
「…………かわいいはどうした」
「か、かわいいとか……そんな、気安く言うもんじゃないだろ…」
「…なんだお前、かわいいな」
「か、かわっ!? バカ言うな、お前が言うと冗談に聞こえないんだよ!」
「照れるな照れるな……マユラはどうだった?」
振り返ると、マユラは背中を丸めて小さくなっていた。
「なんか……普段、かわいいとか言われないから……うれしい……」
「…そういうことじゃない」
食卓は笑いに包まれ、和やかな雰囲気になる。皆、前よりも笑顔を素直に出していた――――。
…そんな昨晩の和気あいあいとした空気を忘れてしまったように、馬車の中は張り詰めている。目的地まではまだ遠く、作戦は明日だから今から緊張していては持たないが……仕方がないか、とアケミは頭を振った。
「…隊長…」
「ん?」
こういう時にマユラから話しかけてくるのは珍しい。この空気を変えようとしているのか?
「…この間の事件で攫われた彼女さん、元気…?」
「……」
幌馬車の中の全員が―――手綱を握るメアと横についているアレインまで聞き耳を立てたのがわかった。よりによってその話題か……結構ぶっ込んでくるな……。
「ああ、元気だ。そもそも気が強い人だしな、あたしもグーで殴られたことあるし」
「隊長が…?」
「年上のくせに気が短いんだよ。でも包容力があって、ついつい甘えちゃうんだよな。まあ………ベッドの上だと逆転するけどな」
―――空気が変わった。狙い通りだが、
「え……そういう話、する…?」
マユラ、そこで引くのはなしだろう……それはずるい。
「あ、あの……聞いてはいけないと思ってたんですけど、この際いいですか…?」
ハイラが恐る恐る手を上げる。
「何だ?」
「隊長は、その………女性が好みなんですか…?」
――時間が止まったように空気が静止する。え? まさかそんなに重大事項だったとは…。
「あー……確かに前に付き合ってた人も今付き合ってる人も女の人だが、別に女好きってわけではない。その人が好きなだけで、性癖とか、そういうものじゃない、はずだ」
「はずって…」
「あ、あたしだってそんな経験あるわけじゃない! 世間では色好みみたいな噂もあるようだが、これでも純愛のつもりだ! ライラさんを真っ当に愛してる…って、何言わせるんだ!」
さすがに顔が熱くなったが、聞いている皆も赤面しているのが薄暗い中でもわかる。くそ、何だこの公開処刑は…!
「こ、これでいいかハイラ!」
「はい、ありがとうございます……ただ、先ほど仰っていたように噂があって、その…両親や周りの人達に心配されたものですから、一応…」
「あたしが集めた親衛隊をとって食うって!? ないない、それはない! まさかみんな、そんな目であたしを見てたのか!? そういう素振りは見せたことないはずだろ……なあミスト?」
「…………」
「なんで目を逸らして黙るんだよ…!」
頭を叩き落とした。
自分が女性を誘惑できる色目が使えるようになったのはわかっている。逆に言えばコントロールできると思っていたのに、どこかで漏れ出ていたのか? 気をつけねば……カーチェの予言通りになりかねない……。
更新ですー。まだ朝ごはん食べてないですー。お腹空くのは勘弁ですが、食べてない時ほどなんか進みやすいというか、そういうのはあります。謎です。
親衛隊内の互いの呼び方ですが、これはずっと考えていました。やはり性格が出るところですし。で、「女王の階」のときはみんな遠慮せず、フランクになってますね。細かいところですが、劇中は階級社会なので慣れだけではこうならないと思って話を組んでみました。物語全体の中では蛇足かもしれませんがどうでしょうか…。とりあえずごはん食べながら考えます(笑)




