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22.初めてのお使い②

 このまま帰ったらジュニアにどんな憎まれ口を叩かれるかわかったもんじゃない。諦めきれない私は他の店にも聞いてまわった。だけど少年の言う通り、どこの店にも在庫はなかった。散々無駄足をくった私は、途方に暮れて町中をとぼとぼと当て無き放浪をしている。


 あーあ、油売ってても仕方ないし諦めて帰るしかないかなぁ……。


「諦めるなああああああ!」


 ワッツ!?


「諦めちゃだめだあああああ!」


 み……皆さん大変です。タイフーンです!

 この炎天下の中で異常なまでの熱気と汗をばらまきながら人型の大型タイフーンがこちらに猛スピードで急接近してきます。


「絶対に諦めちゃダメだ。頑張れええええええ!」


 しかし皆様落ち着いてください。もしかしたらあのタイフーンは悪い奴ではないのかもしれません。ほら聞こえるでしょう。私達を励ますあの暑苦しい励ましの叫び声が! 


「頑張れええええ、俺ええええええ!」


 ……自分に対しての励ましかい。

 自己啓発タイフーン男は、私を素通りして遙か彼方まで走り去って行った。結局何を諦めないのか不明だったけど、不思議と彼のおかげで勇気が湧いてきた。あまりの急な出来事に私は思わず心の中でナビゲートをしてしまった。もはやナビゲートというよりはただの実況になっちゃてたけど、やはり私は根っからのナビゲーターだ。またあの舞台に立ちたい。そのためには私はどうしてもこのお使いをパーフェクトに達成してジュニアのご機嫌を取らなくてはいけないの。こんなところで諦めてられるか。


「よーっしっ、絶対ロッキンの売ってる店を見つけてみせるんだから!」


 私は再び走りだす。もちろん当てなんてない。でもそれでいいの、どうせ総当たりするつもりだし。そこそこ広い町なんだからきっと市場以外にも素材を扱ってる店の一つや二つは絶対にあるはずよ。

 私はひたすら店っぽい所を見つけては覗きつつ町中を走り回る。しかし一向に見つからないまま日は無情にも傾いていく。そんな時、ある店先でウキウキモードになっている一人の青年を見つけた。なんとなく気になったのでちょっと離れて観察してみる。


「やったぜ。今日も俺様の魔畜石は完売だ。やっぱり俺の魔力の質は最高だな。懐が暖かいぜ!」


 おおー、よっ大金持ち。

 いいないいな、うらやましいな。よーし私も頑張ってロッキンの魂を探すぞ!

 正直また挫折しそうになってたけど、ちょっとだけ元気が出た。心機一転、両頬をペチンと叩いて再び走り出そうとすると、ウキウキ青年の様子が急変した。


「……はぁ。金があるから何だっていうんだ。いくら魔力の質がよくても彼女は僕に振り向いてはくれない。いくら貢いでも返ってくるのは作り笑顔ばかりだ。やっぱり俺じゃダメなのかな……」


 ……そうよ、ロッキンの魂を見つけたってそれが何だっていうのよ。いくら頑張ってナビゲートしてもガリ勉達は振り向いてもくれない。いくら体を張っても返ってくるのは……特に返ってくるものはない。やっぱり私じゃダメなんだよね……。


 ──もう! さっきから私の感情をもて遊ばないでよ!


 さっきの熱血漢といい情緒不安定といい、そういうのは家で一人でやりなさい。私みたいな単純バカはすぐに影響されちゃうんですからね。

 ん? ちょって待って。熱血漢と情緒不安定ってもしかして……カルロスとエウバイン!? ウソ、マジで? サインもらえばよかったよ。本当にそうだったかは知らないけど。


 ……あ、来る。カルロス、エウバインとくれば、流れ的にアイツが来るパターンだ。その証拠にさっきから背後に視線を感じる。


「そこにいるのは誰だ! 出てきなさい!」


 華麗に180度ターンをきめた先にいたのは──


「ニャー」


 なんだ猫か。艶やかな茶色い毛並みでとても可愛いらしいですねー。


「あ、いた。えっとたしか……ユイさんでしたっけ。やっと見つけましたよ」


 なんだアエリオか。あいかわらずしつこそうですねー。


「……やはり現れたな、この御都合主義者どもの大ボスめ。さっきの二人は貴方の手先ですね!」


 説明しよう。御都合主義とは大した伏線もなく突然襲ってくるゴリ押しイベントの事である。


「はい? いきなり何を意味不明な事を言ってるんですか。僕はレオニー魔工館でイグルーさんの弟子が買い物に来たっていう話を聞いたので探していたのですよ」


 あ、ちゃんと伏線あったのね。レオニー魔工館っていうのはきっとジュニアのお使いでいったお店の事だろう。やはりあそこはちゃんと誤解を解くべきだったか……。うぅ、すごいこちらを睨んできてるんですけど。


「あのね、アエリオくん。私は別にジュニアさんの弟子ってわけ──」

「お願いしますユイさん! どうか僕を弟子にするようにイグルーさんに掛け合ってもらえませんか!」


 え、え、え、え、そんな急に土下座されても……。


「やめてよ、そんな事されても困るし。だから私はジュニアさんの……」


 慌ててアエリオを起きあがらせようとした瞬間、地獄より一匹の悪魔が舞い降りて私の耳元で囁く。

 その案……即採用!


「ねぇ、アエリオくんってロッキンの魂知ってる?」

「ロッキン? そりゃもちろん魔工芸師なら誰でも知ってますよ」

「なら話がはやいわね。実はジュニアさんがそれを欲しがってて、色々店をまわったけどどこも在庫切れなのよ」

「あー、イグルーさんってロッキン好きですよね。でもこの時期は予約もせずに店で買うのはきついですよ」

「うん、店の人もそう言ってた。夏は数が少ないの?」

「いや数自体は町からちょっと離れた場所にある大森林にそれなりに生息してますよ。イグルーさんの弟子なのにそんな事も知らないんですか?」

「よし、じゃあ今から取りに行きましょう!」


 疑われたら勢いでごまかす。これ基本。

 私の急なお誘いにアエリオは当然のごとく難色を示した。


「えー、嫌ですよ。そりゃ行けないことないし、イグルーさんのお弟子さんなら当然大丈夫だとは思いますけど、ロッキン狩りとか経験ないですもん」

「あーら、そんな事言っていいのかな? これは君にとってチャンスなのよ」

「むむ、チャンスとは?」


 よしよし、食いついてきた。もう一押しね。


「そこまで手に入りにくい代物を貴方が取ってきたとなったら、そりゃさすがのジュニアも弟子にしないわけにはいかないってもんよ」

「な、なるほど。確かにそれは一理ありますね……」


 長考の末、アエリオは「わかりました。ちょっと準備をしますので先に南門に行っておいてください」と言って足早にどこかへ行ってしまった。

 そのままトンズラするんじゃないかなと少し思ったけど、アエリオがジュニアに弟子入りしたいという想いは決してウソじゃない。私が彼を信じて南門で待つこと数分、リュックを背負ったアエリオが約束通り現れた。


「お待たせしました。じゃあ行きましょうか」

「了解っ!」


 私とアエリオが南門をくぐろうとした瞬間、私の跡をつけていたのか先程の可愛い猫ちゃんがニャーニャーと騒がしくこちらに向かって鳴き声をあげてきた。ふふ、私達を見送ってくれてるのかな。行ってきまーす!

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