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アルタナ外伝  ―朱に染まる―  作者: 夢見無終(ムッシュ)
剣を鍛えるは、炎
62/124

28.

「…はぁ…」

 一度深呼吸し……ノック、そして恐る恐るドアを開ける。

「し、失礼します…」

 フラウが一歩入ると、真っ赤な女将部屋の空気をとても重く感じる。沈黙がとても威圧的に感じるロビィはいつものこととして、グレイズとアケミが真っ向からにらみ合っている。しかもアケミはどこから持ってきたのか、グレイズの座るもの以外に椅子のないこの部屋にかなり堅牢そうなゴツい椅子を運び入れていて、斜に構えて脚を組んでいる。面構えといい、街のチンピラよりよっぽど態度が悪い。

「あ、あの、言われてたお茶を持ってきまし、た…」

 返事はない…。

 フラウはグレイズの机に一度盆を置き、ポットからカップに注いでグレイズとアケミに渡す。ロディの方もちらりと伺うが、顔を向けない。これは「いらない」のサインだ。

「し……失礼しました…!」

 ドアが閉まり、フラウがバタバタと廊下を走っていく音が聞こえた。

「……何を怖がってるんだ?」

「アンタだよ。美人が顔を歪めることほど恐ろしいものはないさ」

「へぇ、あたしを美人だと認めてくれるのか?」

「顔はアンタの親がくれたものだ、だが滲み出る人間性はアンタ自身のもんだ」

「遠回しにけなされてないかあたし。というか、性格の悪さだけはアンタに言われたくないわ! どうしてこの間、先に帰った!? おかげで結構な距離を歩いて帰ることになっただろ!」

「貴族様の屋敷の前にいつまでも馬車を停めておくもんじゃないだろう。それに理由も言わずいなくなったのはアンタのほうじゃないか」

「ぐ……」

 その通りではある…。

 しかしそんな文句を言うのが目的でわざわざ椅子を担いできたわけではない。クマイル卿との関係を聞くためだ。クマイル卿を監視していたらしい工作員が捕まり、本来なら卿本人に話を聞くのが筋だが、あの老人を論破するのはなかなか難しいだろう。ならば外堀から―――グレイズから攻めようというわけだ。もっとも、これも難儀な相手ではあるが。

「…単刀直入に尋ねる。アンタとクマイル卿はどういう関係だ?」

「………」

「じゃあ言い方を変えよう。アンタはクマイル卿に情報を提供していたのか?」

「……答える気はないね」

「軍警察からの委任状を持っている。いわばあたしは軍警察の名代として質問している。単に興味本位というわけではないぞ」

「フ、笑わせるねぇ。どうせアンタが寄越せとせがんだんだろう? 小娘に頼まなきゃならないほど軍警察が忙しいとは思えないね」

「……チ」

 見透かされている…。

「……あたしは胡蝶館を襲った奴らやゲイスを許すつもりはない。ゲイスたちを使った奴らもだ。だからアンタの敵とあたしの敵は共通だ。ただし―――アンタが王室を…王女を陥れるようなことをしているのなら話は別だ。そこをはっきりさせたい」

「王女様のことなんざアタシらのような下々の者には関係ないよ」

「アンタにはそうでもクマイルの爺さんや爺さんを狙う奴らはわからんだろ」

「………」

 だんまりだ。それから二十分ほどやり合ってみたが、埒があかなかった…。

「…なあ、アンタはどうしてそんなに頑固なんだ? アンタがあたしとライラさんのことをよしとしてるのはシロモリを上手く使えると考えたからじゃないのか?」

「へぇ、自覚があるのかい。アンタはもう少し能天気かと思ったがね」

「それはそれ、これはこれだ。生憎、そういうのはきっちり教わっている…。しかしだからこそ、あたしを味方にしたほうが得だと思うが?」

「話にならないね。アンタがシロモリだとして、持っているもんは何だい? 名? 剣の腕? 多少融通の利く権力? それで世の中上手く回せるのかい? 自分がちっぽけなのをわかってるからこそアタシの前で踏ん張ってるんじゃないのかい? 今のアンタには用心棒以上の価値はないよ」

「……アンタとクマイル卿がどれだけ清い関係であったとしても、娼館のオーナーと付き合いがあるってだけでクマイル卿の支持者は減るぞ」

「その程度のことで揺らぐお人じゃないさ。だからアンタを連れてってやっただろう? 最初から歯牙にもかけてないんだよ」

「はぁ……」

 溜息を吐いた時点でアケミの負けだ。のそりと立ち上がり、ぐっと背筋を伸ばした。

「どうにも譲る気はないのか? アンタ見てると、つくづく歳を取りたくないって思うな。御しやすい小娘くらいに考えてくれりゃいいだろ」

「その物言いが歳上に失礼ってもんだ。アンタみたいなひねくれたコは嫌いだね」

「どっちがひねくれてんだか。だが嫌いでも胡蝶館は守るし、ライラさんは貰う」

「…………」

 何も答えず、グレイズは新しいタバコに火を点けた。

 肩を竦め、くるりと背を向けると「待ちな」とグレイズが声をかけてきた。

「その椅子を持って行きな。邪魔だよ」

「それが結構重くてな。今度でいいか? どうせまた来ることになるし」

 ニヤリと笑みを返してやると、煙を唇の隙間から吹き出したグレイズがチョイと煙草を振る。その合図を受けてロディが無言のまま静かに向かってきて、腰の剣に手を―――

「お、おい…!?」

 バガアァン―――!

 ロディの黒剣が振り下ろされ、重厚感溢れる椅子は真っ二つに叩き割られた。

 呆気に取られていると、グレイズがニタリと笑う。

「運びやすくなったろう? 持って帰りな」




「くっそあんの野郎ども、古物だったとはいえ結構高かったんだぞあの椅子…!」

 さすがに椅子の残骸は片付けなかったが―――アケミは前に軍警察で机を叩き割ったことを思い出し、いまいち怒るに怒れない。のしのしと娼館の棟へ歩いていくが、肝心の情報も聞き出せず、ストレスは溜まる一方だ。

 厨房を覗くとフラウがびくっと肩を震わせる。

「……そんなに怖い顔してる!?」

「え、え、えっ…!?」

「…ライラさんは?」

「ライラ姐さんは買い出しに出ちゃいましたけど…」

「んもう!」

 せめてライラさんとイチャイチャしないと割に合わないと半ば本気で思っていたらこれだ。どうにも今日は日が悪い。

「何をイラついてるの。いつも夜中に鳴きまくってるのに、まだ欲求不満なのかしらぁ?」

 カーチェだ……。

「……もういい、帰る」

「あらあら…。でもお客を満足させずに帰らせるのもそれはそれで気に入らないわね…」

 もう昼間だが起き抜けなのか、カーチェの長い髪はボサボサで、だらしなく浴衣を羽織ったままだ。

 と、何を思ったのか、カーチェがぴたりと擦り寄ってきた。

「私が相手をするのはどう?」

「はあ!?」

「恋人がいない間の密事ってのも、ちょっと燃えるかも」

「何言って…こんなとこで堂々と、秘密でもなんでもないし!」

 厨房にはフラウの他にも従業員やらつまみ食いしにきた娼婦やら五人もいる。今日に限って何の嫌がらせだ…!

「アンタ、前にも言ったけど、あたしは―――……」

 前にも―――そういえば前のときは……

「前にも…何?」

 カーチェの目の色が単なるイタズラ心とは違うことに気づく。

「えっと…」

「フ、お茶くらいいいでしょうに。いくらライラでも目くじら立てたりしないわよ」








 かなり短いですが、中途半端になりそうなので更新します。


 自分も同じことやったから怒るに怒れないって、まさに自業自得のブーメラン(笑)。でも気をつけないと人から嫌われちゃいますもんね。まあ自分のことほどわからないものですが……。

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