27.訴えてやる!
深淵で少女と少年が二人仲良く並んで座っている。
「ねぇ、何でここに連れてきたの?」
少女がオドオドとした様子で少年に話しかける。少年は「まぁ見てろって」と言って思わせぶりな含み笑いをした。少女は一体何を見ればいいのかわからずに困惑するばかり。なぜなら彼女には世界が真っ暗に映っているのだから。本当は闇などない。色とりどりの多種多様な個性が溢れる世界が広がっている。でも少女からすればそれらは全て等しくただの闇。少年というたった一つの例外を除いて。
「ほら、そろそろ始まるぞ。やったな、この人はアタリだぞ」
少年は前方を指さして喜々としているが、少女は彼がはしゃいでいる理由がまったく理解できなかった。人にはアタリも何もない。少女は少年以外に心を開くつもりなど更々ないのだから。
「────────」
闇の中から声が聞こえる。興味ない。少女は耳を貸そうとはしない。そんな事はお構いなしに声は嫌でも彼女の耳に侵入してくる。それでも少女は耳を貸さない。
「────────」
耳を貸さない。
「────────」
耳を貸さない。
「────────」
耳を貸さない……つもりだった。でも少女は気付いてしまった。彼女の意志とは裏腹に自分の顔がほころんでいる事に。
「どうだ、ユイ。面白いだろ? 来て良かっただろ?」
「……うん、面白い」
少女が素直にそう答えた瞬間、周りの風景が一変する。真っ暗な世界が少しずつ色を取り戻していく。二人の目の前では、謎の声の主が笑顔で喋り続けている。その声を聞けば聞くほど周りが色鮮やかになるどころかキラキラと輝きを放っていく。
眩しい──眩しい──眩しい──!
「──眩しいって言ってるでしょ!」
私は至近距離で激しい光を放つ物体から逃げるように体勢を90度回転させた。
「良かった、気が付いたのですね。このまま起きなかったらどうしようかと思いましたよ……」
背後からアエリオの情けない声が聞こえてくる。首を捻って覗き見ると、彼は今にも泣き出しそうな顔をしていた。手には高出力で光るランタンを持っている。そうか、私はあまりの痛みから気絶してしまったんだ。あちゃあ、心配かけちゃったかな。
「ごめんね、アエリオ君。もう大丈夫だから……うぐぐっ」
大丈夫じゃなかった。起きあがろうとしたら全身の筋肉やら骨やら何から何までが私にSOS信号を送ってきた。私はそれを受け入れて大人しく横たわる。
「ほらもう、魔力もないのにあれだけの魔性雨を浴びたのですから大丈夫なわけないでしょ」
「へーい……。それで、その魔性雨っていうのは何なの? この世界じゃ普通に降ってるわけ?」
もしそうだとしたら、私にとっては死活問題なわけで、ナビゲートでお客様を笑わせるどころではない。そんな私の不安をアエリオは呆れ顔で否定してきた。
「そんなわけないでしょ。こんなのが世界中の町に降り注いだら人類の大半が死滅してしまいますよ。この大森林の木々は夏の特定時期だけ特別なマナを放出するのです。それと雨が融合して魔性雨になります。なので、ここでしか降りません」
あー、だからこの時期は魔力を持たない業者はロッキン狩りができないから不足するわけか。
「そっか、こちらの世界でも魔力を持ってない人は大勢いるんだもんね」
「こちらの世界……? ユイさんはもしかして異世界から来たんですか?」
やばっ、失言した。どうしよう、正直に肯定しても、はいそうですかって信用してもらえるかわからないし、ここはごまかした方がいいのだろうか。
「いいですよ、そんな困った顔しなくても。どうせ事故でも起きて異世界からここに来てしまったんでしょ?」
「え、アエリオ君って異世界とか信じてるタイプ?」
「タイプも何も、異世界があるなんて誰でも知ってますよ。一般常識です」
「そ、そうなんだ……」
そういえばジュニアも私が別の世界から来た事をまったく驚いている様子は無かった。それどころか次元の狭間を開く方法を発見できて喜んでたし。さすが魔法社会は何でもアリね。
「というか、アメシアさんでしたっけ? あの人も異世界人じゃないですか」
「ん? アメシアって誰よ?」
「誰ってイグルーさんの代わりに船の2階に乗って、声を貸してる人ですよ。会った事ないわけないでしょ」
あー……完全に忘れてた。私と入れ違いでこの世界を去ってしまった人だ。あの人も異世界人だったのか。声を借りるのは異世界人が都合が良いという事情を考えると当然といえば当然なのかもしれない。でもそれって異世界からまた別の異世界に飛ばされたって事だよね。私より悲惨じゃん……向こうで元気にしてるのかなぁ。横田さんに悪戯されてないといいけど。
「そういえばこの前、イグルーさんの船に乗ったらアメシアさんの声が変わってた気がしたんですけど、女性なのに声変わりでもしたのですかね」
「それたぶん私だよ。彼女はもうこの世界にはいないの」
「え……ちょっと何でもいいから喋ってみてください」
顔を私に近付けて聞き耳を立てるアエリオ。いきなり何か言えって言われてもねぇ……あ、そうだ。お礼言ってなかったよね。
「アエリオ君。さっきは私を雨から守ってくれてありがとう。すごくカッコよかったよ。さすが男の子だね」
「──ほ、ほほほほ、本当だ! 船で聞いた声と一緒だだだだ!」
気付くのが遅いっての。
まぁ、顔を耳の先まで真っ赤にして照れてるのが可愛いから許してあげるとしますかね。
「な、何ですか、ニヤニヤして気持ち悪い。礼を言うなら僕よりもイグルーさんにしてください」
「ジュニアに礼? それはよくもこんな危険な場所にお使いさせてくれたなっていうお礼参り的な?」
アエリオは「違います。あれです、あ、れ」と天を指差す。空ならさっきから見上げてますけど、真っ暗で何も見えないよ。まだ雨雲が辺り一帯を覆っているようで、星の一つの存在も確認できない。……え、それってまずくない?
「た、大変だ。まだあんなに分厚い雨雲が残ってるじゃない。こんな所で寝てる場合じゃないよ!」
「はいはい、動かないで。あれは雨雲じゃありませんから。それにたぶん雨はまだ降ってます」
「それはどういう──」
私が質問するよりも先にアエリオが行動を起こす。彼がランタンの底を軽く3度叩くと、周囲を照らしていた明かりがみるみるうちに収束を始める。それが強力な光となって一直線に天まで伸びていくと思えば周りの木々より少し高い位置で何かに遮られてそこで止まった。そこのあるのは──もっふもふ!?
「きゃー、ふわふわで柔らかそう。寝そべってごろごろもしゃもしゃしたーい!」
「これはたぶん猫のお腹ですね」
猫? いやたしかにこのモコモコ具合は猫ちゃんっぽいけど……でかくない? まるでゴムみたいにビヨーンと伸びて……。
「あ! この猫ちゃんってもしかしてジュニアさんの魔工芸?」
「はい、おそらくそうでしょう。町で見かけた時からどこかで見た気がしてたんですよ。どうやら、ずっと付いてきてたようですね」
あーそういえばそうだ。町で出会ったあの茶毛の可愛らしい猫ちゃんって、現在ジュニアの展示場で絶賛展示中の簡易屋根になる猫ちゃんじゃないの。身長の高い木を支柱にして私のために身を呈して雨よけになってくれているんだ。くそぅ、何で気付かなかったんだろ……。
「これってやっぱりジュニアさんが操ってるのかな」
「自立してるにしても命令は与えているでしょうね。どちらにしても遠隔操作となるとかなりの魔力を消費してますよ。イグルーさんもとんだ過保護ですね」
過保護……か。ふと町に出発する前のアルバリオンとの会話が脳裏をよぎる。本当にジュニアは私の事を気にかけてくれているのかもしれない。でもそれは私の声が必要なだけであって……あぁもう、頭の中がモヤモヤする。誰でもいい、誰の頭でもいいからグリグリしたい。
「これだけ面倒見てもらってるんですから、もっとイグルーさんに敬意を払ったらどうですか。ジュニアなんて失礼な呼び方しないで」
「嫌よ。向こうだって女性の私に対して年増とか言ってくるんだよ。どれだけ面倒見てくれてもそんな呼び方する人に殺意は抱いても敬意なんて絶対に払いません」
ふん! と鼻息を荒らげ大きく胸をはって断固拒否の姿勢を示す。私はセクハラには絶対に屈服しないのです。
「年増ですか……。失礼ですが年はおいくつですか?」
「ピッチピチピチの19歳よ」
「じゅ、19!? と、年増どころかババァじゃないか……いや生ける屍じゃないか……」
「……アエリオ君。ちょっと頭貸してくれる?」
「え、別にいいですけど──ぎゃあああああああああああ!」
ぐりぐりぐりぐり! アエリオのこめかみをぐりぐりぐりぐり!
セクハラどころか名誉毀損じゃコノガキィィィィィ!
「ギ、ギブウウウウウ!」
許すわけないだろ、ぐりぐりぐりぐりぐり!
「ま、待って! これには深い訳がああああああ!」
はぁ、人を屍扱いしておいて訳があるだとぉ?
……まぁいいや、一応聞いてあげようじゃないの。
私はグリグリ攻撃を中止して、頭抱えてうずくまっているアエリオが回復するのを、腕組みをして威嚇しながら睨み続ける。
そして数十秒後、彼は涙目で弱々しく口を開いた。
「……ユイさん、僕って何歳に見えます?」
「はぁ? それとさっきの発言とどういう関係があるのよ」
「いいから答えてください」
何よ、そんな真剣な眼をしちゃって。あ、わかった。実はアエリオくんって見た目より年くってるんだわ。それで私が若く言い過ぎたら、失礼なのでおあいことか言って誤魔化すつもりなんだ。よーし、ここはちょっと予想より高くして……。
「ずばり貴方の年齢は16歳よ!」
「失礼な! 僕は貴方の言葉を借りるならピッチピチピチピチピッチな5歳です!」
…………は?




