28.この世界の事
ここから数話はシリアス多めな感じになると思います。
私は突如、二つの選択肢をつきつけられた。一つはアエリオを精神病院に連れて行く。そしてもう一つは私が耳鼻科に行くかだ。
「その眼は信じてませんね。ユイさんがどう思おうが、僕は正真正銘の5歳なんです」
「あそう。じゃあ精神病院で決定ね」
「行ってもいいですけど、頭がおかしいと思われるのはユイさんの方だ」
……むう。どうやら本気で言っているようだ。体をゆっくりと起こしてジッとアエリオを見つめてみる。とても澄んだしつこそうな目をしている。彼が嘘を言っていないとすると、もしかしたら文化の違いってやつかもしれない。例えば一年における日数の概念が違うのかも。きっとそうだ。
「ねぇ、一年って何日?」
「そんなの365日に決まってます。あ、4年に一度だけ一日多いですね」
……ご丁寧に閏年があるところまで一緒だったわけですが。いや待てよ、その閏年こそが謎を解く鍵なのよ。
「アエリオ君、貴方は知らないかもしれないけど、その一日多い日が誕生日でも歳は毎年とるものなのよ」
「知ってますよ。そもそも、僕の誕生日はその日じゃありません」
ですよねー、即答ですよねー。そもそもその考えだとアエリオは私より年上って事になっちゃうし。
うーん、文化の違いじゃないとすると……あれだ、最近流行り(?)のループものってやつだ。アエリオは何らかの事象、例えばイグルーさんに弟子入りを断られるたびに過去へタイムトラベルをしてまた断られるを繰り返しているんだ。そして過去に戻る代償として体だけは成長していくという──
「いつまで悩んでいるんですか。この世界とユイさんの世界の人間とでは成長速度と寿命に差があるってだけの話でしょ」
イヤァァァァ! まだ考え中なのに答えを言わないでよぉぉぉぉ!
そりゃ私だってそうだろうとは思ってたけどさ、心の準備ってものがあるでしょ。アエリオは軽い感じで言ったけど、これって相当重い問題だよ? 特に何も知らなかった長寿側からしたらね……。でも私は知ってしまったからにはとことん知らなきゃいけないんだ。
「アエリオ君、この世界の人間の成長について教えてくれないかな。私、それを知らないとナビゲーターとしてやっていけない気がするの」
「は、はぁ……よくわかりませんが教えるぐらいならいいですよ。まだ動かない方が良さそうですしね」
アエリオの目線につられて上を向く。相変わらずの真っ暗で、おそらく雨がまだ降っていて、猫ちゃんは手足をぷるぷるさせながら、それを防いでくれているのだろう。
「えーと、何から話せばいいのかな。そうだな、ユイさんの世界では人の寿命ってどれくらいです?」
「んー、正確には知らないけど……大体70歳から100歳ぐらいかなぁ? たまにもっと長生きする人もいるけどね」
「す、すごいバラつきですね……」
アエリオの顔が驚きのあまりかひくひくとひきつっている。
「こちらは15から18歳ってところですかね。19歳まで生きたという報告はまだなかったはずです。もちろん異世界人は抜きにしてですが」
「えぇ……何それ、それじゃもし私がこっちの住人だったらとっくに死んでるじゃん……」
「そうです。だから生ける屍だと言ったのです」
ね? 言った通りでしょ? と言わんばかりにドヤ顔で胸を張るアエリオ。腹立たしいけど私には反論の術がない。
でもこれでやっと何でジュニアが私にお客様の前では7歳という設定にしろと言ったのかが理解できた。あそこでバカ正直に19歳だと言っていたら頭のおかしい奴だと思われただろう。まぁ結局その後の行動がおかしい奴だったから意味ないけど。
それはさておき、私にはもっと重く受け止めないといけない事がある。それはあのガリ勉君達が唯一私の発言に過剰な反応を見せた時の事だ。
「この世界の3ヶ月ってとても大事な時間……だよね?」
「3ヶ月? ええ、そりゃまぁ一年の4分の1なわけですからとても大事です。それだけあれば赤ん坊が走り回って多少ながら言葉も覚えますよ。人生の序盤と終盤は成長もしくは老いが早いですからね」
アエリオは質問の意図がすぐには理解できずにキョトン顔になりつつも、律儀に答えてくれた。そして更に追撃をしてくる。
「あと魔工芸師に限らず、何らかの専門職についている者にとって3ヶ月を棒を振るというのは致命的ですね。短い人生の中で少しでも自分が生きた証を功績という形で残そうと皆必死ですからね。その中でもまだまだ伸びしろが未知数な魔法分野は、その分進歩もかなりのものなので、ちょっとでも気を抜いたらあっという間に置いていかれます。僕みたいな凡人は特に……ね」
ずしり。ぐさり。アエリオの言葉が重く私にのし掛かり、私がデビュー戦でとった軽はずみな行動への後悔が胸へと突き刺さる。
私がデビュー戦の冒頭で言った『イグルーさん主催の……クルージングにご参加頂き誠にありがとうございます。本船はこれから3ヶ月の船旅を……』という挨拶。それに対してのお客様達の激しい抗議。あの時の場面を1パーセントの誤差もなく鮮明に脳内再生できる自信がある。今までずっと何故あそこまで怒られているか理解ができなかったから。
でもアエリオの話を聞いて納得ができた。彼らには時間に関するジョークを受け入れる余裕なんてないんだ。15歳といえば日本ではまだ義務教育という名目で国に守ってもらいながら大半がちゃんとした将来のビジョンもないまま、恋に部活に勉強に、それぞれの学校生活を満喫している頃だ。そんな人生の準備期間中に、こちらの世界では人生のタイムリミットが来てしまう人が大勢いる。
「アエリオ君は学校には行っていないの?」
「学校ですか? ユイさんの言う学校というのがどういう物をさしているかわからないのですが……」
「えっと、簡単に言うと子供達が集まって色々な種類の勉強を教えてもらう施設かな」
「ああ、そういうのは行っていませんというか存在しませんよ。自分の進むべき道に必要のない知識を学ぶなんて時間の無駄ですから。でもその代わりに専門的な、僕なら魔工芸に関する勉強会や先輩魔工芸師さんの講義には積極的に参加しています。そういうのもかなり勉強になりますけど、僕はやはりイグルーさんに教わりたいなぁ」
アエリオがチラッチラッと私に上目遣いで目配せをしてくる。私がジュニアの弟子じゃないとわかっても彼は弟子への推薦を諦めていない。でもこのしつこさは証明なんだ。本気で魔工芸師として功績をあげたいという証明だ。
想像ができない。5歳という若さで自分が進むべき道を明確に持っていて、自らの意志で学ぼうとする自分が想像できない。でもアエリオが特別なわけではなくて、この世界ではそれが常識なのかもしれない。
将来の夢を抱くのに年齢なんて関係ない。要はキッカケと出会えるかだと思う。現に私もナビゲーターになりたいというキッカケに出会えたのは小学生5年の頃だから私の世界ではそこそこ早い方だろう。でもそれが本格的な夢に変わったのは中学生になってからだし、実際に行動を起こしたのは高校生になってからだ。
私のキッカケから行動までの5年とアエリオの生まれてからの5年。濃度があまりにも違いすぎる。私だって私なりに大きな目的と覚悟があってナビゲーターになろうと決めた。でも私の本気なんてアエリオの本気に比べたら水9割のカルピスみたいなもんだ。
アエリオだけじゃない。イグルーさんの展示場に集まったお客様は皆、必死に魔工芸を学ぼうとしている。自分が存在したという痕跡をこの世界に残すために……。あの人達は決して無関心とかイジワルで私を無視し続けたのではないのだと思う。彼らはただ単に学ぶ事に必死すぎて周りが見えないだけ。イグルーさんの魔工芸という貴重な教材を一つ残らず頭に叩きこみたいだけなんだ。
私は汚してしまった。そんな神聖な学びの場を、私は自分のナビゲートで笑わせてやるなんていうくだらないエゴで台無しにしてしまった。ジュニアの説明は彼らにとって無くてはならないものだったのに。
笑いなんていらなかったんだ……私のナビゲートなんて無駄でしかないんだ……私じゃ彼らの世界をキラキラにするなんて無理なんだ…………!
「あ、あのう……ユイさん? あんまり深く考えると体に毒ですよー……」
こんな最低な私をアエリオは気遣ってくれる。きっと他の魔工芸師達もボートに乗っていない時は普通にお喋りをする優しい人達に違いない。それを私はあの場所だけの印象で無愛想なガリ勉などと心の中で罵って。自分は最低で脳天気なアホ女のくせに……!
「そ、それにしてもやはりイグルーさんの魔工芸のクオリティは最高ですね。見てくださいよ、この猫の体毛の質感。完全に本物レベルですよ」
最低だ……私は最低のゴミクズ女だ…………!
「あ、そうだ。もうちょっと左側に移動すれば生殖器らしきものが────ふごぉあ!?」
乙女に汚らわしい物を見せようとするなパンチ(ただの右ストレート)がアエリオの顔面にクリティカルヒット。彼の小さな体は近くの木まで吹っ飛んでいった。
こんな時でさえ、劣悪なセクハラには体が勝手に反応してしまう。乙女の性が憎い。アエリオはただ私の気を紛らわそうとしてくれただけなのに。私は……私は……。
「私は最低だあああああああああ!」
「……あの、自己嫌悪するぐらいなら殴らないでくださいます? その様子だったらもう普通に歩けそうですね。猫の範囲内で戻れる所まで戻りましょうか」
私はそう言われて初めて自分が立ち上がっている事に気付いた。数メートル先にいたアエリオを殴ったのだから当然といえば当然だ。完全に無意識だったわ……。
「ああでもどうしましょう。さっきの雨で光る粉が完全に洗い流されてしまっている。これじゃ遭難確定じゃないですか……」
「──ニャーン」
アエリオが途方にくれていると、上から猫ちゃんの鳴き声が聞こえてきた。見上げると、そこにはまん丸の月(正確には月ではないだろうけど)と無数の星が夜空を綺麗に彩っている。猫ちゃんも雨雲も忽然と姿を消していた。
「いつのまにか雨止んでたみたいですね」
「そうみたいだね……」
「ニャーン!」
再び鳴き声が聞こえる。その方向に目線と茶毛の可愛らしい猫ちゃんがちょこんとお座りしていた。
「ニャーン!」
更にもう一鳴きすると、猫ちゃんはお上品な足並みで森の中を迷いなく進んでいく。
「きっとあの猫は僕たちを出口まで案内しようとしているんですよ。行きましょう!」
「ちょ、ちょっと、待っ──」
アエリオは私の手を強引に握りしめると、有無を言わさず猫ちゃんの進む方向へと引っ張り始めた。




